エピソード6:hearts leaving④
自室を出た政宗は、車を走らせて、統治が住んでいるアパートの駐車場へやって来た。
事前の連絡をしていなかったので、不在だったらどうしようかと思ったが、駐車場に彼の車が残っていることに気付く。部屋の中に明かりがついているかどうかは確認出来ないけれど、仮に不在でもそこまで遠くへは行っていない……と、思いたい。
車から降りて鍵をかけた政宗は、ふと……周囲に見知った気配を感じ、瞬きをして視界を切り替えた。
すると、斜め上に佇んでいた空が、心配そうな顔で政宗を見下ろしていることに気づき、政宗は周囲を見て誰もいないことを確認した後、彼女を手招きして話しかける。
「川瀬さん、今日の午前中はありがとう。統治、帰ってきてるか知ってる?」
政宗の問いかけに、空は気まずそうな表情で頷いた。
「え、あ……うん、トージさんなら部屋にいるよ。でも、なんか、超暗いんだけど……」
「だろうな。こっちで嫌なことが重なっちゃってさ」
政宗がこう言って肩をすくめると、空が彼女の所在を問う。
「サクラコさんは? ランチまで一緒だったのに、今は違うの?」
「マジで嫌なことばっかり重なっちゃって、一時的に離れてもらっているんだ。透名さんはケッカと富沢さんに任せてる。俺は、統治の様子を見に来たってわけ」
「そっか」
端的に呟く空。その声にいつもの覇気がないことが、先程から気になっていた。
「川瀬さんも……なんか、いつもより落ち込んでない? 何かあった?」
「ムネさんすごいなー。実は今日の午後、あの黒い車のおじさんと翼君が会ってたからさー」
「マジか……」
空の言葉に、政宗は思わず顔をしかめた。先日、統治と翼が偶然、富谷の病院で鉢合わせになったことは聞いていた。その時、翼が「近いうちに連絡をする」と言っていたとも聞いているが、現時点で、政宗のところに翼からの連絡はない。
もしも、慶次が先に動いているのであれば……脳裏をかすめる嫌な予感を払拭したくて、政宗は一度頭を振った。そして、空から更に情報を得ることを試みる。
「どこで会ってたか分かる?」
「うん。六丁の目のスタバ。なんか、紙をやり取りしてる感じだった」
「了解。本当にありがとう。紙……ね。俺からも探りを入れておくよ」
慶次が電子決済を使っているとは考えにくい。とはいえ、今は翼に探りを入れるような余裕はない。
先に対峙しなければならないのは、部屋の中にいる彼だ。
気持ちを切り替えた政宗は、頭上にいる空を見上げ、努めて明るく声をかける。
「んで、ついでというわけじゃないんだけど……川瀬さん、今から俺、統治のところに行くんだけど、ついてきてくれない?」
政宗からの意外な頼み事に、空は思わず目を丸くする。
「へ? いいの?」
「ああ。俺一人だと、感情的になっちゃいそうだからさ。もしも俺が統治をぶん殴ったら体を張って止めてね」
どこかおどけた口調でこんなことを言ってのける彼に、空もまた、口元に笑みを浮かべる。
「ムネさん、ユーレイのアタシにそれ頼むってどういうこと?」
「それくらいの気合で宜しくってこと。じゃあ……行こうか」
政宗の言葉に、空も一度頷いて。
少しずつ日が傾き始める世界の中、二階に続く階段を登る。
そして、彼の部屋のインターフォンを押すと、すぐに家主の声が聞こえた。
「統治、入っていいか?」
「……そこで待っていてくれ」
少し疲れた声が途切れてから数秒後、内鍵が開く音が聞こえて……扉を開いた統治が、無言で、政宗を部屋の中へ招き入れた。
政宗は丸テーブルの一角に腰を下ろすと、テーブルを挟んで向かい側に座った統治を見つめる。
普段の彼とは程遠いほど覇気のない双方は、どこを見ているのかはっきりしない。正直、ここまで狼狽している統治を見たのは、政宗も初めてだった。
とはいえ、ここで彼を心配しても、話は進まないだろう。そう判断した政宗は、普段どおりの口調で現状を説明した。
