エピソード7:missing you①
インターフォンを押して数秒、ぎこちなく扉を開いた統治は、櫻子を室内へ迎え入れた。
「お邪魔します」と声をかけて靴を脱いだ彼女は、その靴をきれいに揃えた後、統治へ向けて頭を下げる。
「あの、名杙さん……先程は心配してくださったのに、大変失礼しました……!!」
「いや、それは……それよりも具合は?」
顔を上げた櫻子は、普段、統治がよく知る彼女に思えた。とはいえ、数時間前に過呼吸で倒れた状態を目の当たりにしているので、どうしても楽観視は出来ない。
心配そうに問いかける統治へ、櫻子は落ち着いて返答する。
「本調子とは言えませんが、落ち着いたと思います。彩衣さんとユカちゃん、伊達先生からも、目立つ異常がないことは確認していただきました」
「そうか……あ、どこか適当に座ってくれ。床に座ることが辛いなら、ベッドでも構わないから」
「ありがとうございます。では……背もたれがあると安心なので、ベッドを背にして座ってもいいですか?」
櫻子の言葉に頷いた統治は、彼女が座る位置に座布団を動かした。そして、自分はどこに座ろうかと思案して……その向かい側に腰を下ろす。
今の彼女が自分と話をしたいのであれば、きっと、隣よりも正面のほうがいいと思ったから。
櫻子が自分に話したいこととは、何だろう。
このタイミングで切り出すということは、きっと、2人の今後に関することだろう。彼女が自分にマイナスのイメージ、感情を持っているとしてもしょうがない。今も、もしかしたら……無理をして気丈に振る舞っているのかもしれない。
政宗は先程、あんな提案をしていたが……こんな、こんなシチュエーションで果たして、自分からあんな話を切り出すことが出来るのだろうか……。
……と、統治がとりとめのないことを考えていると、櫻子は手に持っていたハンドバックから、自身のスマートフォンをテーブルの上に置く。
珍しい、と、思った。普段の彼女はスマートフォンを鞄の中に入れており、例えば時計代わりに使うこともない。電話の振動で慌てて探し出すタイプだからだ。
「透名さん?」
「私……この、真っ暗な画面が、少し怖かったんです」
櫻子はそう言って、画面を指でなぞる。
今は当然無反応なので、画面は何も変わらない。
「もしも操作を間違えてしまったら、エラー画面が出てしまったら、私の無知で壊して……迷惑をかけてしまったら。そんな『もしも』ばかりが先回りして、だったら、最初から使わない方が、誰にも迷惑をかけないと思っていました。どうせ、私には出来ない、って……」
「それは……」
「でも、そんな私に、名杙さんは根気強く付き合ってくれました。身内でさえ匙を投げるようなヒドさなのに……だから、過去の私は、名杙統治さんを好きになったんだろうなって……よく、分かったんです」
「透名さん、さっきから何のことを……」
櫻子の話の先が見えず、統治が思わず眉をひそめる。そんな彼に櫻子はどこかいたずらっぽく笑うと、スマートフォンを手にとって、本体脇にある電源ボタンを押した。そして、ロックを解除した後、事前に表示しておいた『メモ』を見つめ、目を細める。
「実は、記憶が曖昧になる前の私も、もしもの未来を想定していたみたいなんです。ユカちゃんと佐藤さんのこともありましたから、万が一に備えて、気付いたことをスマートフォンに入力していたみたいで」
「え……!?」
予想外の方向から飛んできた情報に、統治は盛大に目を見開いた。
櫻子がまさか、本人が最も苦手としているツールに情報を残しているなんて思わなかったのだ。
驚いている統治に櫻子は苦笑いで「その気持ち、分かります」と同意した後、確かな意志と共に言葉を続ける。
「さっき、それを偶然見つけて目を通しました。そしたら……私、驚いてしまって。お送りする方法が分からないので、間違いがないかどうか、確認してもらえますか?」
「あ、ああ。分かった」
過去の櫻子が、万が一に備えて残しておいた情報。そこに何か、今回の事件解決につながる糸口があるかもしれない。統治は思わず前のめりになった。
櫻子はしばしためらった後……統治に見えるよう、スマートフォンを机上に置く。
それは以前、統治が櫻子と一緒に設定をした、通話アプリ内のメモ機能だった。
出先で紙とペンがない時などに、一時的に情報を保存するために。
ここに書いたことは他人に送るような情報ではないから、文字入力の練習にもなると思って設定をしたのは、統治が福岡に旅立つ少し前のことだったように思う。
当然、統治はこのページを見るのが初めてだ。
