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未来の私があれだけの事実、つまり真犯人のことをあれだけ知っていたのは、本人から直接聞いた可能性が高い。要するに、真犯人は未来の私を拉致監禁し、その中でいくらか会話を交わしたのだ。
大の大人を拉致監禁できるということは、つまり武器を持っているだろう。そして、今のままだと私は数ヶ月の間に確実に死ぬ。
しかし、前回とは違って今回は情報というアドバンテージがある。未来の私が過去の私に最後の力で託したものだ。決して無駄にはしない。
「志木だっけ?」
「はい。いかがしましたか?」
「まず、お前は未来の私が死ぬことを最初から分かっていただろう? なぜ助けてくれなかった·····」
「私の専門は自殺志願者に手を差し伸べることです。他殺に関しては私の領域ではありません。そこに対して何か手を加えるということは領域の侵害に当たります」
「それは一体誰の領域だ?」
「悪魔です。我々悪魔はそれぞれ死に関してそれなりの執着を持っており、自殺と他殺で担当が異なります」
「悪魔·····」
「少し、未来の戸川さんとの話をしましょう。あなたの予想通り、戸川さんは監禁されていました」
「·····お前は誰だ?」
戸川の舌には噛み切ろうとした跡の血が付いていた。ろくに水分も取れていないようで、声はしわがれ、体臭も酷いものだった。
「私、戸川さんを担当することになりました、志木です」
志木は名刺を見せる。
「時間救出隊?」
「えぇ。人間の皆様が自殺する理由の大半は、過去の出来事が原因なのです。我々は皆様に過去を変える権利を与え、今を満足に生きて頂く、というお仕事をしております」
「過去か·····。そうだな。俺の過ちはあの事件に関わってしまったことだろうよ·····」
「もちろん、無料でというわけにはいきません。過去を一回変える毎に、戸川さんの寿命から一年分を頂戴します」
「寿命? 私は今にも死にそうな状態だ。これが変えられるって言うんなら、過去くらい変えてやろう·····」
「しかし、困ったものですね·····。戸川さんは拘束されていてとても過去へ連れ出せる状態にありません」
「これ取れないのか?」
「残念ながら·····。ですが、命令して頂ければ何か手を貸すことくらいはできるかもしれません」
「それなら、過去の私があの事件について調べるのをやめさせてくれ」
「承知しました」
そして、志木は過去の戸川が事件についてまとめていた紙を処分した。しかし、それでは全く意味がなかった。結局、戸川は事件を再び調べるという未来になってしまうのだ。
そもそも悪魔が直接的に干渉することはあまり望ましくなかった。これまで人を介して間接的に過去を変えてきたが、今回はそうはいかなかった。
そして、過去に戻すという行為をしていないために、戸川から寿命を得ることができなかった。
これはかなり問題であった。タダ働きなのだ。それを改善すべく、志木は別の手段を取ることに決めた。
「戸川さん。過去の戸川さんと通話してみませんか?」
「通話·····?」
「ええ。戸川さんから直接話すことで何か変わるかもしれません」
戸川がもうすぐ死ぬことは分かっていた。逆に死ぬことで、志木が担当する相手はいなくなる。そうしたら、過去の戸川の担当になるのだ。そこで戸川から寿命をもらえばいい。
「分かった。話そう」
「ではこちらを」
志木は携帯電話を渡した。過去と未来を繋ぐ、不思議な携帯電話だ。
「·····もしもし」
「そんなことが·····」
あの通話は、未来の私からの最後の願いだった。
未来の私から過去の私への最後の頼みだった。
未来の私と過去の私を繋いだ大切な遺書だった。
遺書は書かされるものではない。自分の意思で最後に伝える大切な言葉を書き並べるものだ。それは皆への感謝で溢れるべきものだった。決して謝罪や後悔をそこに書くべきではなかった。
私は未来の自分から意志を継いだ。もう覚悟は決まっている。
「志木さん。私を過去へ案内してくれ」
「ではこちらの契約書にサインをお願いします」
志木さんは分厚い契約書を机の上にボンと置いた。私は力いっぱい自分の名前を書いた。絶対に未来の自分を助ける。そう強く願った。
「こちらの時計を押して頂くと、好きな時間に戻れます。しかし、過去での滞在可能時間は三十分です。詳しい説明書はこちらにありますので、どうぞ」
「ああ。ありがとう」
てっぺんに大きなボタンの付いた、時針が曲がったヘンテコな時計を渡された。
かなり使い古されたのか、少し錆びれている。
志木さんはこうしてたくさんの人を助けてきたんだ。それはもう、悪魔ではなく天使ではないのか。
私はボタンを押す。この事件の真相を突き止めて、未来の私を助ける。絶対に同じ過ちを繰り返してはならないから!