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エピソード8:school festival③

 統治や櫻子と共に学校の裏門へとやって来たユカは、まばたきをして視える世界を切り替えると、無意識のうちに唇を噛みしめる。

 裏門は、主に駅の方へ向かう人の通用口として開放されていた。人の流れはそれなりにあるものの、正門ほどの多さではない。ただ……。

「嘘やろ? 近くに5体くらいおらん……!?」

 現実を認識した瞬間、背中を嫌な汗が伝ったような感覚に襲われる。

 まるで雨後の筍のように増えた消去対象に、ユカは顔を歪めてうめき声を上げた。

「急に増えたな。しかも、散らばっているようだ」

 統治もまた背筋を正すと、スマートフォンを取り出して電話をかけ始める。

「もしもし……ああ、里穂。今はどこにいる?」

 電話の相手は里穂だった。統治は電話で簡単にやり取りをした後、それをカバンに片付けた。そして、一度呼吸を整えてから、情報を共有する。

「里穂は電車を降りて駅から向かっている。あと5分程度で裏門に到着するそうだ」

「分かった。これで3人か……どげん分かれる?」

「そうだな。正門には『遺痕』の侵入に備えた『(まじな)い』をかけているから、そこからの侵入は考えづらい。そうなると……」

 統治が行動を思案していると、頭上から分町ママと空が合流した。空の姿を確認したユカは、思わず目を丸くして虚空を見つめる。

「川瀬さん!? 良かった、緊急事態なんです、協力してもらえませんか?」

「へっ!? あ、う、うん……ど、どうぞ!?」

 条件反射で頷く空を確認したユカは、統治を見上げて打ち合わせを開始する。

「統治、あたしはここに残って里穂ちゃんと合流してから、近くの2人を切る。統治は校内にも詳しいけんが、遠くにおる3人を任せてもよか?」

「分かった」

「川瀬さん、心愛ちゃんも多分、これに気付いてあたし達を探していると思うんです。心愛ちゃんを探して、統治のところへ誘導してもらえませんか? 分町ママは全体を見て、他に近づいてくるのがいたら、あたしか統治に教えてください」

「分かったわ。清酒(ビール)をかけて追っ払っちゃうわね」

 分町ママは軽く笑うと、すぐさま上空へと戻っていった。

「櫻子さんは俺と一緒に行動を。もしも心愛を見かけたら教えてくれ」

「分かりました」

「俺たちはグラウンドの方へ移動する。山本、ここは頼んだぞ」

「了解。モンブランまでに終わらせるけんね」

 こう言って頷いたユカに統治は背を向けると、櫻子と共に移動を開始した。

 その様子を、空は狼狽えつつ……見ていることしか出来ない。


 これだけ多くの人の中で、心愛を探す?

 心愛自身も移動していて、どこにいるか分からないのに?


 見つけられる?

 自分に、それが……出来る?

 でも、どうせ、心愛は自力で何とかするのでは?

 不安が襲ってくると、『でも』という言葉で、逃げ道を作ろうとしてしまうけれど。


 ――貴女自身がそんな自分をよしとしないなら……今はそれが正解なの。変わりなさい。そのチャンスを逃しちゃ駄目よ、次があるかどうかなんて、誰にも分からない。


 次は、ない。直感的に、こう思った。

 学祭の初日は今日この日だけ。

 もしもここでトラブルが発生して、中止になってしまったら……もう、次はないのだ。



 ここにいる多くの人が、心愛を含め、今日に向けて準備をしてきた人達が、不幸になってしまう。

 それで、いいの?



 そう思った瞬間――気持ちが、動く。



「ココアちゃん探してくる!!」

 そう言って離脱した空に、ユカは心の中で「お願いします」と呟いた。同時にワンショルダーのバックからハサミを取り出すと、それをズボンのポケットへ忍び込ませる。

 すると。

「――ケッカさんっ!!」

 駅へ続く細道から駆けてくる里穂が、ユカに気付いて手を上げた。ユカもまた里穂と合流して、「お疲れ様」と声をかける。

 高校の制服姿の里穂は、荷物の入ったリュックサックを背負い、ポニーテールを揺らしていた。部活動を終えた後だと聞いているが、足取りや表情から、特段の疲れは感じさせない。その姿は今はとても頼もしく思える。

