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透明な存在

作者: をにとより

 ある日突然、僕の体が透明になり始めたことに気づいた。最初は左手の指先から始まり、次第に腕、そして体全体へと広がっていった。鏡を見るたびに、消えゆく自分の姿に恐怖と興奮が入り混じった感情を覚えた。透明になった手をじっと見つめながら、独り言を呟く。


「透明人間になるなんて、子供の頃の夢が叶ったみたいだ。でも、これが現実だなんて…」

 鏡の前で自分に語りかける。しかし、実際に透明になると、それがどれほど孤独で恐ろしいものかを思い知ることになった。社会から完全に消えた存在は、もはや社会と繋がる術を失うのだ。日常生活が次第に難しくなり、買い物や公共の場所での行動が困難になっていく。誰にも見えないということは、自分の存在が認識されないということだった。


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 仕事を失い、家族や友人からも見放された僕は、ますます透明化が進んでいく中で、自分が本当に存在しているのかを疑い始めた。無職のまま、ただ時間だけが過ぎていく日々。誰からも認識されず、必要とされない自分。

「どうせ誰にも見えないんだから、何をしてもいいんじゃないか」

 とふとした瞬間にそう考えたが、すぐに虚しさが襲ってきた。


 ボランティア活動に参加しようと試みるも、事前の申し込みや身分証明が必要なことに尻込みし、結局何もせずに終わった。鏡の中の透明な自分を見つめながら、深い虚無感に苛まれた。パソコンの画面をじっと見つめながら、社会から消えゆく自分の姿を想像すると、

「このまま消えてしまうのだろうか」

 と不安に駆られる


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ある日、公園で一人の青年と出会った。彼の目が僕をしっかりと捉えていた。驚いた僕は、なぜ自分が見えるのかを尋ねた。青年は、特別な力を持っているわけではなく、ただ人々の存在感を感じ取ることができると言った。


「君がここにいるってこと、僕には分かるんだ」

 と青年は言った。


 二人は次第に心を通わせ、互いに支え合うようになった。彼は公園のベンチに座りながら、自分の過去を話し始めた。家族は離散し、友人もいない。社会に居場所がないと感じている、孤立した存在だった。彼の話を聞きながら、自分と重なる部分が多いことに気づいた。かつての自分の夢や希望を思い出しながら、彼に共感を覚えた。

 彼を通じて、自分がまだ存在する意味を見出し始める。透明な自分でも、誰かのためになることができるという希望を見つけたのだ。


 青年と共に過ごす日々の中で、再び社会との接点を持とうと決心する。透明なままではあるが、インターネットを通じて、匿名で社会貢献活動を始める。少しずつ、自分が社会の一部であることを実感し始めた。「透明な存在でも、意味があるんだ」と確信した。孤独で絶望していた自分が、再び希望を持つことができるようになったのだ。


 インターネット上での活動を通じて、多くの人々と交流を持つようになった。僕の透明な存在は物理的には見えないが、その影響力は次第に広がっていった。自分の体験を匿名でブログに綴り、多くの読者から共感を得た。「君の言葉に救われた」というメッセージが届くたびに、自分が生きている実感を得ることができた。


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ある日、青年が突然姿を消した。彼を探し続けたが、見つけることができなかった。彼が僕の存在意義だったことを痛感し、再び孤独に陥った。毎日彼の姿を探し続け、彼がよく座っていた公園のベンチや、二人で語り合った場所を訪ね歩いた。しかし、彼の影すら見つけることはできなかった。


 彼のいない日常は、再び灰色の世界に戻ったかのようだった。何度も何度も彼の言葉を思い出し、その存在がどれほど自分にとって大きかったかを痛感した。彼が僕に言った最後の言葉を思い出す。「君はどんな時でも、自分を信じ続けなきゃいけない。透明でも、君の存在は確かに意味があるんだ」と彼は微笑みながらそう言った。


 この言葉が心に深く刻まれている。「君がいなくても、僕は生きていく」と鏡の前でそう誓った。透明な存在であっても、その存在意義を見つけたのだ。誰かのために生きることが、自分の存在を証明する唯一の方法なのだと信じて。再びインターネットを通じて、自分の体験を発信し続けた。僕の言葉は多くの人々に希望を与え、その影響力はますます広がっていった。


 僕の存在は物理的には見えないが、その言葉と行動は確かに誰かの心に刻まれている。透明な存在であっても、その存在意義は確かにあるのだと信じ続けた。日々の活動を通じて、多くの人々に影響を与え、彼との絆が自分を支えていることを実感した。透明な存在であっても、僕は今確かにここにいる。

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