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バックドアーズ再び!

作者: 矢本MAX

音楽はタイムマシンです。

その響きはあなたを、懐かしいあの頃に誘ってくれるでしょう。

これからしばしの間、あなたの心はこの不思議な空間へと入って行くのです。

 土曜日の夜だ。

 すべての土曜日の夜は、ロックンロール・パーティのためにある。

 今夜の主役はオレたちだ。

 七月の第二土曜日、オレたちバックドアーズは三〇年ぶりに再結集して、今、ステージに立つのだ。

 ドアーズのトリビュート・バンドとして活動していたかつてのメンバーは、みんな還暦を過ぎ、腹が出たり髪が薄くなったり皺が増えたりしていたが、久し振りに楽器を持って、あの頃夢中になった音楽を奏でると、身体の隅々まで染み通ったロック魂が活性化し、一気に若返ったようだ。

 だけど、それが錯覚でしかないことは、練習を終えた後の疲労感がハンパなく、イヤでも現実を思い知らされることで証明される。それでも練習を重ねるごとに、徐々にかつての感覚を取り戻し、コンサートに向かって、丁度いい感じに仕上がって行った。

 ドアーズの音楽と出会ったのは高校の頃だった。

 ある日本人作家の小説を、タイトルに惹かれて読んでみたら、そこにドアーズの音楽や詩が引用されていて、興味を持ったのだ。

 最初に聴いたのは、『まぼろしの世界』という邦題のついたセカンド・アルバムだった。

 小人や大男やピエロたちが、街角でパフォーマンスを繰り広げるジャケット写真のインパクトも凄かったが、中に詰まった音楽も凄かった。

 ワイルドさと繊細さが、絶妙なバランスを保ちつつ疾走する。特にジム・モリソンのヴォーカルにノックアウトされた。

 その頃、ドアーズは解散していたし、ジム・モリソンも亡くなっていて、すでに神話・伝説の人物になっていた。

 ジム・モリソンになりたい!

 高校生のオレは本気でそう思った。

 時代を全力で駈け抜け、二七歳という若さでこの世におさらばしたロックンロール詩人!

 最高にカッコイイ生き方だ。

 まずはバイトでギターを買い、弾き語りの練習を始めた。

 いきなりエレキギターは値段も高かったので、生ギターだった。

 生ギター一本でドアーズ・サウンドを再現することはもちろん無理だったが、バラード調の歌は、けっこう雰囲気を出すことが出来るような気がした。

 恐れを知らぬオレは、高校最後の文化祭で有志公演枠で出演し、約二〇分のステージをこなした。

 これがけっこう好評で、有頂天になったオレは、人生を踏み外した。

 大学受験に失敗し、浪人生として東京暮らしを始めたとたんに、受験勉強そっちのけでライヴハウスを渡り歩き、演奏活動を開始。結局翌年も入試には落ちて、親にも見放されて、バイト生活に突入。地道にメンバーを探して、ようやっとバンド編成になったのは二五歳の時だった。

 ギターのジュンイチ、ベースのフミヒロ、キーボードのトシキ、ドラムスのケンゾー、そしてヴォーカル&ハープのオレ、マサルの五人編成。

 実際のドアーズにはベーシストはいないのだが、やはり専任のベース奏者がいた方が、音に迫力が出るし、キーボードに余計な負担をかけなくて済むので、演奏ミスの軽減にもなった。

 バンド名のバックドアーズは、ドアーズのナンバー「バックドア・マン」から引用した。裏口の男、すなわち間男のことだ。肛門性愛者のことも言うらしいことを知ったのは、ずっと後のことで、その時はちょっと後悔した。

 バンドの演奏は、自分で言うのもなんだけど、かなり高いレベルで、人気もそこそこあった。多い時には毎週どこかのライヴハウスで演奏していた。

 しかし、そんないい時代は、あんまり長くは続かなかった。

 ギターのジュンイチは、よりハードな音楽をやりたいと、自らのバンドを結成、ベースのフミヒロはオリジナル曲をやりたいと言い出し、キーボードのトシキは、音楽教師になるために教員免許を取得し、郷里へ帰って行き、ドラムスのケンゾーは他のバンドに引き抜かれた。

 結成から解散まで、足かけ五年、正味三年半という短い寿命だった。

 バンドを失い、三〇歳になったオレは、自分の青春はこれで終わったのだと思った。

 勧めてくれる人がいて、小さなロック酒場の雇われマスターになった。

 店はそこそこ繁盛し、一〇年後に自分の店を持つことが出来た。

 店の名前は、やっぱりドアーズにちなんで「ストレンジ・デイズ」と付けた。アルバム『まぼろしの世界』の原題だ。

 ちょっとややこしのは、日本盤では「まほろしの世界」という邦題は、アルバム・タイトル曲ではなく、LPだとB面に収録されている「ピープル・アー・ストレンジ」に付けられているってところだが、そんなことはまあ、どうでもいい。

 いや、よくないか? 