「透名さんだけど、ケッカや富沢さん、伊達先生が様子を見てくれてる。とりあえず大事には至ってないよ」
「……そうか」
短く呟いたその言葉に、感情は感じられない。政宗はあぐらから足を崩すと、彼の表情を伺いながら言葉を続ける。
「統治の方に、名倉さんから連絡は?」
政宗の言う『名倉さん』は、里穂の母親のことだ。この問いかけに、統治は首を横に動かす。
「……いや、特に」
「そっか。とりあえず、ホテルに戻るかどうかは透名さん本人に決めてもらうとして、明日から――」
「――佐藤、もういいんだ」
政宗の言葉を遮るように、統治がはっきりと言葉を紡いだ。
予測をしていたのか、政宗は特に驚いたような素振りはなく……ただ、彼にその真意を尋ねる。
「もういい、って、どういうことだ?」
「事件の犯人については警察に任せる。櫻子さんはもう、俺と……名杙と、関わるべきじゃない」
言葉の端ににじみ出そうになる悔しさを抑え込むために。統治は努めて淡々と言葉を続ける。
「名杙直系の俺が近くにいても……いや、直系筋の俺だから、あれだけ怯えていた。どう考えても、今後も良い影響を与えられるとは思えないんだ」
「それは要するに、透名さんとの『関係縁』を、自分から切るってことだよな?」
政宗が核心を問いかける。この質問に統治は一度、悔しそうに唇を噛み締めた後……全ての感情をため息で吐き出した。そして。
「ああ……そうだ」
刹那、政宗のこめかみがピクリと動く。
「自分が何言ってるのか、分かってるんだよな?」
「当たり前だろう。俺は――」
――がだんっ!!
次の瞬間、政宗が目の前のテーブルへ、力任せに右腕を振り下ろした。
大きな物音が狭い室内で反響する。流石に驚愕、萎縮した統治へ、政宗は右腕を震わせながら、侮蔑を込めた眼差しで彼を睨みつけた。
「本当にそんなことを言うとは思わなかったよ……統治、お前、自分のことばっかりなんだな!!」
「何だと……!?」
聞き捨てならない暴言に、統治が思わず目つきを鋭くして腰を浮かせる。しかし政宗は臆することなく彼を見据え、激高したまま言葉を続けた。
「だってそうだろう!? 透名さんとの『関係縁』を切りたいのは、彼女を守れない自分を受け入れられないからなんだよ!! 名杙っていう大きな家にビビって、流されて、最終的には自分が楽になりたいだけなんだよな!? だから――!!」
「――違う!!」
次の瞬間、統治が政宗の胸ぐらをつかんだ。そして、頑として視線をそらさない彼を睨んだまま、感情のままに言葉をぶつける。
「俺が楽になりたいだけ、だと……!? ふざけるな、これが最善なんだ!!」
これは、統治が自分に言い聞かせた言葉だ。だから、納得している。納得するしかない。
櫻子を守るために、統治としての『気持ち』を切り捨てる。
『名杙』統治として最善の選択をするために、必要なことだと言い聞かせている。
ただ……そんな理屈で、目の前の彼が納得するはずもない。
政宗は自分の襟を掴む統治の腕を握り、リミッターを外して詰め寄った。
「最善って何だよ!! 統治が独りよがりで決めたことが最善なわけねぇだろうが!!」
「違う!! これが櫻子さんのためになることなんだ!!」
「どこがだよ!! それに、統治の気持ちはどうなる!? 俺の知ってる親友の名杙統治は、そんなことを望む奴じゃねぇんだよ!!」
「俺の気持ちはどうでもいいんだ!!」
「いいわけねぇだろうが!!」
政宗がひときわ大きな声で統治を否定する。そして、彼を煽るように口元を吊り上げ、嘲笑してみせた。
「1人でカッコつけて自己犠牲かよ? 随分と上から目線になったもんだな!!」
この言葉が、統治の心に突き刺さる。
上から見下ろすことを、望んだわけではない。
ただ……そうしなければ『ならない』。それが、自分の生き方だから。
「……うるさい……」
政宗は、そんな自分のことを、分かってくれていると思っていたのに。
――俺の知ってる親友の名杙統治は、そんなことを望む奴じゃねぇんだよ!!
