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エピソード4:sudden turn②

 その後。

 一番近かった苦竹(にがたけ)駅で途中下車をした心愛は、ホームの端にあるベンチに腰を下ろして……。

「ちょっとケッカ!? 空さんこっちに来てるんだけど!!」

 ……という電話でユカを呼び出し、彼女の到着を待つことにした。流石に自分一人で対応を続ける気にはならないし、後から判明して問い詰められる方が厄介だと思ったからだ。

 ただ、電話の向こうでユカが「今すぐ行くけんが、動かんでね!?」と少し焦っていたのが珍しくて……逆に冷静になった心愛は、周囲に人がいないことを改めて確認する。

 電車が去ったホームに人影はなく、日没直後の仄暗い空間を冷たい風が吹き抜けていく。心愛はマフラーを持ってくればよかったと思いながら、そっと、両手に息を吹きかけた。

「あれ? 心愛ちゃん寒いの? あっち行く?」

 そんな彼女へ、ニットワンピースに裸足いう圧倒的薄着の空――霊体なので寒さなど感じない――が、つけ爪の目立つ人差し指で、明かりがついている待合室を指差す。

 その提案は至極魅力的だが、今の心愛は首を横に振った。

「いい。今は誰もいないけど、他に誰か来たら、心愛、独り言喋ってる変な人だし……」

「あ、そっか。それは寒いわ」

 と、一人で納得する空を、心愛はジト目で見上げた。

 元はと言えば……彼女が約束を守って非常階段へ来てくれれば、こんなことにならなかったのだから。

「それよりも今日、どうして来なかったの?」

 心愛の問いかけに、空は「そう!!」と急に大声で目を見開く。

「だってアタシ、見つけちゃったんだって!!」

「見つけた? 何のこと?」

 話の核心が見えない。顔をしかめる心愛に、空は興奮気味に言葉を続けた。

「ほら、翼君と怪しい話をしてた怪しいおじさんだよ!! ほら、昨日ユカちゃんに言われたっしょ? 『もしもその人を見かけたら、少し離れたところから後をつけて、どこに行ったのか教えて欲しい』って」

「……あぁ!!」

 空の言葉で、心愛も昨日のことを思い出した。


 ――ついでということで……あと1つ、お願いがあるんですけど……もしも次にその人を見かけたら、少し離れたところから見つからないように後をつけて、どこに行ったのか教えてもらえると、めっっっちゃ助かります。


 昨日、空に対してこんなことを頼んだユカに、空自身は「面白そう!!」と即座に同意してくれて。

 そして今日、早くも、成果を出している。


「ってことは今日、その人を見かけて追いかけてたってこと?」

 心愛が驚いたまま確認するように尋ねると、空が「そうなのそうなの!!」と高速で2回頷いた。

「あの人だって思って追いかけて、そしたら海の方まで車でガンガン移動するから割と時間かかっちゃってさー。しかもなんか、おっきな家の中に入っていって、おばちゃんと話してたんだよね」

