エピソード5:approach operation①
翌日火曜日、時刻は16時30分を過ぎた頃。
学校を終えた心愛を早めに『仙台支局』へ来て欲しいと連絡したユカは、昨日、櫻子に起こったことをかいつまんで説明した。
櫻子が、名杙側の誰かに襲われ、統治との『関係縁』を切られた。
内容としてはこれだけだが、中学生の彼女にショックを与えるには十分すぎる。ソファに座って俯いている心愛をユカは正面から見やり、足を組み替えた。
「とりあえず、事態はちょびっと切迫しとる。とりあえず櫻子さんの命に別状はないし、統治との『関係縁』も結び直しとるけど……名杙側を含めて、ちょっとバタバタすると思うんよ。念のために聞きたいっちゃけど、心愛ちゃんは、こげなことをする相手に心当たりとか……」
ユカの問いかけに、心愛は膝の上で両手を握りしめ、首を横に振った。
「……分かんない。こうしてみると、みんな、悪い人に思えちゃう……」
「だよね。んで、そんな心愛ちゃんにお願いがあるっちゃけど……今日の、多分19時位になると思うっちゃけど、ここに櫻子さんに来てもらって、今後のことについて話し合うと。そこに同席してくれん?」
ユカの言葉に、心愛は思わず顔を上げた。
まさか、自分が同席出来るとは思っていなかったのだ。
「心愛も一緒で……いいの?」
「うん。帰りは統治が送っていくって言っとった。心愛ちゃんの霊的な影響力で、櫻子さんの状態をもっと安定させたいっていうのがあるし、名杙本家に一番出入りしてて不信感を持たれんのは心愛ちゃんやけんね。あたしたちにとって貴重な戦力やけん、情報を共有しときたかと。ただ、終わりがいつもより遅くなるけんが、それでもいいなら、やけど」
ユカの言葉に、心愛は一度頷いた。そして、視線を横にそらしながら……ポツポツと、自分の中にある思いを言葉にして、吐き出していく。
「ケッカ……心愛、ね……櫻子さんがお兄様と付き合いだしたら……もっと、寂しくなるのかなって、思ってたの」
「うん」
心愛の言葉に、ユカは静かに同意した。
統治はいずれ――必ず、結婚をして実家を出ていく。
分かっていたことだ。けれど、それは『いつかやってくる未来』、漠然とそう思っていた。
だからいざ、統治がお見合いをしたり、実際に櫻子と付き合い始めて、実家にも顔を出すようになって。
彼がここから出ていく、それが『現実』として近づいていることに気付かされる。
例えば、お風呂上がりに自分の行動を注意されたり。
例えば、学校行事に来て欲しいと声をかけたり。
そんな日常が、全て終わってしまう。
心愛はここ数ヶ月で、前よりもずっと統治と話をするようになったので、終りが見え始めたことに寂しさがつきまとうことは否定できない。
けれど、その変化を引き起こしてくれた要因の1つは……間違いなく、櫻子なのだ。
「でも、ね……櫻子さんと一緒にいて、お兄様は前よりも優しくなったし……心愛とも、話をしてくれるように、なって……ちょっと、嬉しかった」
――お兄様がこんなお土産を買ってくるようになるなんて……櫻子さんの効果は凄いわね。
――どういう意味だ。
――言葉通りの意味よ。だって、前までのお兄様だったら……家族へのお土産にショートケーキなんて、絶対買ってこなかったわ。
「櫻子さんも、心愛に優しいし……こんな人がお姉様に、なってくれるなら、って、思ったことも、あるし……」
――だから、何か困ったことがあったら、『お姉様』の相談にものってくれると思いますっ!!」
――えっ!?
――あぁぁぁあのあのごめんなさい!! 心愛が変なこと言ったのは……く、車の中でりっぴーが、りっぴーが!! りっぴーのせいなんですーっ!!
