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エピローグ:futurity rhapsody㊤

 2日間の文化祭も無事に終わった月曜日、祝日の午後。時刻は間もなく13時30分。

 宮城県の中央部・大和(たいわ)町にある警察署から出てきた統治と櫻子は、互いに顔を見合わせて息を吐いた。

「統治さん、ついてきてくださってありがとうございました」

「当然のことだ。ひとまずこれで……終わったな」

 2人で駐車場へ向けて歩きながら、色づいた山々と、その先に続く青空を見つめ……ようやく肩の荷が下りたことを実感していた。


 櫻子が今しがた警察署で行ったのは、被害届の取り下げだ。

 暴行未遂事件として捜査されていた本件は、櫻子の証言や防犯カメラの映像、そして名杙史子本人の証言もあり、事件として立件可能だったけれど……櫻子自身が史子に前科をつけることを望まず、届けを取り下げることを両家に伝えたのだ。

「許すわけではありません。ただ……相応の制裁は受けていらっしゃいますし、御本人も反省して、私や統治さんと二度と関わらないと仰っています。私はそれで構いません」

 一昨日の土曜日午前中、領司と愛美の前できっぱりと言い放った櫻子に、2人は深く頭を下げていた。

 史子と両親は厳重注意と、櫻子――透名家に対する慰謝料の支払いを本家から命じられた。今回、最も厳しい『絶縁』にまで至らなかったのは、当主と櫻子、統治の思惑が一致したからである。

 なお、史子と櫻子、統治の間に結ばれていた『関係縁』は、領司立ち会いのもとで統治が完全に断ち切っているため、今後、『関係縁』の新たな構築を確認した場合、さらなるペナルティを課すという旨の誓約書は取り交わし済みだ。

 と、いうわけで被害届の取り下げだが、これは被害者である櫻子本人が行わなければならない。櫻子と統治は休みである今日を活用して、手続きにあてる時間にしていたのだ。

 車の助手席に櫻子、運転席に統治が乗る。今日はこれから仙台に戻り、櫻子が宿泊していたホテルの荷物整理も行わなければならない。チェックアウトは明日の朝一番。仮の仙台ぐらしも今日で終わりだ。

 統治はエンジンをかけてハンドルを握りると、シートベルトをしめた櫻子を見やり……気になっていた疑問をぶつけることにした。

「それにしても……午前中の櫻子さんは、何があったんだ?」

「午前中とは、何のことでしょうか?」

「しらばっくれるのは無理があるだろう。本家で叔父と鉢合わせになった時のことだ」


 遡ること2時間半、時刻は午前11時過ぎ。

 櫻子は統治の両親に、仙台滞在における感謝を伝えたいと申し出ていた。領司と愛美も身内の軽率な行動を改めて侘びたいということで、今日の午前中に2人で本家へ立ち寄っていた。

 話を終えて、移動するために駐車場へと向かう道すがら、待ち構えていたように名杙慶次が顔を出す。

 普段は余裕のある顔も目に見えてやつれており、着ているワイシャツもくたびれたままなので、ここ数日、まともに帰宅していない様子が伺えた。まぁ、無理もないだろが。

「よう統治……随分とやってくれたな」

 かすれた声で苦々しく吐き捨てた慶次に、統治は首を傾げて問いかける。

「何のことですか?」

「とぼけるな!! 姑息な真似しやがって!!」

「叔父さん、俺たちは急ごしらえじゃないです。きちんと用意して……」

「――んなことはどうでもいいんだよ!!」

 慶次による『姑息』の誤用を律儀に指摘すると、彼が珍しく声を荒らげた。そして、特に動じる様子のない2人を憎々しい眼差しで睨み、ワナワナという言葉が似合う立ち姿で言葉を絞り出す。

