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エピソード7.5:get back

 その場にいた全員と、統治と櫻子だけの記念写真を撮り終えたユカは、そのデータを全員に共有しつつ……スマートフォンをチェックしていた統治を見やる。

 そんなユカの視線に気付いた統治もまた、一度頷いた後、心愛と楽しそうに談笑をしていた空を見上げた。

「川瀬さん」

「ん?」

 統治が声をかけたことで、心愛もまた、彼が伝えようとしている内容を察して、意識的に口元を引き締める。

 全て丸く収まったような気分でいたけれど、まだ、もう一つ、大切なことが残っていた。

「川瀬さんにも、本当に感謝している。川瀬さんが協力してくれたから……俺たちは負けなかった」

 面と向かって礼を言われた経験がほとんどない空は、萎縮しながら苦笑いを浮かべる。

「やだなートージさん。大げさだよ。アタシなんて、特に何もしてないじゃん」

「そんなことはない。だから俺たちも、川瀬さんの希望を叶えようと思うんだ」

「あ……」

 統治が何を言っているのか悟った空もまた、自身の手に残る『関係縁』を見下ろして……浅く、息を吐いた。

 思い出した。自分が今、ここにきた、最初の理由を。

「そうだった。アタシ……これを切ってくれって言ってたんだよね」

「ああ。川瀬さんの希望が変わらないのであれば、その約束は果たそう。ただ……もしも、川瀬さんがよければ、このままここに残ってもらえないかとも思っているんだ」

「へ……!?」

 統治の提案に、空は間の抜けた声と共に、目を大きく見開いた。そして、自分の頬をつねろうとして、盛大に失敗する。

 彼は今、何を言っている?

「い、いやあのトージさん、だって、サクラコさんの事件は解決っしょ? アタシが出来ることなんか、もう……」

「確かに今回の件は一区切りつけられると思う。ただ、俺たちが働く『仙台支局』は、川瀬さんのような『痕』……幽霊も多く相手にしているんだ。俺たちだけではカバーしきれないところを助けてくれる存在がいてくれると、佐藤が泣いて喜ぶ」

「えっ!? ムネさん泣くの!?」

 空に視線を向けられた政宗は、適当に泣き真似をしつつ……困惑を隠せない空へ向けて口を開く。

「前にも少し話したと思うけど、俺たちの組織には、空さんみたいに霊的な存在と関係を結んで、助けてもらう制度があるんだ。今までは仮だったけど、本契約というか……ちゃんとした手続きを踏んで、この世界に残ってくれると嬉しいなって思って。勿論、イヤになったらその時に相談してくれればいいよ」

 急に就職を打診された空は、予想外の展開に困惑することしか出来ない。


 生きている間に、第三者から期待されたことなんて、ほとんどなかった。

 あったといえば、母親の言いつけに従って、お金を運んだ時。

 その時も、ひと月の売上が少なければ……『無能』とそしられ、ため息をつかれた。

 

 施設に移り住み、色々な人に助けてもらう度に……嬉しさと同時に、自分の無力さを感じていた。

 皆が当たり前に知っていることを知らず、それが『当たり前』だと思われていた。

 笑ってやり過ごした日々の中で、悔しい気持ちも生まれたけれど……自分は『無能』だからしょうがない、と、諦めていたことも事実。

 



 ――でも、『無』が『ノー』ってことで、何でも出来るって意味にもなるんじゃないかな!!




 この言葉が嬉しくて、でも……誰よりも、()()()()()()()()

 その時の惨めな自分の気持ちは、翼にも伝わっていないと信じたい。



 全てを享受してきた人間に、何が分かる?

 こんな気持ちを、知られたくない。



 もしも、このままこの世界に留まり続けたら……何も出来ないことが知られて、失望されるだけなのでは?