「おばちゃん……その、大きな家の中にいた女の人ってこと?」

「そうじゃなくって、えっと、おばちゃんじゃなくって……そう、分町ママ!! 分町ママって呼ばれてるあのおばちゃんと、話をしてる感じだったよ」

「っ!?」

 空の話を理解した心愛は、驚きで息を呑んだ。


 海の方まで移動をして、大きな家の中に入って、分町ママと話をしていた。

 それはどう考えても、名杙本家の誰かに違いない。

 予測していたとはいえ、いざ、事実として突きつけられると……何とも言えない感情に襲われる。


 心愛が硬直したことに気付いた空が、首を傾げて覗き込んだ。

「心愛ちゃん……どしたの? やっぱ、寒いんじゃない?」

「へっ!? あ、えっと……大丈夫……」

 慌てて取り繕いつつ、鼓動が速くなっていくことが嫌でも分かった。

 分町ママと話が出来る、名杙本家の人間。分町ママは名杙の『親痕』なので、直系筋であれば心愛のように会話をしたり、助けになってもらうことが出来る。

 もしも……もしも、空が話をしている『おじさん』が、自分の父親だったら。

 櫻子のことが気に入らず、裏で実は手を回していたのだとすれば。

 誰を信じればいいのか、分からなくなりそうだ。

 ぐちゃぐちゃになりそうな気持ちを落ち着かせたくて、心愛はツインテールが大きく揺れるほど頭を振った。そして、「そういえば……」と、改めて空を見やる。

 確かに、今の空の話も驚いた。けれど、それ以上にびっくりしたことが、今しがた。

「空さん、心愛があの電車に乗ってるってよく気付いたわよね」

 空が、心愛が乗っている電車や車両までを正確に把握し、追いかけてきたことだ。最終的には置いていかれたけれど。

 彼女の話が全て真実ならば、ずっと心愛に張り付いていたとは考えづらい。仮に仙台駅など、途中から尾行していたのであれば、流石に心愛ももっと早くに違和感を感じるだろう。

 解せない、言外にそう語る心愛へ、空は目を丸くして首を傾げる。

「へ? だって分かるじゃん」

「分かるじゃんって言われても……心愛とは『関係縁』が繋がってるわけでもないのに」

「カンケーエン?」

「あ、えっと……空さんに残ってる糸のことを、心愛達はそう呼んでいるの」

 心愛はそう言って、空の指に残っているそれを指差した。空もまた視線を移して「このことかー」と目を丸くする。

「そっか、心愛ちゃんとはカンケーエンで繋がってないのか」

「そうね。繋がってたらそれをたどれば、どこにいるのか分かるから」

 首肯する心愛を、空が神妙な面持ちで見つめて。

「じゃあ……アタシ、なんで心愛ちゃんがあの電車に乗ってるって気付いたんだろうね」

「それを心愛が聞いてるの!!」

 彼女のツッコミが秋の寒空に響いた次の瞬間、反対側のホームで、電車の到着を告げるアナウンスが鳴り始めた。


 向かいのホームに到着した電車から、ゾロゾロと人が降りてきて、出口へ向かう。

 そんな彼らの背中を見送りつつ、心愛は、自身の斜め上でフラフラしている空を見あげた。

「空さんは……その、瀬川さんが自分を探していること、嬉しくないの?」

「え?」

「瀬川さん、お金をかけてでも、空さんのことを探そうとしてくれてるんでしょう? なのに空さん、ちっとも嬉しそうじゃないから」

 心愛が素直な疑問を口にした瞬間、空の表情が曇った。

「……だって、そんなの、無駄じゃん」

 ポツリと呟いた言葉は、無人のホームに消える。

「だってココアちゃん、アタシ死んでるんだよ? 死んだ人間にお金を払う意味が分かんない。ココアちゃんは分かんないかもしれないけどさ、お金ってすっごーーく大事だし、稼ぐのって大変なんだよ。アタシはそのお金を、渡すために……おかーさんに、渡すため、に……」


 お金を渡すために、何をしたのか。

 空はそれ以上語らず、唇を噛み締めた。


「……どうせなら、アタシが生きてる間に洋服とか買ってほしかった。施設はダサい古着ばっかりだったし。ココアちゃんはいいよね、好きな服着て、ガッコー行って……親もいるなんて超リア充じゃん」

「それ、は……」

 そう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。心愛が萎縮して口をつぐんだ事に気づいた空は、自分の悪癖が出てしまったことを悟り、顔をしかめて自分にため息をついた。


 自分の境遇を嘆いたところで、何も変わらない。

 そんなこと分かっているけれど、幸せに生きる『普通の人』が、どうしても、羨ましくなってしまう瞬間があった。

 そんな時、自分にしか振るえない言葉のナイフを振り回してしまい、施設に来ていたボランティアの女性から、諌められたことがあるのだ。


 ――じゃあ私は、空ちゃんのことを、可哀想な女の子だと思って接していけばいいのね。貴女がこれから何をしても、「この子は普通じゃないから」って思って、優しく接すればいいのかしら。


 そう言われると自分がとても惨めに思えてしまい、それは違うと反論した。すると、彼女は長い髪をなびかせて、こう、言葉を続ける。


 ――言葉を取り消すのは、とっても大変なことがあるの。だから、大切な言葉はあまり飾らずに、勇気を出して、はっきり言ったほうがいいわよ。もしも、間違って伝わると……お互い、悲しくなっちゃうからね。