色々なことを、一気に思い出してしまって。
いつの間にか、心愛の両目にはうっすらと涙が滲んでいた。
許せなかった。
関係のない第三者が、正当な理由もなく兄の幸せをぶち壊したことが。
理不尽なことに耐え続けた彼女に、無抵抗な状態から追い打ちをかけたことが。
心愛は目尻に浮かんだ涙を、ポケットから取り出したハンカチで拭った。そして、強い眼差しでユカを見据え、決意を告げる。
「心愛が、『縁故』としてここにいるのは……2人のおかげだ、って、思ってる。だから……絶対に、絶対に、許さない」
「ありがとう。あたし達も相手を許すつもりは微塵もないけんが、しっかり落とし前をつけてもらわんとね」
心愛の思いを受け止めたユカもまた、力強く頷いた。
すると心愛が、そんなユカにオズオズと問いかける。
「空さんのことはどうするの? 彼女、今日もここに来るんじゃないの?」
「それはそれとして、見守りは続けるよ。色々聞きたいこともあるけんが、今日の17時半に非常階段に行く予定」
この言葉に、心愛は時計を見て時間を確認した。今から約1時間ある。無駄にしたくない。
「分かったわ。じゃあ……それまでここで、学校の予習しててもいい?」
「オッケーオッケー。ケッカちゃんも向こうで仕事しとるけんが、何かあったら呼んでねー」
ユカはそう言って立ち上がると、自分の席へ戻る。そして、心愛の言葉に頼もしさを改めて感じ……一人、ほくそ笑むのだった。
約20分後、『仙台支局』に来客を告げるインターフォンの音が響き。
扉の近く、応接用の机で勉強をしていた心愛が顔をあげると同時に、奥から出てきた政宗が扉のロックを外した。そして、来客を招き入れる。
「お疲れ様です、政宗さん」
落ち着いた声で入ってきたのは、柳井仁義だった。仁義はすぐに心愛に存在に気付くと、彼女を見て「お疲れ様です」と声をかける。
政宗と仁義が打ち合わせをするなら、ここは邪魔になるのでは……そう思って筆記具を片付けようとした心愛を、政宗が笑顔で制した。
「俺たちは向こうで話すから。心愛ちゃんはそこでいいよ」
「え? でも……」
「大丈夫大丈夫。今日は長丁場に付き合わせちゃうから、これくらいさせて。あ、おやつとか食べたかったらこっち来てね。と、いうわけで仁義君、統治がもうしばらく戻ってこないから、統治の椅子持って俺の隣に来てくれる?」
「分かりました」
頷いた仁義は政宗と共に衝立の向こうへ移動していく。その背中を見送りながら……心愛も自分に出来ることを終わらせるべく、目の前の課題に改めて集中した。
心愛が到着してから約1時間後。時刻は17時30分すぎ。
必要な勉強を終わらせた心愛と共に非常階段へ向かったユカは、すぐに彼女の気配を感じて、扉の前で瞬きをして、世界を切り替える。
そして、鉄製の扉を開けると……階段に座っていた空が2人に気付き、振り向いて、安心した表情を向けた。
「あ、ユカちゃんにココアちゃん!! 良かったー、もう来てくれないのかと思ってたよー!!」
「川瀬さん、昨日はごめんなさい。ちょっとこっちでバタバタしちゃって……」
結局昨日、空とはすれ違ってしまったようだ。頭を下げるユカに、空が「全然大丈夫!!」と手を横に振る。
「きっとアタシが心愛ちゃんに教えたことで忙しかったんだろうなーって思ってたから問題ナシっ!! んで、その後どんな感じ? 怖いおじさん捕まえられそう?」
ユカは矢継ぎ早に尋ねてくる空の隣に腰を下ろすと、「その前に」と口を開く。
「1つ、聞きたいことがあります。昨日、川瀬さんが富谷にいたのは、どうしてですか?」
もしかしたら……万が一の可能性を考慮して尋ねると、空はあっけらかんと回答する。
