エピソード4.5:close friend
その後、ユカに対する問診等は日を改めて実施することになり……3人は仙台市内へと戻ってきた。
そして……。
「と、いうわけで統治、作戦会議だ。飲むぞ」
先程帰宅したはずの政宗は、統治の部屋に飲み物と食料を持って押しかけると、我が物顔で腰を下ろす。そして、スーパーで買ってきた缶酎ハイと惣菜をテーブルに並べつつ、苦笑いで近づいてきた統治をドヤ顔で出迎えた。こうなると彼を止める術はない。統治は諦めた表情で彼の方へ近づいていく。
「山本は放っておいていいのか?」
今、この場にユカの姿はない。どこかからかうような口調の彼に、政宗は口をとがらせた。
「放置じゃねぇよ。ちゃんと話をして快く送り出してもらってる。っつーか、今日は飲みすぎてもしょうがないとまで言われてきたんだからな!!」
「明日も仕事だ。飲み過ぎはどうかと思う」
真面目に返す彼に政宗はジト目を向けつつ……袋から取り出した缶を一本手渡した。そして、彼も自分の前にある缶を開けると、一口煽って……息を吐く。
「それに、こんな時は……飲まなきゃやってられないだろ?」
「……そうだな」
政宗の意見に珍しくも同意した統治は、プルタブを開けて中身を口に入れた。桃の甘い香りが広がる、アルコール度数の低い缶酎ハイ。空きっ腹に飲み続けることへは少し抵抗があるものの……今は、少しでも気を紛らわせたい。
中身を半分ほど飲んだところで缶を置いた統治へ……政宗は、静かに口を開く。
「それで、名杙としての対応はどうなりそうなんだ?」
富谷からの帰り道、政宗が運転を引き受け、統治は後部座席で実家と今後の対応について打ち合わせをしていた。流石に、自分たちの身内が他所様のご令嬢に――いくら両親が公認の関係とはいえ――盛大な迷惑をかけているのだ。警察にも相談した今、名杙としても放置するわけにはいかない。
統治は政宗が買ってきたイカゲソの天ぷらのパックをあけ、割り箸を割りながら返答した。
「明日の午後、両親と俺が、登米まで行って経過を説明することになりそうだ。詳しい時間は親父が先方と話し合って決めている途中で……申し訳ないが、午後から半休を取らせてくれ」
「了解。書類は支倉さんに頼むな」
「ああ」
端的に返事をしながら、腹が減ってきたのでスーパーで買ってきた惣菜のパックを開けて、割り箸を割る。
一度割ってしまった割り箸は、最初の状態に戻すことは出来ない。
一度切れてしまった縁は……自分たちは、これから、どうなるのだろう。
統治が割った割り箸を見つめていることに気付いた政宗は、「それで」と声をかけて彼の注意を自分に向けさせる。
「透名さん本人はどうなるんだ? 流石にこのまま放置するわけじゃないんだろ?」
「櫻子さんは……この件が解決するまで、仙台のビジネスホテルに滞在してもらうことになると思う。ただ、彼女も仕事があるから、本人の希望も聞いて決めるつもりだ」
櫻子自身も、自分が名杙の誰かから襲われたことは既に認識している。そのため、親しい人物しか知らないところへ、一時的に避難してもらおうという案で調整が進んでいた。
彼の話を聞いた政宗は、空になった酎ハイの缶をテーブルの下に置いて、2本目を手繰り寄せる。
「それがいいな。人目もあるし、俺たちからの距離も近い。なんだったら、統治も同じところに泊まればいいんじゃないか?」
「それも含めて検討している。それに――」
刹那、机に置いていた統治スマートフォンが、規定回数振動をした。メールを受信したようだ。それを手にとって内容を確認した統治は「伊達先生からか……」と視線を鋭くして。
「それに……警察が捜査を始めても、俺は、この人物を許すことが出来ない」
「統治、それは……」
「これが彼らの、『縁故』としての力の使い方だというなら、俺も手段を選ぶ必要がないということになるからな」
吐き捨てるようにそう言ってスマートフォンを置いた統治は、缶の中身を一口すすった。その横顔に、予想以上の怒りを感じ取った政宗は、少し慌てた様子でその真意を確認する。
統治は、相手をどうしようとしているのだろうか。まさか――!?
