15. まゆら亭
「ああ、そうだった! お茶屋さんの予約もキャンセルしなきゃいけなかった! セッティングばっちりだったのにぃいい」
「あの何かすみません。セッティングまでして頂いていたのに」
「いいのよ。美弥ちゃんが悪いわけじゃないわ。政宗がすべて悪いのよ。帰ってきたらボコボコにしてやる!」
何をボコボコにか聞いてみたいが、聞かないことにした。
光江さんがファイティングポーズを取っているから、容易に想像がついた。
「今からのキャンセルは全額負担になるわ」
光江さんは、長い長いため息の後にこちらを振り向くと、如月さん、私の順にせわしなく目が交互に動くのを見た。
「そうだ。美弥ちゃん、どうせなら、如月と行って来なさいよ。キャンセルしてももったいないし、まゆら亭はご飯が美味しいのよ」
「あの有名なまゆら亭ですか!」
如月さんの声がワントーン明るくなるのを感じた。
なかなか行けないのか予約が取れないのかわからないが、彼が行きたがっている感じを受けた。
「政宗でなくて申し訳ありませんが、せっかくのお申し出なので行きましょうか」
「はい」
如月さんが腕を差し出す。その腕に手を通して、自然なカップルにみえるか不安になりながら歩く。
まゆら亭につくと、お茶屋さんと呼ぶには大きく、料亭のような雰囲気のお店だった。
個室が用意されていて、そこに案内された。
座敷の奥まった場所に横断幕が貼られている。
ご結婚おめでとうございます!
何の手違いだろう。心臓が必要以上に脈打っている気がする。
婚約者様と一緒でなくてよかった。
すぐに結婚させられそうな勢いに怖くなる。
「結婚って早いですよね」
「結婚は勢いが大事だと言いますが……当人の気持ちが合ってのこと。でも住む家もなくしてしまったあなたには、ちょうどいいお話だったのではないでしょうか?」
「ひとりで生きていこうと思っていました」
「たったひとりでどうやって?」
まさかそんな風に言われるとは思っていなかった。
彼の口から出た言葉にショックを受ける。
「美弥さんのおばあ様が婚約を勝手に決められたのにも訳があります。おばあ様は、あなたひとりを置いて旅立つことを気にしておられました。この家を美弥さんにお渡ししたいが自分にも息子がひとりいる。どうしたものかと迷われていました。そこで婚約のことをお話しすると、しばらく美弥の拠り所になって頂けたらと言っておられました」
「拠り所……」
「天涯孤独なあなたがひとりでこの世を渡っていくのには厳しいとお考えの様子でした」
「夏屋敷家とは何なのでしょうか?」
「あなたを勝手にここに連れ去ったことについては、申し訳なく思っています」
答える気はないのか、問いと答えがかみ合っていない。
「本日はまゆら亭を御贔屓にして頂きまして、ありがとうございます。店主のまゆらと申します」
真っ青な唇に白い着物、ここの人たちってコスプレがすごく好きな人たちなのかなと疑ってしまうくらいの日常にきれいにハマっている。




