エピソード8.5:school festival-2
初日、各クラスが趣向を凝らして来場者をもてなし、大盛りあがりで終了した、秀麗中学校文化祭。
2日目は部活動での成果を発表することになっているので、初日とは異なる空気感の中、祭りは予定通りに始まった。
開幕を告げる放送を聞きながら、心愛は腕に『生徒会』と書かれた腕章を付けて、図書室で文化祭実行委員の手伝いをしていた。今日の心愛は1日、裏方作業だ。まずはここで、備品を取りに来た生徒に対応をすることになっている。
始まる前には多くの生徒が駆け込んできたけれど、始まってしまうと……急に、静かになった。心愛は手元のリストを整理しながら、隣にいる1年生へ指示を出す。
「千葉さんと前田君は、そこにあるダンボールを畳んで、棚の脇に置いてくれる?」
「はーい」
ショートカットで背がスラリと高い1年生・千葉湊が、意気揚々と返答して。
「は……はいっ……!!」
どことこなく内向的な1年生・前田利家が、強い意志と共に頷いた。
彼らは夏休み明けから生徒会活動に参加をしている1年生だ。共に部活動を続けられなかったコンビをゲット出来たことで、生徒会はやっと6人(掛け持ち含む)。決して多くはないし、これが終わったら3年生が抜けてしまうので、結局4人(掛け持ち含む)になってしまうけれど……だからこそ、6人で取り組む最初で最後の大きな行事を、何事もなく終わらせたい。心愛の決意は堅い。開き直ったという言葉が適切かもしれないが、とにかく堅い。
そう、朝一番に学校へ入ろうと右往左往している『痕』を統治と共に見かけて半ギレで切ってしまうくらいに堅い。
だから……周囲をウゴウゴと徘徊している複数の気配を感じても、恐怖心を感じないくらいに、堅い。
「……何なのよこの学校は……!!」
ボールペンをへし折りそうな握りしめて口を歪めると、隣にきた制服姿の倫子が「名杙さん?」と心配そうに彼女を覗き込んだ。
「眉間のシワが深いけれど……具合でも悪いの? 大丈夫?」
「へっ!? あ、いえその、何でもないですっ!!」
倫子の言葉に慌てて取り繕いつつ、彼女を誤魔化す必要はないことも思い出した。
だって、倫子は心愛側の事情を深く知っているのだ。むしろ、ある程度説明して、フォローしてもらった方がいい。そうに決まっている。
「阿部会長、実は……」
心愛は倫子にだけ聞こえるように、現状をかいつまんで説明――5月と似たような状況になってしまうかもしれないので、そうなる前に対処したいから突然抜けちゃうかもしれませんごめんなさい――した。それを聞いた倫子もまた、神妙な顔で頷いて。
「分かったわ。私も今日は1日、生徒会として動くことが出来るから……名杙さんは名杙さんの役割を果たしてね」
「ありがとうございます……!!」
1人でも理解し、寄り添ってくれる存在のありがたさを実感しつつ……心愛はひとまず、指示があるまでは学生として仕事をしようと、改めて決意するのだった。
文化祭(2日目)開始から約2時間後、時刻は11路を過ぎた頃。正門から中に入ったユカと政宗は、周囲を見渡して顔をしかめる。
今日のユカはいつものキャスケットをかぶり、髪の毛は帽子の中にまとめている。飾り襟のついたトレーナーと、7部丈のズボン。足元はスニーカーで、商売道具等は昨日と同じくワンショルダーのカバンに入れて持ち歩いていた。
彼女の隣にいる政宗は、丸襟の白いシャツの上から襟付きの黒いジャケットを羽織り、カーキ色のズボンとスニーカーという出で立ち。ショルダーバックを肩から下げており、2人で並んでいると兄妹のようにも見える。
日曜日だからなのか、部活動のOB・OGたちが一堂に会しているからなのか……敷地内は昨日以上の密度に思えた。だからこそ、些細な変化を見過ごすわけにはいかない。
しかし……これは、流石に。ユカは政宗の上着の裾を軽く引っ張り、オズオズと問いかけた。
「ね、ねぇ、政宗……これさぁ、敷地内におるんは『切った』方がいい、よねぇ……?」
「そうだな……今の時点で3人かー、マジかー。里穂ちゃんが来てくれるの午後なんだよなー」
