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エピソード3: family register④

 文中に、災害や児童虐待を連想させる表現があります。

 直接的な描写はありませんが、苦手な方はご注意ください。

 仙台駅で合流した2人は、地下鉄を使って青葉通一番町駅まで移動した後、いろは横丁の中にある、直生の店の扉をくぐっていた。

「いらっしゃいませ。あ、ウィング君じゃん。久しぶり、元気?」

「世渡さん、ご無沙汰してます。お元気そうで良かったです」

 直生からウィング君と呼ばれた彼――瀬川翼は、カウンターの向こう側にいる彼へ軽く会釈した後、政宗に促されて、二人がけの席に腰を下ろした。

 政宗も彼の前に腰を下ろし、直生に向けて「とりあえずビールください」と声をかけた後、翼へ向けてメニューを差し出す。

「飯、どうする? 久しぶりに大盛りチャーハンでも頼むか?」

 この言葉に何かを思い出したのか、翼が「フフッ」と吹き出した。

「やめとこう。お互い、明日の仕事に差し支えそうだ」

「だな。じゃあ、瀬川が好きなもの適当に頼んでくれよ。つまみ食いするからさ。あ、赤身のカルパッチョはマストな」

「分かった。お前、大学の時からそうだったよな。人のもの食い過ぎ」

 そう言ってどこか楽しそうに笑う翼は、ビールを持ってきた直生へ、唐揚げやサラダ、焼きおにぎりなどを適当に注文した。そして、目の前に置かれたグラスを持ち上げ、口元を綻ばせる。

「じゃあ……久しぶりの再会に、乾杯」

 政宗もまた、グラスを持ち上げ、翼のそれに軽く打ち付ける。

 そして、互いに仕事終わりの一杯を堪能した後……翼が、政宗をじっと見据える。

 今日のこの宴会は、政宗からの連絡で実現したものだ。その目的は、懐かしい友人と楽しく会話をするためだけではない。

「それで、佐藤。メールに書いてあったことをどうして知っているんだ?」

「ああ。あの件な。成功報酬込み、トータル150万で人探し、だろ?」

 サラッと言い放つ政宗に、翼は視線の中に狼狽を滲ませ、周囲を気にしながら言葉を続ける。翼にとっては、他人に聞かれたくない内容なのだ。

「だからそれは表に出るような案件じゃないんだ。どうして佐藤が……」

「どうして、って。俺がその人の同業他社だからだよ」

「そうだったのか……!!」

「ああ。だから、単刀直入に言うな。その金額は、俺たちの業界ルールの中では……法外に高い値段なんだ」

 刹那、ビールを飲もうとした翼が手を止める。そして……政宗の射抜くような視線から目をそらすと、どこか諦めたように息を吐いた。

「……だよな。俺も薄々、そんな気がしてたんだ。でも……」


 でも。

 この先に続く言葉を口にしても、自分の力不足を痛感するだけだ。


 4年前、翼がその一報を聞いたのは、波が沿岸部を襲った翌日のこと。

 施設にボランティアとして出入りしていた祖母が、仲間と連絡が取れない、と、顔面蒼白で携帯電話を握りしめ、ニュース映像を祈るように見つめている時だった。


 当時を思い出し、沈痛な面持ちで口をつぐむ翼に向けて、政宗は冷静に問いかける。

「瀬川が探してる女性は、川瀬空さん、で、間違いないか?」

 名前まで一発で言い当てられるとは思わず、翼は流石に驚いた様子で目を開いた後……乾いた笑いと共に口を開いた。

 目の前の彼がどこまで、何を知っているのか……分からない。友達だと思っていたのに急に遠くなってしまった、そんな感覚がある。

「そこまで調べてるのかよ……佐藤、お前探偵になれるぞ」

「はぐらかすなって。間違いないか?」

 政宗の少し強い確認に、翼は観念して首肯した。

「……ああ。そうだ。空の行方を探してる。生きてるか、死んでるか……それだけでも、知りたいんだ」

 政宗は一瞬、彼女がもう死んでいることを告げたほうがいいのか迷ったが……まだ、不用意な情報を流すべきではないと判断して、彼に交渉を持ちかける。

 翼は今、政宗のことを信じたい気持ちと疑っている気持ちがせめぎ合っているはずだ。この交渉がうまくいかなかったとしても、政宗にとっては特にマイナスにはならないけれど……でも、自分に出来ることを示した上で、どちらにつくのかを選んで欲しい。そう思うから。