 そして彼女は、空へ向けて、屈託なく笑った。


 ――でも、我慢するのも苦しくなっちゃうから、どうせ言うんだったら、思いっきり声に出してみてもいいんじゃない? 「お母さんのバカヤローって思ったら、つい、イライラしちゃった!! あなたのせいじゃないから、でも嫌な思いさせてごめんね!!」って、ね。ストレス発散にもなると思うわよ。


 その時のアドバイスを実践することで、翼の前では適宜、自分の思いを誤解なく伝えられたと思う。勿論、失敗したこともあるけれど。

 ここで心愛に悲しい思いをさせたくない。そう思った空は、声を張り上げて頭上を見上げる。

「あーもう!! こうやってやなこと考えちゃうからこの話は終わり!! ゴメン、こういうのよくないって言われたんだ。えっと……そう、ヒッキーだって!!」

「ひ、ヒッキー……?」

「そう。ココアちゃんもヒッキーにはならないほうがいいらしいよ!!」

「そ、そりゃあ、なりたくはないけど……ヒッキー……?」

 心愛が彼女の言葉の正解を必死になって探していると、電車が間もなく到着するというアナウンスが響き渡った。


 心愛がユカへ連絡をしてから約20分後、ようやく苦竹駅のホームに降り立ったユカは、まばたきをして視界を切り替えた後、ホームの端にいる二人の元へ駆け寄った。

「お、お待たせ……!!」

 視線の先には、ベンチに座っている心愛と、そんな彼女の隣で浮いている空がいる。特に変わった様子も……心愛が『痕』と2人きりで怯えている様子も、ない。

「ケッカ、そんなに焦らなくてもいいのに……何かあったの?」

「何かあったの、って……」

 心愛のあっけらかんとした様子と、彼女の後ろで楽しそうに手を振る空。そんな2人の様子を目の当たりにして、思わず脱力してしまう。

 顔見知り(?)とはいえ、空と二人きりの心愛が怖い思いをしているのではないかと思い、最低限の荷物だけ持って飛び出してきたというのに……自身の心配が杞憂になったことに安堵したユカは、心愛の隣に腰を下ろして息を吐いた。

「……うん、何事もなくて良かった」

 刹那、心愛が目を剥いてユカに詰め寄る。

「何事もないわけないじゃない!! 大変なんだから!!」

「大変、って……どういうこと?」

 詳細が把握出来ず、目を丸くして問いかけるユカに、心愛は空から聞いた話を伝えた。そして……。

「ケッカ……分町ママに聞かないの? 誰と会っていたのか、って」

 心愛の言葉に、ユカは即座に首を横に振る。

「聞いたところで、分町ママが正確なことを覚えとる保障はないけんね。むしろ、あたし達の動きが相手に筒抜けになる可能性の方が高い」

 正直、分町ママがネックになるとは思っていなかったが、彼女はもともと名杙側だ。当主の指示を最も受けているとはいえ、枠組みは名杙の『親痕』。本家筋の実力者から利用される可能性は十分にある。

「分町ママ……心愛達に嘘ついたりしてた、の、かな……」

 心愛が最も懸念しているのはここだ。分町ママは『仙台支局』にも出入りしているし、先日も空の聞き取りに同行したばかり。もしも彼女が、名杙側の思惑――櫻子を追い出す――を把握した上で、自分たちと接していたのであれば。

 そんな悪い想像を、ユカは真顔で否定する。

「それはないと思う。分町ママは『名杙』の『親痕』やけんが、本家筋の人から協力を依頼されたら、基本的に断れんよ。現に、空さんのことは向こうにも特に知られとらんみたいやしね。あたし達にそのことを伝えていないのは、本当に相手が仕事の話しかしてないから疑っていないのか……もしくは、忘れてるだけだと思う」

 ユカの見解に、心愛の表情が少しだけ柔らかくなった。そんな彼女を見ていると、今は憶測だけで不安を煽ってはいけないと判断し……言いかけた言葉を、ユカは静かに飲み込んだ。

