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エピソード4:sudden turn③

 電話をかけてきたのは、富沢彩衣だった。

 彼女曰く、病院の裏で櫻子が倒れていたこと、命に別状があるわけではないが、気になることがあるので、統治が来れるのであればすぐに来て欲しいということだった。

 電話を切った統治から話を聞いたユカは、目に見えて狼狽している彼へ、努めて冷静に問いかける。



 名杙直系と繋がっている『関係縁』を切ることが出来るのは、


 同じ血筋の『縁故』だけ。



「櫻子さんが倒れたのって、やっぱり……『縁切り』の反動やろうか」

「恐らく……そうだと、思う」

 青白い顔で頷く統治。ここでユカが視界を切り替えても、統治が自分にプロテクトをかけているので、彼が繋いでいる『縁』の詳細を確認することはできない。しかし、『関係縁』が切れているのであれば、一時的に『縁結び』を実行してもいいのではないか。

 処置は早い方がいい。ユカは自分と櫻子の『関係縁』の位置を確認すると、彼を見上げて進言した。

「統治と櫻子さんとの『関係縁』、あたしの『関係縁』使って、結び直しとく?」

 『縁故』による『縁結び』には、2種類の意味合いがある。

 1つは文字通り、新しい人間関係を構築すること。

 そしてもう1つは、既に構築されている関係性を強めることだ。

 新しい人間関係を構築する場合、人間同士が出会って会話をすれば、その時点で『関係縁』が生まれる。ただ、『縁故』はちょっとした裏技を使って、一切面識がない人間同士を知り合いにすることも出来る。

 それが……既に繋がっている第三者の『関係縁』を使う、という方法だ。

 統治と櫻子の切れてしまった『関係縁』は、統治の指に、まだ、切れた直後の状態で残っている。櫻子側の『関係縁』が同じ状態で残っていれば、それを再び結ぶことで戻すことが出来るのだが……今回のように、物理的に遠い場所にいる場合は、別の方法をとることができる。

 それが、ユカが櫻子との『関係縁』を切り、櫻子側と、前述した統治の『関係縁』を蝶々結びにすることで、統治と櫻子に新たな『関係縁』を構築するという方法だ。一度縁が切れた者同士を再び繋げる作業を『復縁』と呼んでいる。

 この場合、ユカと櫻子の『関係縁』は切れてしまうが、また関わりを持つようにすれば、自ずと縁は復活する。処置は全て統治が行う必要があるが、一時しのぎとしては最良だと思えた。

 ユカの提案に、統治は少し考えた後……静かに首を横に振る。何故、そう問い詰めそうになるユカを、統治は静かに見据えた。


 ここで、ユカと櫻子の『関係縁』を切ってしまったら。

 名杙と一切関係のない2人の関係まで、リセットされてしまう可能性が高い。

 仮にそうなるのであれば、その役割を担うのは……ユカではなく自分であるべきだと思った。


 統治は自分の考えを胸の奥で確認すると、ユカに対して表向きの意見を告げる。

「早急に結び直すことで別の影響が出てしまったり……最悪、相手に気づかれて再び『縁切り』をされる危険性もある。そうなると、櫻子さん側の負担が増えるだけだ。とりあえず……彼女の状態を確認してから判断したい」

「……分かった」

 統治の言うことも一理あり、そう思ったユカは、不承不承頷いた。

「じゃあ、運転、任せてもいい? それとも政宗に戻ってきてもらう?」

 今の統治の具合が分からないし、こういう時に精神的支柱になってくれるのは政宗だ。暗に無理をするなという意味で尋ねると、統治は「いや」と、瞳に光を宿して首を横に振る。

「大丈夫だ。佐藤への連絡を頼む」

 統治の言葉にユカは頷くと、ひとまず自分の席に戻った。

 そして、スマートフォンなどを手持ちのバッグに放り込んで外へ出る用意を整え、再び彼の元へ。統治は社用車の鍵を指が白くなるまで握りしめたまま……俯いて、ポツリと吐き捨てた。

「俺の……せい、だ……」

「統治、それは……」

「俺が……相手を見誤っていた。きっと小言だけだと高をくくって、それで……」

「……でも、それはあたしも、政宗も、同じやけんね」

 ユカは統治を見上げると、目が合った彼に向けて、そのまま言葉を続ける。

「あたしも、政宗も……統治も、きっと櫻子さんも、全員がそう思っとった。やけんが、統治一人だけのせいじゃない」

「しかし……」

「もしも立場が逆だったら、統治もあたしに同じことを言ってくれたと思う。とりあえず……今は移動して、現状を自分たちで確認してみよう。一分一秒でも速いほうがいいけんね」