そして……画面に表示された『情報』に、思わず、目を見開く。
『統治さんは、とてもせきにんかんがつよい人です』
「……?」
一瞬、見間違いかと思ったが、まばたきをしても情報は更新されない。
統治は櫻子の許可を取って、画面をスクロールした。
『またいっしょに、料理を作りたい。こんどはかりょくがつよいばしょで』
『つらいことも、大丈夫。統治さんがいっしょだから。しょるいはだてせんせい。』
「あ、あの、透名さん? これは一体……」
「本当、小学生みたいな文章ばっかりですよね……すいません」
櫻子は肩をすくめてため息をついた後、一旦、画面から顔をあげた。そして、狼狽している統治に事情を説明する。
「ユカちゃんから、話を聞きました。私が、情報漏洩の証拠をつかむために、虚偽の書類を名杙さんにお渡しした、と。それが事実かどうかを確認したくて、スマートフォンのメッセージを確認してみたら……これを、見つけたんです」
過去の自分が残していた備忘録。
真剣に入力していた文章は、そのほとんどが、統治に関することだった。
ユカと共にその事実を目の当たりにした櫻子は、耳まで赤くして俯いてしまう。
「私……本当に、何をしていたんでしょうか……!!」
ベッドの上で頭を振る彼女の肩に、ユカがそっと手を添えた。そして、恥ずかしさで表情を作りきれない彼女を覗き込みつつ、いたずらっぽく言葉を紡ぐ。
「それだけ、櫻子さんにとって……大切なんだと思いますよ、統治のことが」
「ユカちゃん……」
「要するに、記憶を失う前の櫻子さんも、今、ここにいる櫻子さんも……同じ気持ちなんじゃないでしょうか。それ、統治に教えてあげてください。統治もきっと、気付いていないと思うので」
ユカの言葉に、櫻子は何かを言いかけて……目を伏せ、口をつぐむ。
伝えたい言葉は、胸の中に確かにあるけれど。
果たして、それを……。
「今の私がそれを言ってしまって……大丈夫、でしょうか」
櫻子が正直な不安を口に出すと、ユカは彩衣と視線を合わせた後、ほぼ同時に頷いた。
「大丈夫に決まってますよ。だって……透名櫻子さんは、ここにいるたった1人ですから」
ユカが、強い確証と共に自信満々で頷くから。
彩衣が、穏やかな眼差しで一度だけ頷くから。
その手の温もりに力をわけてもらい、背中を押してもらって、ここまで来たのだ。
――諦めますか?
5月、統治から言われた言葉が脳裏をよぎる。
答えは勿論、あの時と同じだ。
――いいえ、望むところです。
櫻子からおおよその事情を聞いた統治は、何度となく、画面をスクロールして……思わず、目を細めた。
櫻子の自分に対する評価と、彼女が自分なりに頑張っていることが伝わってきたから。
そして気がつくと、櫻子が統治の方を真っ直ぐに見つめているから……統治もまた顔をあげて、彼女の言葉を待つ。
「こんなことばっかり……頑張って、頑張って、記録しているんです。名杙さんの……統治さんのことばかりです。そんなこと……今の私だって、ちゃんと分かっているのに」
「透名さん……」
「要するに私は……何があっても、仮に全てをリセットされても、結局、名杙統治さんを好きになるんです。貴方の隣にいたい……この気持ちを、どうやっても、諦めることができないんです」
「っ……!!」
こう言って笑っているはずの彼女の顔が、滲んで、よく見えない。
どうしてだろう。
自分が泣いていることに気付いたのは、涙が頬を伝った瞬間だった。
「名杙さん……!?」
その様を見た櫻子もまた、驚きで目を見開くと、急いでカバンからハンカチを取り出した。
そしてそれを彼に渡そうと手を伸ばした次の瞬間、統治はその手を両手で握りしめると……額に押し当て、静かに呟く。
人前で涙を流すことなどなかった。許されないと思っていた。
自分が泣いたところで、何も変わらない。むしろ、敵に弱みを見せることになる。
そして悩む時間もない。自分が悩んでいる間に、状況が変わってしまうかもしれないから。
油断をすると、生きた人間からも、死んだ人間からも、寝首をかかれることになる。
だから、幾重にも『名杙』統治を積み重ねた。物事の決断はなるだけ早く。受け継いできたぶれない軸を支えに生きていく。
そのはずだったのに。
嬉しい、
申し訳ない。
側にいたい、
離れた方がいい。
助けて欲しい。
彼女を傷つけたくない。
何とかできる。
自分にはこれ以上何もできない。
まだ望みはある。
変えられないのならば、自分から離れることが最善だ。
隣にいて欲しい。
もう、解放した方が良い。
どうする?
