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エピソード3.5:stay together

 政宗が翼との飲み会を始める少し前、時刻は間もなく19時半になろうかという頃。

「お、お邪魔しますっ……!!」

 仕事終わりに統治の部屋へ立ち寄った櫻子は、どこか緊張した面持ちで靴を脱いで揃えると、玄関の端の方へ置く。今日は午後から仙台で仕事があり、そのままビジネスホテルに泊まることにしたので、こうして立ち寄ることが出来たのだ。

 玄関のすぐ隣にあるキッチンで夕食の用意をしていた統治が、首だけを彼女の方へ向けて、口元を緩めた。

「お疲れ様。内鍵を頼めるだろうか」

「分かりました」

 統治の言葉に従って玄関を施錠した櫻子は、脇にある洗面所に向かい、手洗いとうがいを済ませる。そして、統治の隣に立つと、腕に巻き付けていた細いゴムで髪の毛を1つに結い上げた。

「何かお手伝いすることはありますか?」

「じゃあ……台を拭いて、割り箸とコップを用意してほしい」

「分かりました」

 首肯した櫻子が、シンクの脇に干してあった台拭きを水で濡らすと、硬く絞ってから踵を返す。

 統治はその間に、IHの上で作っていた夕食を仕上げようと、実家から持参した木べらを握り直した。

「やはり……火力は弱いな……」

 本気でカセットコンロの導入も検討しつつ、今はこの設備の中で出来ることをしようと気持ちを切り替える。

 程なくして二人分の焼きそばを仕上げた統治は、櫻子が用意してくれていた皿に取り分けると、鰹節と青のりを散らした。そして、既に飲み物と箸が用意されている円卓へと配膳し、向かい合う形で腰を下ろす。そして、互いに用意ができたことを目線で確認した後、静かに両手を合わせた。

「いただきます」

 同じ言葉を口にして、焼きそばを箸でつまみ上げる。本当は目玉焼きまでのせたかったのだが、器具が足りずに断念するしかなかった。とはいえ、手を抜いた覚えはない。

 ソースのほのかな酸味と鰹節の風味が相まって、とても美味しい。櫻子は思わず頬をほころばせた。

「美味しいです。統治さんは流石ですね」

「火力が足りなかったからどうなるかと思ったが、食べられる味には仕上がったな」

「十分すぎます。お疲れのところ、私の分まで……ありがとうございます」

 そう言って嬉しそうに手を動かす彼女を見ていると、統治も肩の力が抜ける。

 そのまま2人で黙して半分ほど食べたところで……野菜を皿の端に集めながら、統治がポツリと口を開いた。

「今日、書類が届いた。早々に手配をしてくれて……ありがとう」

 彼の言葉が何を指すのか気づいた櫻子は、皿を置いてコップを手に取った。そして、お茶で口の中を綺麗にした後、安心したように肩の力を抜く。

「無事に届いて良かったです」

「明日の午後、外で一件仕事があるから……その時に実家に寄って、渡そうと思う」

「分かりました。宜しくお願いします」

 櫻子はそう言って頭を下げると、残りの焼きそばを食べるべく再び皿を手に取った。統治は皿に残った野菜をかき集めつつ、「これは別件になるが」と、櫻子を見据えて。

「今、『仙台支局』周辺を『痕』がうろついているんだ。対処法が決まっていないから、もうしばらく同じ状況が続くことが考えられる。櫻子さんは夏に『重縁』状態になったばかりだから……もしも支局へ用事がある場合は単独行動を控えて、事前に俺か山本、佐藤の誰かに教えて欲しい」