何も分かってくれていないし、分かるはずもない。
そんな彼が知ったような口で自分を語ることが、無性に腹立たしい。
「……お前に、何が分かる……!!」
吐き捨てた言葉に、失望感が滲む。
「聞こえねぇよ!! 言いたいことがあるならはっきえり言え!!」
政宗が統治の腕をひときわ強い力で握った。完全に頭に血が上った統治は、反射的に、感情的な言葉を返す。
「うるさい!! 佐藤に俺の何が分かるんだ!?」
「わっかんねぇよ!!」
「っ……!?」
刹那、意外な反論に、統治は思わず言い淀んでしまった。
分からない。
あれだけ統治のことを饒舌に語っておきながら、統治のことが分からないとは……どういうことなのか。
困惑した統治の手が緩んだ瞬間、政宗は少し乱暴にそれを振り払った。そして、乱れた襟元を整えつつ、息を吐いて……彼を見据える。
その双方に、涙が滲んでいたように見えるのは、きっと気の所為ではない。
「俺、統治じゃねぇから……名杙とか、次期当主の重圧とか……そういうこと、どれだけ分かりたいと思っても、分かるはずないと思ってる。けど……!!」
今の彼はまるで、過去の傷を抉っているように見えた。
古傷を隠さないことで、統治に真正面から訴えかける。そんな、痛々しい説得力がある。
「統治が逃げようとしてることは分かるし……大切な人から逃げたくなるくらいしんどい気持ちも、マジで、嫌になるくらい分かるんだよ……!! しんどくて、しんどくて……1人じゃどうしようもない統治を、ほっとけるわけねぇだろうが……!!」
「……」
無意識のうちに両手を握りしめた政宗は、俯いて……声を、震わせた。
思い出すだけで、胸が苦しくなる。そんな、過去の出来事。
「俺も……同じだった。ユカを、守れなくて……支えられなくて、無力な自分を呪ったよ。正直、『関係縁』を切ろうとしたこともある。支局長になっても、どれだけ頑張っても無駄なんだ、って……諦めたほうが楽だって思ったことも、数え切れない」
大切な人が苦しんでいるのに、何もすることが出来ない。
身代わりになることも、解決することも……何も出来ない。
そんな気持ちに潰されそうになって、何とか踏みとどまってきた10年間。
そう。
踏みとどまることが出来た、迷っても、立ち止まっても……潰される前に進むことが出来た、そんな10年間だったように思う。
その理由は、言わずもがな。
大切な人が、苦しんでいるから。
自分を信じて、前を見据えて戦っているからに他ならない。
ただ……。
「でもさ、ユカは俺の目の前にいて……誰よりも率先して茨の道を歩いていくんだ。俺が追いかけなくても、もしも……もしも、俺が諦めても、ユカは絶対に何も言わない。きっと、一人で歩いて行くんだと思う。けど、さ……俺、そんな姿……想像だって、したくねぇんだよ……!!」
優しい人は、その背中に全てを背負ってしまおうとするから。
優しい人は、人に甘えることを良しとしないことが多いから。
だから、手を伸ばし続ける。
いつか……彼女が安心して、自分に荷物を預けてくれる、その日まで。
政宗の目尻から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
彼はそれを袖で拭うと、呼吸を整えた後、改めて統治を見据えた。
「だから……俺が助ける。ずっと一緒にいるために、積み重ねた結果を未来に繋げる。そのために立ち止まらないって……決めたんだ」
「……」
政宗の言葉に思い当たることしかなかった統治は、黙り込んだまま、彼の言葉に耳を傾けた。
これは、10年間、彼が苦しんで、模索して……全てを内包してたどり着いた境地なのだから。
――俺が結果を未来へ繋げる、そう決めたんだよ。どうしようもないなんて認めない。納得出来る答えをもらうまで……ここからも、福岡からも離れないからな!!
