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エピソード1:deep hatred③

 ここへやって来た経緯を語った統治は、机の上で両手を握りしめると……声を震わせながら、思いの丈を絞り出す。

「不協和音を大きくすべきではないことは、理解している。俺にまだ……あの家を変えるだけの力がないことも、理解しているんだ。ただ……自分が、とても情けなかった」


 今までずっと、『名杙』の世界が当たり前だと思っていた。

 『縁故』として一人前になり、家業を継いで、次に繋げる。現当主の長男として生まれ落ちた瞬間に、統治の運命は決まっている。それを不満に思ったことも、疑ったこともない。勿論これからも、それに向けて歩き続ける覚悟は持っているつもりだ。

 ただ……誰かに守られながら、大切な人を盾にして進むつもりは、なかったはずなのに。


 あの時と同じだ。

 10年前、自身の能力を制御できないまま福岡での研修に参加し、政宗に余計な負担を強いてしまった。

 その時に本気で怒られて、このままではいけないと思ったはずだったのに。


 結局、繰り返している。

 そう思うと、情けなさが募る。


「気付けなかったことも、守れないことも、彼女の強さに守られていることも、その全てが……許せない」

 同じく10年前のことを思い返していたユカは、こう言って沈黙してしまった彼にどんな言葉をかけるべきなのか決めあぐねて……助けを求めるように、政宗の方を見る。

 統治がここにやって来た事情と心情は理解した。確かに、名杙のしたことは櫻子――透名家に対する侮辱だ。それに関しては到底許せる気がしないし、『放っておけ』と言い放つ現当主にも不信感が募るのは当然のこと。

 ただ……一方で、当主の言葉もまた然りなのではないかと思ってしまう自分がいる。

 相手は統治がいない時を狙って、ネチネチと口撃を仕掛けてくるような連中だ。それが複数人いる以上、一人を吊し上げたところで終わるとは思えない。むしろ、その一人をスケープゴートにして、より陰湿な方法にシフトチェンジしてしまう可能性がある。

 叩くならば全員同時に、もしくは……そんな下っ端が行動できなくなるように、元締めを見つけ出して対処するべきなのだろう。そのために動き出せと言われているような気がして仕方がない。

 そう発破をかけてくれているのだと、信じたいだけなのかもしれないけれど。

「支局長……どげんする?」

 政宗の考えを問うユカの言葉に、彼は頬付けをついていた手を外すと、苦笑いで肩をすくめた。

「なるほどなぁ……正直、『仙台支局』がもっと強い組織だったり、俺がもっと名杙の中で強い存在だったら、間髪入れずに対抗出来るんだが……そこは、スマン。俺の力不足でもあるな」

「いや、それは……」

 違うと言いかけて顔をあげた統治を、政宗は真っ直ぐに見据えた。そして、改めて問いかける。

「仙台支局の強化についてはさておき、統治、これからどうしたいんだ?」

「俺は……」

「例えば、仙台支局畳んで、名杙とは一切関係ない場所で、俺たちと一からやり直すか?」

「佐藤……!?」

 極論だ、と、諌めようとする統治へ、政宗は「例えばの話だよ」と冷静に切り替えした。ただ、視線はそらすことなく、落ち着いた声音で言葉を続ける。

「ただ……俺は、統治が本気でそう考えてるなら、そのために動くつもりだ。俺は、旧家の伝統よりも親友の幸せを選ぶから」

 統治は分かっていた。彼がこんな声色で話す時は、本気でそう動いても構わないと思っていることを。

 そして……踏み出せない自分の、背中を押してくれようとしていることも。

 一方の政宗もまた、かつて自分が彼にそうしてもらったように、迷いのない眼差しを向けて言葉を続ける。

「けれど、心愛ちゃんのこともあるし、何よりも、名杙統治はそんな選択をする男じゃないって思ってる。自分の背負うものから逃げずに、この場所で戦い続けることを選ぶってさ。だからあの時、俺に、支局を託してくれたんだろう?」


 ――なあ、佐藤。これが本当に、お前のやりたいことなのか?