「早速やけどお仕事なんよ。あたしが先にやるけんが、写真撮影とかお願いしてもよか?」

「了解っす!!」

 呼吸を整えながらサムズアップする里穂に、ユカは「よろしい」と頷いて。

「じゃあ一人目、行くよ」

 こう言って足早に歩き出す。すぐさま隣に並ぶ里帆が、ユカを見下ろして首を傾げた。

「そんなに急に増えたっすか?」

「そうなんよねぇ。本当、さっきまで平和やったんよ? この学校、やっぱり呪われとらん?」

「前例があるのでなんとも言えないっすけど……やっぱ、楽しそうな場所には近づきたくなるっすかねぇ……」

 里穂は自身のスマートフォンを操作しつつ、周囲を見渡して……裏門から5メートルほど先、電柱の根本に座り込んでコチラを伺っている存在に気付く。性別は恐らく女性、年令はもっと近付かないと分からないが、立ち上がれないのか、下半身を引きずっている様子があった。

「やっぱり、門から入ってこようとしてるっすね」

「門は生きてた頃の出入り口やけんね」

 死して尚、残された『関係縁』ゆえにこの世界から消えることが出来ない『遺痕』。彼ら・彼女らの行動は、生前によく似ていることがある。

 例えば、律儀に信号を守ったり、扉から中へ入ろうとしたり。

 だからこそ、外側から入ろうとする『遺痕』に対しては、門や玄関など、扉の前で待ち構えていると、割と遭遇出来ることが多い。統治も恐らくそれを察して、別の出入り口がある方へ移動しているはずだ。

 ユカはポケットにあるハサミの位置を確認しながら、一定の呼吸を整えつつ、相手の方へ近づいた。相手が逃げないように気を配りつつ、切るべき『関係縁』がどこなのかを目視で確認する。

「右手に1本……よし」

 彼女が電柱に添えている右手から、色褪せた『関係縁』が残っていることを確認したユカは、ポケットからハサミを取り出すと、そのまま対象の彼女へ近づいていく。

 本来の手順は、相手が名前を覚えているかどうかを確認してからここにいる理由を聞き取るのだが、人目があるし、これから他にも対応しなければならないのだ。今回は自分の裁量で、最短の対応をしようと結論づける。刹那、隣を歩く里穂のスマートフォンからシャッター音が聞こえた。視線を送ると里穂が頷いたので、証拠写真が残せたことを悟る。これだけあれば十分だ。


 ユカが相手の射程距離に入った瞬間、彼女は虚ろな眼差しでユカを見上げると、何かを言いたそうに唇を動かしている。

 年齢は30代前半。額から血を流しており、長い髪の毛が頬や首にまとわりついている。下半身を動かせない様子から、何らかの事故で下半身を損傷したのだろうという結論に至った。

 彼女が何を訴えたいのか、どうして必死に秀麗中学校を目指そうとしていたのか……そもそもこんな状態でどこから来たのか、詳しいことは何も分からないけれど。

 ただ……。

「……ちゃんと話も聞けんで、ごめんなさい」

 本来であれば時間をかけたかった。どうしてここにいるのか、どこの誰なのか……相手のことを知った上で、きちんと送ってあげたかったけれど。


 ユカは彼女から伸びている『関係縁』を素早くつかむと、自分の方へ引き寄せて一気に刃を入れる。

 次の瞬間、先程までユカが認識していた女性は……跡形もなく姿を消していた。


「よし、終わりっと……」

 ユカは手早くハサミをポケットへ片付けると、自身のスマートフォンを取り出して、今の時間をメモに残しておく。そして里穂を見やり、意識して明るい表情を作った。

「ナイスサポート。ありがとう、里穂ちゃん」

 この言葉を受けた里穂は、はにかみながら頷いて。

「お役に立てて何よりっす。それに私もケッカさんの『縁切り』を間近で見て、勉強になったっすよ」

「そ、そう?」

 普段、そんなことを言われないので、思わず全身がむず痒くなるような感覚に襲われるけれど。

 ユカは気を取り直し、改めて里穂を見上げる。

「じゃあ、向こうの道路におるもう一体は、里穂ちゃんに任せてよか?」

 2人の意識は、既に次へ向けられていた。この言葉に里穂は「了解っす」と同意を示す。

「もう、スパッと切っちゃっていいっすかね?」

「よかよ。写真は残すけんが……あとのことは全部、支局長に任せよう!!」

「名案っす」

 意気揚々と頷いた里穂は、持っていたスマートフォンをカバンの中へ放り込んで、代わりにものさし――里穂はものさしで『縁切り』を実施する――を取り出し、握りしめる。

 ユカもまた、カメラを起動しながら……空が無事に心愛と合流できていることを願った。


 一方、ユカに請われてその場を離脱した空は、人の頭をかき分けながら低い位置で移動を続け、心愛の姿を探していた。

「っていうか人多すぎなんですけど!! 朝より増えてない……!?」

 午後になり、ステージは主に3年生の発表で盛り上がり、教室内は近隣住民も含めた多くの人でごった返している。制服を着ているツインテールの女の子、だけでもそれなりに多く、当たりをつけて顔を見ても人違いだった、ということが何度となくあった。

 焦燥感が募る。

 彼女は今、どこにいる?