「とりあえず……空さん、その人って……こんな感じでしたか?」

 ユカは自身のスマートフォンを操作して、統治から送ってもらった慶次の顔写真を見せる。空はその画面を覗き込み……顔をしかめた。

「んー、遠かったから自信はないけど……雰囲気とか髪型とかはこんな感じ。なんか、ギラついてるっていうか、自信満々っていうかラスボス的な……めっちゃ超強そうな感じ」

「なるほど。ありがとうございます」

 空に謝辞を述べたユカは、頭の中で情報を整理しながら……とりあえず、今日の方針を示す。

「とりあえず、あたしは今聞いたことを他の人にも伝えて、今後のことを考えます。川瀬さん、明日の夕方って……非常階段に来ることはできますか?」

「んー、多分大丈夫だと思うよ。夕方だよね」

「そうですね。17時半で。心愛ちゃんは?」

 ユカが心愛の予定を尋ねると、彼女は申し訳無さそうに2人へ視線を向ける。

「あ、えっと……心愛は明日、生徒会活動があって……」

「了解。じゃあ、何か動きがあればメールとかで教えるけんね」

 ユカの言葉に首肯した心愛へ、空が首を傾げた。

「心愛ちゃん、セートカイって何?」

「え? 生徒会は学校の活動で、学校をよくするために……え、えぇっと……!!」

 心愛が困惑して言葉を選ぶ様子を、ユカは静かに見つめた後……やはり、空と心愛を引き合わせてよかった、と、自分の決断が間違っていなかったことを安堵するのだった。


 その日の夜、時刻は20時を過ぎた頃。

 風呂を終えた心愛は髪の毛をタオルで拭きながら、後ろ手で換気扇のスイッチを入れる。

「……」

 あの後、ユカや空と分かれて自宅に帰ってきてから、色々なことを考えていた。

 名杙の中で動き出している、統治や櫻子を排斥する動きのこと。そして……自分自身のこと。

 本当は明日も、ユカや空と一緒に行動をしたかった。生徒会活動さえなければ、と、思ってしまうけれど、こっちはこっちで文化祭の細かい準備がある。事情を話せば抜けられるのだが、その負担が別のメンバーにいってしまう。

 心愛としては、文化祭も頑張りたい。それに、頑張った姿を見て欲しいけれど……そんなことを言い出しにくくなってしまった。家で顔を合わせることもなくなった今は、殊更に。


 学校よりも、今は、『縁故』として動いて自信をつけることを優先すべきなのでは?

 ただでさえ……自分は、スタートが遅いのだから。


「……とりあえず、お茶飲も……」

 ため息をとともにリビングへ向かおうとした次の瞬間……不意に、進行方向とは反対側、廊下の角の奥から別の足音が聞こえた。母親だろうか、でも、もっと重たくて慎重な音に聞こえる。