因縁の地・福岡で、ユカを目の前にして啖呵を切った彼の姿は、まだ、統治の記憶にも新しい。
彼が生きる理由を誰よりも知っている統治は、そんな彼の姿が、羨ましいとさえ思った。
たった1人のために生きる。
そんな彼の覚悟を知っているし、彼の支えに甘んじることなく生きる彼女の姿も見ているから、2人の歩く道がいつか重なって欲しい、素直にそう思える。
統治に言わせれば……こんな2人の関係の方が、よっぽど『盤石』だ。
「ユカの荷物を俺が背負えなくても、例えば、隣を歩いて話し相手になったり、疲れた彼女ごと背負って少し歩けるくらい強くならなきゃダメなんだって思うんだ。それくらい、俺にとって彼女は大切な人だ。統治にとって透名さんは、そうじゃないのか?」
「それ、は……」
違う。即座に否定したかった。
けれど……ここで否定してしまうと、これ以上、自分に嘘がつけなくなることも分かっていた。
「統治が本当にしんどいなら、透名さんと縁を切るのも一つの手段だと思う。けど……それは、透名さんと話し合ってから決めないと絶対にダメだ。これはもう、統治一人の問題じゃないんだからさ」
「分かっている、ただ……」
統治は何かを言いかけて、口をつぐんだ。政宗もまた、彼が自分の立場や櫻子のことを考えて、己の意思を貫けないことは、よく分かっている。
けれど……だからといって、ここで引くわけにはいかないのだ。
そんなことをしたら、きっと、ユカからも、未来の自分からも、叱られてしまうから。
「じゃあ、女性側の意見も聞いてみようぜ」
政宗はそう言うと、右手で自身の右上の虚空を指差す。統治がまさかと思って瞬きをすると、苦笑いを浮かべている空が、「ども~」と軽く手を上げた。
「ってーかムネさん怖っ。ドメスティック・バイオレンスはダメっしょ」
「なんでそれはミスなく言えるの……? まぁとにかく、川瀬さんは、一方的に透名さんと別れようとしている統治のこと、どう思う?」
「え? そういう話だったの!?」
刹那、空が統治を見やる。反射的に視線をそらした彼へ、彼女はひっじょーに不機嫌な声音で吐き捨てた。
「サイテーだと思う。っつーかありえない。トージさんがそんなジコチュー男だとは思わなかったんですけど」
にべもなく言い放つ空に、勢いを削がれた統治は「自己中……」という単語を繰り返し、顔を歪める。流石にこれは反論しておきたい。彼には彼の考え、言い分があるのだ。
「離れることが……彼女のためになると、思ったんだ」
自分自身の、そして、一族が周囲に与える影響力を嫌になるほど知っているので、ここまで悪化したら物理的な距離をおくしかない、という結論に至るのは自然なことだ。
しかし。
「なにそれ。サクラコさんがそう言ったの? トージさんが別れたいの?」
それが空に通用するかどうかは別問題である。
「いや、俺は……」
「あーのさー、こないだも言ったけど、トージさんはサクラコさんとサシで話が出来るんだから、ちゃんと聞いてみなよ。なんでそんなことが分かんないかなー」
「……すまない」
いつの間にか統治が謝罪の言葉を口にしている展開。政宗はその様子を見守りながら……自分の恋路は絶対に相談しないぞ、と、改めて心に誓っていた。
「ってーか、トージさんはサクラコさんと別れたいわけ?」
「いや、それは……」
「はっきりしなよ。どっち?」
業を煮やした空の質問に、統治は助けを求めて政宗を見る。しかし、政宗が一番安全な場所から見守っている――助け舟など出すつもりが微塵もない――ことに気付いた統治は、視線を泳がせつつ……思いの丈を口にした。
「……別れたくは、ない。ただ……彼女を傷つけたくも、ない……」
「へ? トージさん、サクラコさんを傷つけるタイプの人? ドメスティック・バイオレンス的な?」
「いや、俺ではなくて、その……周囲が……」
自分でも言い訳じみた言葉だと思う。視線を泳がせて口ごもる統治に、空はさも当然と言わんばかりの口調で続けた。
「そーゆーのから守ったり、傷ついたカノジョを癒やすのが、カレシの役目っしょ?」
「それは……」
「そりゃあ、あのこっわいオジサンみたいな人からは遠ざけないとダメだよ? でも、トージさんはそれをやってるっしょ。じゃあ、別れる必要ないじゃん」