「瀬川、さっきも言ったけど、150万は高すぎるんだ。もしも俺だったら、70万……いや、今なら60万で同じ内容を請け負うことが出来る」

「は……!?」

 刹那、翼は持っていたグラスを取り落としそうになり、指先に慌てて力を入れた。そして、半信半疑のまま政宗を見やり……彼の眼差しから、嘘でもハッタリでもないことを悟る。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ佐藤。金額が……!!」

「だから、さっきから言ってるだろ? 高すぎるんだよ。俺としても、そうやって高すぎる金額で依頼人から金をせびろうとしている同業者は好きじゃないんだ。だから……ちょっと、協力して欲しいと思ってさ」

 こう言って、彼はニヤリと笑う。学生の頃に見たことのある表情だな、と、思った。

 同時に……。

「佐藤、お前……マジで何の仕事してるんだよ……」

 彼が今、何を生業にしているのか、皆目検討がつかない。

 脱力して自分を見る翼に、政宗は嫌味のない笑顔で返答する。

「だから、お前に150万っていったオッサンの同業他社だって言ってるだろ?」

「それは聞いたけど、混乱するわ……オレオレ詐欺にあう人の気持ちが分かった気がする」

「それは良かったな。話を戻すけど、その人に俺の動きを知られたくないから、今はあんま、詳しいことは言えないんだ。とはいえ、俺の言う60万だって安くないけど、他とのバランスを考えるとこれ以上下げられないんだ。今すぐに決めなくていいから、少し、考えてくれ。もしも、俺に乗り換えてくれたら……」

 刹那、政宗は右手の人差し指を立てると、とても楽しそうな口調で自分を売り込んでいく。

「友人割引適応、分割手数料なし、全てコミコミで税込み60万だ。勿論、契約書も作るし領収書も切るぞ。経緯も説明するし必要ならPFDで渡す。なんだったらクレカ払いでポイント還元も出来る。万が一失敗した場合は……そうだな、事務手数料と手付金の5万を引いた金額を返金する」

「深夜のテレビショッピングかよ……ただ、クレカ使えるのがデカいな」

「クレカ対応してるのは俺くらいだぞ。それくらい、瀬川のことは信用してるんだ」

 こう言って屈託なく笑う彼に、翼は両手を上げて「分かった」と息を吐いた。

 正直、政宗の言葉を100%信じて良いのか、まだ判断出来ないけれど。

 今はお酒を飲んでいるから、家に帰って休んだ後、クリアになった頭で判断して……返事をしよう。

 1つしかないと思っていた選択肢が増えた、それだけで、少しだけ、気が楽になったような気がするから。

「考えておくよ。いつまでに返事をすればいい?」

「早ければ早いほうがいい。ちなみに、最初に話を持ちかけてきた人への回答期限はいつになってるんだ?」

 この問いかけに、翼は焼きおにぎりを割り箸でほぐしながら返答する。

「特に設けていないんだ。気が向いたら連絡してほしいって言われてるだけで……」

「なるほど。じゃあ、俺は今日から1ヶ月以内にさせてもらおうかな。電話でもメールでもどっちでもいいから、連絡待ってるぜ」

 そう言って政宗は屈託なく笑うと、グラスに残っていたビールを飲み干した。


 その後、2杯目のレゲエパンチも半分ほど飲んだところで……政宗は唐揚げを飲み込みながら、枝豆をつまんでいる翼を見やり。

「瀬川、言いたくないことは言わなくていいけど……川瀬空さんって、名取の施設にいたんだよな」

「……ああ」

「彼女のこと、どこまで知ってる?」

「どこまで、って……どういうことだ?」

 翼が懐疑的な眼差しで政宗に問いかける。政宗はこれ以上探るような問いかけをしても相手が頑なになるだけだと判断をして……ポテトをつまみながら、自分が持っているカード(知っている情報)を少しだけ見せることにした。

「彼女、戸籍がないみたいでさ。ちょっと、こっちでも身元の調査に手こずってるんだよ。もしも瀬川が彼女について知っていることがあるなら、教えて欲しいと思って」

 政宗の言葉を聞いた翼が、息を呑んだ音が聞こえた。その反応から、知らなかったことが伺える。

「佐藤、お前……マジで探偵に転職したほうがよくね? 空に戸籍がないことなんて……俺も……」

「知らなかったか?」

「ああ……そっか、だから……」

 何か思い当たることがあったのだろう。翼は少しだけ一人で思いを巡らせると……静かに息を吐いて、頬杖をついた。

 そして。

「空は……俺が高校生の時、識字ボランティアをしている時に出会ったんだ。その時お世話になっていた人から、同年代で字が書けない女の子がいるって言われて、信じられなくて……」


