表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/42

エピソード2.5:double booking

 心愛が『仙台支局』で見知らぬ『痕』にビビり散らかしていた17時30分過ぎ、秀麗中学校図書室にて。

 自習・読書用の机に座って作業をしていた阿部倫子(あべみちこ)は、電子辞書の電源を切って、背伸びをした。優しい眼差しと柔らかくてもの応じしない雰囲気が共存しているので、年相応以上に落ち着いた印象を抱く。肩につくくらいの髪の毛は、先程まで耳にかけていたのだが……それが束でふわりと前におちてきた。そろそろ結ばないと、生徒会長としての示しがつかないかもしれない。

 今日は夕食の買い物を頼まれているので、帰宅するために、そろそろ教室へ戻ろうとしていたところだ。手元の()稿()の締め切りは来週だし、そもそも()()()()()()するのも来週以降だ。ただ、英語教師にチェックして欲しいと思っているので、なるだけ早めに動こうと決めていた。

 図書室内には他にも数名の生徒がおり、勉強に勤しんだり、必要な本を探したり、それぞれの目的に対して動いている。

 倫子は自身の荷物をまとめると、カウンターに座っていた司書の教諭に軽く会釈をして部屋を出た。

 窓からうっすらと西日が差し込む廊下には誰もおらず、音楽室の方から吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。グラウンドの方からは野球部かサッカー部と思われる運動部の声。倫子もよく知っている、いつも通りの放課後だ。

 ただ……この静寂も、あと1週間もすれば、活気と焦りに変わるだろう。その理由は……。

 倫子は教室へ向かうために階段を登りながら、ふと、踊り場の掲示板に貼ってあるポスターに視線を向けた。


 『第65回 秀麗中学校文化祭』


 今月下旬の三連休、その土日に開催される、文化祭のポスター。

 倫子にとっては中学最後の文化祭だ。


 準備が本格化するのは、11月の2周目以降。生徒会としての仕事は全体の大まかな統括だ。文化祭の運営は各クラスの代表2名から構成された『文化祭実行委員会』が主に担うため、実務的な忙しさはそこまでではない。生徒会としての活動も意図的に少なくしている。

 ただ、実行委員の補助や運営のフォローなど、何かと協力しなければならないこともあるため、自身のクラスでの活動とうまく調整をしなければならないだろう、と、昨年の経験からちょっとだけ覚悟を決める。

 3年間の集大成として、クラス全員で楽しい思い出を作るために。

 すると、階段を降りてきた人影が、倫子を見つけて声をかけた。

「……あれ、阿部会長も残ってたんだ」

「島田君」

 顔を上げた倫子に近づいてきたのは、同じく3年生の島田勝利(しまだしょうり)だった。短い髪の毛は規定範囲内、好奇心旺盛な瞳が印象的な少年である。最近は少し背が伸びて、体格も良くなっているが、人懐っこい表情と雰囲気は変わらない。そんな彼は行動力の権化のようなところがあり、生徒会とクラスの実行委員を掛け持ちしている唯一の生徒だ。今日も恐らく、先程まで今後の打ち合わせだったのだろう。

 階段を一段とばしで駆け下りてきた勝利は、倫子の方へ近づくと……彼女が持っている本とノートを見つめ、「あぁ」と納得する。

「阿部会長のクラス、アリスの英語劇だっけ。あれ、台本から作るの?」

「台本は既存のものを使うのだけど、私は日本語訳のナレーションを担当することになって、少しでも伝わりやすいようにできないかなって思って」

「アレンジするんだ。すっごいなぁ……」

 勝利が素直に目を丸くすると、倫子は気恥ずかしそうに頷いた。そして、肌寒い時間帯にも関わらず、長袖のカッターシャツを腕まくりしている勝利へを、心配そうな眼差しで見つめる。

「島田君だって、生徒会に実行委員、クラスはダンスでしょう? あと、アウトドア部の野外活動の補助もするって……無理だけはしないでね」

 嬉々として己の役割を語る勝利を見た心愛が、「島田先輩……分身でもするんですか?」と、驚きとも呆れともつかないような声で呟いていたのは、そう遠い過去のことではない。

 彼女の言葉を受けた勝利は、ドヤ顔で己の胸を叩く。

「大丈夫だよ!! 中学校生活最後の文化祭だから、後悔しないように頑張るだけだからね!!」

「生徒会の方は、そこまで忙しくないと思うから。やりたいことを優先してね」

「ありがとう。そういえば森君も、初日はクラス、二日目は部活で忙しそうって名杙さんが言ってたね」

 秀麗中学校の文化祭は、初日がクラス単位での出し物、二日目が部活動単位での出し物を行うようになっている。出し物は共に、体験型も含めた教室展示か、ステージを使ったステージ発表。食品関係の出し物に関してはクラス単位での許可は出されておらず、料理部、アウトドア部のみが教師立ち会いのもので認められている。両日の食べ物はPTAによる出店と、食堂スタッフによるスペシャルメニューだ。

 当日は生徒の家族だけでなく、地域住民の立ち入りも可能になる。多くの人に楽しんでもらうために、一つの目標に向かって切磋琢磨する、独特の一体感。これをここで味わうことが出来るのも最後だと思うと、どうしても、感傷的な気持ちになってしまうけれど。

