5. お参りの後
手水舎でお清めをする。
大きな鳥居をくぐった瞬間から、何かの小さな儀式が始まっているような感じがする。
手をつないで歩く恋人たち、仲間同士で笑い合いながら行く人々、小さな子どもを連れた家族、たくさんの人々が歩いていく方向は、同じなのにこの場所に戻れないような不思議な感覚がする。
長い長い列の後ろに並びながら、お賽銭を用意する。
二礼二拍一礼をして、隣を見ると笑顔で返された。
切れ長の瞳、今は優しい弧を描いているが、怒ると迫力がありそうだ。
「おみくじなんて、どうでしょうか? どちらが良い運勢か見てみませんか?」
「是非」
太宰府天満宮のおみくじは月ごとに色が変化する。
今月の色は白色、清廉潔白な美しい色は何かを思い出させる。
「梅の色ですね」
「この白は雪ではなく梅ですか」
「地方が変われば、雪になるのかもしれませんね」
この地方には、あまり雪は降らない。何年かに一回、雪を降らせるのを忘れていました。そう言いたげに雪は降る。そのときの白は、何にも代えがたいほどに貴重なものになる。
雪が降ると、この地方ではありえないほどの寒さに凍えて過ごさなくてはいけない。交通は麻痺してしまい、どこにも出る予定がない限りは家の中で過ごす。
外を見ていると静かな世界が広がっている。世界の中に自分だけが取り残されてしまったような隔絶感、そのときの白は自分だけに用意されたもののような気さえしてくる。
「綺麗な色」
太陽にかざすと白は何色にも変化するような気がする。
「あなたのような色ですね」
「どういう意味ですか?」
「何色にも見えるし、何色にもならない」
謎かけのような言葉に首をかしげる。
百円を支払い、ボックスの中からおみくじをひとつ選ぶ。
今年初めての運勢を占うとき、このときはいつもドキドキするが、開いてみると『吉』か『小吉』が多い。
東風吹かば匂ひ おこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ
菅原道真公の短歌が目に飛び込んできた。
国語の授業のときにこの歌を知ったときに切なくなったのを覚えている。
『大吉』の文字に何とも言えぬ気持ちになる。
「どうでしたか?」
「大吉でした! 人生で初めてです」
「如月さんはどうでしたか?」
「どうだったでしょう。忘れました」
そう言いながら、細く折りたたまれておみくじを下げる高い位置に括り付けられた。
高い位置ということは、相当悪かったとみていい。
「私は神に嫌われていますからね」
意味深な言葉に小さな声で聞いてみる。
「許されないほどのことをしてしまったのですか?」
「許されないことをしてしまいました。もう過去ですが、戻りたくても戻れない。やり直しをしたくても彼女はもういないのですから」
恋人が亡くなったのか、誤りたくても目の前にいなくては許してもらいようにも許してもらえない。
眉根を寄せ、黙祷をするかのように目を閉じている。
彼にとって、大きな存在の人だったのが伺い知れる。