「ココアちゃん……どこー!?」

 声を張り上げたところで、ここにいる誰にも響かない。

 もしかしたらもう、心愛は統治達と合流しているのかもしれない。

 がむしゃらに探している自分は効率が悪い。だから、母親からも、大人からも……過去に言われた言葉を思い出し、胸が苦しくなった。

「やっぱり、アタシ、ココアちゃんとは……!!」

 見つけられるはずがない。

 出来るはずがない。

 理想を目指しても届かない、その現実を改めて突きつけられると、立ち止まってしまいそうになる。

 空は思わず、自分に残る2本の『関係縁』を見下ろした。

 これが心愛とつながっていれば、すぐに、見つけることが出来るはずなのに。

「カンケーエン……」


 ――そっか、心愛ちゃんとはカンケーエンで繋がってないのか。

 ――そうね。繋がってたらそれをたどれば、どこにいるのか分かるから。

 ――じゃあ……アタシ、なんで心愛ちゃんがあの電車に乗ってるって気付いたんだろうね。


 不意に先日、心愛が乗車していた電車にたどり着いた時のことを思い出す。

 あの時はどうして、あそこまでピンポイントに、心愛がどこにいるのかを突き止められたのだろうか。『関係縁』は繋がっていないのに。


「あの時は……」


 思い出せ。

 思い出せ。

 あの時は、何をした?


「あの時は……っ!!」


 刹那、空は弾かれたように虚空を蹴り、廊下の天井すれすれを疾走する。

 あの時、空はユカからの依頼もあり、塩竈の名杙本家で立ち話をしているおじさん(名杙慶次)と分町ママの姿を目視していた。

 その後、これを誰かに報告しなければならないと思った時、真っ先に浮かんだのは心愛だった。明確な理由は分からない。ただ、遠目に見た男性と最も気配が近く、強い力を持っていると思ったから。

 今、この敷地内にいる名杙直系は統治と心愛のみ。統治は校舎の外にいるので、校舎の中に()()この気配を追えば、きっと――たどり着けるはずだ。


 確証はない。間違っているかもしれない。

 でも、だからこそ……この言葉を言い聞かせる。

 そして、自分の理想を思い出す。


 憧れたのは、キラキラの女の子。

 誰にも媚びず、己を確立して、自分の好きな服を着て、好きな髪型で、前を向いて街を歩く。

 周囲から否定されても、こっちに来いと手を引かれても、それを笑い飛ばして振り払い、歩みを止めない、そんな、女の子。

 胸を張って翼の横に並べる、そんな女の子になりたくて。


 もしも自分が、そんな女の子だったら。

 今、この瞬間――口にする言葉は。



「でき『無』いことなんか……『ノー』だっ!!」



 行動の先が良い結果につながっている、そう信じて突き進むことだ。

 空は己の直感を信じ、ひたむきに全力で動き続ける。

 その結果――



「――い、いたーーーーーーっ!!」

「っ!?」


 廊下の角を曲がった瞬間、昇降口へ向かおうとしていた心愛が目を見開き、虚空にいる空を凝視した。

「なっ、そっ……!?」

 空の名前を叫ぼうとした心愛だが、周囲を思い出して咄嗟に口をつぐむ。空はその様子を見て、ベンチでの会話を思い出す。


 ――あれ? 心愛ちゃん寒いの? 待合室行く?

 ――……いい。今は誰もいないけど、他に誰か来たら、心愛、独り言喋ってる変な人だし……。

 ――あ、そっか。それは寒いわ。


 今の自分は、心愛にしか目視出来ない。これだけ人が多い状況で、誰もいない方向へ向けて喋る事など出来るはずもない。

「ココアちゃん、トージさんが外にいて会いたがってる。このままアタシについてきてくれる?」

 空からの提案に心愛は真剣な顔で頷くと、急いでスニーカーに履き替えた。


 空の案内で心愛が統治と合流出来たのは、それからすぐのこと。

「――お兄様!!」

 グラウンドの端にある通用口にいた統治は、駆け寄ってくる心愛に気付き、思わず肩の力を抜いた。今まで2件連続で対応していたため、ポーカーフェイスにも少しだけ、疲れが垣間見えている。

