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エピソード4:sudden turn④

「彩衣さん、ユカちゃん……それに、()()()()まで。どうか……なさったんですか?」


 刹那、彼女の言葉から現状を察した3人が、各々に表情を曇らせた。そんな3人の反応に不安が募る櫻子は、周囲を見渡して顔をしかめる。

「ここは……休憩室、ですよね? 私、どうしてここに……?」

 どう説明をすればいいのか。考えがまとまらなかったユカに変わって、統治が一歩前に踏み出した。そして、彼女を見下ろすと、努めて冷静に説明を開始する。

()()()()は、病院で倒れたんだ。過労だと聞いている」

 ユカが半歩後ろからその横顔を見上げた。統治は普段とさほど変わらない様子と口調で対応している。櫻子はそんな彼へと視線を向けて「そうだったんですね」と表情を曇らせた。

「自分ではそこまで疲れていたつもりはなかったんですけど……ご心配をおかけしました。でも、名杙さんとユカちゃんはどうしてここに?」

「俺と山本は、仕事で近くまで来ていたから挨拶にと立ち寄ったんだが、そこで、さ……君が倒れていることを聞いて、様子を見に来たんだ。驚かせてすまない」

「とんでもないです。ユカちゃんも、わざわざありがとうございます」

 そう言って、ユカのよく知っている笑顔を向けてくれる櫻子に……ユカは若干表情を引きつらせながら、「無理、しないでくださいね……」と、絞り出すのが精一杯で。

 自分の隣で淡々と言葉を紡いでいる統治が、いたたまれなくなってしまい……ユカは思わず視線をそらしてしまう。統治はそんな彼女を一瞥すると、同じく態度を決めかねている彩衣へ向けて口を開いた。

「富沢さん、俺と山本は、そろそろ……伊達先生にもまた連絡するとお伝えください」

「……分かり、ました。お気をつけて……」

 彩衣がぎこちなく会釈をすると、統治は踵を返して、衝立の向こう側へと消える。ユカも櫻子に向き直り、「お大事に」と告げると、慌てて彼の後を追いかけた。

 2人の背中を見送った櫻子は……立ち尽くしている彩衣へ向けて、心配そうな眼差しを向ける。

「彩衣さん、名杙さんのご様子がいつもと違うように感じたんですけど……私、また何か失礼なことをしてしまったのでしょうか……」

「いえ、それは……あの、『また』とはどういうことですか?」

 今の櫻子は、果たして、統治とユカのことを――『仙台支局』のことを、どこまで把握しているのだろうか。

 せめて彼女の現在地を知りたいと思った彩衣の問いかけに、櫻子は当時を思い出して苦笑いを浮かべた。

「今年の5月、名杙さんとお会いした時に……私が盛大に勘違いをしていて、とても高圧的な態度で接してしまったんです。その後、ちゃんとお話をさせていただいて、謝ることが出来たと思っていたのですけど……」


 櫻子が、統治と改めて再会した、今年の5月のゴールデンウィーク。

 複数の女性に囲まれていた統治に対して、彼女は、とある人物(伊達聖人)入れ()知恵もあって、統治に向かって、こんな言葉を言い放っていた。


 ――名杙さんとは今月、お見合いをさせていただくことになりました。家どうしのしがらみもあるかと思いますが、お付き合いくださいませ。私も家のために名杙さんの妻になって、透名の家をより盤石にしたいと考えていますから。


 統治からこの話を聞いたユカが「これは、古そうに見えて実は新しいパターンやね」と評価をした再会劇。そして、この言葉をその場に居合わせた不特定多数――名杙側の人間が多い――が聞いていたことで、彼女の評価がガクッと下がったことと、彼女を排斥したい勢力の大義名分に繋がってしまったのだ。

 今の櫻子は、あの時に「これで大丈夫」と思った自分を説得したいと強く思っている。無理だけど。


 という、ある意味では『黒歴史』と呼んで封印したい過去は覚えているらしい。そして、その後のことも。

 彩衣は頭の中で時系列を整理しつつ、更に質問を続ける。

「……そういえばそうでしたね。その後、名杙さんとは、その……どのような接し方を?」

「名杙さんと、ですか? 接し方……」

 彩衣の奇妙な問いかけに、櫻子は首を傾げながら、彼との軌跡を辿る。


 第一印象で失敗してしまい、その後、改めての顔合わせでも色々と噛み合わなかったけれど。

 三度目の正直とも言える機会で、彼との出会いを語り、そこから……。

「そうですね、今は、スマートフォンを教えて……いただいて……そこ、から……」

 櫻子はここで口をつぐむと……眉を潜める。


 何か……大切なことを、忘れているような気がしたから。



 その頃、受付の前を通り過ぎ、入り口から外へ出た統治は……そのまま車に戻ると、運転席に座り込んで、大きく息を吐いた。あとを追いかけたユカも助手席に滑り込み、彼の方を見やる。