「富谷にいた理由? 翼君が働いてるからだよ」
「翼君……瀬川翼さん、ですか?」
「そ。なんか富谷とか泉とかの病院を、車で回ってるの。だからアタシもよくあのへんを飛んでるんだけど、昨日は翼君がよく休憩してるイオンに黒い車が停まってて、ビックリしちゃってさー」
「そうだったんですか……病院を、なるほど……」
ユカは、人はどこでどう繋がっているのか分からないと改めて実感しつつ、「じゃあ」と、話を続ける。
「昨日、瀬川さんは見たんですか?」
「うん。見たよ。すっごく働いてた。元気そうで安心したんだー」
「そうですか……」
「ちょっとちょっとユカちゃん、今日はどうしたのー? さっきからマジで歯ごたえが悪くない?」
「歯切れのことですかね……いやー、ちょっと、ちょっと、ですね……あぁもうっ!!」
刹那、ユカは煮詰まった様子で立ち上がって頭を抱えた。そして、目を丸くしている心愛を見下ろすと、「ちょっと待っとって!!」と言い残し、扉の向こうへ消える。
「へっ!? ちょ……ケッカ!? ケッカってば!?」
わけが分からず取り残された心愛は、同じく事態を把握していない空と、顔を見合わせて……。
「心愛ちゃん……ユカちゃんどしたの? トイレ我慢してたとか?」
「さ、さあ……とりあえず、待ちましょう、か……」
ユカが何に対して歯がゆさを感じていたのか分からないが、待てと言われたら待つしかない。どうしたものかと首を傾げる心愛に、空が「そういえば」と彼女の方を向いて。
「ココアちゃん、ユカちゃんのこと『ケッカ』って呼ぶよね。なんで?」
「え? あー……佐藤支局長が、そのあだ名で呼んでたから」
「サトー……あ、マサムネさんのことだよね。そうなんだ。じゃあ、アタシもそう呼んだほうがいい感じ?」
首を傾げる空に、心愛は「どっちでもいいと思うわよ」と返答する。
「2人とも、本名じゃないし」
「そうなんだ!! じゃあ、ココアちゃんも名前違うの?」
「心愛は本名。そういえば……空さんって、ここに来るまではどこにいるの?」
「んーっとねー……翼君を探したり、翼君を探したり、あとは、パルコとかフォーラスとか見て回ったり、海岸の近くにいることが多いかな。そうそうこの間、川の近くで野球の練習をしてる男の子がいたいんだけど、ずっとボールばっか追いかけてるのに取れないから、なんでだろーって思ったら、なんと、ボールが手からすり抜けててさー」
「海岸にいるんじゃなかったの? それ、河川敷じゃない……」
「へ? かじき?」
「ううん。とりあえず、自分と同類かそうじゃないかくらいは、見分けられたほうがいいんじゃない」
「だよねー」
空はこう言って、楽しそうに笑った。
まるで、気心の知れた相手と会話をするように言葉が出てくる。心愛の恐怖心もゼロではないけれど、以前よりもずっと、小さくなっている気がした。
勿論、心を完全に開いているわけではない。ユカや統治からの提言で、いざという時はいつでも『縁切り』が出来るように、銀のペーパーナイフはブレザーの右ポケットに入れている。
そんな心愛の警戒など知る由もない空は、扉の方を見て首をひねった。
「それにしても……ユカちゃん、トイレ長いね。大丈夫かな」
「トイレって決まったわけじゃ……」
空の言葉にジト目を向けつつ……彼女がもしも、かつて、自分に襲いかかってきた『遺痕』のようになってしまったら、そんなことをどうしても考えてしまう。
可能性はゼロではない。だからこそ、その『もしも』が現実になってしまったら、とても悲しい。
そんな日が来ないことを、切に願ってしまう。
自分が『痕』に対して、こんなことを思う日が来るなんて……予想していなかった。