まるで自分に言い聞かせるような独り言に、ユカはジト目を向けた後……しかめっ面で言葉を続ける。
「あのさぁ……この学校、どげんなっとると? 呪われとらん?」
「ちょっと自信がなくなってきたな……まぁ、とりあえず、近い場所から順番にやろう。俺は昨日『縁切り』してないから2体、ケッカは1体頼む」
「了解。じゃあ、案内してくれる?」
簡素な打ち合わせを終えた2人は、政宗の先導に従って移動を開始する。そして数分後、食堂の裏側にやってきた。建物の方からは何やらとても美味しそうな匂いが漂っており、ユカは思わず顔をしかめる。
建物と柵に挟まれ、影になっている、湿気の多い空間。2人の視線の先、植え込みの一角に座り込んでいる『その姿』を確認すると、ユカはスマートフォンを起動して写真を撮影した。
政宗はカバンの外ポケットに入れていたハサミを取り出しつつ、自分と繋がっている無数の『関係縁』から一本選ぶと、それを軽く引っ張る。
「――うわっ!?」
次の瞬間、急に呼び出された空が、バランスを崩しながら姿を表した。
そして、自身が急に移動してきたことに気づき、周囲をキョロキョロと見渡している。
「あ、あれ? アタシ確か、海を見てたんじゃ……あれ?」
「川瀬さんごめんね、おはよう」
「うわっムネさんじゃん!! おはよう、どしたの~?」
秒で順応した空に、政宗は内心ありがたいと思いつつ、早速本題に入った。
「ちょっと聞きたいことがあってさ。あそこに座ってる人なんだけど……」
「んあ?」
政宗の声に導かれるように視線を向けた空は、茂みに座っている『彼』を見やる。
上下ジャージ姿で座り込んでいる『彼』は、おそらく、この学校の生徒だった人物だろう。五分刈りの頭には乾いた血が張り付いており、目の焦点はずっと合っていない。左腕が肩からだらりとしなだれているので、折れているのかもしれない。
一般人や心愛であれば、思わず視線をそらすような見た目だが、政宗もユカも耐性がついてしまったので特に動じることはない。そしてそれは、空も同じだったようで。
「あの人、どっかで見たことない?」
「んー……?」
政宗の問いかけに、空は少し彼に近づいて、顔をしげしげと見つめる。そして。
「……あ、こないだ、富谷に行く途中で……どこだったかなー……あぁそうだ、あの、野球場の近くで見た気がする」
「野球場……その近くには何があったか分かる?」
「んー……」
空はもう数秒、自身の記憶を検索した後……とある結論に至る。
「あ、マックとヨーク!! あと……多分、ホームセンターかなー?」
「なるほど了解。マジでありがとう。そうだ、俺が仕事するところ見ていかない?」
「いいよー見る見る~」
非常に軽いノリでピースサインを向けた空は、ここでユカの存在にも気づき、「やほー」と手をあげる。
「ユカちゃんもいたんだ。今日もお祭り?」
「そうですね。早く終わらせてご飯食べたいです」
「分かるー。朝から動くとお腹すくよねー」
「ちょっと2人とも!? 俺の仕事見ててくださいね!?」
会話が別方向に盛り上がる女子に苦言を呈しつつ、政宗は呼吸を整えてハサミを握り直した。
そして、眼の前にいる彼の右手に残る『関係縁』を確認し、意を決して声をかけた。
「こんにちは。俺の声、聞こえる?」
『……?』
政宗の声に反応し、『彼』がノロノロと首を動かす。そして、濁った瞳が、政宗を捉えた。
「名前、覚えてるかな。出来れば教えて欲しい――」
政宗の言葉を遮るように『彼』は立ち上がると、こちらへ向けて手を伸ばした。
まるで、何かにすがるように。
この行動もある程度予測していた政宗は、息を吐きながら体を捻って回避しつつ、同時に、近づいてきた彼に残る『関係縁』を握りしめ、一気にハサミの刃を入れる。
ためらいなくそれを切った瞬間、『彼』は静かに消失した。
政宗はハサミを下ろすと、ひとまずそれをズボンのポケットにねじ込んだ。そして、静かに目を閉じて、両手を合わせる。
「……ご愁傷さまでした。どうか、安らかに」
この言葉が届いているのか、確認するすべはないけれど。
彼が目を開けた瞬間、空間の隙間を風がすり抜けていった。