 それは、翼が高校生の時のこと。

 識字ボランティアはその名の通り、日本語の読み書きを教える人たちのことを指す。彼らが教える対象は、日本にやってきた外国人が多かった。

 翼は、祖母が同様の活動をしていたことがキッカケで、外国から家族で移住してきた子どもたちが、日本の学校で困らないように、公民館で読み書きを教えていた。時に、当時の家庭の事情から学校に通えなかったお年寄りに教えることもあったが、それは祖母など、大人の役割。翼は年下の子どもと対話をしながら、彼らのサポートをしていた。

 中学生が知っている知識でも、十分に役に立つ。そして、英語でのコミュニケーションスキルも上がる。

 知識が増え、視野が広がることを実感して、感謝されることが嬉しかった。

 そんな感じで月に一度、地域の公民館を利用して行われていた識字ボランティアに参加していた翼は、その会の責任者をしていた女性に呼び止められ、こんなことを言われたのだ。


 ――瀬川君、来月は来れそう? 実は……勉強を手伝ってあげて欲しい女の子がいるのよ。


 事前に予定を聞かれたのは初めてだ。翼が「はい」と返事をすると、責任者の女性が「ありがとう」と安堵したことを覚えている。

 そして翌月、机を挟んで向かい合い、彼女と初めて出会った。


 ――はじめましてっ!! えっと……そう、そら!! かわせ、そら!!


 とてもぎこちなく、でも、楽しそうな笑顔で自己紹介をしてくれたのは、長い金髪でメイクをした、どこか大人びた雰囲気のある、中学生くらいの女の子。

 名前を言うだけでたどたどしいのは、緊張しているからだと思っていた。金髪だからハーフで日本語が不自由だから、この会に参加しているのかとも思った。

 けれど……そうではなかった。


「空、学校に行ったことがないってあっけらかんと言うんだよ。案の定、ひらがなだってまともに書けないような状態で……マジで大変だった」


 子どもは学校で文字や計算を習い、復習して、知識として定着させていく。

 そして、集団生活の中で、周囲との関わり方を体験していく。

 そんな経験を一切してこなかった彼女は、勉強に対する物覚えや態度がいい、とは……決して、言えなかったけれど、何に対しても新鮮な驚きをしてくれた。

 彼女の名字は、施設長の女性が、祖母と相談して決めたらしい。

 先生になってくれる同年代の翼の名字と文字を逆にすることで、二人分の名字の漢字をまとめて覚えられるように。


「でも……あいつ、底抜けに明るいんだよ。佐藤も少しは知ってると思うけど、あいつの親、めちゃくちゃじゃん? ぶっちゃけ、空と一緒にいた俺にもすり寄って金の無心をするくらい、常識からかけ離れてる人たちなんだよ」

「マジか……」

 流石にそこまでは聞いていなかったので、政宗は思わず顔をしかめた。

 翼は不意に、自身のスマートフォンを取り出すと、操作して、机上に置いた。

 表示された画像には、政宗が出会った空と、今よりも少し垢抜けない様子の翼が、楽しそうに雪だるまを作っている様子が収められている。

 それを見た翼の眼差しが、少し、優しくなった。

「でも、空は親の文句を言ったり、教え方が上手くもない俺に八つ当たりすることもなくて……ずっと、一生懸命だったんだ」


 どうすれば、自分の名前を漢字で書くことが出来るのか。

 どうすれば、自分の気持ちを相手に伝えることが出来るのか。

 そんな体験を少しずつ、少しずつ、積み重ねていくと……時間は、あっという間に過ぎていく。


 ――ねぇ翼君、『ムノー』って、どういうこと? おかーさん、アタシにずっと言ってたんだよね。ノーだから、英語?


 ある時、空からこう尋ねられ、翼は思わず返答出来なかった。

 次までに調べておくと誤魔化した後、祖母に相談をして、祖母と一緒に本当の意味を教えたことがある。

 その言葉の意味を知った空は、泣きそうな表情になって言葉を失う。これではいけない、そう思った翼は、咄嗟に、思いついたことをノートに書いた。


 ――でも、『無』が『ノー』ってことで、何でも出来るって意味にもなるんじゃないかな!!


