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エピソード7:missing you③

 駅の中にあるスイーツ店で期間限定のアップルパイを買ってきた2人は、結局ここが落ち着く、ということで、再び『仙台支局』へ戻ってきた。

 手持ちで食べられるようになっているので、2人並んで座り、包み紙を開く。パイ生地とリンゴの甘い香りが鼻腔をくすぐる、ユカは思わず口の中の生唾を飲み込んだ。

 櫻子の見立てでも、政宗たちが戻ってくるまでにはまだもう少し時間がかかりそうな気配。自分の隣で頬を緩める櫻子の横顔を見つめたユカは……ふと、あることを思い出し、この機会に思い切って聞いてみることにする。

「そういえば櫻子さん、聞いてもいいですか?」

「はい、何ですか?」

「そのー……富沢さんとは、長い付き合いなんですか?」

 昨日、櫻子のところに駆けつけた彩衣は、普段よりもずっと余裕がなかったように見えた。櫻子のことを心配していることが、誰の目から見ても強く伝わってくるほどに。

 今のユカ自身に記憶はないけれど、彩衣は6月、ユカが体調不良になり、足を満足に動かせなかった時も、トイレや入浴、着替えの補助といった、政宗では出来ない……ことはないと思うがどうしても遠慮が先行することを率先してやってくれたと聞いている。しかもわざわざ、政宗の家までやってきて。

 あのときの自分を外部へ入院させることが出来なかったとはいえ、たかだか2ヶ月程度の付き合いのユカに対しても、彩衣は献身的に尽くしてくれた。だから、職業意識の高い優しい人なのだろうということは分かる。

 ただ……昨日、着の身着のまま、焦ってやってきた彼女を見ると、どうも、それ以外の理由があるように思えた。

 ユカの問いかけを受けた櫻子は、アップルパイを一口食べて……口の中で丁寧に咀嚼する。そして、お茶を飲んでリセットした後、何かを思い出して目を細める。

「彩衣さんと初めてお会いしたのは……私が確か、高校生の頃だったかと思います。伊達先生の紹介で、彩衣さんが実習で実家の病院にいらっしゃって……最初は正直、ちょっと話しかけづらい雰囲気がありました」


 高校生だった櫻子に、当時、看護短期大学に通っていた彩衣は、纏う雰囲気と相まって、とても大人びて見えた。

 実習生ながら冷静に仕事をこなす様子は、櫻子の両親や兄の健も一目置いていたことを、今でも朧げに覚えている。

 当時の櫻子は、携帯電話やパソコンに対して過剰なほどに苦手意識を持っており、コンプレックスの要因でもあったため、苦手なことがない彩衣が、とても、眩しくて……羨ましかった。


「彩衣さんはそのまま、実家の病院に就職してくれました。私はその時、自分の将来を考えて……音楽療法士になりたかったんですけれど、国家資格ではありませんし、正直、作業療法士や臨床心理士等と比べると、認知度もまだあまり高くないと思っています。実家の病院を手伝いたい気持ちはありましたが、そのためにどうしようか、悩んでいたんです」

「そういえば櫻子さん、どうして音楽療法士になりたいと思ったんですか? 本が好きなら、そういう仕事でも良かったんじゃ……」

 ユカの質問に、櫻子は彼女を見て、少し恥ずかしそうに笑った。

「出版業界は、どうしても……パソコン操作が必要ですから」

「あ、なるほど」

「それに例えば、シェイクスピアや太宰治など、今はもう亡くなった人が書いた物語も、様々な形で現代に引き継がれていますよね。音楽も同じだと思うんです。バッハやベートベンといったクラシックから、昭和歌謡と言われているようなものまで……私達が生まれる前から存在している音階は、今もずっと引き継がれています。そこが、本と似ていると思って」

 櫻子が自分の仕事について、ここまで話をしてくれるのは初めてだ。

 ユカは内心、これを心愛に聞かせたかったと思いながら……今は、彼女の話に耳を傾ける。

 1つの道を進む、専門家仲間として。

「それに、入院している患者さんが、よく、ラジオやポータブルプレイヤーで音を聞いている姿を見てきて……音楽はずっと、人に勇気をくれるものなんだろうなって、漠然と思っていたんです」