「まさか……!?」

 一人、思い当たる人物が脳裏をかすめた心愛は、思わず走り出していた。そして、突き当りを曲がったところで――


「――お兄様!!」

「心愛?」


 その場に居合わせていた統治と鉢合わせになる。突然の遭遇に、統治は驚いたように目を丸くして彼女を見下ろすと……その立ち姿を確認し、盛大に顔をしかめた。

「心愛、髪の毛は洗面所で乾かすように言われていただろうが……」

「そ、それは……って、そんなこと今はどうでもいいでしょう!?」

「どうでもよくないだろう。俺も母さんもずっと言っているじゃないか」

「そうだけど!!」

 と、言い合いになったところで……心愛は視線をそらすと、苦笑いを浮かべた。

 こんな雑談を懐かしいと思う日が来るなんて、思っていなかったから。

「お兄様こそ……何してるの? 忘れ物?」

「そんなところだ。親父は明日、北海道だろう? その前に確認しておきたいことがあったんだ」

「そうだったんだ……あ、バターサンドとじゃがポックル買ってきてって頼まないと……」

 と、父親への言付けを思い出したところで、心愛は「そうじゃない」と頭を振る。

「あの……お兄様、ケッカから話、聞いた?」

 この問いかけに、統治は周囲を気にしながら、言葉を選んで返答する。

「ああ、聞いている。その件について、今日中に連絡が入るはずだ」

「わ、分かった。お兄様は……空さんの話、信じてるの?」

「どうだろうな。ただ、信じない根拠はない。とりあえずこの話はここまでだ」

 話を早めに切り上げ用とする統治へ、心愛はあからさまに頬を膨らませる。

 自分と話をするのが嫌だと、態度で示されている気がしたのだから。

「お兄様……そんなにさっさと帰りたいの?」

「は? い、いや、そういうわけでは……」

 統治は彼女の態度に困惑しつつ、少し考えた後……ポケットからスマートフォンを取り出した。そして、何やら操作をした後、心愛へ画面を見せる。

 メモ帳アプリが起動している画面には、統治が話を終わらせようとする理由が書かれていた。


『ここでの立ち話が、誰かに聞かれてしまう可能性がある。だから今は、あまり具体的なことは口に出さないようにしたい。』


 画面を見て統治の意図を察した心愛が、ハッとした表情で「ごめんなさい……」と呟いた。そして、ぎこちなく統治へと背を向ける。

「こ、心愛は髪の毛を乾かさなきゃいけないから!! じゃ、じゃあねっ……!!」

 心愛はそのまま洗面所の引き戸へと手をかけて、逃げるように中へ飛び込む。

 統治が次に声をかける前に、その扉は閉ざされてしまった。


 週明けの月曜日、時刻は午後1時30分。

 昼休憩の後に得意先へ向かった政宗と、彼に帯同する瑞希を送り出したユカは……印刷物をプリンターから取って戻る道すがら、自席で作業をしている統治へ近づいた。そして、週末のことを問いかける。

「統治、昨日って……話、進んだ?」

「ああ。両親にも現状を理解してもらえた。今のところ目立つ動きはないが……何かあれば、すぐに動き出せるようにしてある」

「そっか。あ、今日の夕方に利府(りふ)まで連れて行ってくれるのって、統治やったっけ?」

 今日の就業後、ユカは伊達聖人(だてまさと)からの呼び出しで、定期的な問診と現状報告をすることになっていた。統治はしばし思案した後、「いや……」と、首を横に振る。

「俺の予定だったが、佐藤がやりたいと言い出したから、任せると伝えてある」

「へ? 政宗、出来ると? 今日は週明けやけんが予定ビッチリやろうに……」

「本人はやるつもりだ」

「あ、そうなんや……まぁ、どっちでもいいけど……」

 ユカは苦笑いの統治に「ありがとね」と声をかけた後、自席に戻って息をつく。今日も心愛は合流が難しい可能性が高いので、夕方、空と会う場合は自分一人になるかもしれないな……なんて思いながら、空に関する情報をまとめていると……不意に、スマートフォンが振動した。

「え? 心愛ちゃん?」

 電話をかけてきたのは心愛だ。意外な人物の名前を聞きつけた統治が立ち上がり、ユカの方へと移動してくる。とりあえず緊急事態だと判断したユカは、画面で揺れている受話器のマークを急いでスライドさせ、通話開始と同時に別の操作をしてスピーカーへと切り替えた。

「もしもし、心愛ちゃん?」

「も、もしもし……ケッカ?」

 電話の向こう、心愛が小声で喋る声が聞こえた。少し遠くが騒がしいことから、昼休みを利用して、学校内で人目につかないところからこっそりかけているのだろう。

「心愛ちゃん、どげんしたと?」

「そ、それが……空さんが……」

 電話の向こうの彼女は明らかに困惑している。ユカは空が心愛に干渉しすぎている現状を少し憂いつつ、改めて現状を確認した。

「川瀬さん、また心愛ちゃんのところに行ったと?」

「そうなの。それで……この間と同じ車が、その……富谷のイオンの近くに停まってた、って、言ってて……」

「富谷……」

 心愛の言葉に、ユカは目を見開いて統治を見た。おそらく同じことを察知した統治は自席に戻ると、自身のスマートフォンを操作して櫻子へ電話をかける。

「ね、ねえケッカ、富谷って、もしかして……」

「とりあえず、お節介な大人が時間を持て余して嫌味でも言いに行ったのかもしれんね。教えてくれてありがとう。こっちでも情報を集めてみるけんが、今日、心愛ちゃんは……あ、生徒会やったね」