様々な思いがせめぎあい、『名杙統治』に結論を急き立てる。
けれど、決められない。
どうすればいいのか分からない。
分かっているのは……とても、とても、泣きたくなるほど、辛いことだけ。
「情けないところを……申し訳、ない……」
「そ、そんなことないです!! 私こそ、変なことを言ってしまってすいませ――」
「――違うんだ。そうじゃ、な……謝らない、で、くれ……」
統治は顔をあげることなく、ただ、首を横に振る。
そして、心のなかでぐちゃぐちゃになっている感情を、必死に精査した。
今の自分が一番不安に思っていること、それは……。
「俺は……きっと、これからも、君に辛い思いをさせてしまう、と、思う。俺が生きる世界は、どうしても、歪なことが多くて……俺一人では、変えることが、できない」
思い知った。思い知らされた。
変えようともがいても、それを圧倒的な力で押しつぶそうとする『力』があること。
「力不足を、痛感して……とても、辛く、て……でも……それ、でも……っ……!!」
辛かった。
とても、とても苦しかった。
自分にできる最善を尽くしても、大切な人を守りきれなかったこと。
大切な人に、辛い思いをさせている現実。
ままならない世界の中で、自分を見失いそうになる。
でも。
――ユカの荷物を俺が背負えなくても、隣を歩いて話し相手になったり、疲れた彼女ごと背負って少し歩けるくらい強くならなきゃダメなんだって……それくらい、俺にとって彼女は大切な人だ。統治にとって透名さんは、そうじゃないのか?
その全てを受け入れようと背伸びをして、大切な人の隣に並び立とうと、進み続けている親友がいて。
――あたしも櫻子さんには沢山お世話になっとるし……何より、統治の助けになりたいけんね。
過酷な現実と折り合いをつけながら、常に自分のことを助けてくれる、信頼できる仲間がいて。
そして。
――要するに私は……何があっても、仮に全てをリセットされても、結局、名杙統治さんを好きになるんです。貴方の隣にいたい……この気持ちを、どうやっても、諦めることができないんです。
不条理で傷つけられたにも関わらず、笑ってくれた、大切な人がいる。
そんな彼女に伝えたいのは、取り繕った綺麗事じゃない。
彼女のことを救いたい、とか、守るために遠ざけた方が賢明だ、とか、きっと……間違いなく、そういうことではなくて。
自分の正直な、ありのままの気持ちを伝えたくて、心の奥にあるものを全て吐き出すと、残ったのは、たった一言。
「それ、でも……俺は、櫻子さんのこと、が……好き、で……」
絞り出した言葉に、櫻子が息を呑んだ音が聞こえた。
自覚をすると恥ずかしさよりも情けなさが募る。もっとスマートに伝えられると思っていたし、実際、8月に伝えた時はここまで不甲斐ない状態ではなかったのに。
たった一人を愛しく想うことの『重さ』を、初めて感じたような気がした。
「好きで、どうしようも、なくて……」
「なく……」
統治の言葉を受け止めた櫻子は、言いかけた言葉を飲み込むと、息を吐いて気持ちを整えた。そして。
「統治、さん……」
意を決して下の名前で呼んでみると、とても、慣れ親しんだ響きに思える。
スマートフォンの予測変換と同じく、自分がずっと、親しみと、尊敬と……確かな愛情を添えて、彼のことを呼んでいたからだろう。
今はまだ思い出せない。けれど、それで構わない。
だって……今、この瞬間、統治の側にいる櫻子が、そう思っているのだから。
櫻子は握った手に力を込めると、彼を見て、唇を噛みしめる。
自分がもっと強ければ、彼にこんな思いをさせなくてすんだ。その後悔はきっと……もうしばらく、消えることはないけれど。
でも……もう二度と、繰り返さない。繰り返さなければ、それでいい。