「親の部屋にカメラを仕込む息子なんざ、前代未聞だ……!!」

「お言葉ですが、甥の婚約者の個人情報を閲覧して拡散する叔父の方が前代未聞では?」


 櫻子が作成した偽の書類を持って統治が実家を訪れた先々週の木曜日、その日の夜のこと。

 統治は領司の許諾を得た上で、部屋に小型のウェブカメラを仕掛けていた。当然のように録画機能付きであり、カメラのレンズには統治達のスマートフォンと同様のフィルムを貼り付けてある。

 オンラインストレージ上に保存されている録画データには、金曜日――領司が北海道へ出張した日、慶次が部屋に入ってきて、領司が棚の中のファイルに片付けたはずの書類を抜き取ると、中身をスマートフォンで撮影して去っていく様子が記録されていた。

 そして、彼の傍らには、分町ママがいた。

 実家から持ってきていたノートパソコンでそれを確認した統治は、空が見た通り、慶次は分町ママから書類の情報を得て、短時間でそれをデータにして持ち出していたというやり方に確信を得る。

 分町ママは主に領司の近くにいるが、名杙の『親痕』という立場上、名杙本家・直系筋の人間には従うことになってしまう。実は、櫻子の記憶が戻った後、統治が分町ママに、この時、慶次からどんな依頼を受けて書類の場所を教えることになったのかを尋ねていた。

 統治の質問に、分町ママは首を傾げつつ……。

「慶次さんに、書類を案内……そうねぇ、そんなことをしたような気はするけれど、どうしてだったかしら」

 ……という、至極曖昧な答えしか返ってこなかった。もしかしたら、慶次自身が何か、分町ママに対して小細工をしている可能性もあるが、それを証明するのは骨が折れる。

 そこで、統治は櫻子やユカ、政宗とも相談の上、()()()()()()()()を得て、そこから彼を追い詰めることにした。

 山形の名杙史子の被害届を取り下げたのは、その見返りとして、彼女やその両親に、こう、証言してもらうためだ。


 ――名杙慶次経由で櫻子の個人情報を知り、娘の方が名杙本家の嫁にふさわしい、彼女では力不足だと思った。

 ――慶次から、櫻子と統治の『関係縁』を切ることで、統治の興味が薄れるから、そのすきにアプローチすればいい。俺も協力する、そう言われたから『縁切り』をした。


 この提案に、名杙史子の両親――特に父親は最後まで了承を渋っていたが、統治の「では、お嬢さんには前科がつきますね」という言葉を受けて、頷くことしかできなかった。

 内部からこのような証言が出れば、流石に慶次も我関せずというわけにはいかない。これが分町ママ1人の証言であれば信憑性に欠けると言われて逃げられる可能性もある。統治としても絶対に欲しかったのが、生者、しかも内部の人間による信憑性の高い証言だったのだ。

 そして更に、瀬川翼という一般人に対して、法外な値段で『営業』をかけていたことが明るみに出た。勿論、政宗はこのタイミングを狙って告発したのだが。


 政宗は翼から「お前に賭ける」という連絡を受け、慶次が作成した契約書を入手していた。

 それを報告(告発)書に添えて領司へ提出した政宗は、静かに怒る領司へ向けて、強い意志をぶつける。

「俺は……友達の純粋な気持ちを利用した金儲けの片棒をかつぐつもりはありません。正当かつ公正な対処を、よろしくお願いします」


 これまで実力と驕りで思い通りに物事を進めてきた慶次にしてみれば寝耳に水。いざとなれば切り捨てればいいと思っていた相手がことごとく寝返ったため、その火消しと言い訳に追われているのである。

 しかも透名家から、娘に対する名誉毀損で訴える用意がある――先日、ショッピングセンターで過呼吸を起こしたことが決定打になった――と言われているのだ。証拠として、ユカがスマートフォンで録音していた音源まで提示されたので、言い逃れは出来ない状況である。