 彼の、こんなに思い詰めた横顔は……初めて見たかもしれない。

 どんな言葉をかければいいのか、分からない。

「統治……」

「……分かっていたことだ」

 統治は自分自身に言い聞かせるよう呟くと、ハンドルに額を押し当てて……唇を噛み締めた。


 分かっていたことだ。

 先程、『復縁』した『関係縁』の色を見た、その瞬間から。

 彼女との関係値が、初期に近いところまでリセットされてしまったことを。


「……辛いな」

 ポツリと漏れた本音に、ユカは何も返すことができず……悔しさと情けなさで、両手を握りしめる。

 大切な2人の関係を一瞬で破壊した、その犯人を必ず見つけ出すために。


 その後、政宗からの指示で、2人は富谷周辺にとどまることにした。防犯カメラの確認や今後の対応などは、病院の診療が終わる18時以降でなければ進めることができない。とはいえ、一度仙台の中心部に戻ってから、夕方の帰宅ラッシュに再び移動する……というのは、ガソリンと時間の無駄だと判断したためである。

『俺も出来るだけ早めにそっちに行くから、ケッカ、統治のこと頼むな』

 政宗からのメールに『了解』と返信したユカは、心愛に対しても『本日、急用のため、17時半の対応は中止。もしも川瀬さんを見かけたら、そう伝えて欲しい。』と送っておく。空への連絡手段がないのは申し訳ないが……心愛に張り付いていることを期待したい。次に見かけた時にめっちゃ謝罪しておこう。

 ひとまず、患者でもスタッフでもない自分たちが病院の駐車場に留まるのは邪魔になるだろうと思ったので、近くの大型ショッピングセンターへと移動した。広い駐車場の隅に車を停めた統治は、シートベルトを外して……ユカの方を見やる。

 時刻は間もなく15時。18時まではあと3時間ある。

「とりあえず、何か食べ物と飲み物を調達しようと思う。山本はどうする?」

「あたしも行く。おやつ食べて……マジで考え直さんといかんけんね」

 ユカの言葉に首肯した統治は、車から降りてショッピングセンターへと向かった。ユカ自身はこの店舗に来るのは初めてだったので、各売り場がどこにあるのか分からなかったのだが、統治は把握しているようで、迷いなく進んでいく。

「統治はここ、来たことあると?」

「ああ。櫻子さんと何度か……」

 何気なく思い出を語ろうとした彼は、そのまま口をつぐんで……静かに足を進める。

 ユカもまた、少し考えれば分かることをわざわざ聞いてしまった自分に心底呆れながら……彼の半歩後ろに続いた。


 ショッピングセンター内のスーパーでペットボトルの飲み物と、菓子パンを購入した2人は、再び車に戻ってきた。周囲に聞かれたくない話をする際に、最適な空間になるからだ。

 ユカはペットボトルのカフェラテを車のドリンクホルダーへ入れると、買ってきたクリームパンの袋をあけながら……統治へ問いかける。

「統治は、彩衣さんの話、信じられると思う?」

 この言葉に、統治は静かに頷いた。

「以前、山本や佐藤が伊達先生から聞いた話とあわせて、大きな矛盾はないと思う。それに……山本の指摘通り、あの切り口は、あの人のものだとは考えづらい」

「だよねぇ……仮にも1つのブロックを任せられる直系筋の実力者なら、もっと勢いよく一気に切って、櫻子さんが寝込むくらいの反動になるよねぇ……」

 先日、政宗から慶次について尋ねた時、彼は『当主の実弟ってこともあるとは思うけど、そんな野次を黙らせるだけの実力はある』と評価していた。政宗が誇張したとは思えないので、恐らく事実なのだろう。

 そして、政宗は『保守的』という言葉も使っていた。保守的な人間が……急に、こんな過激なことをするだろうか。

 ユカは思案しつつクリームパンを一口かじって咀嚼しながら「それに」と続ける。

「仮に、名杙慶次さんから櫻子さんが呼び出されたとすれば、その時点で統治に連絡が入るはずなんよ。でも、それがなかったってことは……やっぱ、あたし達が把握しとらん、第三者が動いとるってことやんね」