次の瞬間、背後の扉が盛大に開かれ、2人同時にビクリと肩を震わせる。
振り向いた先には、息を切らしたユカと……そんな彼女にネクタイを掴まれて苦しそうにしている、政宗の姿があった。
「さ、佐藤支局長!? ケッカ、何してるのよ!!」
慌てて立ち上がった心愛が諫めるように声を上げるが、ユカは扉を乱暴に閉めて、政宗と共に空の前に立った。そして。
「ほら、政宗。どうぞ」
「あ、あのなぁ……俺もやったことないから、さっき聞いたばかりだってケッカも分かってるだろ?」
「分かっとるよ。ただ、もうじき統治と櫻子さんが来るやんね。予定が早まりそうやけんが、さっさと用意しとかんと」
「ヘイヘイ……」
二人の間では話が通じている様子だが、心愛も空も現状をさっぱり理解出来ない。何事かと首を傾げている空の方へ、政宗が一歩近づいた。そして。
「川瀬空さん、そのー……一時的に、俺達の組織で働いてくれないかな?」
その言葉に、空と心愛は盛大に目を丸くした。そして、ある可能性に至った心愛が確認のためにユカを見ると、その視線に気付いたユカが盛大に頷いているから。
マジか……そんな気持ちで空を見ると、本人は当然だが何も分かっていない。
「へ? 働く、って、え、えぇっと……マサムネさんだ。ムネさん。何言ってんの? 第一、アタシもう死んでるんですけど?」
死んだ人間を雇えるわけがない。言外にそう語る彼女へ、政宗はまっすぐに「それでいいんだよ」と肯定した後、話を続ける。
「俺たちの組織には、空さんみたいに霊的な存在と関係を結んで、助けてもらう制度があるんだ。だから、分町ママにも助けてもらってたんだけど……今はちょっと、頼りづらくなっちゃってさ」
「あぁそっか。おばちゃん、あのオジサンとも一緒だもんね」
「ただ、空さんのことはまだ向こうにも知られていない。とはいえ、このままの状態で空さんに協力を頼み続けてしまうと、バレた時の言い訳が死ぬより面倒なんだ。要するに、大義名分がほしくて」
「へ? センコー? ダイコン? マサさん死ぬの? ヤバくない?」
彼女の反応とキョトンとした表情で、正確に情報が伝わっていないことを悟った政宗は……出来るだけ単純な単語で文を再構築する。
「とにかく、俺たちは空さんに助けてほしいと思ってるんだ。さっきも言ったけど今だけだから、これが終わったら、必ず、空さんの願いを叶えるよ。ほんっとーーーに頼れる人がいなくてさ、マジで困ってるんだ。これもなにかの縁ってことで、力を貸してください」
「えっ!? えぇっとぉ……」
自分に対して頭を下げる政宗に、空は困惑しつつ……助言を求めて心愛を見た。
こうやって誰かに頭を下げてもらうなんて、初めてだ。
「こ、ココアちゃん、ど、どうしよう……アタシ、バカだから絶対役に立たないよね……!?」
遠回しに断る理由を探す空へ、心愛はにべもなく言い放つ。
「大丈夫だと思うわよ。佐藤支局長、本当に必要な人にしか声をかけないから」
「でもさ、ほら、アタシってヒッキーじゃん?」
「ぜんっぜん引きこもってないし。それに、嫌なら断ればいいじゃない」
「そうだけどさ、でもアタシってムノーだしバカだから――!!」
「――あぁもうっ!! 自分のことくらい自分で決めなさいよ!!」
刹那、業を煮やした心愛の声が、非常階段に反響した。
そして目を丸くしている空を見据え、心愛は、自分の胸に手を当てる。
過去の自分を見ているような気がした。
『どうせ』『幽霊が怖い自分には』『何も出来ない』。
そう思い込んで、踏み出せなかった――踏み出そうともしなかった、あの時の自分と。
だから、空の気持ちも分かる。
同時に……ずっとそのままで、何も変わらないことも、よく分かる。
