14. 政宗
「悪いっ、ごめんな。ちょっと急いでて」
出会い頭にぶつかってしまった感じで、倒れている私を助け起こしてくれた。
助け起こしてくれた後に服についた汚れを払ってくれる。
「ありがとうございます……」
「こちらこそごめん」
瞳の色が赤褐色だ。明るい空の下では、赤色に見えそうだ。赤い瞳はさっき見た如月と同じ色だと気がつくのにそんなに時間はかからなかった。真っ白な着物に高下駄、変わった服装をしている。黒い翼があったら、その様子はまるで天狗のようだ。
「政宗、よかった。ちょうどあなたの家に行こうと思っていました」
如月が声をかけるが、政宗はさっさと行ってしまう。
「今、立て込んでて悪い! ちょっと迎えに行ってくる」
それに悪いと思ったのか振り返って、片手でごめんというように手を挙げて走っていってしまった。高下駄というのは、履いていても速く走れるのだということを知る。
え? あなたの家に行こうと思っていましたということは、政宗と呼ばれたあの人が婚約者ではないかと思うが、走っていく後姿を見送るしかなかった。
「政宗! 政宗!」
すれ違いに彼を追ってくる声が聞こえた。
「如月、ちょうどよかった。政宗、知らない?」
着物姿の和装美人が息を切らせながら走ってきた。長い髪をひとつに三つ編みしている。真っ白なアイシャドウ、唇は紫色の口紅、紫色の着物にチョウチョの模様が入っている。
「立て込んでると言って走っていきましたが……」
如月の指す方向にもう政宗の姿はなかった。
「逃がしたか! 今日は婚約者が来る日だというのに!」
美人は怒っていても迫力がある。
やっぱりさっきの政宗と呼ばれていた人が婚約者だった。すれ違いになってしまったということは、長くなりそうだった。今日中に不動産会社に行けそうにない。
携帯電話を開くと県外になっている。電話するのもできないとなると約束を反故にしてしまうことになる。次回行ったとしても物件を斡旋してくれるかどうか怪しくなってきた。
「政宗の婚約者で、夏屋敷家のお嬢様、美弥さんです」
「ええ? もう来ちゃったの? あの子、出ていってしまったのよ。結界の外へ、どうしよう」
一度は落ち込んだようにして、俯き加減だったが、がばっと顔を上げる。
「政宗の姉、光江です」
「美弥です。よろしくお願いします」
イヤまってよろしく言ってどうするの!
「ごめんなさい。今日は婚約をお断りしようと思いまして、こちらの方までお伺いしました。祖母が勝手に結んだようですが、私は聞いたことがなくて困っております」
「美弥ちゃん、結ばれた縁はなかなか切れないものなのよ。如月、ちょっと来て。話があるの」
そう言って、彼と二人、こちらを何度か振り返りながら話をしている。
「それはちょっと困りましたね。政宗あきらめていなかったのですか?」
「あきらめていなかったのよ。だから迎えに行ってしまったの」
漏れて聞こえてくる単語をひとつひとつ繋げながら聞いている。
誰を迎えに行ってしまったのか。私でないことは確かだ。
婚約者を迎えに行って、私だと知らずにすれ違ってしまったのか。
「美弥ちゃん、今日はもう遅いから泊まって行ってね。明日になったら、政宗も帰ってくると思うから」
「え? そんなご迷惑をおかけする訳にはいかないです」
「いいのよ。迷惑をかけているのは、うちの方だから、ね?」
今日、家を出てきて、今日中に不動産会社に行けないとなると渡りに船かもしれない。
「美弥さん、今日不動産会社と契約書を結ぶというのは不可能ですよ。すぐに家に入れるわけではないですよ。不動産会社も部屋のクリーニングなどをして引き渡しとなるので、今日中というのは難しい。だから、ここに泊まっていってください」
不動産会社のことを口にしたかな? という疑問が頭に浮かんだが、どこかで話してしまったのだろう。
「わかりました。御厄介になります」
「こちらこそ、ありがとう」
どこで売っている口紅なのか、ほのかにローズレッドに色が変わった気がした。