 統治は持っていたペーパーナイフをカーディガンのポケットに入れると、前方から視線をそらさずに後ずさりをした。

「心愛、すまないがあと1体を……写真は既に撮影済みだ。心愛のタイミングで処置してくれ」

「わ、分かった。どこにいるの?」

「それは……」

 統治が指差した先には、今日は開放されていない通用門のフェンスにしがみついている、黒い影があった。


 性別は分からないが、中学校と隣接している高校のジャージを上下に着用していた。黒い指先がフェンスを強く握りしめており、相当の恨みがあることが伺える。

 施錠されているので、心愛達が外へ出ることが出来ない。フェンスの近くには回収忘れの野球ボールやテニスボールが転がっており、細い路地としか接していないこの場所は……周囲から少し隔絶されたような、異様な静けさがあった。


 刹那、それが頭を動かして……心愛を、捉える。

 濁った眼球と目が合った瞬間、体が固まって、足元がすくんだ。


「ひっ……!!」


 無意識のうちに恐怖が口からこぼれ落ちた。今回は『生前調書』もないため、相手のことは何も分からない。

 名前も、性別も、死因も……何も。


 残っている『関係縁』は、左右の手に1本ずつ。2本まとめて切るのが理想だが、あんな状態の『遺痕』に近づいて、気をそらし、2本掴んで一気に切る。

 そんなこと、出来るのだろうか。不安になった気持ちを慌てて押し殺した。やるしかないことくらい、嫌になるほど分かっている。ここで迷う時間はない。

「さ、櫻子さんはお兄様を連れて、少し離れてください。こ、ここは心愛が……心愛がっ……!!」

「分かりました。統治さん、行きましょう」

 万が一の際に足手まといにならないよう、櫻子は統治に寄り添って、少しだけ心愛達から距離を取る。

 体育館の方からは、何やら楽器の演奏が聞こえてきた。それに合わせて盛り上がっている人の声も漏れ聞こえる。

 ここで何かトラブルが発生してしまったら、この盛り上がりを止めてしまうことになる可能性が高い。そうなってしまうと、倫子や勝利の発表が中止になってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に避けたい、けれど……一度思い出した恐怖心は、どうしても、すぐに消えてくれなくて。

「やらなきゃ……終わらせて、戻らなきゃ……!!」

 心愛が右手に握るペーパーナイフが震えていることにに気付いた空は、彼女が本当は幽霊の類が怖いことを思い出し、口元を引き締めた。

 自分にできることが、何か、必ずあるはず。

 仮に何もなかったとしても……心愛が1人ではないこと、それを伝えたい。

「こ、ココアちゃん……アタシに何か出来ること、あ、ある?」

「空さん……」

「な、何も出来ないかもしれないけど……()()、出来ることがあるなら、何でも……!!」

「……言ったわね。じゃあ……っ!!」

 心愛はチラリと腕時計で時間を確認すると、改めて前を見据えた。そして、

「あの人をフェンスから引き剥がしたいの。えっと、どいて欲しいの。それで、残ってる糸を切りたいんだけど、どうすればいいと思う?」

 近づくことも出来るが、相手のリーチの長さや移動速度が分からないので、あまり迂闊なことはしたくない。心愛の問いかけに、空は「引き剥がす……どける……」と繰り返した後、改めて『遺痕』を見やり。


「……あれ? あの」


 見覚えがある。

 直感的にそう思った。

 以前、どこかで。そんな既視感。

 思い出せ、あれは――


「川の近くで野球見てた子だ!!」

「へっ!? や、野球!?」

「そう!! あの子、川の近くでずっと野球の練習見てたの!! で、なんか、ボールが飛んでいくとすぐに追いかけてて……なんで球拾いばっかりしてるんだろうって思ったことある!!」

「球拾い……!!」

 空の言葉に、心愛の目線が、フェンスの内側に落ちている野球ボールに向けられた。そして、それを拾い上げるために足を踏み出した、次の瞬間。


「――っ!!」


 声にならない叫び声と共に、フェンスの外側にいたはずの『遺痕』がそれをすり抜け、心愛との距離を一気に詰めてきた。

「ひっ……!?」

「心愛!!」

 統治が櫻子の静止を振り切って足を踏み出すが、『遺痕』が心愛に向けて腕を振り下ろす方が、圧倒的に速い。


 硬直した体を、うまく動かすことが出来ない。

 失敗してしまう。

 守れない。


 自分には、出来ない。



 様々な感情が渦巻いて、頭が――真っ白になる。



「――ココアちゃん!! ――!!」



 刹那、心愛と『遺痕』の間に割って入った空が、振り向きざまに何か叫んでいたが、それは心愛の耳に届かないまま。

 『遺痕』が振り落とした手は、空の体を斜め上から一刀両断にして……彼女と翼を繋いでいた『関係縁』ごと、その姿をかき消した。

 8幕では散々『無能』という言葉を使ってきましたが、ここで空が自分に言い聞かせることで、彼女の中で1つ殻を破れたのではないかな、と、思います。

 まぁ……最後、あんなことになっちゃいましたけどね。

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