 幼少期からピアノを習っていたこともあり、音楽と医療をかけ合わせた仕事には、興味があった。

 ただ……どうしても、前例がないことがネックでもあった。

 実家の病院は地域でもそこそこの大きさだが、当時、音楽療法士は招き入れたことがなかった。仙台の病院でも仕事はスポット的な非常勤ばかりで、これ一本で食べていける未来を、あまり鮮明に思い描けないまま、時間が過ぎていく。

 一度、学校の進路指導担当教諭に相談した際、遠回しに『苦労知らずで生きてきた病院の娘の夢物語のようだ』と言われたこともある。当時の櫻子には、その教諭の意見が大多数の反応であるような気がして……自身の夢を語ることに、臆病になっていた時期があった。

 ある日。櫻子が1人、院内にあるカフェで悩んでいると……たまたま、彩衣が近くの席に座っていて。


「私がその時、ガラケーを思いっきり落としてしまったんです。それを拾ってくれた彩衣さんが……とても、怪訝そうな表情で……今なら理由が分かります、機種がとても古かったから、だと」


 落とした電話を拾って渡してくれた彩衣は、櫻子の表情が暗いことに気づき、体調を心配してくれたという。

 櫻子は慌てて取り繕いつつ、ガラケーの電源を入れようとして……絶句した。


「落としたショックで、バッテリーが外れてしまっていて……彩衣さんに頼んで、入れ直してもらいました。バッテリーを入れることもできずに怯えてた私に、ただならぬ気配を感じてくださったのだと思います。コーヒーを買ってくださって、私の話を聞いてくれたんです」


 いつの間にか始まっていた進路相談。彩衣は櫻子の話を聞いて、1つの可能性を口にした。


「彩衣さんが、音楽療法士なら福祉施設や音楽教室等でも需要があると言ってくれて……嬉しかったんです。その後も、インターネットで色々調べてくださって……それを見て、私も頑張ってみたいって思いました。彩衣さんは本当に、人を支えること、その気にさせることがお上手なんです」

「なるほど……」

「そんなことがあって、私が専門学校に進学した後も、レポートに必要なパソコン操作を助けてもらったり、他の資格を取るための勉強を手伝ってもらったり……まるで、姉のように助けてくれたんです」


 一度、どうしてそんなに自分を助けてくれるのか、と、思い切って聞いてみたことがある。

 彩衣は少し考えた後……穏やかな口調で、こう答えた。

「……私がこれまで、多くの人に支えてもらったからだと思います。だから櫻子さんも……そうしてあげてください」


 その言葉に彩衣なりの覚悟を感じた櫻子は、「分かりました」と頷くことしか出来なくて。

 それ以上の深い理由は、まだ、何も知らないけれど。


「彩衣さんがどうして、私をずっと助けてくれるのか……聞いたこと以上の理由は分かりません。ただ、私はとても感謝していますし、憧れている。このことに変わりはありません」

 こう言ってユカに笑顔を向ける櫻子は、まるで、自慢の姉を語る妹のようだと思った。

 そして、そのことから……昨日の彩衣の行動も、何となく納得出来たような気がして、これ以上の追求は無粋だと判断。「そうだったんですね」と相槌をうって、アップルパイを咀嚼する。

 そして不意に、郷里にいる、彩衣と瓜二つの容姿を持った女性を思い出し……顔が同じなのにどうして中身がこんなに乖離しているのか、と、新たな疑問が浮かぶのだった。


 ユカと櫻子がアップルパイまで完食して一息ついていた13時過ぎ。まず、政宗が事務所に顔を出した。その手には大きめの紙袋が2つ。

「あれ、統治は?」

 戻ってきたのは政宗だけ。周囲を見渡すユカに、彼は端的に答えを告げる。

「心愛ちゃんを学校まで迎えに行ったよ。あと30分くらいかかると思う」

「学校? 日曜日なのに?」

「次の週末が文化祭だから、午前中は登校してたんだってさ」

「なるほど。んで、お土産は?」

「買ってきたって。ほれ」

 政宗はそう言って、紙袋から縦に長い長方形の箱を取り出した。両手で持てるサイズのそれは、雪景色のパッケージに『樹氷ロマン』と記載されている。

「これ何? お菓子?」

「ああ。ウエハースにホワイトクリームが挟まってる。コーヒーに合うぞ」

 なるほど。それはとても美味しそうだ。政宗が選んで買ってくるくらいなので、実際に美味しいのだろう。

 ただ……ユカは言外に不満をじんわりにじませたまま、彼をじぃっと見据える。

「……果物かラーメンは?」

「他に言うことあるだろうが……」

 政宗は暗に「いますぐここで全部出せ。」と告げたユカにため息を付きつつ、残りの荷物を邪魔にならないところに置いた。そして、自分たちのやり取りをニコニコしながら見守っている櫻子へも、ユカと同じものを小袋付きで手渡す。