「ちょっ……ちょっと待ってくれ。統治は、その……相手を見つけて、どうするつもりなんだ?」
「どう、って……」
統治は政宗を横目で見やりつつ、いなり寿司のパックをあけた。そして、それを机の真ん中に置いた後、自身の考えを告げる。
「当然、名杙からの『絶縁』に持っていくつもりだ。あと、もしも俺と『関係縁』が繋がってる人物なら、俺の手で切って二度と繋がらないように処置をする。勿論、刑事的、民事的な責任は負ってもらった上で……佐藤?」
頭の中で考えていたことを口に出していると、それを聞いていた彼が……どこか安心した様子で、肩をなでおろしていたから。
訝しげな表情で自分を見つめる統治に、政宗は苦笑いを浮かべた。
「いや、手段を選ばないって言うもんだから、統治が相手の『生命縁』をぶった切るつもりなのかと……」
確認するように統治をチラッと見る。本人は真顔で首を横に振った。
「そんなことをしても意味がないだろう。相手には生きて償ってもらう」
「だよな。悪い。俺は名杙統治を分かってなかったわ」
そう言って2本目の缶酎ハイを飲む政宗は、呑み口から口を離すと……正面を見つめ、ポツリと呟いた。
「まさか統治まで、俺と似たようなことになるなんて……思ってなかった」
「佐藤……」
政宗の言葉が何を指しているのか察した統治は、反射的に彼を見やる。顔を上げた政宗もまた統治を見据え、口元に笑みを浮かべた。
「あの時の俺は、取り乱して、後悔ばっかりで……統治に助けてもらったんだ。だから、今度は俺の番だって思ってさ。色んなこと、聞かせてくれよ」
6月、ユカの体が一時的に成長し、それを引き換えに10年分の記憶を失った、あの期間。
2人は思いを通わせたが、全てが元に戻ることで……先に進んだその関係も、戻ってしまった。
積み重ねた想いがたった一瞬で消えてしまうことを、政宗はよく知っている。
それを取り戻すための苦しみも、わずかでも手繰り寄せた時の喜びも、一足先に経験しているからこそ……自分が力になれることを、心から願っているから。
「んで、統治は、透名さんのどこが好きなんだ?」
「藪から棒に何だいきなり……」
急に脈絡のない話題に切り替わったため、どこか気恥ずかしそうに統治は視線をそらした。政宗はいなり寿司を箸でつまみながら、楽しそうに笑う。
「折角だから、藪からスティックって言ってくれよ」
「言うわけないだろう。第一、そんなことを聞いてどうするんだ。特に得られることは……」
櫻子に関することは、必要な報告以外、誰かの前で詳しく話をしたことなどなかった。そもそも、人前でするつもりもなかった。
けれど……自分を真正面から見つめて視線をそらさない、この状態になった彼から逃げられた覚えもない。
統治がどうしたものかと内心で思案していると、政宗はどこか楽しそうに口元へ笑みを浮かべると、こともなげに言ってのけるのだ。
「いやー、気になるだろ。統治の親友として」
「……」
「お、親友は否定しないんだな?」
「否定してほしいのか?」
「ゴメンできればやめて欲しい。んで、どうなんだ? 正直、統治と透名さんの関係が盤石すぎて、聞く機会もなかったけど……気になってたんだよ。だって、第一印象はそこまで良くなかっただろ?」
「盤石、か……」
第三者から見ると、自分たちが盤石に見えていたことを初めて知った気がする。それはそれで悪い気はしない。
ただ……確かに、第一印象は悪かった。
少しだけぼんやりする思考の中、統治はこれまでの櫻子との関係を、振り返ってみる。
今の彼女と初めて会ったのは、5月の連休。その時は、やたら高圧的な態度を取られて、不信感すらあったけれど……それは後に、伊達聖人が間接的に悪かったことが分かって。
その後、改めての顔合わせでは、統治が心愛の仕事ぶりを気にするあまり、櫻子に気を遣わせて早々にお開きになり。
満を持した3回目、統治は初めて、櫻子の弱い部分を知った。
――ご迷惑をおかけすることは、重々承知しています。でも……お願いします。私を、助けてくれませんか?