 だったら……このまま、ノーテンキに笑って、明るいままの『川瀬空』で消えたほうがいいに決まっているのだ。

 そんなこと、分かっている。



 憧れたのは、キラキラの女の子。

 誰にも媚びず、己を確立して、自分の好きな服を着て、好きな髪型で、前を向いて街を歩く。

 周囲から否定されても、こっちに来いと手を引かれても、それを笑い飛ばして振り払い、歩みを止めない、そんな、女の子。

 そんな女の子になりたくて、ずっと、頑張ってきた。

 だから――最期まで、やり通す。やり通さなきゃいけない。

 空は苦笑いを浮かべると、政宗へ両手を振る。



「で、でも……ホラ、アタシに、そんなこと、出来るわけな――」



「――あぁもうっ!! 自分のことくらい自分で決めなさいって言ったわよね!?」


 刹那、感情を貼り付けた空の瞳を、心愛がしっかりと睨みつけた。

 そして、ツカツカと彼女の方へ近づくと、腰に両手を当てて言葉を続ける。


「嫌なら断ればいいじゃない。心愛が切るわよ、一瞬でキレイに切ってあげるわよ!! 誰にも気を遣う必要なんてない。けど……」

 言葉を切った心愛は、周囲を一瞥した。そして改めて、空を真正面から見据える。

「空さんを必要としてる人が、心愛を含めてこれだけにいるのよ!? それくらいは流石に分かるわよね!?」

 その言葉に、表情に、これまで以上の気迫を感じた空は、反射的に後ずさって首を縦に動かした。

「は、はい……でも……」

「でも禁止!!」

「ハイ、でっ……何でもないですぅ……」

 即座に禁止ワードを使おうとした空は、睨みをきかせる心愛に萎縮して小さくなった。

 一方の心愛は、思わず強い口調になってしまった自分に内心でため息をつきつつ……気持ちを伝えたくて、一度、呼吸を整えた。

 ここで本音を伝えられないまま、別れることになってしまったら……間違いなく、後悔をするから。

「そりゃあ、空さんが残って、くれても……瀬川さんと話したりできなくて、ずっと見てるだけになっちゃうし。他にも色々、辛いことがあると思う。でも、心愛は……」

 こんなことを言う日が来るなんて、思っていなかったけれど。

 誤解なく伝わって欲しいから、思い切って口に出す。

「心愛は、ね……空さんだったら……こ、怖くないから。あ、あんまり……」

 語尾をすぼませて呟いたこの言葉に、空は目を丸くした。


 怖い? 誰が? 誰を?

 その疑問を、先程の言葉通りに解釈するならば。

 心愛が……自分を、怖がっていることになる。


「へ? ココアちゃん……アタシのこと、怖かったの?」

 恐る恐る問いかけると、心愛はブンブンと首を大きく振って首肯した。

「こっ、怖いの!! 本当は怖いの!! ユーレイとか、そういうの……怖いのよっ!!」

「マ!?」

 心愛の告白に、空が盛大に驚いた声で目を見開く。そして確かめるためにユカを見ると、ユカは勿論、当然と言わんばかりに頷くのだ。

「心愛ちゃんの幽霊嫌いは筋金入りです。だからあたしも、駅のホームで川瀬さんと2人でいるって聞いた時、焦って駆けつけたんですよ」

「そ、そうだったんだ……!!」

「要するに、川瀬さんが気付かないくらい、心愛ちゃんは自然に接することができていたんだと思います。とはいえ、川瀬さん以外の幽霊には多分、まだ耐性がない……怖くて苦手だと思うので、せめてもうちょっとでも一緒にいてもらえれば、あたしの仕事も楽になるなぁって思ってます」

「ちょっとケッカ!? 余計なこと言わないでよね!!」

「ケッカちゃんは本当のことしか言っとらんよ。櫻子さんはどうですか?」

 急に話をふられた櫻子は、自分がこの場で発言していいのかと統治を見やる。彼は静かに腕を組んで、空を横目で見つめた。

「昨日は散々、人に説教をしておきながら……自分のこととなると急に消極的なんだな」

 彼なりに昨日のことはちょこっと――いや、実は大分――根に持っていたらしい。どこか嫌味っぽくも聞こえる統治の言葉に、空は両手を握りしめて反論した。

「そ、れは……でっ……じゃなくて、だってトージさんがサクラコさんと別れるとかどーだとか、ずーっとメンドーなことばっかりウジャウジャ言うからじゃん!!」

 刹那、空の言葉を聞いた心愛が、視線に侮蔑をログインさせて統治を睨む。

「お兄様そんなこと言ってたの!? 信じらんない、説教されて当たり前じゃない!!」

「そーだそーだっ!! ココアちゃん、サクラコさんにもチクっちゃえ!!」

「今は関係ないだろう!?」

 次の瞬間、統治の顔がここ一番に引きつった。ユカと政宗は彼の百面相を心のカメラで連射しつつ……話の展開を見守ることにする。

 統治は強気な心愛と困惑する櫻子を見比べて、仕切り直すために咳払いをした。

「勿論、ここにいる櫻子さんにも発言権はある。言いたいことがあるなら、言ってしまえって構わない」

「は、はいっ……!!」

 櫻子は統治の言葉に頷いた後、オズオズと彼へ確認をする。

「あ、あの、私の声は、川瀬さんに届いているんですよね?」

「ああ。川瀬さんが櫻子さんへなにか言っていたら……俺が伝える」

 ここで心愛に任せるとろくなことにならないと思った統治は、自ら役割をかって出た。刹那、ユカと政宗が舌打ちをしたような気もしたが、脳天気な傍観者は睨んで黙らせておく。

 統治の言葉に背中を押された櫻子は、ユカから手渡されたスマートフォンで、改めて、空と対峙して。

「川瀬さんが……ずっと、私を見守ってくださっていたと伺いました。本当にありがとうございます……!!」

「い、いやそんな、えぇっと……そのー……」

 年上の女性からの真っ当な謝辞、という、これまた人生(?)初の体験に、空はいよいよ取り繕って良いのか分からなくなってきた。無意識のうちに心愛を見下ろすと、彼女は空を横目で見上げ、口元に笑みを浮かべる。

