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太宰府あやかし専用ごはん処  作者: 月原 裕
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9. 桃源郷

 手首を掴まれると、彼の形のいい唇にほんの少し触れるようなキス。

 キスをしたのは、唇ではなくて、手首の方なのにどうして胸が痛くなるのだろう。

 

「不本意ですよね。でも、マーキングしておかないと大変なことになりますから」

「ま、まーきんぐ……」


 そうだ。これは婚約者からのキスではないから、胸が痛い。

 プレリードッグは、キスで家族なのかどうかがわかるという。

 キスをしてハグをして家族を大事にする。

 メスが他のオスとキスをしていたら、そのオスを追い払う。

 私ももうマーキングされたから、彼が婚約者を追い払ってくれたらいいのにと願わずにはいられない。

 そのまま手を繋いで歩いて行く。

 梅が咲き誇っている。お茶屋さんが立ち並び、梅があちこちに植えてあり、美しい花を咲かせている。ピンク、白、紅色のとりどりの花びら。

 ここはまるで桃源郷のようだった。

 別世界の風景にため息がこぼれる。


「とても美しいですよね」

「はい。まるで桃源郷のようで惹きこまれてしまいます」


 彼と手を繋いでいるからなのか、ふわふわとした足取りで夢の中を歩いている気になる。

 白色のひときわ大きな梅の花の前に来たとき、彼の足がぴたっと止まった。

 梅の枝葉、花びらすべてを目に焼き付けるようにして見ている。

 まるでずっとこの花をみていなかったみたいに目を細める。

 思い出の花なんだろうな。私の知らない彼の横顔。


「ありがとうございました。堪能できました」


 そう言いながらも名残惜しそうに佇んでいる。

 梅の花は今の季節にしか、花開かない。一年に一回、この少し寒い季節にしか見れない貴重な風景。それに如月である彼とこの季節にこの場所を歩くのは、最後かもしれない。

 彼との絆は、婚約者というまだ見ぬ人と繋がっている。

 これから先は婚約者を通してしか会えない。

 彼に会いたい一心で、婚約をするのも間違っている。

 胸が痛みだすのを気がつかないフリをした。

 昔からフリをするのは、得意な方だ。


「どうしました? 何か辛いことがありましたか?」


 繋がれていた手から何か伝わってしまったのか、どうして気づかれてしまったのかわからない。


「いいえ」


 口角を無理やりに上げて笑顔を作る。引きつっていないだろうか。

 誰も心配しないように身につけた護身術だった。

 それよりも一分一秒でも笑顔でいたい。

 彼の胸に届かないかもしれないが、梅の花を見たら、ほんの少し思い出してほしい。

 一度だけ通ったことのあるこの道と一緒に私のことを覚えていてくれたらうれしい。

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