一連の行動を見ていた空が、両手を胸の前で交差させ、興奮気味にユカを見つめる。
「うわー!! ムネさんカッコよくない!? ね、ユカちゃん!!」
同意を求められたユカは、先程の彼の行動を思い返して……。
「まぁ……手際はいいですよね。冷静だったし、流石だと思います」
「へ? 冷凍の天ぷら?」
「違います。んーっと……」
ユカが『手際』を分かりやすく伝える言葉を探していると、政宗が合流し、顔をしかめるユカに首を傾げる。
「ケッカ、どうしたんだ? 難しい顔して」
「いや……天ぷら食べたいなって」
「緊張感持ってくれよ!? ったく……」
政宗は肩をすくめると、ユカの隣にいる空を見つめ、笑顔で頭を下げた。
昨日、心愛の『縁切り』の話を聞いて試してみたかったことを実行し、予想以上の成果を上げることができたから。
「川瀬さん、彼のことを覚えていてくれてありがとう。マジで助かるから、これからもこんな感じで宜しくね」
刹那、空が目を丸くして政宗を見た。
「へ? こんなことでいいの?」
「こんなことって言うけど、俺たちにはすっごく重要なことなんだ。なぁケッカ」
同意を求められたユカも、素直に「そうですね」と頷くことしかできない。
これだけ、死後の記憶力が抜群な『痕』は、非常に貴重だからだ。
「さっきの彼みたいに、どこの誰だか分からない状態から探すよりも、何か情報があれば、それを手がかりにすることができますから、本当に助かるんです。勿論、分からないならそれでいいんです。なんせ、数が多いので……」
空は死後も若い人を観察したりして、ファッションに関する情報を入手している。そして昨日、心愛が対峙した『遺痕』のことも知っていたので、人を見ることと、特徴をつかむことに長けているのではないか、というのが統治の考え。
それを聞いた政宗が問いかけてみたところ、ビンゴだったというわけだ。
2人から高評価を獲得した空は、ニットワンピースから伸びる右手を、上へ向けて突き上げる。
「そーなんだ!! じゃあ、できるだけやってみる!!」
「よーしその意気だ。じゃあ2件目、行くぞー」
政宗の先導で、ユカと空はその場から離脱した。
その後、ユカと政宗で各々1人ずつ――合計で3人分の処理を実施し、流石に疲れたので、昼食も兼ねて食堂で休むことにして。
パソコン部の手伝いをしている統治もまた、昼休みということで合流していた。
今日の統治は襟付きの白いワイシャツと、紺色のジーンズ。足元は上履きで、首から『関係者』と書かれたホルダーをぶら下げている。
「佐藤、山本……大丈夫か?」
「いやー、覚悟してたけど、午前中で立て続けに2件は、ちょっとなー」
昼ごはんにハンバーグセットを注文した政宗は、近くのコンビニで調達してきた栄養ドリンクも脇に用意して、苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、校内にいた3人分は処理した。プラス、朝に心愛ちゃんが1件だろ? 午後から……あと1、2人は覚悟したほうがいいよなぁ……」
「里穂も早めに合流すると言っていた。俺も少しは動けると思うが、全体の指示を頼む」
「分かった」
統治の言う『少し』がどれくらいなのかはわからないが、あまり強い期待をしないほうがいいだろう。心の中でそう判断した政宗は、ユカを見つめて調子を確認する。
「ケッカは大丈夫か?」
「うん。天ぷらそば美味しいよ」
「そーかそーか、それはよかった」
ユカが通常営業であることを把握したところで、統治が「そうだ」と何かを思い出したように口を開いた。
「今日、川瀬さんは見ているか?」
「川瀬さん? ああ、さっきまで協力してもらったけど、どうかしたのか?」
肉塊を口に入れた政宗が首をかしげると、統治は割り箸を割りながら、その理由を口にする。
「川瀬さんに関することで、昨日、親父の……当主の許可を取った。正式に手続きを済ませたい」
それを聞いた政宗は、目を軽く見開いた後……口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「早いな統治、どんな手を使ったんだよ」