 そんなことばかりが立て続けに重なっているので、身なりに気を遣えなくても仕方がない……の、かもしれない。全て身から出た錆、後の祭りだけれど。


 統治は慶次を睨みつつ、毅然とした態度で言葉を続ける。

「貴方と親父の間に何があったのかは知りません。ただ、兄弟喧嘩に周囲を巻き込むのはやめてください。迷惑です」

「兄弟喧嘩、だと……!?」

「俺にはそう見えただけです。失礼します」

 統治は軽く頭を下げると、駐車場の方へ向けて足を向ける。それに倣おうとした櫻子へ、慶次は慌てて声をかけた。

「透名さん、ご両親に何とかとりなしていただけませんかね? 君だって、虚偽の書類を使って俺を騙そうとしたんだろう? おあいこじゃないか」

 流石に統治が諌めようとしたが、櫻子が割って入って首を横に振った。そして、改めて慶次を見つめた後……口元に妖艶な笑みを浮かべる。


「そんな小娘の罠に引っかかってまんまと騙されたのは、どこのどなたでしょうか?」

「っ……!?」


 声にはいつも以上の凄みと艶があり、目元は一切笑っていない。

 一週間前は、慶次を前にしてあれだけ怯えていたのだが……その姿はもう、どこにもなかった。

 反論を探す慶次に二の句を継がせず、櫻子はよどみなく言葉を続ける。

「私は自分の家の繁栄のために、名杙家や統治さんを利用すると思われているしたたかな女ですので、弱い人に構っている(いとま)はありません。ご期待に沿えられず、申し訳ありません」

 言葉の端々に拒絶を滲ませ、櫻子は静かに頭を下げる。

 顔を上げた彼女は、もう、慶次のことなど見てはいかなかった。

 その様子を見ていた慶次は、我に返って唇を噛み締める。

「随分な物言いだな……統治、こんな女はやめておけ。いずれ取って食われるぞ」

 慶次が統治を見て苦々しく呟いた次の瞬間、櫻子が笑顔で割って入った。

 そして、統治の腕に自分の腕を絡めると、慶次を横目で見やり、余裕のある口ぶりで言葉を紡ぐ。

「ご心配なく。これから統治さんに、しっかりと躾けて頂きますから」

 こう言って自分を見上げる櫻子に、統治は一瞬、圧倒された後……表情を崩さすに頷くことしか出来なかった。


「あの時の櫻子さんの口調で……その、初めて会った時のことを思い出したんだ」

「すいません……出過ぎた真似をしてしまったでしょうか」

 萎縮して肩を縮こまらせる櫻子に、統治は口の端に笑みを浮かべると「いや」と頭を振って。

「あの人にはあれくらい言ってくれていいと思う。俺はただ、出典を知りたくて」

 興味本位だ、と、どこか楽しそうに付け加えた統治に、櫻子は安堵した後……今回、慶次と対峙するにあたって参考にした人物の名前を告げる。


「片倉華蓮さんです」

「……は?」


 意外すぎる人物名に、統治は思わずアクセルから足が落ちそうになり、慌てて力を入れ直す。


 櫻子によると、先週、病院の診察が午前中で終わった日の午後。

 統治の仕事が終わるまでの時間つぶしに、仙台市の図書館で本を読んでいた櫻子は、次の文献を探している途中で……見知った人物の横顔を見つけた。

「名波さん……」

 ポツリと呟いた声は彼に届いたようで、櫻子に気付いた蓮もまた、ぎこちなく会釈をする。荷物を見るに、学校帰りに立ち寄っているのだろう。

 こうしてみると、どこにでもいる普通の少年だ。それこそ、少し大人しい部類に入る。

 しかし、櫻子は以前、実家の病院における子ども向けの演劇会で、立派にシンデレラを演じきった彼の姿を目撃していた。メイクと衣装、そして声色まで変えて、堂々と一人の女性を演じきっていたその勇姿は、今でもたまに子どもたちの口から語られるほどのインパクトを残している。

 しかも彼は、『仙台支局』で『片倉華蓮』と名乗り、女性として仕事をこなしているのだ。内部作業が多いとはいえ、電話で気付かれなかったり、大きな問題に発展していないのは……彼の演技力が凄まじいからなのだろう。それくらい完璧に、彼は彼女になることが出来る。


 彼の中にどんなスイッチがあるのか分からないけれど、あの時の彼……彼女くらい、堂々と立ち居振る舞うことが出来れば。

 きっと、名杙本家で誰に会っても、ブレずに立ち続けることが出来るのではないか?