「透名さんも、よければどうぞ」

 立ち上がった櫻子は、それを笑顔で受け取って会釈をした。

「わざわざありがとうございます。樹氷ロマン、美味しいですよね」

「ほら見ろケッカ。社会人なら、まずは礼を言うんだよ」

 そう言ってジト目を向ける政宗に、彼が置いた荷物の中身を漁っていたユカが、ぎこちなく視線をそらす。

 と、次の瞬間、2人同時に『彼女』の気配を感じたので……各々で瞬きをして、視える世界を切り替えた。

 ユカの視線の先には、空が「やほー」と軽く手を上げている。ユカもまた「どうも」と会釈をしつつ立ち上がり、自身のスマートフォンでカメラを起動すると、それを櫻子に手渡した。事前に統治へも確認を取っており、櫻子と空を対面させてもいいだろということになったのだ。

「櫻子さん、コレ、使ってください。それで、あの辺を画面越しに見てもらえますか? 川瀬さんの姿が視えると思います」

「え? あ……!!」

 手渡されたスマートフォンを、恐る恐る、ユカが示す方へ向けてみると……画面の中に見えた若い女性が、自分に向けて手を振っていることに気付く。夢のような現実が画面の中に浮かび上がっており、思わず何度も瞬きをしてしまった。

「これ、が……ユカちゃんや統治さんが視ている世界、なんですね……」

 櫻子は以前、『縁』が視えるようになるメガネを使った際、変化が引き起こす負荷に耐えられなかったことがあった。こうして、間接的に視認出来ることが彼女の負担を減らすことになるので、改めて、聖人には感謝しなければならないと思う。口には出さないけれど。

 一方の空も、櫻子がオズオズと自分に向けて手を振る姿に感激したのか、両手をブンブンと振って飛び回る。

「すっごい!! サクラコさんとソツーできてる!!」

 その後もボディランゲージでジワジワと交流を図る二人の姿を見つめながら……ユカは1人、衝立の奥に向かった政宗を追いかけた。そして、筆記具を用意している彼を見上げて、小声で確認をする。

「川瀬さん……今日、切る?」

「そうだな。本人の意思が変わらなければ」

 政宗はどこか達観したような口調だった。まるで、今後の展開が予測できているかのようだ。

「統治はあの話、するつもりなんよね? よかと?」

「ああ。統治がいいって言ってるんだから何とかするつもりなんだと思う。車の中で心愛ちゃんにも話してみるってさ」

「了解。山形の方はビンゴ?」

「大当たりだった。だから……今日で全部、一区切りだな」

 政宗はそう言って、衝立の方を見つめる。そして……右手に握ったボールペンに視線を向けると、嬉しそうに目を細めた。

「やっと……ここまで来たんだ。良かったな、統治」


 同時刻、秀麗中学校の正門で心愛をピックアップした統治は、途中でコンビニに寄って軽食を買った後、『仙台支局』を目指していた。

 制服姿の心愛は助手席でおにぎりを食べながら、運転している兄をフロントガラス越しに見やり、懸念事項を問いかける。

「お兄様、櫻子さんは……大丈夫なの?」

「ああ。とりあえず犯人の目星もついた。残念ながら身内だったが……確定次第、正式な処分が下ると思う」

「え!? 犯人が捕まったの!?」

 刹那、心愛の高い声が車内に響き渡った。統治は少し顔をしかめつつ、落ち着いて運転を続ける。

「いずれ警察にも捕まるとは思うが……示談になる可能性もある。ただ、名杙として許すつもりはないし、親父にもそう伝えるつもりだ。心愛も……忙しいのに気にかけてくれて、ありがとう」

「あっ……!?」

 兄の口から呼吸をするように自然と滑り出た謝辞に、心愛は思わず手元のおにぎりを落としそうになった。慌てて両手の指先に力を入れると、米粒が隙間から少しはみ出してくる。動揺を悟られたくないけれど、視線が泳いでしまい……盛大に窓の外を見るしかなくなってしまった。