 彼女の母親はきっと、『無能』という意味で使ったのだと思うけれど。

 考え方、捉え方は決して1つだけではないことを、何とか伝えたかった。

 こう言ってからすがるように祖母を見ると、祖母が力強く「そうね」と同意してくれて。


 ――空ちゃんはこれから、何にだってなれちゃうのよ。


 この言葉を聞いた空は、翼が書いたノートを嬉しそうに抱きしめた。そして。


 ――言葉って、色んな意味があるんだね。教えてくれて、ありがとう!!


 だから、思わず祖母と2人で泣き出してしまい、彼女を困惑させてしまった。

 言葉の持つ残酷さと優しさを思い知った、そんな体験だった。


「空が、ずっと手紙を渡してくれるんだ。メールだと覚えないからって、手書きで。最初は何が書いてあるか読めなかったけど、だんだん、読めるようになって……可愛い洋服のショップ店員になりたい、って。俺も、文字だけじゃなくて絵も使って、文字と絵を関連付けて覚えてもらおうと思って……」

 文字ばかりを書き続けても退屈してしまうし、単なる作業で終わってしまう。

 そんな時、翼は、低学年用の漢字ドリルに、文字の生い立ちがイラスト付きで書いてあるページを見つけた。


 山や川など、自然の風景から作られた文字も多い。

 例えばこれを、空に伝えることができたら……もっと、楽しく覚えてくれるのではないか。

 とはいえ……象形が成り立ちの漢字は、数に限界がある。多くの文字を分かりやすく伝えるために、どうすればいいだろうか。

 彼女のためのアイデアを探していた翼は、ある日、祖母宛の郵便物の中に、綺麗な絵手紙を見つけた。


 これだ、と、思って、すぐに祖母にお願いをして……それを得意としている人を紹介してもらい、やり方を教えてもらった。そしてそれを、彼女とのやり取りの中で活用していった。


 すると、今まで誤字が多かった『雨』の点の向きを間違えないようになって。

 『星空』を、漢字で書けるようになって。

 遂には『瀬川空』と書いてしまい、惜しいと2人で笑うことが出来た。


「勉強って積み重ねだと思ったし、人が生きるために必要なんだなって、思った」

「そっか。川瀬さん、努力家なんだな」

 政宗の相槌に、翼はどこか嬉しそうに頷く。

「そうなんだよ。だから……今、どこで何をしているのか、生きているのか死んでいるのか、知りたいんだ。もしもまた、変な大人に利用されてたらって思うと……いたたまれない」


 4年前、彼女が暮らしていた『施設』は、沿岸部を襲った波に呑み込まれた。

 運良く瓦礫にしがみついて助かった人もいたけれど、多くの死者・行方不明者を出してしまった。その施設は仙台の医療法人が母体となって運営していたのだが、施設があった地区が人の住めない地区として認定されてしまったため、施設の再建がなされることはなかった。

 医療法人は『見舞金』として遺族に金を支払った、という噂も聞いているが、空に関しては行方不明という扱いであり、捜索は警察に任せているという主張のまま、特に動く様子はない。

 翼は祖母と協力して、空の行方を探した。しかし、役所や警察署にある行方不明者の名簿を見ても、どこにも、空の名前はない。

 その名簿に名前を登録して欲しいと頼むと、住民票がある市町村を尋ねられた。とりあえず施設があった地区を担当する役所の窓口に行って事情を説明するが、赤の他人に情報を開示してくれるはずもない。施設長だった女性にも協力を依頼し、何とか照会を試みたが……役所のどこにも、彼女は『いない』。

 施設にあった紙の名簿は紛失し、ハードディスクは塩水をかぶったことで復旧できなくなってしまった。

 知り合いを辿って探してみようとするけれど、学校に通っていなかった彼女にクラスメイトはいない。近所からも腫れ物のように扱われていたので、彼女と深く関わった人を見つけることも出来ない。




 『川瀬空』という女性を、誰も、知らない。




 そして、災害から3年後となった昨年、祖母が天国へ旅立った。

 当時、識字ボランティアとして参加していた人達も、今は半分以上が入れ替わってしまい……空のことを覚えている人も、どんどん少なくなっていく。

 月命日には時間を見つけて、施設がある場所へと赴いていた。献花をする人も目に見えて減っていき、周囲が復旧工事で変化していく様を見ていると、自分一人だけ、取り残されているように感じてしまう。