 CDの時代になってもアナログ盤でロックを聴かせる店として、オールド・ファンの支持を得て、現在に至っている。

 評判を聞きつけて、最初に店にやって来たのはベースのフミヒロだった。彼は今もスタジオ・ミュージシャンとして活動を続けていた。

 フミヒロが連絡を取って、ギターのジュンイチとドラムスのケンゾーもやって来た。二人とも正業に就きながらも、アマチュアとしてバンド活動を続けていた。

 そしてキーボードのトシキは、学校組織に馴染めずに教師をやめ、今は楽器会社が経営する音楽スクールの講師をしていることが解った。

 全員が顔を揃えたのは、去年の暮れのことだった。その時点で、みんなやる気満々なのが伝わって来た。

「やるか?」

「やろう!」

 で決まった。

 それから約半年の準備期間を経て、今夜の復活コンサートが実現したのだ。

 店は五〇席のライヴが出来るピッツァとパスタの店で、ステージは客席より一段高く設えてある。

 無名のコーピーバンドの復活コンサートには申し分ない舞台だった。

 定刻にはほぼ満席になり、客席の照明が控えめな間接照明に落とされた。

 満場の拍手に迎えられてステージ中央に躍り出たオレは、マイクスタンドを掴んでシャウトした。

「オーライ! オーライ! オーライ! オーライ!」

 ジム・モリソンばりにオーライ四唱でコンサートはスタートした。

 一曲目はアップテンポの「ブレイク・オン・スルー」、

 そして「ロードハウス・ブルース」「ファイブ・トゥ・ワン」とハードなナンバーで加速して行く。

 バンドの演奏は、年季が入った分確実に円熟し、味わい深くなっている。いい仕上がりだ。客層もそれなりに高年齢だが、熱く反応してくれている。

 ここで少しテンポを落として、ドアーズのアルバムの中でいちばんのお気に入り『まぼろしの世界』より「ストレンジ・デイズ」、そして可憐なバラード「迷子の少女」へと繋ぐ。

「迷子の少女」のイントロがはじまった時、店の後ろのドアが開いて、ひとりの女性客が入って来るのが見えた。

 その華奢なシルエットを見て、オレのハートがオフビートを刻んだ。

 レディ・レイ!

 店員に案内されて最後尾の席に着いた女の顔が、テーブルのキャンドルでほのかに浮かび上がる。

 間違いない。

 期待していなかったとは言えないが、ほとんど望みはないと思っていたので、彼女の来場は衝撃だった。

 おかげて、歌い出しのタイミングを失うという、痛恨のミスをした。

 メンバーと客席に謝って、もう一度最初から演奏をし直した。

 でも、嬉しかった。この復活コンサートをいちばん見せたかった人がやって来てくれたのだ。最高潮だったオレのテンションは、さらに上がった。

 レディ・レイこと水野レイは、バックドアーズの活動期に、よくライヴに来てくれていた常連ファンの一人だった。

 ちょっとアンニュイな雰囲気の漂うスレンダーな美人で、フランス映画から抜け出して来たような風情があった。

 ライヴには、いつも一人で来ていた。

 その浮世離れした美貌から、どこかの金持ちの二号さんではないかという噂も立ったが、本人は何も語らず、その素性は謎のままだった。

 コンサートが終わると、いつの間にか姿を消していたので、ほとんど会話も交わしたしたことがなかった。

 でも、彼女が来てくれるだけで嬉しかった。

 客席に彼女がいるというだけで、パフォーマンスにも力が入った。

 高嶺の花だと解ってはいたけれど、もしかしたら彼女はオレに気があるのではないかと自惚れたりもしていた。

 奇跡が起きたのは、ある土曜日の夜のことだった。

 コンサートを終えて、店の一画で打ち上げをしていると、珍しく彼女が帰らずにその場にいた。

「珍しいな、こんな時間に」

 勇気を出して声をかけると、

「今日はなんだか帰りたくないの」

 と彼女が答えた。

 これは誘っているなとオレは思ったね。

「んじゃ、ドライヴにでも行こうか?」

 すかさずオレは突っ込んだ。

「いいわよ」

 彼女は即答した。

「突っ走ろうぜ。真夜中の向こう側へ」

 恥ずかしいセリフを吐いて、オレは彼女をエスコートして、こっそり店の裏口から外の駐車場へ出た。

 おお、これぞ正真正銘のバックドアマンだと、自画自賛したい気分だった。

 駐車場には、友人から借りた純白のオープンカーが、月の光を浴びて神々しいほどに青白く輝いていた。

 満月の夜だった。

 オレたちは、知人から調達した葉っぱを吸ってドライヴに出発した。

 カーステレオからはドアーズの音楽が流れて来る。曲はもちろん「月光のドライヴ」だ。

 走り去る外灯が流れ星のように飛び去り、街は銀河のようにキラキラと輝いて見えた。

「どこへ行く?」

「海へ!」

「オーライ! オーライ! オーライ! オーライ!」

 ってなもんだ。

 港の際で車を停め、対岸の工業地帯が夜間照明で光の城のように輝いているのを見ているうちに、涙がこみ上げて来て、二人で声を上げて泣いた。

 そしてその後、身体を重ねた。

 それは不思議な体験だった。

 最初は、彼女の声が身体全体に響くように感じた。

 澄み切った湖水に波紋が広がっていくように、だ。

 そしてまるで肉体の境界線がなくなったように互いの身体が融合する。

 女性は全身が性感帯だと言われるが、自分の愛撫で感じる彼女の快感が、そのままこちらにフィードバックして来る。

 それがさらに無限音階のように、どこまでもどこまでも上昇して行く。

 すべては、さっき吸った葉っぱの作用によるものなのか、それとも彼女の特殊な能力によるものなのかは解らなかったが、そんなことはどうでもいい。いや、きっと両方だったのだろう。