刹那、空の言葉を受けた統治が、目を丸くして口から息を漏らした。
そして、彼女の隣にいる政宗を見ると……彼が我が物顔で頷いていたので、ちょっとだけ、イラッとする。
統治が密かに「いつか政宗にも空から説教してもらおう」と決意していると、空は統治を見つめ、はっきりとこう言った。
「2人であのオジサンなんかガン無視してさ、楽しくラブラブに生きていけばいいじゃん。オジサンは多分、おかーさんより逃げやすいよ」
「逃げやすい……それは、どういうことだ?」
空の言葉に疑問をいだいた統治が問いかけると、彼女は苦笑いを浮かべ、己の体験を語った。
「んー、アタシと翼君が一緒にいる時にさ、一度、おかーさんに仙台の街中で会ったことがあるの。ほら、翼君ってイケメンだし、お金も持ってそうじゃん? だから、おかーさんが翼君にすり寄ったことがあって」
――佐藤も少しは知ってると思うけど、あいつの親、めちゃくちゃじゃん? ぶっちゃけ、空と一緒にいた俺にもすり寄って金の無心をするくらい、常識からかけ離れてる人たちなんだよ。
政宗は先日、翼から聞いた話を思い出す。
そして、彼女がこの話を自分から語ることに、想像以上の覚悟を感じて……思わず、背筋を正した。
「その時はさすがのアタシもしんどかったし、翼君にメーワクかけられないから、一緒にいない方がいいって、思った。実際、施設から出ていこうとも思ったよ」
「……」
「でもね、翼君がそれは違うって言ってくれた。おかーさんのために、アタシが我慢することは何もないって。アタシはアタシに正直になっていいんだって」
空はこう言って、誇らしげに笑った。
「ね、イケメンでしょ? そういうとこマジで好き」
「正直になって、いい……」
――1人で考えなければならない問題なんか……どこにもないんですよ、名杙さん。
8月、櫻子から言われた言葉が、改めて脳裏をかすめる。
――今よりも、自分のことを、相手に伝えられるようになれますように。
この願い事を叶えるのは、やはり、織姫と彦星ではない。
「俺、は……」
統治が自分の願いを口に出そうとした瞬間、政宗が「ストップ」と声をかけた。
「それは直接、透名さんに伝えてあげてくれ。大丈夫、統治の思いは……ちゃんと目を見て、言葉にすれば、きっと、相手に伝わるから」
確固たる確証を持って語る政宗に、統治は一度だけ頷いた。
「……ああ、分かった」
「んで、そんな統治に、俺とケッカからとある提案があるんだよ。いやー、マジで名案だと思うから、本気で検討してほしいところだ」
「提案……?」
訝しげに首を傾げる統治へ、政宗は先日、ユカと話をして至った、とある『提案』を告げる。
それを聞いた空が、「キャー!!」と甲高い声を上げると、盛大に手を叩いた。聞こえないけど。
「いいじゃんそれ!! ぶっちゃけ全然意味分かんないけど絶対それがいいって!!」
意味がわからないのに賛同するな、というツッコミも追いつかないほどの提案。内容を理解した頭がそれが最善だと頷く一方で……。
「いや、確かに……ただ、これは……第一、何の用意も……」
あまりにも突拍子もない、階段を10段飛ばして上に行くような、そんな、無茶苦茶な提案にも思えてしまう。
現実を考えて顔をしかめる統治へ、空がバシバシと背中を叩く……ように手を動かす。
「そんなのあとからいくらでもできるじゃん!! マジで頑張って!! あ、ココアちゃん呼ぶ?」
「勘弁してくれ……」
理解しても納得が追いつかない、困惑する統治へ向けて、政宗は握った右手を突き出した。そして、口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「突拍子もない提案は、『仙台支局』の十八番なんだ。ただ、成功率が高いことは、統治もよく分かってるよな?」
「それ、は……」
「だから……頑張れよ、統治」
十分頑張っている彼に、あえて使わなかった言葉。
それを口に出して自分を送り出す彼のしたたかさに、統治は内心で舌を巻いていた。
こんなことを言われたら……やるしか、ないじゃないか。
「……努力、する……」
統治は握った右手を、少しだけ乱暴にぶつけて……一度、全力でため息を付いたのだった。
櫻子が、統治と2人で話をしたいと言っている。そっちに連れて行ってもいい?
