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太宰府あやかし専用ごはん処  作者: 月原 裕
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1. 婚約者

 電車に乗りながら思ったことは、なぜこんなことになったのかということ。

 海の見える町からいきなりの引っ越し。

 電車から流れる景色を眺めながら、自分の心を落ち着けようと考えていた。


「婚約者ってどういうことなんだろう。何かの間違いだったらいいけど」


「一度いらしてください」

 その言葉を残して、その人は去っていった。



 その男性がやってきたのは、夕暮れ時だった。

 黒ずくめのスーツを着ていたので、祖母の弔問客だとわかった。

 事前連絡はなかったが、座敷の間にお通ししてお茶を淹れる。

 その男性は、お焼香を済ませると深々とお辞儀をする。


「急に申し訳ありません。これをお渡ししたくてお伺いしました」


 懐から手紙を出すと私の前に差し出した。

 手紙を受け取るとほんのりと梅の香りがした。


「夏屋敷家のお嬢様、美弥様」


 深々とお辞儀をすると居住まいを正し、背筋はそんなに伸びるものかと感心した。

 短髪の髪の所々に金髪のような毛が見え隠れしている。


「夏屋敷家とは何でしょう。うちの苗字は八朔ですが?」

「夏屋敷家にふさわしい苗字です。おばあ様から何も聞かれていないでしょうか」


 古い日本家屋の家、大きな家に祖母と二人で暮らしていた。

 夏屋敷家とは初めて聞く。


「何も聞いておりません」

「婚約者がいるということも?」

「婚約者? 何の話でしょう?」


 ストーブを点けているはずなのにあちこちから隙間風が入ってくるような寒さを一瞬感じた。

 家同士で決められたものなのか? 勘違いであってほしいと切に願わずにはいられなかった。

 見も知らぬ相手との結婚など考えられない。

 一瞬自分が大正時代にトリップしたのかと思いたくなるほどの時代錯誤だ。


「その手紙は婚約者の方からです。どうぞ一度いらしてください」


 また深々とお辞儀をし、立ち上がる。

 背が高い人だと改めて感じた。

 父も背が高い人だったが、それ以上に百八十センチよりも高い気がする。

 また玄関でお辞儀をすると黒色の車に乗って去っていった。


「婚約者の方ということは、あの人は婚約者様の使者であるということか」


 祖母からは何も言われていない。

 家の中に入ると急に家が大きく感じる。

 祖母のお葬式が終わると同時に叔父から話があると言われた。

 その言葉を思い出してしまった。


「この家を売りたいと思っている。だから出ていってほしい」


 叔父の言葉は、実の姪に伝えるにしては直情的で呑み込むのに時間がかかった。

 祖母が倒れてから何度電話しても仕事が終わらないの一点張りで一度も病院に来なかった。

 でも、この人はたったひとりの叔父なのだ。

 血のつながりのある人は、みんな私を置いて逝ってしまった。


 つながりが何もなくなってしまったような感じがして、心許ないときにもらった手紙。

 それは最後の祖母の贈り物のような気がして、彼に会ってみたいと思わずにはいられなかった。

 手紙を開けると清涼感のある梅の香りがさらに強く部屋に広がる。

 お香を焚きしめたような雅やかな上品な香り。

 その香りは不思議と嫌ではなかった。



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