 あの日、『仙台支局』の支局長は統治が適任だと、楽な方へ逃げようとした政宗を、統治は真っ直ぐな眼差しで引き止め、否定した。

 彼の言葉で政宗は腹をくくり、仙台の支局に名前を貸して欲しいと、福岡支局長の山本麻里子へと電話をかけることが出来た。

 その、大きな一歩を踏み出すことが出来たから。


「俺は……統治やケッカ、透名さん、支えてくれるみんなのおかげで、支局長なんて大それた肩書を背負っていけるんだ。だから、俺も統治を、透名さんを支えたいと思ってる。ケッカだって同じだよな?」

 こう言って政宗がユカを見ると、彼女もまた「勿論」と力強く頷いて。

「あたしも櫻子さんには沢山お世話になっとるし……何より、統治の助けになりたいけんね」

「と、いうわけだ。さて、統治は……どうしたいんだ?」

 こう言って頷く2人に、統治は少しだけ口ごもった後……口の端を引き締めると、真っ直ぐに前を見据えた。

 こんなことを言って良いのか、と、一瞬、考えてしまったけれど。でも、この2人の前ならば、本音を素直に吐き出すことが出来る。

 だから、自分の言葉を待ってくれている2人へ、今の思いを吐き出した。

「俺は……しばらく、名杙から離れたい。あの中にいると巨大な渦に飲み込まれて、溺れそうになるんだ。それに、櫻子さんの身上書の件も放っておくわけにはいかない。俺の……」

 こう言って、統治は一度言葉を切ると……膝の上で握りしめていた右手を、そのまま、2人に向けて突き出して。

「……俺の大切な人を侮辱した輩を見つけて、然るべき責任を取らせたい。そのために、協力して欲しい」

 彼の言葉に、2人は銘々に頷くと……それぞれに握った利き手を突き出して、テーブルの中央で軽くぶつけ合う。

「あたしも10月に散々助けてもらったけんが、その恩をしっかり返さんとね」

 こう言って政宗を横目で見ると、彼は目を輝かせて頷いた。

「最終的に何とかすればいいんだからな。『仙台支局(俺たち)』の底力、見せつけてやろうぜ」

 2人の力強い眼差しに、統治は腕を戻して肩をすくめた。

 気付けばここに来ていた、その判断が間違っていなかったことを改めて感じたから。

「……感謝する。とはいえ、具体的に何か策はあるのか?」

 こうなると、3人のまとめ役は政宗になる。統治の言葉を、政宗が「そうだな」と受け取って、現状を整理することから取り掛かった。

「まずは情報の確認と収集だな。正直、透名さんに同じ話をさせるのは気が引けるんだが……身上書の情報が無関係の人間に流出していると感じた時期を確認したい。統治、すまないがそれは任せていいか?」

「承知した。佐藤はどうする?」

「俺は……まず、『あの人』の行動を調べてみるよ。どう考えても関わってる可能性が高いからな」

 政宗の言葉に統治が頷く。ユカも、政宗が言う『あの人』に目星を付けていると、政宗から指示が飛んできた。

「んで、ケッカは俺と一緒に情報を収集しつつ……北九州の名雲双葉(なぐもふたば)さんに、確認して欲しいことがあるんだ」

「え? 双葉さんに?」

 刹那、意外な人名を告げられ、ユカが軽く目を見開く。

 名雲双葉は、西日本良縁教会北九州支局の支局長を務める女性で、西を治める名雲家の直系筋でもある。10月上旬に福岡でトラブルがあった際に3人と知り合い、彼女の特性に助けられたのだ。

 名杙の問題なのにいいのか、と、視線で尋ねるユカに、政宗は「ああ」と首肯して。

「あるものを東へお取り寄せ出来ますか、って、聞いてみて欲しいと思ってる。名杙のことは言わなくても分かってもらえる気がする。とりあえず、聞くだけ聞いてみてくれ」

「分かった。あと、統治はどげんやって名杙から離れると?」

 目下の問題はそれだと思っていた。実家ぐらしの統治が距離を置くといって、名杙の敷地内にある離れ屋敷で暮らしていたら子どもの家出と変わらない。

 ユカから疑問に対して、政宗は確信と共に返答する。

「それについては、空き部屋が出来ただろ? 統治はしばらく、そこで過ごせばいいんじゃないかと思ってさ」

「空き部屋……あぁ、あたしが今まで住んどったワンルームのこと?」

「そういうこと。実はあの部屋、半年契約の家賃を払ったばっかりでさ。月末で中途解約しても良かったんだけど、手続きが面倒だし、支払った分が全額戻ってくるわけじゃないから、誰か使ってくれるなら丁度いいんだ。光熱費はかかるし、キッチンやベッドは備え付けだから、今までの統治の部屋よりも使い勝手は悪いけど……誰にも邪魔されずに過ごせる。どうだ?」