 でも……だからこそ、成功させたい。出来ることを頑張ろうと倫子も改めて心に誓う。

 そして。

「佐藤さん、見に来てくれるといいわね」

 勝利が尊敬している人物の名前を出すと、その表情に活気が宿る。

「……うん!! きっと来てくれるから、情けないところは見せたくないんだ」

 彼はこう言って、力強く頷いた。この学校で学んだことの集大成を披露する、絶好の機会だ。普段お世話になっている人に、頼もしい姿を見て欲しい。その思いが人一倍強い勝利なので、すべてのことに熱がこもる。

 その後、勝利と別れた倫子は、階段を登りきったところで息を吐き……一度、背筋を正した。

「頑張らないと……!!」

 変に気合を入れすぎて、空回りだけはしたくない。周囲と足並みを揃えつつ、自分に出来ることは最大限に。

 自分にそう言い聞かせて、一歩、踏み出した次の瞬間――


「……え?」


 不意に。

 何か、普段とは違う()()が近づいているような、そんな、言葉にし難い違和感を抱く。


「これ、は……」



 確認したくて周囲を見渡すが――誰も、いない。



 倫子自身、己に自覚のない『素質』があり、そのせいで『遺痕』を学校に集めてしまった過去がある。今はそれに対処してくれた統治や心愛達の協力もあって、特に問題のない日々を過ごしているけれど……文化祭は多くの人が集まる、特別な機会だ。それに向けて既に浮足立っている生徒も多く、校内が高揚感に包まれた状態は、本番当日が終わるまで続くだろう。

 そして、その高揚感の中にいるのは、自分だって同じだ。

 もしもまた……迷惑をかけてしまうことがあれば、自分一人では何も出来ない。

 だからこそ、早めに手をうっておく必要がある。勘違いならそれでいい。だって、何も起こらないのだから。

 倫子は口元を引き締めて教室へ戻ると、手早く荷物をまとめて下校した。そして、正門を抜けてバス停へ向かう道すがら、住宅街の中にある公園へと足を踏み入れる。

 すべり台とブランコ、砂場がある公園内にひとの気配はなく、点灯した街灯が、日中から夜間への移り変わりを示していた。

 倫子はベンチに腰を下ろすと、カバンの中からスマートフォンを取り出す。

 そして、彼にメールを送信してから……宵闇に近づく淡紅色の空を見上げ、心からの願いを呟いた。

「何事もなく、終わりますように」


 統治が倫子からのメールを受信したのは、瑞希を改札前まで送り届け、『仙台支局』へと戻るために歩いている時だった。

「阿部さん……?」

 意外な人物からのメッセージに通知を見た統治は目を丸くして、内容を確認するために通路の隅へ移動した。


『こんにちは。阿部です。私の思い違いかもしれないのですが、今日、学校で、5月に感じたものと同じような……何かが近づいているような、そんな嫌な予感がしました。今、校内は11月の文化祭に向けて、みんなが盛り上がっています。勘違いだったら本当にごめんなさい。心配だったので、お知らせしました。』


「文化祭……そんな時期か」

 文面を確認した統治は、そういえば、パソコン部の手伝いを頼まれていたことを思い出す。

 同時に、自身の記憶を思い返してみた。秀麗中学校の文化祭は、生徒の父兄のみならず、地域の人も自由に出入りが出来る、規模の大きなイベントだ。当然、人の流れは多くなるし、生徒たちのテンションも高くなるだろう。

 そんな、興奮状態の渦の中へ、『痕』や『遺痕』が引き寄せられる可能性は……十分に考えられる。とくにあの学校は、5月に前例があるのだ。

 前回のようなことが再び、多くの人が集まる空間で発生してしまったら……『仙台支局』だけでは対応が難しいかもしれない。ハサミやペーパーナイフを持ってうろついている部外者は、どこからどう見ても怪しいのだから。

「そう考えると……里穂は理にかなっているのか……?」

 ものさしを使って『縁切り』をする彼女が、とても頼もしく思えた。自分も、万が一に備えて、校内で持ち歩いても不審に思われない道具を使えるようになるべきかと本気で思案する。

 まぁ、それはそれとして。

「とにかく……」

 統治は軽く頭を振って、意識を切り替えた。

 倫子や勝利のような3年生にとっては、中学生活最後の大きなイベントだ。当然、心愛も生徒会の一員として、クラスの一員として、頑張ることに違いはない。

 心愛からは特に、誘われたりもしていないけれど……舞台なり教室展示なり、何かしらの取り組みは行うはずだ。そんな学生達の頑張りが水の泡になるような、そんな事態は避けたいと強く思う。

「対策を考えた方がいいだろうな」

 統治は倫子へメッセージに対する謝辞を送信すると、『仙台支局』へ向けて、再び歩き出す。

 それにしても、今年の11月は……やることが、多い。そんなことを考えながら。

■double booking:ダブルブッキング。予定が重なること。11月は大変だ!!


 中学校の文化祭って、飲食の出店は出ないよなぁ……と、思って、こんなことになりました。私立中学校なので規模も大きいです。

 『エンコサイヨウ』は社会人がメインキャラなので、学校関係のイベントは本当に珍しい!!(本編でガッツリ扱うのは初めてでは?)ある程度ちゃんと書きますので、来るべき更新をお待ちくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