「心愛のお姉様なんだから、そんなにビビらなくていいんじゃない?」

「だ、だって、その……年上の女性って、実は、そんな、得意じゃない、っていうか……あぁトージさん、これ伝えないで!!」

 思わず口をついて出た本音は、櫻子が知ると気を悪くするかもしれない。

 慌てて両手を振る空を先程の仕返しと言わんばかりに空を横目で見た統治が、櫻子に要約した内容を伝える。

「川瀬さんは生前、大人……特に女性と、あまり良好な関係を築くことが出来なかったんだ。それは、彼女に何の責任もない。()()()()で、慣れていないだけだと思う」

「分かりました」

 彼の言葉で何かを察した櫻子は、静かに頷いて居住まいを正した。そして、視線を何となく泳がせている空を画面越しに見つめ、あまり強くならないように意識しながら声帯を動かす。

「私も……スマートフォンやパソコンなど、電子機器を扱うのが、本当に苦手なんです。自分には何もできないと思って、諦めたこともあるんです。でも……統治さんやユカちゃん、佐藤さん、心愛ちゃんは……そんな私を認めて、私に出来る役割を割り振ってくれています。だから私も、出来ることから頑張ろうって思っています。ここは、そう思える場所なんです」

「出来ることから……頑張る……」

 櫻子の言葉を反すうした空に、彼女は「はい」と笑顔で頷いて。

「それに、統治さんにお説教が出来るなんて、凄いことですよ。私も見習いたいです」

「ちょっと櫻子さん、それは……」

 本気か嘘か分からない彼女の言葉に、統治は背筋が寒くなった。

 櫻子はそんな彼を笑顔でかわしつつ、静かに、スマートフォンを自身の脇に置いた。そして背筋を伸ばし、空がいる方を真っ直ぐに見据える。

「もしも……もしも川瀬さんが嫌でなければ、前向きに考えていただけると、嬉しいです」

 こう言って頭を下げる櫻子に、空は一度だけ頷いて……政宗を見た。

 そして。

「……ちょ、ちょっと考えても、いい? ゴメン、すぐには決められない……」

 即座に一歩を踏み出せない、そんな自分が情けないけれど……でも、まだ、折り合いをつけなければならない気持ちが多すぎるから。

 この言葉に、政宗が「ああ」と頷いた次の瞬間、彼の手の中でスマートフォンが振動した。

「瀬川……!?」

 相手を見た政宗が目つきを鋭くして着信をとり、落ち着いて話をするために衝立の向こうへ移動する。

「ああ。俺は大丈夫。うん……分かった。ありがとな。じゃあ明日、世渡さんとこで」

 こう言って通話を終えた政宗は、全員の前に戻ってきて――口元に笑みを浮かべる。

「……全部揃った。一気に畳み掛けるぞ」

 この言葉に、全員がそれぞれの表情で頷いた。


 そして……あっという間に日が過ぎた11月22日、時刻は午前6時30分。

「行ってきまーす」

 文化祭初日、朝から準備のために普段の何倍も早く家を出た心愛は、冷たい空気に思わずマフラーを口元へ引き上げる。

 市街地の紅葉も終盤になり、秋から冬に変わる季節。乾いた空気の向こうに広がる空は、澄んだ快晴だ。

 今日と明日、ここを乗り越えれば、生徒会としても大きな仕事が終わる。昨日もギリギリまでクラスの用意や生徒会としてのフォローなど、多くの雑務をこなしてきた。奇しくも統治がパソコン部の助っ人として学校に残って用意を手伝っていたので、帰りは駅まで一緒に歩いたりして。

 仙石線のホーム、向かう方向が別なので、改札を抜けたところで別れたけれど。

 不思議と……以前のような気まずさや寂しさはない。

 統治の手伝いは明日、日曜日だ。まずは今日、お客様として出迎える。クラス単位の出し物を全て成功させて、明日に繋げるために。

「頑張らないと……!!」

 自宅の敷地を出て、駅へ向かう道すがら、人気のない横断歩道で信号が変わるのを待ちながら……心愛はそっと、スマートフォンの電源を入れる。

 そして、メッセージ欄を選択し、先日、櫻子から届いたものを読み返していた。


『分火災、楽しみにしてます!!』


「……お姉様、学校、燃えちゃうわよ……」

 何度見ても面白いから、肩の力を抜きたい時にこっそり見て笑っている。

 刹那、信号が青に変わり、心愛は足を踏み出した。

■get back:取り戻す。空が尊厳を取り戻すためのキッカケとなった物語。

 勢いのある心愛さんが戻ってきました。統治と櫻子の話は前回で一区切りなので、ここからは心愛がメインになります。

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