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エピソード3: family register③

 空は心愛をジッと見つめた後……目をそらしてため息1つ。

「マサムネさんの次はユカちゃん。ユカちゃんの次はこの女の子……アタシ、昨日から厄介バレーされすぎじゃない? ただ切ってくれって言ってるだけなのにさ」

 空の言っている意味が分からない心愛は狼狽した眼差しでユカに助けを求めた。これまでの会話で何となく傾向を掴んでいたユカは、とりあえず心愛に自分の隣へ座るよう促して、空へジト目を向ける。

「厄介払い、です。あと、違います。適材適所です」

「へ? てきいて? ユカちゃんなんて言ったの?」

 どうやら空は、ちょっとした言い回しが苦手らしい。言葉選びに失敗したユカは気を取り直して、どう言えば伝わるのかを考えた。その結果。

「要するに、昨日めっちゃくちゃ話し合って、めっちゃ頼りになる心愛ちゃんに頼んだ、ってことですよ。人を見た目で判断しちゃ駄目です。昨日の政宗には女心なんで分かりませんし、心愛ちゃんはバリバリできる子なんで」

「そうなんだ!!」

「そうなんです。だよね、心愛ちゃん」

 笑顔――目はさして笑っておらず、同意を強く訴えている――で自分を見るユカに、心愛はとりあえず頷くことしか出来ない。その様子を確認した空が、心愛の方をじぃっと見つめた。

「ココアちゃんっていうんだ。可愛い名前だね」

「えっ!? あ、ありがとう、ございます……名杙心愛、です」

「アタシは川瀬空。よろー。んで、アタシがどうしてコレを消して欲しいのか、ココアちゃんに話せばいいんでしょ?」

 空はそう言って、自身の手に残る『関係縁』を2人へ視えるように付き出した。そして、それぞれが首肯したことを確認した後、覚えていることを語る。

「アタシ、なんか親が書類出さなかったとかで、小学校も中学校も行かなかったんだよね」

 刹那、心愛が驚愕で目を丸くした。

「しょ、小学校って義務教育ですよ!? 中学校もですけど……学校に行かなかったら、市役所の人とか、先生とか、誰か気付くんじゃ……」

「特にそんなことなかったんだよね。学校なんてテレビの中だけだと思ってたけど、本当にあったんだなーって思ったよ」

 あっけらかんと語る空に、心愛は昨日、政宗から聞いた話を思い出した。


 ――戸籍がないと身分証を持てないとか、社会的な保障が届きづらいとか、いろんな問題はある。

 ――戸籍がない人は自治体も存在を把握していないことも多いから、どこでどう生きていたのか、調べるのにとても時間がかかるんだよね。


 昨日は話を聞いても、正直、よく分からなかったけれど。

 空が本当に、彼女の言葉どおり、学校に通っていなかったのであれば。

 同年代の子どもやその保護者、子ども会や地域の人、教職員など、多くの人と一切関わることなく、とても狭い世界で生きてきたことになる。

 もしかしたら、顔は知られていたかもしれない。

 けれど、『見たことがある』『詳しいことは知らない』という答えだけで、その先にたどり着くのは困難になってしまうだろう。

 空の話を聞きながら、沈痛な面持ちで黙り込んでしまう心愛。一方ユカは、以前、福岡で無戸籍の『遺痕』に対応したときのことを思い返していた。


 約3年前、福岡で『縁故』として仕事をしていたユカは、無戸籍の『遺痕』に残っていた関係縁を切った。その際、書類作成を瑠璃子に手伝ってもらいながら……戸籍がないとどうなってしまうのか、彼女へ質問したことがある。

 瑠璃子は「私も専門家じゃないっちゃけどねー」と前置きをした後、こんな説明をしてくれた。

「戸籍がないってことは、行政や国が、その人の存在を『知らない』ことと同じだと思うっちゃんね。例えば子どもの場合だと、予防接種のお知らせとか、小学校への入学とか、そういう案内が来ない。あと、パスポートも取れんね」