「大したことではない。元々不足していたポストだからな。文化祭が終わったら取り掛かりたいから、すまないが最後まで残ってくれ」
統治はそう言って、ミックスフライ定食のメイン・エビフライを箸で持ち上げた。そして、それを口に入れて咀嚼していると……不意に、背後から声をかけられる。
「……名杙先生」
統治が振り向くと、そこには制服姿の森環が立っていた。彼は視線の先にいた2人へも何となく頭を下げた後、首を傾げる統治へ、沈痛な気持ちで――ぱっと見は普段と特に変わりないのだが――用件を告げる。
「……さっき、再起動したマシン、やっぱダメっすわ」
「そうか……USBメモリから起動しても同じだったのか?」
「……うす。やっぱ、再インストールが必要になるっすけど……生徒に権限ないんで、お願いします」
「分かった。戻ったら取り掛かるから、脇にどけておいてくれ」
統治の指示に環はコクリと頷いた後、踵を返し、注文を受け付けているカウンターへと移動していった。彼もこれから昼食らしい。
「統治、トラブルか?」
「よくあることだ。気にしないでくれ」
「ならいいけど……統治の『先生』も、様になってきたんじゃないか?」
楽しそうに語る政宗へ、統治は「そうか」と、淡々と――口の端に笑みを浮かべて返答しつつ、残りの食事を手早く済ませて、今日の持ち場へと戻っていった。
その背中を見送ったユカは、れんげでスープをすくいながらしみじみと呟く。
「統治……忙しかね」
「なんてったって『先生』だからな。さて、里穂ちゃんに連絡を……」
自身も食事をある程度終えたところで、政宗はスマートフォンを手に取る。
次の瞬間、周囲に言いようのない嫌な予感を感じて……思わず、真顔になった。
それは勿論、隣でスープをすすっていたユカも同じで……互いに顔を見合わせて、顔をしかめる。
「……政宗、いますぐここに里穂ちゃんか統治か心愛ちゃんを召喚して……名杙直系を、誰かっ……!!」
ユカの嘆きは、混み合ってきた食堂の喧騒にかき消された。
と、いうわけで。
「ココちゃん、お仕事っすよー!!」
政宗のヘルプコールにより、急いで合流してくれた里穂と。
「わ、分かった……!! 頑張る……!!」
倫子の計らいで自由時間を手に入れた心愛に、最前線はバトンタッチ。
勿論、ユカ達も同行するのだが、主な『縁切り』は2人に任せることにした。
「それにしても……マジでこの学校、やばくないっすか? 昨日からすっとこんな感じっすよ?」
強く気配を感じる裏門の方へ移動しつつ、里穂が苦笑いで話を始める。この言葉には全員同意するしかない。すると里穂は政宗を見やり、ポニーテールをなびかせながら首を傾げた。
「政さんが通ってる頃から、こんな感じだったっすか?」
「いや、俺の頃は違ったはずなんだけど……これは異常だから、本家にも進言しておくよ」
「そうだったっすね。そういえば……ケッカさんと政さんが初めて会ったのも、政さんが中学生の時っすか?」
里穂の問いかけに、ユカは「そうやったっけ?」と首を傾げて政宗を見上げる。彼は苦笑いで「そうだよ」と返答した後、すれ違う生徒に少しだけ目を細めた。
「あれから10年、だもんな。そりゃあ……」
言葉を切った彼に、ユカが声をかけようとした次の瞬間、先頭を歩く里穂が足を止める。そして、パーカーのポケットから商売道具のものさしを取り出した。
「じゃあ、まずは私からいくっすね。誰か写真撮影をお願いしたいっす」
「わ、分かった。心愛がやるわね」
立候補した心愛が自身のスマートフォンを取り出し、カメラを起動する。
ユカは、心愛が積極的に動く様子を見ながら……自身が関わった後輩が少しずつ独り立ちしていくことを実感して、少しだけ、胸が熱くなった。
すると政宗が再び、自身の『関係縁』を一本引っ張って。
「――うどわっ!?」
急に再び召喚された空が、目を丸くして周囲を見やる。
その姿を見つけた里穂が、手を振って彼女に現実を告げた。
「空さん、一緒にお仕事っす!!」
「またー!?」