 そう思ったら、居ても立っても居られなくなってしまって。

「あ、あの、名波さん……!!」

「へっ!? あ、はい、な、何ですか……?」

 声を抑えつつ、櫻子は思い切って、閲覧席にいた蓮へ声をかけた。まさか更に近づいてくると思っていなかった蓮は、目を丸くしつつ座ったまま彼女を見上げる。

 そして。

「あのっ……!! 私に、強い女性の演じ方を教えていただけないでしょうか……!!」

「……は、はい?」

 真剣に頭を下げる櫻子に、蓮は盛大に戸惑った。


 ……という話を聞いた統治は「なるほど……」と、若干顔を引きつらせつつ。

「彼が春から取り組んできたことが、こんな形で人助けに繋がるとは、な……」

 無理やり自分の中で話をまとめた後、改めて前を見つめ、車を走らせる。

 櫻子は名雲の『絶縁体』があることで、名杙本家の人間の前でも萎縮しなくなった。それだけでなく、彼女に増えた『因縁』に気付いたのは、今のところ当主の領司のみ。領司には事情を説明して了承してもらっているので、実質、誰にも気付かれていないことになる。

 とはいえ、実際に届けを出すまでにやらなければならないこと、決めなければならないことが山積していた。ひとまずは来年早々に両家の顔合わせと正式な結納、その後に挙式や披露宴をどうするか、いつ届けを出すのか、新居はどこにするのか……等、話がどんどん具体的になっていくのだろう。

 そんな中で、統治には出来るだけ早くやっておきたいことがあった。

「櫻子さん、荷物の整理が終わったら……買い物に付き合ってくれないだろうか」

 これから仙台に戻れば、荷物の整理が待っている。とはいえ、日頃からきちんと整頓している櫻子のことなので、さほど時間はかからないだろう。

「分かりました。お洋服ですか?」

 助手席で頷いた櫻子に、統治は少しだけ口ごもった後……。

「その……指輪を」

「っ!?」

 思ってもいなかった提案に、櫻子は盛大に息を呑んだ。

 彼女自身、必要以上のアクセサリーは身に着けない。それは統治も同じだったし、クリスマスも互いの誕生日もまだ一緒に過ごしたことがないため、贈り物をし合う、という感覚がなかったのだ。

 その発想はなかった、と、目を丸くする櫻子へ、統治は運転のために前方を見据えたまま……ぎこちなく言葉を続ける。

「結婚指輪はまだもう少し先になるから……その前に何か一つ、と、思って。ただ、何をどう買えばいいか分からないから……一緒に選んでもらえないだろうか」

「勿論ですっ……!!」

 落ち着いた声音の中に喜びを滲ませて、櫻子が嬉しそうに返答する。

 その様子をミラー越しに見た統治もまた、口元に笑みを浮かべて……目的地へと車を走らせた。

 とってもとっても正直に白状しますと、2幕序盤で高飛車だった櫻子は、作者である私も持て余すくらい黒歴史だったのです。が。

 それをまさか、こんな形で生かすことができるなんて思っていませんでした。書き続けるもんですね……。

 慶次には令和のコンプラとハラスメントを真正面からぶつけて制裁を加えたかったので、ここを書くために8幕の嫌な場面も頑張りました。そう、今は録音・録画されて晒される時代なのよ……訴えられる時代なのよ……肝に銘じてね……。そして櫻子の実家は総合病院なのよ……顧問弁護士くらいいるわよ……!!

 かつ、どーーーしても慶次に対して上から目線の櫻子を書きたかったので、リミッターを外すことが出来たこの話は、書いていてとってもとっても楽しかったです。もっと書きたかった……!!

 そして、そのために教えを請うことにしたのが名波くん、と。積み重ねの賜です。女装が人の役に立って良かったね名波くん!!

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