「……ああ」

 ユカの言葉に頷いた統治は、自分自身を奮い立たせるように、大きく呼吸を整えた。


 2人が富谷の病院へたどり着いたのは、14時半に差し掛かろうとする頃だった。

 午後の診療が始まっていたが、入り口で待っていた彩衣が2人を出迎えてくれた。受付のカウンターを通り過ぎ、廊下の突き当り、『スタッフルーム』と書いてある部屋の扉を開く。

 扉の先には、10畳ほどの空間が広がっていた。休憩に使われていると思われる6人がけのダイニングテーブルが2組とミニキッチン、冷蔵庫があり、キッチンの横にはウォーターサーバーと、弁当殻や紙コップ、割り箸などのゴミの入った大きな袋が2つ置いてある。壁には液晶テレビが設置されており、休み時間はここで院内スタッフが休憩をしている様子が想像できた。そんな部屋の隅に、パーテーションで仕切られた一角がある。

 ユカと統治は瞬きをして視える世界を切り替えた後、パーテーションの先へ進む。

 そして、ベッドに横たわっている櫻子を見下ろした。

「っ……!!」

 統治が息をのみ、悔しそうに唇を噛みしめる。

 彼女は静かに横たわっていた。特に見た目で悪いところはない。呼吸をしている様子も確認出来る。

 ただ、名杙直系との『関係縁』を一方的に切られた、その反動が何もないとは思えなかった。

 ユカはそんな彼の隣で、冷静に彼女の『関係縁』を確認する。

「……あ、これか……」

 彼女の右手に漂っている『関係縁』の中の一本が、ぷつりと物理的に途切れていることに気付く。まだ残っていて良かったという安堵があった。統治と繋がっていたのであれば、ユカが迂闊に触らないほうがいいのだけれど。ただ……。

「これ……なんか……」

 一箇所、強い違和感を感じたユカは、統治の服の袖を少し強引に引っ張った。

「ねぇ統治、この『関係縁』の切り方……随分と無理やりっていうか、キレイじゃないと思わん?」

 ユカの指摘に、統治もまた、『関係縁』の切れた部分を注視して……。

「……確かに、そうだな」

 櫻子側に残っている統治との『関係縁』だったものは、その切り口がとても不揃いだった。まるで、錆びついた刃で力任せに引きちぎったように。これでは、修練を受けていない櫻子が気絶するほど負荷がかかるのも頷ける。しかし……。

「慶次さんって、こげな()()切り方する人なん?」

「それは……」

 ユカの問いかけに、統治は思わず口ごもった。

 『縁故』にとって、『縁切り』は迅速に、ひと思いに終わらせるべき作業だ。熟練した『縁故』であればなおのこと、切り口は鋭利になる傾向がある。しかも名杙直系の統治と繋がっている『関係縁』は、それ以外の『関係縁』と性質が異なっており、ユカや政宗のような、名杙と無関係の人間は切ることすら出来ないのだ。

 要するに、考えられる犯人は、生まれつき『縁故』として生きてきた、名杙直系に属する誰か。

 にもかかわらず……まるで素人が切ったかのような現状に、ユカはもう一度全てを考え直す必要があると判断をして、とりあえず、スマートフォンを取り出した。そして、カメラアプリを起動すると、その切り口が収まるように倍率を調整する。

「写真、撮れる……かなっと……!!」

 政宗の見解も聞きたかったので、ユカは櫻子の『関係縁』を写真に収めた。そして、改めて統治を見上げる。

「とりあえず、櫻子さんは他に異常がなかね。統治、『縁結び』できる?」

「それは……」

 ここまできて、櫻子との『縁結び』――『復縁』に及び腰の統治を、ユカは少し厳しい口調で急き立てた。

 今はまだ、統治側と櫻子側、両者が切れた状態で残っている。この切れ端を蝶々結びすれば、応急処置しては完璧なのだ。

「統治が迷ってどげんするとね。正直、誰がこげなことしたのか分からんけど……今は、統治との『関係縁』を結び直して、名杙直系の影響力で櫻子さんを回復を促したほうがいいに決まっとるやん」