2人……3人が滞りなく仕事を終えたところで、里穂が「私も阿部さんに挨拶したいっす」と手を上げたので、全員で生徒会メンバーがいる生徒会室へ移動することにした。
「昨日も思ったっすけど……やっぱ、広くて大きな学校っすよねぇ……グラウンドの数が多いのは心から羨ましいっす」
階段の踊り場にある窓から見えるグラウンドは、サブグラウンドを含めると3つ。各々で行われている各部活動ごとのイベントを見下ろしつつ、里穂が感嘆の声を漏らす。
そんな里穂へ、OBでもある政宗がどこか得意げに返答した。
「野球もサッカーも専用グラウンドがあるのは私立の強みかな」
「確かに。女子サッカー部の人数が少ないのはまだまだ残念っすけど……ココちゃんはやっぱり、付属高校に進むっすか?」
「え?」
里穂の問いかけに、先を歩いていた心愛が足を止めた。そして、視線をそらしつつ……息を吐く。
「まだ……決められないの。そろそろ、1回目の進路調査の紙を出さなきゃいけないんだけど……」
「そうだったっすね。今はオープンスクールも充実してるから、そういうのにバンバン参加して決めるといいっすよ」
「うん、そうする。ありがとう」
里穂のアドバイスに頷いた心愛は、一足先に階段を登りきった。そして、扉を開く。
「すいません、戻りましたー」
中にいたのは、3年生の倫子と勝利だった。心愛以外の人物に気付いて会釈をする倫子と、
「――政宗さん!!」
誰よりも早く政宗の存在に気付いた島田勝利が、目を輝かせて立ち上がる。
里穂は意識して政宗から離れると、倫子の方へ駆け寄った。
「お疲れ様っすー!! 阿部さん、昨日の英語劇、衣装も可愛くて面白かったっすよ!!」
書類についたホッチキスを外していた倫子が、里穂の言葉に表情をほころばせる。
「ありがとうございます。終わってホッとしています」
「欲を言えば、阿部さんが可愛い衣装を着ているところも見たかったっすけど……英語が苦手な私でも物語がわかりやすかったので、それを伝えたかったっす!!」
「本当ですか? 嬉しいです。クラスのみんなにも伝えておきますね」
里穂の言葉を受けた倫子が、はにかんだ笑顔で頷いた。里穂は隣にいるユカを見やり、「ケッカさんはどうだったっすか?」と尋ねる。こういうところは本当に、良い意味で抜け目がないと思わされる。
「あたしも、英語劇って聞いて構えとったけど……テンポも良くてわかりやすかったし、ナレーションでちゃんと物語を補ってくれたから、ついていけたと思った……かな。お疲れ様」
「ありがとうございます。最後の文化祭なので……頑張って、良かったです」
言葉を噛みしめる倫子に、ユカが里穂の狙い――感想を直接伝えることで倫子を喜ばせたかった――を悟ったところで、別の方からもにぎやかなやり取りが聞こえてきた。
「勝利君、昨日はお疲れ様。ダンス見たよ。あれ……相当練習したんじゃない?」
「見てくれたんですね!! そうなんですよ、最初は絶対無理だーって思ったんですけど、みんなで一生懸命頑張りました!!」
「うん、伝わってきた。俺、ダンスは得意じゃなかったからさ、もう、終わったら『凄い』しか言えなくなっちゃったよ」
「そうなんですね!! 僕もこんなにしっかりやったのは初めてだったんですけど、何とかなりましたね!!」
まるで飼い主を見つけた子犬のような勢いで語る勝利に、心愛が「島田先輩」と声をかける。
「時間、大丈夫ですか? 2時から実行委委員の仕事なんじゃ……」
「あーっ!? そうだった!! 政宗さん行ってきます!!」
「うん、行ってらっしゃい。最後まで頑張って」
「了解です!!」
最後まで政宗しか見ていなかった彼は、疾風の勢いで生徒会室を後にした。
政宗がヒラヒラと手を振っている様子を確認した倫子が、小声でユカに問いかける。
「あ、あの、山本さん……」
「ん?」
「その……学校の周りに『痕』が集まっているのは、もしかして、私の……」
過去の経験から、また、自分が何かしてしまったのではないか。
目の奥に不安を見え隠れさせながら問いかける倫子に、ユカは首を横に振った。