ユカからそう連絡を受けて部屋を出た政宗は、階下への階段を下ったところで……ユカと彩衣に付き添われて移動している櫻子を見つけ、慌てて駆け寄った。
「透名さん、大丈夫ですか?」
「佐藤さん……ありがとうございます。大丈夫です」
足取りはまだ少しおぼつかない。顔色だって、今が日暮れの屋外だということを考慮しても、決して良いとは言えない。
けれど……彼女の声と眼差しに、これまでと同じ強さを感じた政宗は、持っていたカバンから白い封筒を取り出すと、それを櫻子へ手渡した。
片手に収まるような、お年玉を入れるぽち袋ほどの大きさのそれを、櫻子は反射的に受け取りつつ……首を傾げる。
「あの、佐藤さん、これは何ですか?」
「ちょっとしたお守りです。気休めになるかどうか保障は出来ませんが……統治2人でも、先程のように怯えることはない、と、思います。カバンではなく、ポケットに入れておいてください」
「ありがとうございます。頂戴しますね」
櫻子はそう言って、それをスカートのポケットへ忍ばせた。そして、ユカと彩衣を交互に見やり、静かに呼吸を整えて、前を見据える。
「ここからは……一人で大丈夫です」
彼女の言葉に、ユカは「分かりました」と頷いて。
「あたし達はここの駐車場で待機してますから……もしも何かあれば、すぐに連絡してください。統治に……さっきのやつ、全部、ぶつけちゃいましょう」
「ありがとうございます。当たって砕けてきますっ……!!」
「砕けないでくださいね!? とにかく……」
ユカは律儀にツッコミを入れつつ、櫻子の右手を両手で握った。そして。
「よし、行ってらっしゃい!!」
「はい。行ってきますっ……!!」
瞬間的にその手を握り返した櫻子は、そのまま階段を登って統治の部屋を目指す。
その背中を見送るユカに、政宗が「なぁ」と話しかけた。
「透名さん、もしかして記憶が戻ってるのか?」
その問いかけに、ユカは首を横にふる。
「それはないみたい。でも……そういうことじゃないんよ」
「どういうことだ?」
「さぁね。まぁとにかく……あたし達は大人しく待ってましょ。川瀬さんも、ですよ」
刹那、斜め上を見上げてユカが釘を刺すと、空が苦笑いで「はーい」と同意して。
ユカは率先して踵を返しつつ……長くなるならコンビニ行ってお菓子と飲み物を買いたいな、などと、すっかりリラックスした心持ちなのだった。
■hearts leaving:離れていく心。ただ、「leaving」には出発という意味もあるので、後半は「心を1つにして出発する」的な意味も込めています。
政宗と統治の喧嘩を書くことが出来て、ほんっとーーーーに楽しかったです。
そして、そんなメンズの間に割って入り、統治を諭す空さん。貴女が最強だ。
ちなみに、政宗が『関係縁』を切ろうとした話はコチラです(https://ncode.syosetu.com/n2252eb/32/)
その時のイラストを、今回、改めて使わせていただきました。過去の体験が統治に響いたことで、政宗自身も救われた部分があるのではないかと思います。