「それは……そうなんだが……」

「ほら、今ならまた結び直せるやろ? あたしじゃ名杙直系の『復縁』は無理やけんが……統治、お願い」

 ユカの言葉に、統治は一度、呼吸を整えると……まず、自分の右手から伸びている切れ端を、左手で手繰り寄せた。

 次に、櫻子側の切れ端を右手で掴むと……意識を集中して、ゆっくり、確実に結び目を作る。

 そして……息を吐きながらギュッと強く結び、願いを込めて握りしめた。次の瞬間、2人の間に()()『関係縁』が構築される。

 繋がって安堵したのもつかの間、それが(恋人)から(知人)に変わっていることに気付いたユカが、苦虫を噛み潰したような表情で統治を見上げると。

 彼は、今しがた繋いだ『関係縁』を握りしめたまま……眠っている櫻子の顔を見つめていた。


 櫻子の元を後にした2人は、彩衣に事情を聞くために、ダイニングテーブルに横並びで腰を下ろしていた。

 二人の前にインスタントコーヒーを出した彩衣は、統治と向かい合う位置の椅子を引く。そして、「ありがとうございました」と頭を下げた。

 統治は両手を膝の上で握りしめると……彼女を見据え、口を開く。

「富沢さん……何があったのか、教えてください」

 普段よりも冷静さのない統治の声に、彩衣は静かに首肯して。

「……私も、現場を目撃したわけではないのですが……昼休みの時間帯、櫻子さんが少し席を外すと言って、外へ出ていったんです。確か、午後1時30分頃でした。それから5分ほど経過した後、私もこの部屋のゴミを処分するために敷地の裏側へ行って……倒れている櫻子さんを見つけました」

「例えば、防犯カメラの映像はありませんか?」

 客観的な手がかりが欲しくて尋ねる統治に、彩衣は首を縦に動かす。

「……本日の業務後に確認する予定です。ただ、院長が今日は午後から不在なので、未定ですが……また、警察への相談も検討しています」

 淡々と、感情を抑えて答える彩衣に、統治は確認するようにゆっくりと質問を続ける。

「その……駐車場に、黒い外車は停まっていませんでしたが?」

 この問いかけに、彩衣は首を横に振った。

「……私は気付きませんでした。申し訳ありません」

 そう言って頭を下げる彩衣。表情と口調から、強く後悔をしていることが伝わってきた。いたたまれなくなった統治が「顔を上げてください」と声をかける。すると横からユカが「はい」と手を上げて、彩衣へ更に問いかけた。

「富沢さん、どうして櫻子さんの後を追いかけたんですか?」

「え……?」

 眼鏡の奥の瞳に珍しく困惑を宿す彩衣へ、ユカは部屋の隅に残っているゴミ袋を指差して続ける。

「ゴミがあそこに残ってます。さっき、この部屋のゴミを処分するために敷地の裏に行ったっておっしゃってましたよね。なのに……変だなと思って。どういうことですか?」

 冷静なユカの追求に、彩衣は珍しく視線を泳がせた後……口元を引き締め、静かに息を吐いた。

 ユカにとっては、最初から、彩衣は何かを隠しているだろうと思っての質問だった。

 なぜなら、ユカは以前、政宗と共に、彩衣の過去を少しだけ聞いているからだ。


 彩衣の母親が、かつて、名杙慶次と親密な関係にあったこと。

 そして……彩衣自身が、彼女が持つ素質が原因で、実の兄から監禁されていたことを。


 彩衣自身がどうして今、聖人と行動を共にすることが多いのか、そこまでは深掘りできなかった。彩衣や聖人、そしてユカ自身が持っている……らしい、『縁由(えんゆう)』という素質が理由であるのだとは思う。

 でも……例えば、彩衣自身に、『縁由』以上の何かがあり、それが、聖人にとって非常に役立つものだったとすれば。

 例えば――彩衣にも、『縁故』としての才能があるのだとすれば、聖人がホイホイと定期的に便利グッズを開発出来る理由に、説得力が増すのだ。

 以前からそんな思いを抱いていたユカは、思い切って踏み込んでみた。そして、彩衣自身の反応からそれが間違いでなかったことを悟り、もうひと押しするために言葉を続ける。

「富沢さん、正確に教えてください。あたしは……櫻子さんをこんな目にあわせた『誰か』を、許せないんです。お願いします」

 こう言って彩衣を見据えると、彼女はためらいがちに目を伏せて……言葉を慎重に選びながら口を開く。

「……山本さんがおっしゃるように、確かに私は、櫻子さんの後を追いかけました。それは……嫌な気配を、感じたからで……」

「嫌な気配、ですか?」

「……そうです。私は……」

 彩衣は静かに首肯すると、自身が使っている眼鏡を外し、二人の前に置いた。

「……私は、『縁』が視えます」

 刹那、ユカの隣に座っていた統治の肩がピクリと震えた。そして、ユカがそれを尋ねる前に、彩衣自身が否定する。

「……ただ、『縁故』ではありません。視えるだけです。そして、感覚が人よりも過敏なようで……今回のように、近くの人に何か異変があれば……恐らく『関係縁』を通して伝わってくるんです」