「今回は多分、違うと思う。まだはっきりしたことは分からんけど……仮に阿部さんが原因でも、こっちが渡しとるアイテムが悪いことになるけん、どっちみち、阿部さんのせいじゃなかよ。ごめんね、心配かけて」
「い、いえっ……!! だったら、いいんです」
ユカの言葉に倫子は安心した様子で肩を撫で下ろす。その様子にユカ自身も安堵しながら……この学校にはまだ、底知れない何かがあるような気がして……自分なりに調べてみようか、と、思案を巡らせていた。
それから、午後のプログラムも滞りなく終了し、時刻は間もなく17時。
本格的な片付けは休み明けに持ち越しのため、取り急ぎの荷物整理を終えた生徒たちが、ぞろぞろと帰宅を始めていた。
各々の表情には、すべてを乗り越えた達成感がある。心愛はクラスメイトや知人に挨拶をしながら昇降口を飛び出し、集合場所となっている正門を目指した。
そして、統治の姿を見つけて、慌てて駆け寄る。
「ごめんなさい、遅くなって」
「いや、大丈夫だ。車で移動するから、向こうのグラウンドまで歩くぞ」
「分かった……って、あれ? りっぴー達は?」
歩き始めた統治に追いついて隣を見上げると、彼は心愛と歩幅を合わせつつ、先発隊の動きを告げる。
「佐藤の車で先に移動している。ただ、里穂は明日も朝から練習があるから、帰ると言っていたな」
「そっか。明日から3連休なのは心愛だけなのね」
「羨ましいな。まぁ、当然といえば当然なんだが」
「でも、文化祭が終わったらすぐに期末テストなのよ。そんなにすぐに切り替えなんて出来るかしら」
「学生の本分だな。頑張ってくれ」
「い、言われなくてもっ……!!」
少しムキになって言い返すと、統治が「そうか」と相槌を打って前を向く。
心愛はそんな兄の横顔を見つめながら……思い切って、問いかけた。
「そ、その……お、お兄様が中学生の時、って……ど、どんな感じだった、の?」
統治が中学生の頃。
それは、今から10年前――ユカや政宗と出会い、大きな挫折を経験した時のことだ。
それを知ってから、心愛は統治に対して、ますます学生時代のことを聞くことができなくなっていた。
辛いことを思い出させてしまうかもしれない、人に話したくないのかもしれない。
人生の先輩として、色々と聞いてみたいことが沢山あるのに……踏み出せず、口に出せなかったけれど。
今、このタイミングだったら……聞けるような気がした。
心愛の問いかけに、統治は前を向いたまま、少しだけ考えて……。
「……3年生の文化祭で」
「う、うん……!!」
「……佐藤に、女装を、強いられたな」
「え!?」
何かを思い出して顔を歪める兄に、心愛はそれ以上を聞く勇気が持てなかった。
その後、事の顛末――勿論断った――を聞いた心愛と共に、統治が『仙台支局』へ到着したのは、17時30分を過ぎた頃。
2人の到着を待っていたユカと政宗が、座っていたソファから立ち上がった。
「待たせて申し訳ない。早速だが始めても構わないか?」
「おう。俺はいつでもオッケーだ」
これから統治が行うのは、政宗と空に繋がっている『関係縁』を切り、自身のものと改めて結び直す作業だ。これで晴れて、空は正式にここの一員となる。
まばたきをして視界を切り替えた統治は、政宗の隣で漂っていた空を見上げ、口を開く。
「川瀬さん、そういえば……報酬の希望を聞いてもいいだろうか」
「へ? ホーシュー……ホース? いらないけど」
そりゃあホースはいらないだろう、というツッコミは脳内だけにしておいて。統治は少し考えた後、空にも伝わるような単語を選定し、改めて説明を始める。
「その、分町ママで言うところの『酒』のような形で、『親痕』としての関係が成立すると、望むものを与えることが出来るようになるんだ」
「そうなんだ!! じゃあ、翼君の新しい絵、とかでもいいの?」
「いや、それは、ちょっと……申し訳ないが、この世界にまだ存在しないものは……」
言いにくそうに返答する統治に、空は「だよねー」と明るい声を返した。彼女自身もダメもとだったのだろう。それを叶えられないことは申し訳ないが……流石に、この世界に存在しないものを与えることは出来ない。