これからの2人のために必要だったと思える時まで、そう思って笑いあえた後も、ずっと、隣にいたいと思うから。
「今の私では……まだ、力不足なことばかりだと思います。悪い『もしも』を想像すると、やっぱり少し……怖いです。それでも、私は……隣にいても、いいですか?」
この問いかけに、統治は一度だけ頷いた。
「……離れないでくれ」
彼女の手を握りしめたまま、統治は静かに顔を上げる。
ぐちゃぐちゃに絡まった感情の糸、その汚れを涙で流し、残ったものを受け入れると……自分がするべきことが、はっきり見えたような気がした。
だから、ちゃんと伝えたい。
目を見て、言葉にすれば伝わると……親友が教えてくれたから。
「何があっても……真っ先に、俺を頼ってほしいんだ。俺も、君に……助けて欲しい。2人で悩んで、考えて……乗り越えたい」
「はい」
統治の言葉を真っ直ぐに受け止めた櫻子は、目に涙を浮かべたまま頷いた。
「それで……」
涙を拭うことはせずに言葉を続けていた統治は……ここでふと、先程のアドバイスを思い出す。
きっとこれが、自分達も指針を的確に表現している言葉なのだろう。
統治は肩の力を抜くと、櫻子を見つめたまま……1人、楽しそうに笑った。
「そうだな……2人であのオジサンなんかガン無視して、楽しくラブラブに生きていけばいいと思う」
「へっ!?」
予想外の言葉に、櫻子は思わず間の抜けた声と共に目を見開いて……すぐに、彼と同じく、とても楽しそうに笑った。誰からの助言だったのか、何となく、想像がつく。
「分かりました。私もガン無視して、統治さんと楽しくラブラブを目指します」
「ああ。だから……隣にいってもいいだろうか」
この言葉に櫻子が頷いたことを確認した統治は、立ち上がって彼女の隣へ移動した。そして、自分から手を伸ばして彼女を抱きしめる。櫻子もまた、彼の背中に腕を回して……ゆっくりと、呼吸を整えた。
「……統治さんのシチュー……食べそこねました」
「今から作っても構わないぞ」
からかうような言葉に、櫻子は「いいえ」首を横に振った。
「統治さんのシチューを最初に食べるのは、私だけなんです。グラタンもです。ユカちゃんと佐藤さんには遠慮していただかないと」
「そうか。分かった」
櫻子がこんなことを言い出すのは、非常に珍しい。頬を緩めて同意をすると、櫻子は統治の服を少し強く握り、顔を押し付けて口を開いた。
「私……こんな風にワガママも言いますし、スマートフォンも満足に扱えません。料理の腕もまだまだです。それでも……いいですか?」
「ああ。俺は……君がいい」
こう言って力を込めると、腕の中の彼女が「ありがとうございます」と囁いて、少しだけ肩を震わせた。
彼女が落ち着くように背中をさすっていると、腕の中の彼女が思い出したようにポツリと呟く。
「統治さんが人前で泣いているところを……初めて見ました」
「ああ。俺も初めてだ」
「そうだったんですね。フフッ……役得です」
そう言われると、途端に恥ずかしくなる。統治は彼女の肩に額をのせると、大きく息を吐いた。
「その、あまり他の人には……」
「勿論です。2人だけの秘密です」
「すまな……ありがとう」
こう言って笑い合う。他愛もない会話、その一言が、楽しくてたまらない。
心の隙間を埋めることが出来るのは、時間なのかもしれない。そんな気持ちで会話のキャッチボールをすること数分。櫻子が「でも……」と、どこか残念そうに言葉を紡ぐ。
「結局、私が忘れていることは、なかなか思い出せないままなんです。思い出すことができれば、あのときにどなたと会っていたのか、手がかりにもなるかもしれないし、もっとお役に立てるのに……」
「あー……それなんだが……」
統治はわざとらしく喉を整えると、「櫻子さん」と彼女を呼びつつ腕を緩め、視線を上に向かせる余裕を作った。