――でも、4月の心愛ちゃんを知っとる身としては、本当に頑張っとるなって思うよ。
――でも、私もジンも櫻子さんも、ケッカさんも政さんも、うち兄やココちゃんがあんな大人と同じだなんて、1ミリも思ってないっすよ。だからケッカさんもココちゃんに話してくれたと思うっす。
こう言ってもらえて、とても嬉しかったから。
だから、今度は――誰かを、引き上げられるようになりたい。
そう思ったら、自然と、言葉が口をついて、外へと勢いよく飛び出していた。
「第一、心愛もいるんだから心配することなんか何もないわよ!!」
「分かった!! じゃあやる!!」
決断して手を上げた空の切り替えの速さに、政宗は苦笑いを浮かべつつ……隣で涼しい顔で立っているユカを、ジト目で見下ろした。
これでお前も同罪だ、と、視線で訴える。
「……何かあったら責任取ってくれよ、ケッカ」
「あたしの提案に乗ったのは政宗やけんね。やけんが一蓮托生、共同責任ってことで」
「まぁ、そうなんだよな……」
そもそも、彼女1人に全てを押し付けるつもりはない。けれど、ユカの口から『共同責任』と聞くと、少しだけ安心してしまう。
今からそれだけ、絶妙な橋を渡ろうとしているのだから。
政宗の不安を感じ取ったユカは、そんな彼を見上げ、意識して口元に笑みを浮かべる。
「とりあえず、統治への説明と説得はあたしが引き受ける。彼女をあたし達の管理下に置いて協力してもらうためには、一時的に『仙台支局』の『親痕』になってもらうのが手っ取り早いけんね」
ユカの言葉に、政宗は「分かった」と言って今度こそ腹をくくり……改めて、空を見据えた。
『仙台支局』に、『親痕』はいなかった。これまでは名杙の『親痕』である分町ママに、兼任という形で助けてもらっていたけれど。
彼女へ大っぴらに頼めなくなった今、戦力は一人でも多い方がいい。心愛との関係も今のところ良好だし、何よりも空の記憶力は他の『痕』と比べて雲泥の差がある。
だったら……いつ、手のひらを返すか分からない状態にしておくよりも、今は自分たちの協力者として、制御できる状態で迎え入れた方がいいのでは、というのが、ユカの持論だった。
怒涛の勢いで『仙台支局』へ戻ってきて熱弁する彼女に、政宗も「確かに、そうだがなぁ……」と、気圧されつつも頷いて。
「それ、俺も考えなかったわけじゃないけど……名杙に黙ってそれやると、すっげー怒られるよな?」
「政宗が『関係縁』結べばいいっちゃなかと? どうせ、正式には名杙本家の誰かとの『関係縁』が必要なんやし、監視とか臨時とか、そういう言い訳は大得意やんね」
「それは、まぁ……ただ、俺、『親痕』との関係構築、やったことないから分からな――」
「――あ、もしもし麻里子様? お疲れ様です。実は5分で教えて欲しいことがあって……」
「ケッカさん!? 行動が速いです!!」
既に、福岡支局長の山本麻里子にホットラインを繋いでいたユカは、その電話を「ほれ」と政宗へ手渡した。
「ほら政宗、しっかり聞いとくんよ」
「急に渡すな!! えぇっと……あ、どうもー。先月はありがとうございました。そうなんですよ、実は『親痕』との関係構築について教えていただきた……あぁぁ待ってくださいメモしますんで!! 続けないで、まだ喋らないで!! 後ろで笑ってるの瑠璃子さんですよね!? 笑ってないで止めてくださいよ!! ちょっと!!」
……というすったもんだの中、麻里子から聞き出した方法を実践すべく、政宗はこうして引きずられてきたのである。
既に肉体がない存在と『関係縁』を結ぶ場合、相手に残っている『関係縁』を使って縁結びをするのが一般的だ。今回、空に残る『関係縁』は2本。