「分かりました。留意しておきますね」

 櫻子は二つ返事で首肯すると、歯ごたえの良いもやしを口に含んだ。シャキシャキと音を立て、口の中で踊るように切れるそれを粗略しつつ、自身の現状を報告する。

「私の方は、特に何もありません。ただ、明日以降は少し気をつけたいと思います」

「ああ。宜しく頼む」

「はい。それにしても……統治さんは本当にお料理がお上手ですね。どうすればもやしが水っぽくならずに、こんなにシャキシャキになるのでしょうか……」

 割り箸でもやしを持ち上げて、しげしげと眺める櫻子は、そのまま無言で統治を見た。一方の統治は、そんな彼女をしたり顔で見つめ返して。

「味噌汁の隠し味を教えてくれるなら」

「それは……ダメです」

 意地悪、と、言外に訴えるように不満が滲む表情になった櫻子は、箸でつまんだもやしを口に入れて噛み砕き、飲み込んだ。そして。

「統治さんから美味しいって言ってもらえたんですから……もうしばらく、私にしか作れない味のままにしておきます」

「分かった。次はもっと注意して食べて、隠し味を見抜けるよう努力する」

「もう、統治さん……!!」

 今度こそ不機嫌になる――目元はずっと笑っているけれど――櫻子に、統治は口元を緩めた。

 家族とも、ユカや政宗とも違う、暖かい食卓。

 これがいつか、『当たり前』になる。その日がもっと、待ち遠しくなってしまう。

「だから……また、作ってくれないか?」

「分かりました」

 思わず口をついて出た彼の言葉に、櫻子は満面の笑みで頷いた。


 時計は進み、時刻は間もなく22時半。

 翼と仙台駅で解散した政宗は、電車に揺られ、まっすぐ家に帰っていた。

 今日は事前に、翼と直生の店で話をすること、明日も通常勤務だから先に寝ていていいとユカには伝えてある。マンションまでの道すがら、水を買おうと立ち寄ったコンビニで、ユカと一緒に食べるアイスでも……と、思ったが、寝ているかもしれないから今日はやめておいた。

 購入したミネラルウォーターを飲みつつ、夜風にあたって酔いを覚ます。正直、今はまだ、空の『関係縁』を切って消すようなことはしたくなかった。彼女はこれまでの『痕』と比較しても、群を抜いてメモリ機能が優秀だ。今回のことも彼女からの情報提供がなければ、翼とこんな形で接触することはなかっただろう。

 それに……翼と慶次との『関係縁』を確認した今は、もう少し、現状維持でいたい。

「瀬川……考え直してくれるといいけどな」

 ペットボトルの蓋をしめるために立ち止まり、そのまま、夜空を見上げる。

 翼の姿を見ていると……これは決して口には出さないけれど、『もしも』の自分のように見えることがあった。


 もしも、ユカがある日突然、行方不明になってしまったら。

 もしも、ユカの行く末を探す手段があると言われ、法外な金銭を要求されてしまったら。

 そこに、希望があると……少しでも、思ってしまったら。

 気持ちがわかる、なんて、口が裂けても言えないけれど。

 でも……。


「……俺も払うかもなぁ……分割で」

 自分の正直な選択に苦笑いをしつつ、政宗は夜道を進む。

 マンションの入口にあるオートロックを解錠してエレベーターに乗り、自身の部屋の扉の前に立つ。そして、鍵を回して扉を開けた。

「ん……?」

 靴を脱ぎつつ内側から施錠した政宗は、廊下の奥、リビングの明かりがついていることに気付く。

 政宗は足音に気を使いつつ、廊下の途中にある洗面所で手洗いとうがいを済ませると、恐る恐るリビングの扉を開いた。

「――あ、政宗、おかえりー」

 ダイニングテーブルの向こう、リビングのクッションに寝転がってテレビを見ていたユカが、起き上がって軽く手を上げた。

 政宗は荷物を手前にあるダイニングチェアの上に置きつつ、立ち上がって近づいてくる彼女をしげしげと見下ろす。

「ケッカ、まだ起きてたのか?」

「まだ、って……まだ10時半なんよ? 確かに、いつもはそろそろ寝る用意を始める時間やけど……」

 ユカはそういって彼の隣の椅子を引いて腰を下ろすと、足をプラプラさせながら言葉を続けた。

「もしも政宗が酔っ払って廊下で寝たりしたら、水でもかけて起こさんといかん!! と、思って」

「そんなことしないって。っていうか、もうちょっと優しく起こしてくれよ」

「え? 麻里子様は孝高(よしたか)さんがこげんせんと起きんよ?」

「……」

 福岡にいる恩人の両名を思い返し、その様子が安易に想像出来てしまったので……政宗はこれ以上考えるのをやめた。

「備えていてくれてありがとな。この通り、俺は割と大丈夫だ」

「おぉ、珍しか」

「流石に明日も仕事だから飲みすぎないって。今日は瀬川の話を聞くっていう目的もあるし、それに……」

 政宗は今日の食事中、先日ユカから言われた言葉――もうちょっと酒の飲み方ば考えんと、本当に嫌いになるけんね!!――を適宜思い出して、自分をそれなりに律していたのだ。会計時、直生から「シュガー君、今日は大分体に優しい飲み方だねぇ」と、ニヤケ顔で揶揄されるくらいに。

「それに、何? 何かあった?」

 しかし、言い淀んだことで、ユカにあらぬ心配を抱かせてしまっている。政宗は慌てて頭を振ると、まずはその誤解を解くことにした。

「いや、特に何もないよ。流石にケッカに嫌われたくな……」

「ふーん……そうなんや」

 刹那、彼が自重した理由を悟ったユカが、口元にニヤリと笑みを浮かべる。

「やれば出来るやん、佐藤支局長。もっと早く言えば良かったかもしれんね」

「……」

 こう言われると何も言い返せない。自分の酒癖が悪いことは自覚しているけれど、なかなか省みることがなかった。ユカにも何度となく迷惑をかけている……らしいので、何とかしなければならないと思っていたところに、ダメ押しをしたのが先日の言葉だった。