スマートフォンやパソコンなど、電子機器全般に盛大な苦手意識を持っている彼女に、統治が使用方法を師事するようになって。
愚直なほど一生懸命に向き合っている姿を見ていると、何とか力になりたいと思って。
「櫻子さんは……とても、単純な人なんだ」
思ったことを初めて口に出すと、政宗が軽く目を見開いた。
「お、おう? それ、褒めてるよな?」
「ああ。俺の周囲には、打算的な大人しかいなかった。だから、俺は無意識のうちに、人の裏を考えることがあったと思う。彼女に対しても、最初は、スマートフォンが使えないなんて現代人としてありえないから、俺に近づく口実なのだろうと心の何処かで思っていた。けれど……彼女はそれを本当に苦手としていて、それを俺に隠さなかった。心から、俺に『先生』としての立場だけを求めてくれたんだ」
「なるほどなぁ……分かるわ。透名さん、実直の塊みたいなところあるよな」
政宗はそう呟いてサキイカをつまむと、統治の話に再び耳を傾ける。
彼がこんなに饒舌になってくれるのは珍しい。だからこそ茶化したりしたくないし、聞き逃したくもない。
「8月、彼女の『重縁』状態を解消した後、俺が自分の行動を省みて悔やんでいたことがあるんだ。その時に……言われた。『見くびらないでください』と」
そして、政宗も知らない話が多いので新鮮だ。普段の穏やかな彼女からは想像し難いほど強い物言いを知り、政宗は思わず目を丸くする。
「マジで!? あの透名さんが?」
「ああ。あんなにはっきり言われたのは久しぶりで、それで……彼女は俺に黙って付き従うだけじゃなくて、間違いがあれば正してくれることを知った。そこから……」
統治はここで、自分が櫻子へ思いを打ち明けたときのことを思い出していた。
あの夜にたどり着くまでに色々ありすぎたけれど、やっと、櫻子と向き合って、横並びで進んでいく覚悟を決めた、その瞬間のことだ。
「俺は……俺に寄り添いたいと言ってくれた君に応えたいし、君の支えになりたいと思う。君は自分を未熟だと言ったが、それは俺も同じことだし、俺にとっては十分過ぎるほど魅力的な女性だ。だから……こんなことを俺から言うのはおこがましいかもしれないが、結婚を前提に、俺と付き合ってくれないだろうか」
「っ……!!」
8月の夜、名杙本家の離れにて。
櫻子は統治の言葉に息をのむと、机越しに自分を見つめている統治を見つめた。
今の言葉が、彼にとって最大級の賛辞であるということは……今の櫻子にもよく分かる。とても考え抜いて伝えてくれた言葉なのだということもよく分かった。
元々、彼と結婚するつもりでお見合いの話を受けた。
自分は……彼に認めてもらえた。
それが今は素直に嬉しいし、これからも彼を失望させないよう、隣で支え続けたいと思う。
櫻子は一度息をつくと、右手を静かに彼へ向けて突き出した。そして、凛とした眼差しで彼を見据え……決意を伝える。
覚悟など、とっくの昔に決めていたのだから。
「不束者ですが……これからも、宜しくお願いいたします」
櫻子が出した手を握り返した統治は「ありがとう」と告げてから……ふと、以前心愛に言われた言葉を思い出した。
――いい、お兄様。櫻子さんにはちゃんと言葉で伝えないと駄目なのよ。要するに……す、好きならちゃんとそう言わないと、絶対分かってもらえないんだからね!!
……言い忘れた。
そう自覚した瞬間、冷や汗が流れる。
これが心愛に知られたら白い目で見られるのと同時に、自分の近くにいる友人が、この一言を伝えられずに関係がくすぶっていることを思い出して……このままではいけないと、とても強く思った。
そんなことを思い出すと、眼の前にいる張本人が、ちょっとした恩人にすら思える。
「……佐藤の身の振り方から学んで、気持ちを伝えることが出来たんだろうな」
「は? 俺、ひょっとしてバカにされてる?」
「気のせいだ」
即座に否定するが、政宗が自分にジト目を向けている。このまま正解を告げるわけにもいかないので、統治は自分で話をまとめることにした。
「とにかく俺は……彼女の真っ直ぐなところに惹かれて……憧れているんだと思う」
「なるほどなぁ。やっぱ、自分にないものを持っている人って……魅力的に見えるよな」
それが誰のことを指すのか、統治はあえて言及せず、彼が買ってきたいなり寿司に箸を伸ばす。
政宗がイカゲソの天ぷらを飲み込みながら、「それで」と話を続けた。
「統治と透名さんの『関係縁』は、とりあえず『復縁』出来たんだよな」
「ああ。そのはずだ」
「だったら……今度は統治が、彼女に近づく番だな」
「それは……」
正直、まだ、少しだけ迷っている。
その気持ちを見透かされたような気がした。
迷いが残るまま喋りたくなくて、食べ物を口の中に入れた。そんな統治を見た政宗は、ミネラルウォーターのペットボトルをあけて、一口あおった。そして。
「俺は、ここで諦めたらダメだと思う」
はっきりと、迷いのない声で告げる。
それが正解だと素直に思ってしまう、そんな説得力と共に。
「正直、これから何がどんな結果になるか分からない。俺みたいに……相手から自転車で逃げられることも、あるかもしれないけどさ」
政宗はこう言って乾いた笑いを浮かべた後……力のある眼差しで、統治を見つめた。
「でも、諦めなかったら。統治から手を伸ばしていれば、きっと、また繋がると思うんだ。だから……お互い、頑張ろうぜ」
この眼差しを、今まで、何度見てきただろう。
――絶対、ケッカとの約束を守るんだ。俺たちの底力、名杙の大人や麻里子さん達に見せつけてやろうぜ!!
