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太宰府あやかし専用ごはん処  作者: 月原 裕
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7. 願い事

 拝殿の横の戸を抜けるとひょうたんがたくさん下がっている。

 その後ろには池が広がっている。 

 不思議な光景に足を止める。

 絵馬がかかっている風景はよく目にするが、ひょうたんは初めて見た。


「ひょうたん……」

「何か書いていかれますか?」


 聞かれたが、何も答えることができない。

 看板に書かれていたのは『厄除け』『願い事』の二つ。

 二つとも潰えた今、何を願うのだろう。

 ずっとあの懐かしの我が家とも呼ぶべき場所は失ってしまった。

 叔父が今頃、売る算段をしている。

 百年の歴史があると言われていた八朔家もこれで終わりを告げる。

 裏に広がる畑も山も何もなくなってしまった。

 家財道具は持っていくのを拒まれた。レトロな物が高く売れる時代、年代物が揃った家は珍しい。すべて祖母が手入れをして、使っていたから状態がいい。箪笥も割れがなく、いい状態だった。

 私の手に残る物は、この着物を仕立て直したワンピースだけがひとつ残った。

 鞄には、一式の着替え以外何も入っていない。

 電話をしたときに今日の日付を指定され、婚約者の家に招待された。

 婚約者というのは、間違いであってほしい。婚約が本当ならば、祖母の決めたであろう取り決めを破棄するという義務が発生する。

 今日は少しお邪魔をして、すぐにお暇する予定だ。

 不動産業者との約束の時間が迫っている。


「いいえ」


 視界が揺らめいた。

 抱きしめられて、やっとで自分が泣いていること、涙がこぼれていることを知った。

 

「大丈夫ですよ」


 安心させるためなのか抱きしめる腕は優しく感じる。

 今だけ少しだけ、この腕に甘えてもいいのかな。

 腕を彼の背中に回すと、痩せていると思っていたのにがっちりとした筋肉が感じられた。

 誰かに抱きしめてもらうと安心するということを知る。

 最後に祖母を抱きしめてあげられたらよかった。

 後悔が渦巻いている。ずっと手を握ってはいたが、それでよかったのかどうかはもう聞くすべがない。

 清涼感のある梅の香り、知っている香りがして落ち着く。


「手紙と一緒の香り……」


 顔を見ると、彼は一瞬目を伏せて、ゆっくりと瞼を開くと何か言いたくないことを言うように口を開いて閉じた。意を決して、口を開く。


「すみません。あの手紙は私が書きました」


 胸が跳ねる。

 婚約者からの手紙を彼が書いたということは、如月という目の前の青年が婚約者ということにならないだろうか。

 自分が何に期待しているのかを知る。

 彼が婚約者であって欲しいとずっと願っていたことに気がついた。


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