1ー4
──選択。
私の嫌いな言葉だ。
違う方を選べば一生後悔することになるかもしれない。
颯は人殺しをした。
私のために自分が犠牲になった。
それを一人で背負って生きるのに後ろめたさを感じ、自殺を決意した。
颯はまだ生きていたかった。
私は自殺をしようとした。
颯が自分を犠牲にしてまでいじめから守ってくれた私の命を、捨てようとした。
そして辛い過去を変える方法を手に入れた。
私は颯を救いたかった。
私の生きる理由は、颯と一緒にいられること。
颯さえ生きていればいればそれでいい。
──颯が生きる理由は?
そうだ。
私は覚悟を決めた。
今度は必ず颯を助け出してみせる。
時計のボタンを押した。
颯が自殺する、その前へ。
「颯!」
私はロープを手に持った颯の肩を掴んだ。
「真澄!?」
誰もいないはずの家に、突然私が現れたのだからそれは驚くだろう。
「颯。自殺なんてしちゃダメ!私は颯を助けたいの」
「助けたい、だなんて軽々しく口にするものじゃないよ。僕は生きている方が辛いのに」
私のセリフだ。私が初めてスーツ男に出会った時に思った言葉だ。
でも、今は違う。生きていたからこそ今があるんだ。
「私、颯の過去のこと全部知っちゃった。信じてもらえないかもしれないけど私ね、未来から来たんだよ」
私が颯に言いたかったことを、一つ一つ丁寧に伝える。
「信じるさ。真澄のことだもん。きっとあのノートを未来で見てくれたんだよね」
「うん。颯、私ね、颯がいなくなってから生きる意味を見失って、自殺しようとしたの。そしたら、変な怪しい男が出てきて、過去に戻る力を手に入れた」
颯が驚いた顔をしていたが、気にせず続けた。
「だからね。私の生きる理由が颯であるように、颯の生きる理由を私にしてくれないかな」
私は無理に笑顔を作る。
死んで欲しくない。絶対に生きてて欲しい。
「でも、僕は人殺しだよ?真澄はそんな人と一緒にいたくなんてないでしょ?」
「ううん。関係ない。私のためにやったことなんでしょ? 私は颯のこと、受け入れるよ」
「真澄⋯。ごめんね。本当にごめんなさい」
颯はしばらく泣いていた。今までずっと一人で抱え込んで来たんだ。当時中学生だった颯には、かなり辛いことだったに違いない。
「僕、警察に自首するよ。僕のしたこと、全部話す。刑務所を出たら、また僕と仲良くしてくれる?」
「もちろん!颯のこと、ずっと待ってるよ」
「じゃあ、これはもういらないね」
颯はノートを取ってきた。
私が未来で読んだノート。
過去の颯と未来の私を繋いだ大切なノート。
颯はそれをビリビリに破いた。
そして、全てから解放されたように、スッキリしたような顔をしていた。
そろそろ時計の効果が切れる。身体がどんどん薄くなってくる。
「また未来で会おうね!真澄!」
「次死んだら許さないんだからね!颯!」
私達は笑顔で別れた。
未来での再会を願ってーーー。
私は児童自立支援施設の前で颯を待っていた。
颯が殺人をしたのが13歳だったこともあり、刑事処分の対象にならなかった。
今日は、二ヶ月の児童相談所による一時保護を終えて戻ってくる日だ。
颯はとても反省しているらしく、保護期間を延長する必要はないという。
「真澄!」
颯が門の向こうで手を振った。
「颯!」
全部、全部上手くいったんだ。
颯が走ってきて私に抱き着いた。
私も精一杯の力で抱き着いた。颯の温もりを感じる。颯が生きているんだ、という実感がした。
「あらあら。二人とも仲良しなんだね」
職員の人がそう言った。
「いえ、恋人です!」
私は大きな声でそう答えた。
職員さんがちょっとびっくりした顔をしている。
なぜなら、私も、颯も、"女の子"だから。
颯は僕っ子なのだ。そういうところもかわいいと思う。
もうすぐ、今年が終わる。
──ピンポーン。
「はーい」
私は、家のチャイムがなるやいなや、階段を駆け下り、家のドアを開けた。
目の前には私の恋人がいる。
「さぁ入って入って」と、私は中へ促す。
「「かんぱーい!」」
今日はパーティーだ。
スーツの男は、用が済んだからと、時計を回収して、さっさとどこかへ去ってしまった。彼は、別れる前に、自分のことを"悪魔"だと言った。でも、私にとっては"天使"だ。この目の前の幸せな世界が、全て物語っている。
彼は今もどこかで、誰かを救っているのだろうか。
「ずっとやりたかったことがある」
私はそう言って、颯の耳元まで近付いた。
ちょっと恥ずかしかったけど、私は勇気を出して言う。
──キス、してもいい?
除夜の鐘が全国で鳴り響く。
窓の外には真っ白な雪が降っていた。