「じゃあ、櫻子さんが倒れたから……!?」

「……とても嫌な気配を感じて、櫻子さんを探しました。そうしたら……」

 彩衣はそう言って、机の上で両手を握りしめた。


 約1時間前、時刻は13時30分頃。

 午後の診療は14時からなのだが、待合室は13時45分から解放することになっている。先程までスタッフが多くいた休憩室は、午後の用意のために一人ずついなくなり……気付けば、櫻子と彩衣、他、看護師2名程になっていた。

 昼食を終えた彩衣が、弁当箱を巾着に片付けてスマートフォンを操作していると……隣に座っている櫻子が、ハンカチに弁当箱を足元のカバンに片付けた。そして、腕時計で時間を確認すると、どこか緊張したような面持ちで、荷物を持って立ち上がる。

「……櫻子さん?」

 まだ、休憩室を出るには早い時間だと思った。彩衣が名前を呼びながら彼女を見上げると、櫻子は一瞬目を大きく開いた後、どこかぎこちなく笑う。

「え、えぇっと……午後の用意があるので、お先に失礼しますね」

「……はい。お疲れ様です」

 そう言って出ていく彼女の背中を見送り、再び、スマートフォンに視線を落としていると……。


 一瞬、腕がグンと引っ張られたような感覚があり……背筋を悪寒が駆け抜ける。

 強烈な寒気に、一瞬、呼吸も忘れてしまっていた。


「……え……?」

 久しぶりに感じたこの違和感は、たいてい、ろくな結果につながらない。

 彩衣がこんな違和感を感じた時は、自分の近くにいる人が、予想外の不幸に見舞われている時なのだ。

 ある時は、家族の誰かが学校で怪我をしていたり。

 またある時は、聖人が……。

「……どこで、誰、が……?」

 彩衣は手早く自分の荷物を片付けると、足早に休憩室を後にした。途中、午後の用意のために受付にいたスタッフに櫻子の行方を聞くと、今しがた外へ出ていったと教えてくれる。彩衣は外靴に履き替えて病院の玄関を出ると、直感を頼りに彼女の姿を探した。

 駐車場に車が停まっているので、病院の外へは出ていない。丁度、午後の外来の順番待ちをする人が訪れる時間なので、ちらほらと見慣れない車もあるけれど……。

「……あの人、では、ない……」

 彩衣の脳裏によぎった、ことの元凶。彼が近くにいれば嫌でも分かるのだが、今、近くに彼の気配は感じない。

「櫻子さん……!!」

 唇を噛み締めた彩衣は、とりあえず周囲を探そうと、病院の裏手へ続く小道を進んで――


「――櫻子さん!!」


 病院の裏側、倉庫やゴミ置き場がある場所で倒れている彼女の姿を発見した。


「……その時、眼鏡を外して、櫻子さんを見たら……一本、切れている『縁』がありました。それで、『仙台支局』に連絡を、と、思って……」

「そうだったんですか……と、いうことは、櫻子さんの『関係縁』を切ったのは、()()()()()()()()()()ってこと、ですよね?」

 ユカの問いかけに、彩衣は「……恐らく」と、神妙な面持ちで頷いた。

 そんな彩衣の言葉に、統治が口を開いた、次の瞬間――衝立の向こう側で、物音がする。

 そして、ベッドから降りようとしている気配を感じたため、3人は会話を切り上げて、彼女の様子を伺うことにした。

 彩衣を先頭に2人が後ろから続くと、ベッドの上に上半身を起こしていた櫻子が、少し驚いたような表情で3人を見る。

 そして。


「彩衣さん、ユカちゃん……それに、()()()()まで。どうか……なさったんですか?」

 彩衣の過去の話→https://ncode.syosetu.com/n5862fm/14/

 『縁』が視える人が地味に多くなって参りました。


 そして、呼び名で分かる人間関係、というのが、この作品のお約束でして。

 櫻子が統治を「名杙さん」と呼んだら、それはもう……逆戻りなんです。

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