 この話を聞いた時は、書類一枚出すだけなのにどうしてその手間を惜しむのか、と、疑問に思ったけれど。その後、自分なりに調べてみると、知らなかった世界が見えてきた。

 例えば、ある夫婦が離婚後に女性が出産した場合、離婚後の日数によっては、子どもの父親が前夫になってしまうことがあるとのこと。既に再婚していた場合は将来的に厄介なことになってしまうため、出生届の提出をためらうケースがあるらしい。

 空の両親が、どんな判断で書類を出さなかったのかは分からない。もしかしたら秘密裏に自宅出産をして、書類そのものを受け取っていない可能性もある。

 ただ……どんな事情があったとしても、その不都合は全て空のものになってしまう。


「14歳くらい? とにかくその辺の時に、お母さんの知り合いがやってるお店で働いたりしてたんだけど……やっぱ、目立っちゃったみたいで。その後、お母さんが知らない男の人と警察に捕まったから、施設に行くことになったんだ」

 あっけらかんと語る彼女から悲壮感は感じないけれど、施設へ行くまでにはユカや心愛では想像もできないような苦労があったことは分かる。

 そしてユカは、未成年を平然と働かせるような店の情報を、つい最近知ったばかりだったので……何となく浮かんだ嫌な予感を胸の奥へ押し込めつつ、空の話に耳を傾けた。

「施設でおばちゃんと名前を決めたんだけど、アタシ、字が全然書けなかったから。えっと……何だってけ、なんか、字を教えてくれる優しい人の集まり的なのを紹介してもらって、そこに翼君がいたんだ。ほら、アタシってバカでムノーだから、頭のいい翼君は大変だったと思うけど……頑張って、名前を書けるようにしてくれた。神だなって思った」

「そうだったんですか……」

「翼君、優しくてイケメンで、アタシにとっては神みたいな人。文字の練習ってことで、絵付きの手紙もやり取りしてくれたし、アタシが失敗しても怒らなかった。ずっと褒めてくれた。マジで神だった」

 思い出を語る空は、どこまでも楽しそうで。

 心愛は泣きそうになっている自分を制しつつ、オズオズと、空が亡くなったときのことを尋ねる。

「そ、その……川瀬さん、は……」

「空でいいよ。この名前、気に入ってるんだよね」

「分かりました。空さんは……あの、4年前の災害で……」

 心愛の言葉に、空はあっけらかんと頷いた。

「そうなんだよね。施設、海が見えるところにあったから。一瞬でダメになっちゃった。アタシも上に逃げたけど流されちゃって……気付いたらこんな感じ。もっと可愛い服着てればよかったなー。着替えられないのマジで最悪」

「そうですか。えと……それからずっと、施設があった周辺……近くにいたんですか?」

 自分の中で話を整理しながら続きを促す心愛に、空は「えっとねー」と終始明るい声音で、死後の様子を語る。

「なんかめっちゃ自由に動き回れたから、まず、雪がめっちゃあるところに行った」

「雪がめっちゃあるところ!?」

「その後はあったかいところにも行ったよー。海とかめっちゃキレイだった。心愛ちゃんもユカちゃんも絶対行ったほうがいいよ!! どこか分かんないけど!!」

「海がキレイなあったかいところ!?」

 予想外すぎる展開に、心愛は更に目を見開いて……ユカのカーディガンの裾を強く引っ張る。

「ね、ねぇケッカ……『痕』って、そんなに自由に動き回れるものなの?」

「そうやねぇ……個体差が、あるけんが……ほら、川瀬さんってアグレッシブやし……」

「アグレッシブにも程があるわよ!!」

 刹那、心愛の声が非常階段の空間に響き、我に返った彼女が慌てて口をふさぐ。

 そんな心愛を見ていた空は、一瞬、ポカンとした後……声を上げて笑い出した。

「アハハッ!! ココアちゃん、大人しい系かと思ったけど、超元気じゃん!! アタシ、そっちのココアちゃんが超好き。だから、話すときもタメでいいよ」

「えっ!? で、でも……」

「いいじゃん。ユカちゃんにはタメ語なんでしょ? だったらアタシも。ね?」

「わ、分かりま……分かった」

 どこか気恥ずかしそうに頷いた心愛に、ユカは肩をすくめつつ……空を見つめ、話をまとめる。

「要するに川瀬さんは、あの災害で亡くなってから……これまで、全国の色んなところを転々としていたってことですよね。そんな川瀬さんがどうして、今、消えたいと思うようになったんですか?」