 そう言って統治を見ると、彼は苦笑いで頷いた。こんなに都合よく一人暮らしが出来るとは、思っていなかったから。

「それは……俺にとって、メリットしかない提案だな」

「決まりだな。統治の引っ越しも落ち着いたら、俺の部屋で飲み会しようぜっ★」

「考えておく」

 統治が淀みなくこう答えると、政宗はわざとらしく頬を膨らませて「何だよつれないなー」とおどけてみせる。

 その様子を見ながら、ユカは統治自身が纏う空気が、少しだけ緩んだことを感じていた。

 怒りに身を任せると、どんな人間でも視野狭窄になってしまいがちだけど……今の統治はもう、大丈夫であるように思う。

 なんて安堵しつつ、残りのアイスコーヒーを飲んでいると……統治のスマートフォンがポケットの中で振動した。取り出して相手を確認した彼は、二人の前で電話に出る。

「もしもし……櫻子さん。先程は唐突に申し訳ない。ああ、いや、色々あって……そうだな、俺も君に話をしたいことがあるんだ」

 電話の相手は櫻子だ。ユカはやり取りを見ながら「統治、随分優しくなったなぁ……」などと、シミジミと実感しながらコーヒーをすする。

 櫻子としても統治や名杙の動きは気になるのだろう。話はトントン拍子で進んでいる様子で。

「都合がつけられるなら、佐藤の部屋まで来ることは可能だろうか。ああ……分かった。待っているから、気をつけて」

 そう言って電話を切った統治は……自分をニヤけた表情で凝視している政宗に気付き、露骨に顔をしかめた。

「……佐藤、その顔はやめてくれ。気色悪い」

「気色悪いって言うなよ!! 透名さんにはあんなに優しいのに!!」

 刹那、統治は真顔で淡々と言い返す。

「櫻子さんは気色悪くないだろう」

 そして、ユカもまた、驚愕を帯びた眼差しで政宗を見つめて。

「政宗、まさか櫻子さんと自分が同じステージだと思っとったと? おこがましい……」

「ケッカまで何だよ!! 俺はただ、統治がこーーんなに女性に対して優しく出来るのかと感心していただけだ!!」

「佐藤は俺をどんな人間だと思っていたんだ……」

 統治がジト目を向けると、政宗は盛大に目をそらし、吹けもしない口笛を吹く素振りを見せる。

 ユカはそんな様子にヤレヤレと思いつつ、先程の電話について確認した。

「櫻子さん、こっちに来てくれると?」

「ああ。今は富谷にいるから、あと1時間もすれば到着すると言っていた」

「そうなんやね。じゃあ、2人で話したいことがあれば、櫻子さんと一緒に『こっちの部屋』の内観でもしてくればよかね」

 ユカはそう言って、ポケットに入れていた部屋の鍵――今まで一人で住んでいた部屋のもの――を取り出すと、テーブルを滑らせる。これから櫻子に関するナイーブな話をするのに、荷物があまり片付いていない、雑然としたユカの寝室を使ってもらうのは少し気が引けたし、2人もいらぬ気をつかうと思ったのだ。

 それを受け取った統治は、いつも通りカバンのポケットに入れようとして……今の自分はカバンも財布も持っていないことに気付き、息を吐いた。

「何から何まですまない。山本の引っ越しは終わったのか?」

「うん。お陰様で。少しずつ進めとったけんが、そげん時間もかからんかったよ」

「それは何よりだ。この地区の紙類の回収日は第1・3火曜日だから、来月頭の回収に間に合うよう、不要なダンボールはまとめておいたほうがいいと思う」

「わ、分かりました……」

 淀みなくこの地区の資源ごみ回収のスケジュールを語る統治。彼はこの部屋に、同じ地区に住んだことなどなかったはずだが……それだけ、今までにこの部屋のゴミの片づけをしてきたことが想像出来る。

 そんな統治のありがたい助言に、ユカは真顔で頭を抱えた。

「うぅ、ゴミ出しの日が絶妙に違う……折角覚えたとに!!」

「安心してくれケッカ。俺も正直、燃えるゴミ以外はよく分かっていないんだ」

「威張るなバカ政宗!!」

 何故か胸を張る政宗に、ユカが盛大にツッコミを入れて。

 そんな様子を見ていると……不思議と、心が落ち着いていく。

 そして……統治自身も、実家に確認したいことを忘れないようにするために、スマートフォンのメモ機能にいくつか記録を残しておくのだった。

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