「と、当然でしょ!? べ、別に心愛、何もしてないけどねっ……!!」

「何を言っているんだ。大仕事を任せたんだぞ」

「それは……」

 これから自分が行うことを改めて思い出し、心愛は手元にあるおにぎりを口に入れた。口の中でツナマヨを咀嚼しつつ……土曜日で混み合っている車列を見つめ、ポツリと呟く。

「……心愛で、いいの? りっぴーや理英子おばちゃんじゃなくて?」

「ああ。心愛が適任だと思う」

 真っ直ぐに前を見て、統治は迷いなく言い放つ。

 その姿を見た心愛は、コクリと一度だけ頷いて……ドリンクホルダーに置いた緑茶のペットボトルを手に取った。そして、お茶で口の中をリセットした後、サンドイッチへと手を伸ばす。

 中身を取りこぼさないようにフィルムを開封していると……信号待ちで車を止めた統治が、心愛をチラリと見て口を開いた。

「心愛は……川瀬さんのことは、怖くないと言っていたな」

「え? あ、うん。りっぴーに似てるっていうか……話しやすい年上の友達って感じがするの」

「そうか」

 統治の端的な返事で、急に、よく分からない不安が襲ってきた。心愛は自分自身にも言い聞かせるように、口を大きく動かして言葉を紡ぐ。

「こ、心愛だっていつまでも怖いばっかりじゃないんだからね!! そりゃあ、怖いことも……ことも、こともあるけどっ!! こ、怖いばっかりで目をそらしてると、見つけられないこともあるから……」

 怖いことを否定することは出来ない。ただそれだけではいけないと思っていること、変わりたいと思って模索していること、そのことを、どうしても伝えたかった。

 心愛はそう言った後、ミックスサンドを一つ取り出すと、レタスを落とさないように気をつけながら口へ運ぶ。

「心愛は……川瀬さんが『仙台支局』の『親痕』になることは、どう思う?」

「えっ……!?」

 刹那、手からサンドイッチが零れ落ちそうになり、心愛は再び両手に力を入れた。そして、恐る恐る兄を見やり……懐疑的に問いかける。

「そ、そんなこと出来るの? 分町ママは?」

「分町ママは名杙の『親痕』だ。『仙台支局』も開設して2年が経過しているから、そろそろ自前というか……専属で助けてくれる『親痕』がいると、今回のように非常に頼りになると思ったんだ」

「それは……でも、空さんは『関係縁』を切って、消えたいんじゃないの?」

「勿論、本人の意志を無視するようなことはできない。彼女の願いが変わらないなら、今日、心愛に切ってもらう予定だ。彼が生きている様子を見続けることに抵抗があるのは、当たり前だから」

 空は記憶力に優れている『痕』だ。仮に『仙台支局』の『親痕』になる場合は、空と翼の間に残る『関係縁』も切り、空側と統治を繋ぐことになる。

 そのため、いずれ……空から翼への関心は薄れてしまうだろう。ただ、彼女の記憶力を考えると、分町ママのように完全に過去を忘却するとも考えづらい。

 想いを寄せていた翼が歳を重ね、彼女以外の『誰か』と幸せな家庭を築く。そんな未来を目の当たりにする可能性があるので、おいそれと現世に残れとは言いづらいのが現状だ。

 だからこそ、最終的な決断は空本人に委ねるとして。

「俺だけではなく心愛からも、彼女の力だ必要だということを伝えて欲しいと思っているんだ。だから、事前に確認しておきたい。心愛は、彼女に残って欲しいと思うか?」

「それ、は……」

 統治の問いかけに、心愛はしばし無言になった後……空とのことを、思い返していた。


 櫻子が『関係縁』を切られた月曜日の昼休み、文化祭の用意で必要な資材をクラスメイトと運んでいた心愛は……近くに何かいる気配を感じて、廊下で思わず足を止めた。

 自分の周囲を焦って徘徊するこの忙しない感じは、間違いなく――

「名杙さん?」

「へっ!? あ、あーっと……こ、私、ちょっと生徒会室に忘れ物を思い出しちゃって。先に行っててくれる?」

「分かった。先に戻ってるねー」

 何の疑いもなく先へ進むクラスメイトに背を向けて、心愛は校舎の3階まで駆け上ると、階段の脇にある生徒会室(という名目の空き教室)へ滑り込んだ。そして、中に誰もいないことを確認してから視界を切り替えて――