「そ、そうだけど、でもっ……!!」

「阿部さんや島田くんも助けてあげんといかんよ。何か分かったら共有するけん、心配せんで」

 これはユカなりの配慮だった。『縁故』の仕事は、それこそ、生涯にわたって続けることが出来る。けれど、中学校生活は、生徒会の今のメンバーで文化祭に向けて活動出来るのは、今だけなのだ。

 だから、学業を優先して欲しい。その気持ちは心愛にも伝わり、電話の向こうで彼女が「うん」と頷いた声が届く。

「……分かった。明日は大丈夫だから」

「ありがとう。あと……川瀬さん、流石に接触が多い気がするっちゃんね。心愛ちゃんの迷惑にならんよう、早めに対応を――」

「――そ、それはいいの!! 心愛は大丈夫だから!!」

 刹那、食い気味に否定する心愛に、ユカは思わず目を丸くした。

「だって、心愛ちゃん……怖いんじゃなかと?」

 思わず直球に問いかけると、心愛もモゴモゴと口ごもりつつ。

「ちょ、ちょっと怖いことも、あるけど……でも、それでみんなの、役に立てるならっ……!!」

 彼女なりに自分に出来る役割を果たそうと、頑張っている。

 その気持ちがまっすぐに伝わったユカは、彼女の思いを尊重することにした。

「りょーかい。他に何かあったらすぐに教えてね」

 正直、ユカとしても、名杙側にマークされておらず、協力的かつ記憶力もある『痕』は、もう少し活用したい。ユカの言葉に心愛は「分かった」と呟いて、電話を切った。

 通話を終えたスマートフォンを机上に置いたユカは、体をずらして、櫻子への電話がつながらない様子の統治を見やる。ユカと同じく椅子に座っている統治は、耳にあてていたスマートフォンをおろして……浅く息を吐いた。どうやら、電話に出てもらえないようだ。

「櫻子さん……今は昼休みやんね?」

「そのはずだ。今日は富谷にいると聞いていたんだが……」

「昼休みやったら、伊達先生にもかけてみる?」

「そうだな。念のために――」


 統治がそう言って、操作をしようとした、次の瞬間。

 彼の体が、一度、電流を浴びたかのようにビクリと震える。


「――っ!?」

「統治!?」

 

 めまいを起こしたかのように机へ倒れ込んだ統治へ、ユカは慌てて近づいた。

「ど、どげんしたと? 大丈夫?」

「あ……」

 呼吸が浅くなっている統治は、ノロノロと体を起こした後……恐る恐る、自身の右手を見つめた。


 感じたことがない痛みだった。それはもう感じないけれど、確実に嫌な予感がする。

 今まで強く繋がっていたものが、









 『切れた』








 そんな、言いようのない感覚だ。


 まさか、胸に去来する不安を払拭したくて、瞬きをする。

 そして目を見開き、現実を直視して……かすれた声が、漏れた。


「どう、して……」



 分からない。

 こんなこと、あるはずがない。

 けれど、ずっと磨いてきた自分の能力が、現状を包み隠さず視せてくる。



「統治?」

 ユカの言葉に我に返った統治は、声を震わせながら彼女を見上げた。

「……切れ、たんだ……」

「切れた、って……は? え? 嘘やろ? まさか……」

 ユカの言葉に、統治は力なく頷いて。



「櫻子さんとの、『関係縁』が……切れているんだ……」



 絞り出すように、彼が目の前の現実を口に出した瞬間――事務所内の電話がけたたましく鳴り響いた。

 なっがい。

 分割出来ませんでしたスイマセン……どうしてもここまで進めたかったのです。お疲れ様でした。

 言葉って大事だよね、というお話です。


 分町ママのメモリ機能ですが、まだらです。覚えていたり覚えていなかったりするので(基本は忘却)、ユカもあまり期待していない(むしろこれ以上余計な情報を流したくない)という側面があります。

 裏切ったわけじゃないんです。ただ、悪意に気づくことが出来ずに利用されてしまったのです。

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