13. 傍観者であるはずの当事者
少し怖くなってしまい、身を小さくする。
婚約者に会ってさよならを伝える。
それだけのことなのにどうして胸がこんなに高鳴るのだろう。
「おまえ、本当に行きたいのか?」
頭の中で声がする。
目を開けても真っ暗で何も見えない。
無重力の空間を飛んでいるような浮遊感がある。
「行きたい。行って伝えたいことがあるの」
唇がその言葉を紡いでいるはずなのに声に出して言っていないような違和感を感じる。
「行きたい。それはおまえが望んだことだな。隣の奴にそそのかされていないのか?」
「え? 如月さんに、いいえ?」
「ふうん。まあ、そういうことにしておいてやる。ただし、帰るときは大変だということだけ教えておいてやろう」
「帰りが大変?」
「行きはよいよい。帰りは怖いだ」
怖いところには行きたくない。
本能が告げるが、お見合いを断らないと前に進めないのも事実だ。
「怖くなっても大丈夫。どうにかなるでしょ?」
「さすが夏屋敷のお嬢様だ」
くくくっと影は笑う。
「あなたダレ?」
「聞かない方が身のためだ。教えてやらないこともないがどうする?」
「じゃあ、聞かない」
祖母が言っていた。余計なことに身を焦がすことになったら大変だから、傍観というのもひとつの手だと。
「傍観はしてられないんじゃないか?」
「どうして?」
「おまえが当事者だろう」
心を読まれたかのような声に肝が冷える。
手を強く誰かに掴まれた気がして、我に返る。
「大丈夫ですか?」
「如月さん……」
今まで私はどこにいたのだろう?
暗闇の中にいたような気がするのにいつの間に移動したのか、狐の像がたくさん立ち並ぶところに立っていた。
「ここは?」
「あともう少し行くと入口になります」
「入口って? どこの入口ですか?」
「今はあなたの婚約者の家の近くです。あともう少しで着きますよ」
何か言葉の引っ掛かりがあるのに柔らかい笑みに誤魔化されてしまった。
それにしても日本にもこんな風景があったのかというほどに狐の像が続いている。
頭の奥で、どこかで見た風景だと言っているのにその信号を無視して歩き出す。
蝉時雨、木々の若葉が美しい。
いつの間にか汗だくで歩いている自分がいて、季節が反転していることに気が付く。
「如月さん、ここって……」
どこという言葉が続かなかった。誰かが勢いよくぶつかってきて、尻もちをついてしまう。