 忘れられてしまう。


 忘れてしまう。


 あの場所で一生懸命勉強をしていた、彼女のことを。




 時間の経過と共に焦りが蓄積していく今年、祖母の初盆を終えた秋のある日、翼は仕事で、施設を運営していた医療法人が運営している病院にも出入りしていた。すると、そこに勤める外科の医局長が、こんなことを言い出したのである。


 ――瀬川さん、あの災害で行方不明になった人を探しているんですよね。多少、値が張りますが……とっておきの人を紹介しましょうか? きっと、力になってくれますよ。


 それが、名杙慶次との出会いに繋がる。


 金額を聞いた時は、こんなに支払えないと思ってしまったけれど。

 成功率や実際の成功例をプレゼンされて、段々と、その気になってきて。


 ――大切な人の手がかりを、必ず、掴んでみせます。貴方がこれからかける労力と時間に比べたら……思うほど高くはないと思いますよ。

 

 そう言われて、今、大きく揺らいでいる。


 彼女のことを、世界が、自分が、忘れてしまう前に。

 せめて……せめて何か、彼女に繋がる何かを、知ることが出来れば。



 そうすれば、きっと――この思いも、昇華出来るだろう。



 翼は静かに目を伏せて、手元のビールを一口すする。

 彼が空のことをどう思っていたのか、政宗はそこまで深く追求するつもりはない。

 ただ、身内でもない他人のために法外な金額を払うかどうか悩んでいる、それが答えであるような気がした。

 話を聞いた政宗は、今日、ユカ達が空本人から聞いた話とほぼ一致していることを確認しつつ……枝豆を咀嚼して、「ありがとう」と話を終わらせる。

「ズケズケと踏み込んで悪かった。ただ……川瀬さんに関することでも、そうでなくても、俺に話したいと思うことがあれば……こんな感じで聞く時間くらい作るからさ。あんま一人で溜め込むなよ?」

「……ありがとう」

 翼は唐揚げをつまみながら、改めて政宗を見やり……正直な感想を告げた。

「佐藤は……凄いな。大学の時からすごかったけど、なんか……レベルアップしてる」

 大学生の頃から、彼の周囲には常に人がいた。そして、彼自身も周囲への気遣いを忘れず、更に大きな渦を作っていくような、そんな印象があって。

 卒業後は大企業に就職しているのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。ただ、会社で働くよりも更に大変そうな仕事をしていることは分かるし、その中でかなりの成果をあげていることも想像できるほど、立ち居振る舞いに余裕を感じた。

 翼の言葉に、政宗はどこか嬉しそうに「そうか?」と呟いて。

「だったら俺の演技力の賜だな」

「何だよそれ。これだけ仕事出来るなら、私生活も充実してるんだろ?」

「何言ってるんだよ。俺の私生活なんて……」

 政宗は言葉を切ってグラスを傾けると、少しだけ、目を細める。

 彼にばかり話をさせるのはフェアじゃないし……それに。

「俺、私生活では10年片思いして、未だに何の成果も出せてないんだぜ?」

「……は!? マジで!?」

 飾らない苦笑いでこう言った政宗に、翼は思わず目を丸くして身を乗り出した。


 それに、今は少しだけ……ユカのことを、今の自分の立ち位置を、何も知らない人に、話を聞いてほしかったから。

■family register:戸籍。そのまんまです。空の出自のお話でした。

 作中で書いていることは全て私が設定として考えた架空のものです。実際に無戸籍の方が行方不明になってしまった場合の対応とは異なるかと思いますのでご了承ください。


 小説という、文字媒体の創作をしているので、言葉の使い方は考えます。

 空は生みの親から、口癖のように「無能」と言われ続けてきたのですが、その考え方を変えたのが翼でした。新たな価値観をくれた存在=神なのです。そりゃあ神だ。

 言葉遊びというか、既存の読み方から違う意味を想像して使用することも多い作品なので(それこそ『縁故』とか)、これからもルビを活用して私なりの世界を広げていきたいと思います。

 そんな私も人の親になったことで、特に子どもに対する言葉の使い方は、日々、考えています。それは小説のキャラに対しても同じです。キャラは全員、私の子どもみたいな存在なので、私は政宗にしかバカと言いません!!


 ……なんだこれ。でもあの子……本当に手がかかるの……!!

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