 彼女がどんな人生を送ってきたのかは分かった。次はどうして、『消える』ことに対して執着するようになったのか、だ。

 ユカの言葉を受けた空は、急に表情を曇らせた。そして、数秒間の間をおいた後、目を伏せて事情を語る。

「……実は、仙台に戻ってきた時、翼君が怪しいおじさんと話してるのを見ちゃったんだよね」

「怪しいおじさん、ですか?」

「なんか、超ダンディで……なーんかどっかで見たことある気もするんだけど……そのおじさんと、分町のお店で話をしてたの。なんか、150万円あれば、行方不明者を見つけてあげるとか、なんとか」

「っ!?」

 空の言葉に、ユカは思わず目を見開いた。隣にいる心愛も軽く息を呑んだので、彼女もまた、翼に持ちかけられた話の詳細(からくり)を察したのだろう。


 良縁協会も、行方不明者の捜索は得意だ。しかも、成功率が非常に高い。

 やり方は至って単純明快。『関係縁』が残っていれば、それを追えば良い。『関係縁』があればいいので、例えば、空のような『痕』であっても探すことが可能になる。

 まず、相手から依頼をもちかけられた段階で、『関係縁』が残っているかどうかを確認する。そして、残っているのであれば依頼を受けるし、残っていなければ断れば良い。

 これで、成功率はほぼ100%だ。確実に依頼料を回収することが出来る。

 勿論、ボランティアではなく仕事なので、お金はかかるが……4年前から行方不明という事情を考慮しても、1件に対してそんなに高い金額は、聞いたことがなかった。


 ユカが情報を並べ替えて思案している最中、空は、唇をかみしめて言葉を続ける。

「翼君、もしかして、そのお金をあのおじさんに渡して、アタシを探すつもりなのかなって思って。きっと、アタシがフラフラしてるからダメなんだよね。だから……」



 ――150万円で……空を、見つけてくれるんですか?


 あの時、翼が発したこの言葉を聞いた瞬間、咄嗟に叫んでしまった。

 その瞬間、もう一人の男性が、自分を睨んだような気がして。

 その眼差しがあまりにも威圧的だったので、急いで逃げてきてしまったけれど。


「だから……きっとコレを切ったら消えれると思うから」


 この手に残る『糸』があるから、彼はいつまでも、ワタシなんかのことを忘れられないんだということ。

 消さなきゃ。

 早く……この世界から、消えなければ。



「と、ゆーわけで、ユカちゃんやココアちゃんに協力してほしいってわけ」

 人差し指を立ててこう訴える空に、ユカは「なるほど」と納得して、口を挟もうとした心愛を目線で制した。

 もしも、名杙慶次……か、彼の考え方に同調する『縁故』が、翼に対して規格外の金額をふっかけて取引を持ちかけているのであれば、この機会を逃すことは出来ない。

 ここで尻尾を掴みそこねると、相手は再び深い海の中に潜ってしまう、そんな気がする。

「すいません川瀬さん、今の話を聞いて、色んなことが変わりました」

「へ? どゆこと?」

 ユカの言葉に空が目を丸くする。無理もない。そして、ここで不信感を抱かれて協力が取り付けられないのは困る。ユカは頭の中に営業モードの政宗を思い浮かべつつ、彼女が協力してくれるように言葉を選び、文章を組み立てる。

 小難しい言葉はいらない。空に届けるためには、要件をなるだけ単純明快に。

「実は、川瀬さんから聞いた話の中に、あたしの友人を助けられるかもしれないヒントがあったんです。あたしの大切な友達が、今、すっごくすっごくすっごーーーく困っていて、どうやって助ければ良いのか分からなかったんですけど、その……友人を困らせている人と、150万って言ってたおじさんが、同じ人かもしれなくて」