中学生の冬の日、前に進めない統治を鼓舞して、途方もない夢物語を口にした時も。
――今度こそ、3人で乗り切るんだ。俺たちの底力、麻里子様に見せつけてやろうぜ!!
今年の4月、相手の意表を突く作戦を嬉々として提案した時も。
腹をくくった彼がとても強い人間だということを、この10年、何度見てきただろう。
そして、そんな彼に憧れて……彼ならば、この環境を変えられるのではないかと本気で思っている。
今もそうだ。状況が自分たちにとって不利な方へ進もうとしても、彼はそれを許さない。突破口を見つけようと我先に駆け出してしまうのだから目が離せないし、彼が進む先を信じたくなってしまう。
ふと、彼が名前を拝借した戦国武将が脳裏によぎった。その本人については史実を何となくしか知らないけれど……もしも、もしも彼が現代を生きていたら、こんな人物なのではないかと錯覚してしまうことがある。
「まさむ――」
刹那、統治は無意識に口走りかけた単語を急いで飲み込むと、手っ取り早く掴んだ2つ目のいなり寿司と一緒に噛み砕いた。
しかし、それを聞き逃す彼ではない。政宗は目をランランと輝かせると、ズリズリと移動して統治の隣に陣取った。そして、盛大な後悔の念に襲われて撃沈している統治の肩を抱くと、そのままベシベシと叩く。
「何だよ統治!! 遠慮するなって!! ほれ、ほれ!!」
「……うるさい」
一気に酔いが回ったような錯覚。耳まで赤くなっているのは、アルコールの接種で血流がよくなったからだ。
肩を落として長く息を吐く統治を、政宗が真隣で煽り立てる。
「うるさくないですー。ほれ、リピートアフターミー、セイ!! 政宗!! ほら統治、せーのっ!!」
「しつこいぞ佐藤!!」
統治は政宗の手を乱暴に振り払うと、気を紛らわすために缶の残りを一気に飲み干した。
そして、空っぽになったそれを机上に叩きつける……ように普段よりもちょっと乱雑に置くと、ため息をついて額に手を当てた。気を抜きすぎた自分を呪いたくなってしまう。
無意識とはいえ、彼を名前で呼ぶつもりなどなかった。
中学から同じ統治は、当然、政宗の本名を把握している。そして彼が『縁故』として生きると決めた時、名字は『佐藤』のままだったので、名字に思い入れがあると思って、下の名前で呼ぶよりも名字で呼んだ方がいいのだろうと思ったのだ。
そして、いつの間にか10年が経過して……下の名前で他人を呼ぶことに、年々、余計な気恥ずかしさを感じて。
ユカを含め、今更呼び方を変えることも出来ずに、今日に至っている。
もしも、もしも今後、政宗やユカのことを、下の名前で呼ぶ日が訪れるとすれば、それは……間違いなく。
統治は自分に伸びてくる政宗の手をビシビシと叩き落としながら、反対の手で頬杖をついて……盛大なため息をついた。
「……佐藤はさっさと山本と結婚してくれ」
「は!? いやちょっ……話が飛躍しすぎてるってばよ!?」
今後……2人が結婚して、同じ苗字になれば。
『紛らわしいから』という理由をつけて、下の名前で呼べるようになるのに。
■close friend:親友。呼ばせねぇよ!!
統治が政宗を名前呼びするのは、政宗がユカをちゃんと呼ぶよりもレアです。ましてや、統治がユカと面と向かって下の名前で呼ぶ日は来るのか……私も知りたい。
2幕で2人のサシ飲みのエピソードを書いたのですが(https://ncode.syosetu.com/n2377dz/15/)、それ以来の仙台支局成人男子会。統治が櫻子のことをどう評価しているのか、(お酒の勢いも借りて)第三者の前で語るという、とっても貴重な回になりました。書いていてとっても楽しかった。
統治の言葉に「!!」があるのは超レアです。あれは政宗が悪い。ユカにもそれくらいの態度でいけ。(嫌われる。)
しかし政宗……君、割と飲んでるね。そろそろ休肝日を作らないと、倒れちゃうよ。