「その可能性が高くなったな。とりあえず、防犯カメラの映像があれば確認させてもらおうと思う」

「まずはそこからやね」

 首肯したユカは、カフェラテで口内を整えた後……串団子を食べた統治を見やり、息を吐いた。

「統治……さっき、よくあげん冷静に対応できたね」

「そうだな。自分でも驚いている」

「何それ……」

 ユカが苦笑いを浮かべると、統治は前を向いたまま……泣きそうな顔で笑った。

「これ以上……彼女を、困らせたくなかったんだろうな」

 彼の、こんな顔を目の当たりにするのは、本当に初めてで。

 ユカは唇を噛みしめると、彼にかける言葉を必死に探す。

 けれど……何も、見つからなかった。


 数時間後、時刻は18時30分。

 合流した政宗と共に再びクリニックを訪れた3人を、伊達聖人が出迎えてくれた。

 彼以外に人影はなく、照明を落としたロビーはしんと静まり返っている。

 政宗は意識して2人より前に出ると、聖人へ軽く頭を下げた。

「伊達先生、お忙しいところありがとうございます。あの、透名さんは?」

「櫻子さんは、彩衣さんから事情を説明してもらって、一緒に近くの交番へ行ってもらったよ。流石に傷害事件を見逃すわけにはいかないからね」

「まぁ、そうですよね……」

「カメラの映像も、いずれ警察に渡さないといけないから、今のうちにこっそり覗き見しちゃおうね」

 そう言って口元に人差し指を立てる聖人の軽妙な態度が、今の3人には少しだけありがたい。彼に先導されて受付の裏にある事務室へ入り、1台のパソコンの前に集まった。聖人は操作のため正面に腰を下ろし、ソフトを起動して時間を調整する。

「あんまり鮮明ではないけれど……ここだね」

 そう言って彼が再生した動画を、主に統治が食い入るように見つめていた。


 少し不鮮明な映像の中には、服の色や髪型から、櫻子と思われる女性と……もう一人、彼女と同じような背格好の人物が、一緒に映っていた。唾の広い帽子を被って背を向けているので、顔までは確認出来ないけれど……恐らく女性だろう。

 2人は何やら立ち話をした後、立ち去ろうとした櫻子へその女性が左腕を振り上げた。その手には銀色のナイフ……のようなものが握られており、その腕を振り下ろした瞬間、櫻子が地面に倒れる様子が映っている。その後、彼女が立ち去り……数分後、彩衣が駆け寄る様子が残されていた。


 聖人は再生を止めると、斜め後ろにいる統治を見上げる。

「こんな感じだけど……統治君、この女性に心当たりは?」

「正直……ありません。ただ……」

「そうだね。君と結婚したいと思ってる女性は櫻子ちゃんだけじゃないし、君を引きずり下ろしたいのも慶次さんだけじゃない。その辺をあたってみるといいかもしれないね」

「伊達先生、この映像のスクリーンショットをいただいても?」

「うーん、どうしようかなー」

 わざとおどけるように返答する聖人へ、ユカは流石に苦言を呈そうとした。

 しかし、次の瞬間……聖人は統治を真っ直ぐに見つめ、落ち着いた口調で言葉を続ける。

「君が絶対に解決してくれるなら、信じて渡してもいいよ。どうする?」

 聖人の試すような問いかけに、統治は強く頷いた。

「……絶対に、解決します。でないと、俺は一生、自分を許すことができません」

 統治の決意を受けた聖人は、満足そうな表情で「分かった」と返答して。

「後でこっそり送っておくね。分かっていると思うけど、管理には気をつけて。伊達先生の名前を出したら泣いちゃうよ」

「ありがとうございます」

「あと……流石に、透名から名杙へ苦情が入るとは思うよ。それが更に悪い流れを産まないようにしてね」

「分かりました。留意します」

 静謐な決意と共に画面を見つめる統治を、政宗は無言で見守った後……今後、どう動くべきなのか、思案を巡らせていた。

■sudden turn:急転直下。読んで字の如しです。今まで記憶喪失は主人公の十八番でしたが、今度は櫻子に飛び火しました。なんてこったい。


 2幕冒頭・高飛車系お嬢様的櫻子→https://ncode.syosetu.com/n2377dz/6/


 とりあえずエピソードとしては前半が終わりました。やっと事件が起こりました。物語が動くまで長かった……!! 後半はテンポよく参ります!!

 そして、この時代、流石に警察沙汰になります。富谷の管轄とか窓口(?)の開所時間(?)を調べたのですが確証が得られず、「事件は24時間対応だ!!」という結論に至りました。

 そう、こんなことをしても、いずれ捕まっちゃうのです。犯人探しを警察に任せればいい中で統治達は何をするのか、というのが後半のお話です。

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