10 訪問
ライドさんを拾ってから二か月が経った。その間に、ライドさんはレオンの部屋から出て晴れて一人で住むことになった。と言っても、レオンのすぐ隣の部屋なのだけど。ライドさんはこっちの世界での生活にもだいぶ慣れてきたので、おじいちゃんの知り合いの店でバイトをすることになり、明日がその初日だ。
ピンポーン
夜、自分の部屋でくつろいでいると、チャイムが鳴る。誰だろう?ミリアちゃんかな?そう思ってモニター付きイヤホンの画面を見ると、そこにはライドさんがいた。
「あ、ちょっと待っててくださいね」
そう言って玄関を開けに行くと、やっぱりライドさんがいる。
「こんばんわ、ノゾミ」
「こんばんわ、って、どうかしたんですか?」
「ああ、……実は明日がバイト初日なんだが、少し不安になってしまって。ノゾミの顔を見たら少しは落ち着くかと思ってきてしまった。すまない」
そう言って、眉を下げて申し訳なさそうに微笑む。綺麗な銀髪が明りに照らされてキラキラと輝いていて、うっ、謝る異世界のイケメンの破壊力……!って、そんなことを思っている場合じゃない。ライドさんが不安がってるなら、こっちの世界での世話役みたいな私が寄り添ってあげないと。
「そうだったんですね。そしたらお茶でも……あ、私の部屋に入るより、下の共用スペースに行きましょう」
そう言うと、ライドさんは少しだけ残念そうな表情で私を見つめて小さく頷いた。
「今日はラースたちはいないんだな」
共用スペースに来ると、ライドさんはキョロキョロと見渡してそう言った。
「まあ、誰かしらいることが多いですけど、誰もいないときももちろんありますからね。ライドさん、何飲みますか?」
「ああ、それじゃミルクティーを」
私は自販機でミルクティーとココアを買ってミルクティーをライドさんへ差し出し、ソファへ座った。ライドさんは、テーブルを隔てて向かいのソファへ座る。
「このミルクティーは元の世界で飲んでいたものと味が似ていて懐かしいんだ」
そう言って、缶を開けてミルクティーを飲むと、ライドさんはほうっと嬉しそうに小さく息を吐いた。
「そうなんですね。向こうの世界と味が似てるってなんだか不思議です。あ、それで、明日がバイト初日なんですよね。ファミレスの厨房でしたっけ」
「ああ。最初は簡単な作業からだと言われてはいるが、やはり不安なんだ。違う世界の仕事だし、ミスは許されない。迷惑をかけてしまうのではと思うとなんだか気が気じゃないんだ」
ライドさん、めちゃめちゃ真面目なんだろうな。元の世界では騎士だって言ってたし、きっと厳しい規律や任務をこなしてきたんだろう。
「そんなに肩ひじ張らなくても大丈夫ですよ。そこのお店はおじいちゃんの古くからの知り合いがやっているお店ですし、異世界人にも理解があるんです。今までも異世界人がそこで何人も働いていたので、ライドさんも大丈夫だと思います」
「今までも異世界人が?」
「おじいちゃんとおばあちゃんが拾ってきた人たちが何人もその店で働いて、自立していってるんです。このマンションにも昔は住んでいたんですけど、みんな独り立ちしてこっちの世界で問題なく暮らしています。あ、もちろんおじいちゃんの最低限の監視はついていますけどね」
さすがに野放しというわけにはいかない。それでも、こっちの世界にすっかり馴染んで、問題なく生活している人たちが実は結構いるのだ。
「そう、なのか……なんだかすごいな。その人たちは、……元の世界に戻ることを諦めたのか」
「たぶん、そうなんだと思います。ひとつの世界だけだったら帰り方も解明しやすいのかもしれませんが、様々な異世界からこちらへ来てしまっているので、帰る方法は正直わからないんです。長いことこっちで暮らすうちに、こっちの世界が気に入るようで、そのまま定住しちゃってるそうです」
そう話すと、ライドさんは複雑そうな何とも言えない表情で私を見て小さく微笑む。その微笑みがなんだか痛くて、私は思わず声を上げた。
「あっ、でも!おじいちゃんは完全に諦めてるわけじゃないんです。地道に少しずつですけど、みんなの帰り道を探しているんですよ」
「そうか。……ありがとう」
また、ふわっと微笑むライドさんの顔はさっきよりは和らいだけれど、それでもなんだか切なくて、胸が苦しい。耐えきれなくなって思わず視線を逸らすと、ライドさんがそういえば、と何かを思い出したように話し始めた。
「レオンは、ノゾミの部屋に入ったことがあるんだろう?よくノゾミの部屋に行くと言う話を聞いた」