 刹那、空が身を乗り出し、目を剥いてユカを凝視した。

「え!? そうなの!? そんなことある!?」

「あたしも驚いています。だから……その、川瀬さんのお願い事をすぐにかなえられないことは、本当に申し訳ない、ごめんなさいなんですけど……もう少し、もう少しだけ、今のままでいてもらえませんか? 川瀬さんと瀬川さんを繋いでいるその『糸』が切れてしまうと、そのおじさんの悪巧みを追いかけることができなくなってしまうんです。お願いしますっ」

 もしも今、翼と空の『関係縁』が切れてしまったら、相手は空の行方を追えなくなってしまう。

 そうなると、この取引は成立しない。せめてもう少しの間、現状維持でいてほしい。

 頼み込むように両手を合わせるユカに、空は狼狽しつつ問いかける。

「そ、そんなことしなくていいよ!? 詳しいこと、よく、分かんないけど……ユカちゃんの友達がピンチで、助けるために、アタシと翼君のこの『糸』が必要ってこと?」

「そうなんです。大ピンチで困っていたんです。友達の大ピンチを助けたいんですお願いします」

 まくし立てるように懇願するユカに、空はしばし考えた後……。

「友達のピンチならしょうがないね!! アタシなんかでよければ最期に役に立つよ!!」

 こう言ってピースサインを逆さにしてユカへ突きつけた。ユカはこのポーズは若者の間で見たことあるぞと思いつつ、とりあえず、大きな手がかりを掴んだことに安堵する。

「ありがとうございます。あの……明日もまた同じ時間に、ここで話を聞いてもいいですか?」

 政宗や統治にも報告した上で今後のことを伝えたかった。暗に時間が欲しいので明日を提案するユカに、空は浮いたまま頷いて。

「いいよー。アタシ、暇だから」

「本当にありがとうございます。ついでということで……あと1つ、お願いがあるんですけど……」

 そう言ってしれっと要求を続けるユカに、空はドヤ顔で胸を張る。

「分かった!! なんかスパイみたいで面白そう!! もしも見かけたらやってみるねー」


 同日、時刻は間もなく20時になろうかという頃。

 仙台駅のステンドグラス前で、政宗は一人、ある人物を待っていた。

 駅の出入口に近く、3階の天井まで高い吹き抜けになっている広場は、仙台駅における待ち合わせの定番スポットだ。政宗以外にも十数名が誰かを待つようにスマートフォンへ視線を落としたり、周囲を見渡している。そんな人々の前を、仕事終わりの人、これから街中へ繰り出す人など、多くの人が通り過ぎていった。

 そろそろのはず、と、政宗が腕時計に視線を落とした、次の瞬間……。


「――佐藤!!」


 自分より少し低い男声に呼ばれ、顔を上げた。視線の先には、改札を抜けてこちらへ向かってくる、スーツ姿の男性が一人。

 背丈は180センチ前後。清潔感のある短髪と爽やかな風貌は、政宗が知っているあの頃から更に洗練されている気がする。人と関わる仕事をしている賜なのかもしれない。

 政宗は軽く手を上げると、カバンを持ち直して、彼の名前を呼んだ。

「急に呼び出して悪かったな、瀬川。元気そうで何よりだ」

 アグレッシブ空さん。『地縁』は切れているので行動制限はありません。自由自在です。

 そして、ここから瀬川さんと川瀬さんを本格的に間違えそうになっています。ややこしい名字になった理由は、次のエピソードで語られます。

 ちなみに、ユカが文中で回想していた無戸籍の話は、俗に『300日問題』と言われているものです。(https://www.moj.go.jp/MINJI/faq.html)

 8幕を書いている最中、法改正されるかもしれないというニュースを見ました。今後、どうなるか分かりませんが……生まれてくる子どもが不幸にならないようにしてほしいものです。

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