空は「うーん、そうだなー」と考え込んだ後、顔を上げて、こんなことを尋ねる。
「例えばだけど、毎日色々な服を着て、髪型もそれに合わせたいとか、そういうことでもいいの?」
「トータルコーディネートを自由に行いたい、ということか……既存の衣服やヘアスタイルであればできると思う」
「そうなんだ!! すごっ!! お金かけなくていっぱいオシャレできるなんてサイキョーじゃん!! じゃあそれでっ!!」
「分かった」
笑顔で同意した空に、統治ははっきりと了承を告げると……持っていたカバンの中から、銀色のペーパーナイフを取り出した。
そして、まず、自身の希薄な『関係縁』を静かに切ると、その切れ端の位置を確認する。
次に、政宗と空を繋ぐ『関係縁』へナイフを入れて、両者の負担にならないように一気に断ち切った。刹那、よろけた政宗がソファに倒れ込むが、ユカがフォローに入るので問題ないと判断。空にその場から動かないよう視線で訴えた後、心愛にナイフを預け、両手に『関係縁』を握る。
この繋がりが、いつまで続くのかは分からないけれど。
この世界に残ってくれたことを後悔するような、そんな思いはさせないと改めて誓う。
強い意思を込めて蝶々結びを終え、結び目を握った瞬間……自分の中に新しい決意が芽生えたことを、たしかに感じた。
そして……。
「あ、あれ? トージさん、ファッション、ぜんっぜん変わってないんだけど?」
無事に『関係縁』はつなぎ終えたが、空自身の外見が変わっていないことに、彼女自身が首を傾げる。
くるくるとその場を回る空を、統治は「落ち着いてくれ」と諌めつつ。
「これから試してみようと思う。どんな格好をしたいんだ?」
「えっとねー、じゃあ、リズリサのワンピとブラウスでキレイめな感じがいいな。色は白とかベージュ系がいい。足はニーソに厚底でしょ? だったら髪型は毛先を緩く巻いて~、髪色はアッシュグレーかな~。あ、カラコンみたいなこともできる?」
「は……?」
まるで呪文のように一気に語る空へ、統治は目を丸くして……空から一旦視線をそらし、心愛に助けを求める。
心愛はため息を付いて兄の隣に立つと、自身のスマートフォンを操作して、該当ブランドのホームページを表示させた。
「ほらお兄様、リズリサってこんな感じ。ねぇ空さん、これだったらニーソックスよりハイソックスとかのほうがいいんじゃない?」
「あ、確かに。じゃあ変更で」
「!?」
刹那、統治の顔が目に見えて引きつった。
心愛はあえて、それに気づかないフリをして……最新の衣服を着たモデルの画像を容赦なくフリックで切り替えていく。
「わー、このチュニックも可愛いと思わない? でも、だったらボトムスと合わせたほうが空さんっぽいかも……」
「あーね!! じゃあ変更で!!」
「!?!?」
ドンドン変更されていくオーダーに、統治は顔を引きつらせながら……ソファに座ってニヤニヤしている政宗とユカを見やる。特に助けてくれる気はないらしい。
「こ、心愛……」
「お兄様、どうかしたの?」
心愛がしれっと尋ねると、統治は暗い表情のまま……真顔で呟いた。
「俺はこの先……やっていけるのだろうか……」
「何言ってるのよ!! お姉様とも協力して頑張ってよね、お兄様」
心愛のニヤリとした口元と視線に、統治は一度、大きなため息をつくと……これも次期当主になるための試練だと自分に言い聞かせ、新たな分野の知識を詰め込むことと、空のオーダー方法の再考を誓った。
文化祭2日目。初日が概要だけで4話かかっているので、2日目が1話で終わるわけないんだよ!!
……というわけで大分駆け足です。書きたかったのは、空が正式に仲間になるくだりと、空がこんな感じで『縁切り』に関わっていきますよ、というさわりの部分です。分町ママからの引き継ぎは9幕に持ち越します……これ以上入らない!!
そしてこれから、若者ファッションにやたら詳しくなる名杙統治が誕生することになりました。櫻子や里穂の力も借りて頑張ってお兄様……!!
そして今後、私も、空の外見をコロコロ変えなければならないことに気付きました。が、頑張りまーす……頑張ろうね統治!!