先程やって来た仁義による情報から、繋がっている相手の一人は、彼女の知人だった瀬川翼。そしてもう一人は、施設長として彼女の身元を引き受けていた、山田江美という女性だということが分かった。彼女は今、仙台にある別の児童養護施設で働いており、学校や家庭に居場所がない子どもを支援する活動にも取り組んでいるとのこと。
政宗は今回、空に残ったこの『関係縁』を切り、彼側で用意した、政宗と繋がっている『関係縁』――最近特に交流をしていない人との『関係縁』を切ったもの――とを結ぶことで、空との間に『縁結び』を実行しようとしていた。
ただし、分町ママのようにお酒等の対価を渡すことは出来ない。なぜなら、政宗は名杙の血筋ではないので、あまり霊的な力を空へ流し続けると、彼側のバランスが崩れてしまうのだ。
空を本格的に、分町ママと同じ『親痕』として迎える場合は、名杙の『因縁』を持つ誰かとの『縁結び』を実行する必要がある。ただ、それをやってしまうと本格的に空をこの世に拘束することになってしまうので、あくまでも今回は一時的な措置。この一件が解決したら、今後のことを改めて考えるつもりだ。
政宗は呼吸を整えると、スーツの上着の内ポケットからハサミを取り出した。それを見た空が「ヒッ!?」と声を上げて心愛を見る。
「ココアちゃん!! ムネさんが急にマジでハサミ!! ヤバくない!?」
「ヤバくないからじっとしてなさいよ。動き回るほうがヤバいわよ」
「マ!? 分かった。う、動かないように……動かないように……!!」
心愛の忠告に空が背筋を伸ばして顎を引いた。政宗はそんな彼女に「じゃあ、始めるね」と声をかけた後、彼女から伸びている『関係縁』の一本を掴むと、息を整え、躊躇いなくハサミを入れる。
それが切れた瞬間、ユカは政宗からハサミを受け取った。両手を使えるようになった彼は、間髪入れずに先程切った『関係縁』の空側を掴むと、事前にユカに頼んで切ってもらっていた、自分側に残るものを手繰り寄せ、蝶々結びをこしらえる。
そして、政宗が結び目を一度、強く握った瞬間――その場に膝を付き、両手を床につく。そして、肩で呼吸を始めた。
「政宗!?」
ユカはひとまず彼のハサミを自身のポケットへ片付けると、座り込んだ彼と目線を合わせた。政宗は大きく呼吸を整えながら、ユカへ向けて苦笑いを向けて。
「だい、じょうぶ……じきに、慣れる、って……麻里子様も、言ってたから、な……」
「そ、そうなん?」
彼は顔色が目に見えて悪くなっており、呼吸も不規則になっている。政宗自身も、急激に力が抜けて、意識が途切れそうになる感覚と戦っていた。だからこそ、急激な変化を目の当たりにして狼狽するユカを、これ以上心配させたくない。
「ああ。それよりも……成功したかどうか、確認して、くれないか?」
政宗の言葉にユカは頷いて立ち上がり、困惑している空の手へ視線を落とす。
彼女に残る『関係縁』は2本。一本は薄く色あせた、瀬川翼と繋がるもの。そして……もう一本、鮮やかな赤で繋がっているのは……。
「……大丈夫。成功しとるよ、政宗」
振り向いて彼に結果を告げると、顔を上げた政宗が、安心したように目尻を下げた。
・統治がショートケーキを買ってきた話→https://ncode.syosetu.com/n3357hr/9/
・心愛がうっかり『お姉様』と呼んでしまった話→https://ncode.syosetu.com/n9925dq/49/
兄と姉(義理)の、積み重ねによる信頼を一気になかったことにされて、心愛さんは激おこぷんぷん丸です。
そして、空さんが正式に、一時的な戦力になります。やっとだよ……!!