タイミングは今しかない。
今ならきっと、取り繕わずに……伝えることが出来る。そんな、根拠のない確信があった。
「実は一つ、試してみたいことがあるんだ」
「そうなんですね。私に出来ることなら、何でも言ってください」
「その……少しだけ専門的な話に、いや、違うな、そうじゃなくて……」
「統治さん……?」
なにやら言葉を探して行き詰まりつつ、視線を泳がせる統治。櫻子は「そんなに説明が面倒なことなのか」と覚悟をしつつ、彼の言葉を待った。
数秒後、統治は目尻に残っていた涙を自分の腕で拭うと、櫻子を見下ろして。
「その……俺と、で、出来るだけ早く……結婚してくれないか?」
「はい、それは勿論……って……え? 今から、ですか?」
あんまりにもいろーんなことをすっ飛ばした提案に、櫻子はポカンとした表情で首を傾げる。
「あ、あの、統治さん? それは、勿論、その……お断りする理由は一切ないのですけれど……出来るだけ早く、とは、えぇっと……何か、理由があるんですよね? も、勿論お断りはしませんよ、しませんけど……よければ、教えていただけませんか?」
「その、実は……」
統治はコクリと頷きつつ、先程の言葉の理由を語る。
遡ること数十分前、政宗と空がこの部屋にいたときのことだ。
「んで、そんな統治に、俺とケッカからとある提案があるんだよ。いやー、マジで名案だと思うから、本気で検討してほしいところだ」
「提案……?」
こんなドヤ顔の彼からは嫌な予感しかしないが、とりあえず聞くだけ聞いておこう。
懐疑的な統治へ、政宗は朗々と意見をぶつけた。
「そ。まず、統治と透名さんが結婚する」
「待ってくれ話が飛躍しすぎている」
「んで、透名さんに名杙の『因縁』を増やすんだ」
「っ……!!」
政宗の提案に、統治は思わず息を呑む。
正直、考えなかったわけではない。
櫻子が名杙本家の誰かに、これからも……万が一、悪意を持って狙われることになった場合。
彼女に名杙の『因縁』があれば、彼女を狙っている側の人間と霊的にも同等、もしくは、それ以上になれる。そんな、圧倒的アドバンテージを付与することが出来るのだ。加えて、霊的な力が大幅に底上げされることで、失われた記憶を取り戻す可能性も大いにあると思う。
ただ、これをしてしまうと……確実に、戻れなくなってしまう。櫻子が名杙側の人間になってしまうので、彼女の未来を縛るものになってしまうことは必然だ。
だからこそ簡単には言い出せず、慎重になっていたのに。
刹那、それを聞いた空が、「キャー!!」と甲高い声を上げて手を叩いた。
「いいじゃんそれ!! ぶっちゃけ全然意味分かんないけど絶対それがいいって!!」
「いや、確かに……ただ、これは……第一、何の用意も……」
「そんなのあとからいくらでもできるじゃん!! マジで頑張って!! あ、ココアちゃん呼ぶ?」
「勘弁してくれ……」
と、いうわけで。
「少し専門的な話になってしまうが……俺と櫻子さんが結婚をすることで、その……俺や心愛と同等の素質、というか……櫻子さんに対して、名杙の人間が持っている能力の大元を分配することができるんだ。霊的な力が底上げされることで、記憶が戻る可能性があると思っている」
自分でも何を言っているのか分からなくなりそうだ。櫻子も必死に話を理解しようと、自分なりに咀嚼した要約を伝えてみる。
「要するに、籍を入れることで私も『縁故』になれるんですか?」
「いや、そこまでは分からないが……とにかく、記憶を戻すきっかけに出来るかもしれないんだ。ただ……」
「ただ?」
何かリスクがあるのだろうか。思わず身構える櫻子へ、統治はしばらく言葉を探した後……観念して息を吐いた。
綺麗事を理論武装して取り繕ったところで、彼女に届くはずもない。