「――空さん!!」

 心愛の頭上で焦っている空を見上げ、思わず声を荒らげた。

「あーココアちゃん!! やっと気付いてくれたー!!」

「ずっと前から気付いてたわよ!! っていうか学校までついてくるとか何!?」

 キャラを作っていた反動があるのか、普段よりもイライラが増している自覚はある。そんな感情をぶつけられた空は、特に気にする様子もなく、あっけらかんと言い返した。

「あれ、ココアちゃん、さっきとキャラ違いすぎない?」

「そんなことはどうでもいいのよ!! それで、心愛に言いたいことがあるんでしょ?」

「そーだった!!」

 心愛の言葉に我に返った空が、ここにやってきた理由を語りだした。

「あのさ、えーっと……そう、富谷のイオンに、黒塗りの車が停まってたの!! こないだ見たやつ!!」

「富谷……」

 空の言葉を反すうした心愛は、少しだけ、嫌な予感がした。

 富谷には今、櫻子が仕事で出入りしている病院がある。そして先日、櫻子自身が、その病院でも嫌がらせまがいのことをされたことがある、という話を聞いたばかりだ。

 もしも、黒塗りの車に乗っているのが、叔父だったりすれば……。

「空さん、そのこと、お兄様や支局長には伝えてるの?」

「ううん。アタシ、ビルの非常階段までしか行けないしから」

「あぁ……」

 『仙台支局』と無関係の『痕』である空は、分町ママのように、支局内まで出入りすることは出来ない。統治達が仕事をしているのであればそう簡単に中から出てこないだろう。だから、特に成約のない自分の方へ来たのだと納得する。

「でも……車が停まってただけなのよね? しかもイオン……」

 心愛は内心、この程度の情報を伝えるべきか思案していた。そんな彼女へ、空が焦った様子で急き立てる。

「でもでも!! あのオジサン、なんか絶対普通じゃないよ!! 嫌な予感がするんだって!!」

「嫌な予感……」

「わっかんないかなぁ……なんかこう、ウガーってなってヒャーってなる感じ!!」

「分かんないわよ……」

「とにかく、ココアちゃんなら力になってくれるって思ったの!!

 空の言葉には何の確証もない。それこそ、単なる直感だ。

 でも、もしも……この事態を伝えずに何か事件が発生した場合、心愛は自分の判断を後悔してしまうだろう。それに何よりも、ここで何も伝えずに立ち去ったら……空がうるさい。

 昼休みも限られているため、心愛は観念してスマートフォンを取り出した。そして、改めて周囲にだれもいないことを確認しつつ、空を見上げて「分かったわ」と首肯する。

「ケッカに連絡してみる。空さんはこの部屋に誰も来ないかどうか見張っててくれる?」

「おっけー!!」

 空が元気よく飛び出して(すり抜けて)いった姿を見送りつつ、心愛はユカに電話をかけたのだった。


 その時に、必死だった空の姿を思い出す。

 電話をかけながら、空――『痕』に対する恐怖心を思い出したけれど、でも、その直前までは、今までのように怖いという感情が全面に出ることはなくて。


 彼女と一緒だったら、自分も、更に変われるかもしれない。

 確証のない予感が、ずっと、胸の中にある。


 心愛はサンドイッチを飲み込むと、動き出した車内でゴミを片付けつつ、口元に笑みを浮かべた。

「心愛ももう少し、空さんと一緒に過ごしてみたい。そのことを……自分の言葉で、伝えてみればいいかな」

 心愛の言葉に、統治は前を見たまま首を縦に動かす。

「ああ。宜しく頼む」

「そういうお兄様こそ、今日これから、ちゃんとしないと駄目なんだからね? でないと……心愛の出番、なくなっちゃうんだから」

「……」

 妹の言葉に統治が口をつぐんだところで、視線の先に、『仙台支局』がある高層ビルが見えてきた。

 山形の手土産といえば、個人的に『樹氷ロマン(https://katoubussan.jp/publics/index/29/)』です。手頃で日持ちして美味しい。

 そして、櫻子と彩衣の話を少しばかり挿入しました。詳しく書くとすれば外伝になりますが、この2人は姉妹のようなイメージで書いています。

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