 ただでさえ、友達以上に好かれている自覚はないのに。

 これ以上嫌われたら……ちょっと、しんどい。


 ユカは政宗が内心でこんな複雑な感情を抱えていることなどつゆ知らず、きまりが悪くなった彼を見上げて、先程よりも優しい声で言葉を続ける。

「でも……飲み過ぎを心配しとるのも本当なんよ? もしも、政宗が行方不明になったら……あたし、統治か心愛ちゃんに150万払って探してもらわんといかんくなるけんね」

 刹那、政宗は目を丸くしてユカを見た。

 彼女が何の話をしているのかはすぐに分かる。また、彼女自身も『縁故』なので、実際は統治や心愛に頼まなくても、自力で何とかしようとするのだろうけど。

「探して……くれるのか?」

 自分を探してくれる、その事実を知ることが出来ただけでも、嬉しさがジワリと湧いてくる。

 一方のユカは、そんな彼の反応に意外だと言いたげな眼差しを向けた。

「え? 当たり前やろうもん。だって……」

 ユカはさも当然と言わんばかりの表情で頷くと、酔いと驚きで呆けている彼を見上げて……ヤレヤレと肩をすくめる。

 だって、彼には……ユカに伝えた決意があるのだから。


 ――だから……彼女はこれから俺が守ります。絶対に連れて行かせない、二度とこんな辛い思いはさせない!! 俺が……俺が()()()と一緒にいる限り、絶対に!!


 福岡までユカを連れ戻しに来てくれた彼は、過去と対峙できずにいた彼女の前に立ち、力強く背中を押してくれた。

 迷って、立ち止まって、動き出せずにいた彼女の先を進み、迷わないように先導してくれているような気さえする。

 だからこそ、もしも、政宗が迷ったり、動けなかったり……逃げ出してしまうことがあれば、今度は自分があの時と同じことをしよう、そう決めていた。


 けれど、そんな本心はまだ伝えない。言葉にすると、いざ、その瞬間が来た時に……彼はユカに気を遣いすぎて、弱いところを隠し通そうとするかもしれない。

 だから今日は、今の自分らしい言葉で、適切に取り繕っておこう。


「政宗、あたしの本名知っとるやろ? 情報漏洩を防ぐために、絶対に探しださんとね」

「なるほど……確かに」

 彼女らしい言葉に納得した政宗は、他に言うことはないのか、と、冗談交じりに伝えようとして、彼女を見る。

 すると。


「とにかく……顔、見れて安心した。遅くまでお疲れ様」


 不意打ちだった。


 安心して屈託なく笑うユカに、政宗は思わず目を見開いた後……その視線を、ほんのり泳がせることしか出来なくて。

「お、おう……」

 伝えようとしていた言葉の代わりに、曖昧な返事が口をつく。頬が赤いのも、耳まで赤いのも、全部、全部、残ったアルコールのせいだ。


 そんな彼の変化に気付いているのかいないのか、椅子からおりたユカが、彼に向かって問いかけた。

「あたし、先に歯磨きしていい? 脱衣所使う?」

「あ、いや、風呂は追い焚きするから……お先に、どうぞ……」

「それはどうも。多めに水分取るんよー」

 ユカはそう言って、リビングを後にする。

 一人、その場に残された政宗は……足音が遠ざかったことを確認して、思わずその場にへたり込んだ。

 そして。

「……アイス、買ってくればよかった……」

 十数分前の自分の選択を、激しく後悔する。


 もしもここにアイスがあれば、火照った諸々を冷ますこともできたし……もっと、彼女と一緒にいられたのに。

■stay together:一緒にいます。なんて潔いサブタイトル!!


 と、いうわけで、対象的な2組のカップル(?)でした。統治、恋人に「俺のために味噌汁を作ってくれ(意訳)」はもう、プロポーズなんだよ……嫁にいって、もやしをシャキシャキに仕上げなさい……!!(???)

 統治と櫻子は、2人だけのシーンを書くと、どうしても所帯じみてしまっていたのですが、統治が一人暮らしを始めたことで、急に恋人っぽくなった気がしています。あと、私が彼らを書くのが久しぶりで、以前の感覚を忘れているのかもしれない……それはそれでヨシ!!


 ただ、ユカと政宗はこういうオチでいいんですよね。これは忘れていない伝統芸。政宗の中学生のような意識の仕方と恋愛を書くのが楽しゅうて楽しゅうてしょうがなかとです。

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