飾らない言葉を伝えること、これが、今の自分に必要なことなのだ。
「その……そういう理由も確かにあるけれど、結局……俺が櫻子さんと堂々と一緒にいられる大義名分が欲しいだけなんだ。だから……前向きに考えてくれないだろうか」
この言葉に、櫻子は一度頷いて……一度、抱きしめていた腕をほどいた。更に「ちょっとすいません」と言って腕からすり抜けた後、統治から数歩後ろに下がって正座をし、背筋を正す。
そして……三つ指をつくと、そのまま軽く頭を下げて。
「不束者ですが……どうぞ、末永く、よろしくお願いします」
とても綺麗な姿に統治は一瞬見惚れた後、我に返って居住まいを正した。そして、顔を上げた彼女に向けて、統治もまた、静かに頭を下げる。
「ありがとうございます。こちらこそ……末永く、よろしくお願いします」
落ち着いた声で告げてから顔をあげると、視線の先にいる櫻子が、とても嬉しそうに微笑んでいるから。
統治も思わず口元を緩めて……もう一度、戻ってきた彼女を抱きしめた。
時刻は間もなく19時。すっかり暗くなった駐車場で、政宗が運転席に座ったままスマートフォンを操作していると……窓ガラスを叩く音が聞こえた。
「伊達先生……」
笑顔で手を振る聖人に会釈をした政宗は、ドアを開けて車から降りる。助手席に座っていたユカも外に出た瞬間、吹き抜けた北風に一度だけ身震いをした。
聖人の隣には彩衣も立っており、2人へ向けてペコリと頭を下げる。
「伊達先生、富沢さん、今日は本当にありがとうございました」
「どういたしまして。とりあえず、櫻子ちゃんも出てこないし、色々落ち着いたみたいだから……自分と彩衣さんはドロンしてもいいかな?」
「分かりました。もう大丈夫だと思います。本当にありがとうございます」
政宗がそう言って頭を下げると、聖人はふと、櫻子が向かった統治の部屋の方を見上げて……意味ありげにほくそ笑む。
「名雲のお守りって、割と効くんだね」
「あれ、バレてました?」
「察しはつくよ。直前まで過呼吸おこすくらいの拒絶反応だった櫻子ちゃんが、統治君とはいえ、名杙直系と二人きりでこれだけ過ごせるなんて……何か、名杙の力が通用しないアイテムで守られているんだろうなって」
政宗が先程、櫻子に手渡したのは……ユカを通じて北九州の双葉から送ってもらった、名雲側の『絶縁体』だった。
本当は違うことに使おうと思っていたけれど、結果オーライ。名杙の力に萎縮してしまう櫻子にとっては、バリアのような役割を果たしてくれている。
政宗と聖人と会話を聞きながら、ユカが内心「そうだったのか……」と思っていると、彩衣がユカに近づいてきた。そして、改めて静かに頭を下げる。
「……山本さん、櫻子さんのこと、よろしくお願いします」
この言葉に、ユカは力を込めて頷いた。
「分かりました。あたしと川瀬さんで、櫻子さんのことはしっかりと守ってみせますっ!!」
「ちょっと待てケッカ、俺と統治をハブるなって!!」
「政宗と統治はさっさと犯人ば捕まえんね。あたしは櫻子さんとはらこ飯でも食べて待っとくけんね」
「あのなぁ、大体――」
政宗が反論しようとした次の瞬間、彼のズボンのポケットで、スマートフォンが振動した。
何事かと思って取り出して、画面を確認すると……。
「……っしゃ……!!」
表示されたメッセージ、整然と並ぶ文字情報を確認した政宗が、口元に笑みを浮かべて勝利を確信した。
あーーーーーーーーーーーーーー!!
書くの楽しかったっすーーーーーーーーーーー!! これだけ!!
……長くなってスイマセンでした。話数の関係上分割出来ませんでした……。
統治と櫻子、その始まり:https://ncode.syosetu.com/n2377dz/25/




