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真澄へ
あなたがこのノートを見る時には、僕はもうこの世にいないと思います。
僕が電車に轢かれて自殺しようとした時、真澄はなんの迷いもなく止めてくれました。
まるで僕が死ぬことを知っていたかのような顔をしていました。
あの時に、真澄と両想いであったことを知れて、とても嬉しかったです。
でも、僕にはその資格がないんです。
中学生の時の事件、覚えていますか?
男子が飛び降り自殺したあの事件。
実は、あれは自殺じゃないんです。
そして殺した犯人は僕です。
キッカケは小学生の時。
僕はあなたに初めての恋をしました。
公園で小説を読んでいたあなたに、何か惹かれるものを感じていたのです。
その時、あなたが読んでいた本は、「そして誰もいなくなった」でした。
そう、僕が好きな本は、真澄との出会いの本なのです。
それから僕は、真澄と話してみたいと思い、話の話題として、ミステリー小説を読むようになりました。
中学校で同じ学校になった時は、運命だと思いました。
しかし、真澄は学校でいじめられていました。
真澄のことが好きだった僕は、それがどうしても許せなかったんです。
当時、真澄をいじめていたあの子をマンションの屋上に呼び出し、適当な理由を付けて靴を脱がせ、そのまま突き落としました。
そして僕は遺書が風で飛ばないように、彼の靴で抑えました。
遺書というのは、僕が彼の字を真似して書いたフェイクです。
紙は、休み時間中に彼のノートをこっそりとちぎって使いました。
そうすれば、紙の切れ目が一致し、遺書は彼の書いたものだ、と思い込ませられると思ったからです。
案の定、警察は自殺としてこの事件の捜査を終わらせました。
僕は、人殺しなんです。
それを今までずっと一人で抱えて生きてきました。
こんなことをしたところで、僕は真澄に振り向いてもらえるわけがなかったのに。
僕には生きる価値も生きる意味もないのです。
だから、せめてもの償いとして死ぬことにしました。
ミステリー小説でも、犯人が死ぬことはよくありますし、これが普通なのかもしれません。
今まで黙っててごめんね。
こんな僕を好きになってくれてありがとう。
颯
──なにそれ。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
ああ、そうだ。
過去に戻って颯が人殺しするのを止めよう。
私は時計を取り出す。
これで過去に戻れる。
「いけません。真澄さん」
スーツ男の声がした。私は慌てて目に浮かべた涙を拭った。
「いけないって何が?」
「真澄さんが過去へ戻って、殺人を止めた際、真澄さんは未来で自殺してしまうんです」
「私が未来で自殺?」
「えぇ。正確には、今よりも過去の真澄さんが、エスカレートしたいじめによって自殺をするんです。そうなったら、今の真澄さんがいなくなる。
そうすると、過去を変えた真澄さんはいなかったことになる。つまり矛盾が起きてしまうのです」
何を言っているのか、難しくてよく分からないが、つまり、この過去を変えると今の未来が劇的に変わってしまうということだろう。
「その矛盾によって、何が起きるっていうの?」
「そもそもタイムリープは物理法則に反しています。言わば、神に逆らうようなものなのです。そこで絶対にありえないことが起こってしまったら、どうなるか分かりますか?」
分からない。そもそも、三次元止まりの人間、ましてや私のような一般人には、到底理解出来るような話ではないのだ。
「矛盾はゲームで言う"バグ"だと思ってください。行けるはずのない場所に行けたり、アイテムが無限に増殖したり。
あなたがやろうとしていることは、このバグを生み出すことなんです。そしてバグの生まれた世界は、成り立たなくなる。つまりこの世界は消えてしまうのです」
世界が消える? そんなことがありえるのか。
「じゃあ、どうしろって言うの!?私が颯を助けたところで、颯は一生、"人殺し"として生きていかなきゃならないじゃないか!」
「それは真澄さんの考えることです。選択を間違えないでくださいね」
そう言って男は消えた。