 生涯で最高のセックスだった。

 快感の余韻が徐々に醒めて行くと、あたりは夜明け前の水色の世界だった。

 まだ活動を開始しない人気のない街を走り抜けた。オレたちを残して、世界中から人が消えてしまったかのようだった。

 しかしそんな夢心地も束の間だった。

 太陽が昇ると同時に、砂塵のように人や車があふれ出し、オレたちを現実の世界に引き戻した。

「ここで降ろして」

 家まで送るというオレの申し出をかたくなに拒んで、レイは山手線のどこだったかの駅の近くで車を降りた。

「楽しかったわ」と彼女が言った。

「オレもだ。最高だったよ」

「またね」

 小さく手を振って、彼女は大股で駅の方に歩いて行った。

 それが、彼女を見た最後だった。

 あれからもう、三〇年以上になる。

 今、客席の後ろの方にいるレディ・レイは、確かにそれ相応の年齢を感じさせたけれど、年老いても気品を失わない女優のように、凛とした美しさがあった。

 すぐにでも駆け寄って、思いっきり抱きしめたい。

 そんな気持ちを抑えつつ、歌い続ける。

「水晶の舟」

「太陽を待ちながら」

「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」

「アンハッピー・ガール」

「音楽が終わったら」

「ロック・ミー」

「L.A.ウーマン」、

 そして「バックドア・マン」と歌い進んで、後半のハイライトに用意したのが、思い出の曲「月光のドライヴ」だった。

 歌う前に、オレは薄暗がりの客席の彼方、キャンドルの光でおぼろに浮き上がるレディ・レイに向かってこう告げた。

「次の曲を、かつてのオレたちの演奏を愛してくれた、ある女性に捧げます」

 そして心を込めて歌い上げた。会心の歌と演奏だった。これでオレの気持ちも伝わったはずだ。

 達成感とともに、体力の限界も感じた。

 無我夢中で突っ走って来たが、流石に還暦過ぎの身体には、二時間近いステージを休憩なしで続けるのは辛くなりつつあった。おまけに、ドアーズには一〇分を超える大曲が多い。

 ラストを飾る「ジ・エンド」は、もはやおのれの限界を超えた、破れかぶれパフォーマンスになった。

 それはメンバーも同じだった。

 時折見せていた笑顔が消えて、目線の合図にもどこか疲労感が漂う。

 演奏もやや粗くなったが、それが曲にラフな魅力を与えたようだ。

 混沌としたノイズとともに演奏が終わると同時に、万雷の拍手がわき起こった。

 ここで文字通りジ・エンドにしたかったのだが、ほとんどインターバルもなしにアンコールに突入した。

 最後の最後に用意したのは、名曲中の名曲「ハートに火をつけて」だ。

 限界を超えた身体は、もうガクガクだし、声も掠れていたが、限界を超えたことで、逆に奇妙な爽快感があり、全員がハイになって演奏を終えた。

「みんなありがとう! もう限界だ。限界を超えた。サンキュー、サンキュー、どうもどうもどうも」

 ろれつの回らなくなった舌でそれだけ言うと、オレはステージを飛び降り、スタンディングオベーションを続ける聴衆をかき分けて、客席の後部ドアめがけて走った。

 曲が終わると同時に、レディ・レイが立ち上がり、ドアを開けて去って行ったのが見えたからだ。

 よろけつつ後を追い、店の外に飛び出した時には、もうそこに彼女の姿はなかった。

 店は路地の突き当たりにあり、歩いて帰るにしては、あまりに早い姿の消し方だった。

「レイ! レイ!」

 オレは枯れた声で何度も呼びかけたが、返事はなかった。

 どうして去って行ってしまったんだろう? せめて再会を喜び、話でもしたかった。

 オレは全身から力が抜けてその場にへたり込んだ。

 店から、次々とメンバーがやって来て、オレを取り囲んだ。

「話は出来たのか?」とキーボードのトシキが訊いた。

「いや、何も言わず行っちまった」とオレは答えた。

「来てくれただけで嬉しいじゃねえか」とドラムスのケンゾー。

「相変わらず綺麗だったな」とギターのジュンイチ。

「いい歳のとり方してたよな」とベースのフミヒロ。

 みんな、彼女が見えていたのだ。

 涙をこらえて夜空を見上げると、ちょうどてっぺんに満月が光り輝いていた。

                        了

音楽は時に、ある種の奇蹟を起こしてくれるのかも知れません。

それではまたお逢いしましょう。

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