5.7.崩壊した港
港に近づくにつれ、焦げ臭い匂いが漂ってくる。
木材が燃えたような匂いと潮の臭いも相まってなんだか気持ちが悪い。
御者を務めているレミは何度か咳き込みながら遠くを見る。
すると、建物が盛大に燃えていた。
それは山にも燃え移っており、山火事も発生しているようだ。
ここにある港町は交易が盛んで物資が多く届く場所だ。
交易の生命線とも呼べる港町がここまで破壊されているとは思わず、その原因を探すために立ち上がってさらに周囲を確認する。
建物は壊され、燃やされて炭になっていた。
櫓や塀などが散見されるが、櫓は倒壊して瓦礫を周囲にぶちまけており、レンガや石造りの建物も崩壊している。
貿易船もいくつか沈没しており、辛うじて残っているのは小さな船だけだ。
それも帆が完全に燃えてしまっているので動くことはできなさそうだった。
街の所々に黒いごつごつした石が転がっており、それが建物を破壊したのだということが分かる。
それが大量に港町に広がっていた。
匂いが気になって顔を出したテールは、周囲の様子を見て目を見開いて驚いた。
今も尚燃えている森や建物を見るに、つい最近こうなってしまったということが分かる。
「……ひどいわね……」
「レミさん、これは一体……」
「分からないわ。とにかく町の人たちに話を聞いてみましょう」
「ここって教会あるんですよね……?」
「この状況から察するに、もう無いわね」
レミの言う通り、白い石材で作られた教会の破片が遠くに転がっている。
転々と転がっている石材を目で追って行けば、大きな教会が完全に倒壊して黒い石に覆われていた。
あの石がぶつかって押し倒したのだろう。
近くには中にあったであろう像の手が落ちていた。
これでは神様と話をする事はできそうにない。
そもそもこんな状況では祈りを捧げるような時間はなさそうだが。
しばらく馬車を進ませたあと、港町の現状を聞くため馬車を降りて散策する。
住民のほとんどは逃げてしまっているようで、人の気配は少なかった。
それでも港町で犠牲となった人々を集めて火葬している数名の人物を発見することができた。
馬車から降りたテールとメル、レミは彼らに何が起こったのかを聞くために近づく。
彼らはひどく疲れた表情をしており、作業をするのも億劫そうだった。
「すいません、一体何があったんですか?」
「……ああ、よそ者か……。悪魔だよ、悪魔……。悪魔が来たんだ」
「悪魔?」
「恐ろしかった……」
住民たちはその姿を思い出してカタカタと震えていた。
思い出すだけでここまで怯えているということは、相手は相当恐ろしい人物だったのだろう。
彼らは気を紛らわそうとしてまた作業に戻るが、震えからか上手くいかないことの方が多かった。
ずいぶんトラウマになってしまっているようだ。
「すいません、どんな人だったか教えていただいていいですか?」
「……見たことのない格好をしていた。武器も知らない、つけている防具も初めて見る物だった。ただ、眼帯をしていて……もう片方の目は真っ赤で暗闇の中で強く光っていたな……」
「ありがとうございます」
震えながら教えてくれた男性に感謝の意を述べた後、レミは彼らから離れる様に二人に促した。
少し離れて誰も近くにいないことを確認した後、腕を組んでため息を吐いた。
「里川ね」
「そうなんですか?」
「ええ。あの人たちは武器も防具も初めて見たって言ってた。侍は大体普通とは違う格好をしているから分かるわ」
「……あの、レミさん。もし里川って人がここを襲ったのであれば……まだ近くに……」
「いる可能性は高い」
メルの言葉にレミは頷く。
どういう目的があってここを襲ったのかは大体予想が付く。
テールたちを逃がさないためだ。
であれば彼はまだここに息を潜めて隠れている可能性が非常に高かった。
もし自分たちが来るのを見ているのであれば、いつ襲ってきてもおかしくはない。
「善さんの所に戻るわよ」
「はい」
「……ね、ねぇ。テール」
「どうしたの?」
「なんか熱くない?」
言われてみれば、確かに周囲の温度が上がっている気がする。
レミもそれにようやく気付いたようで、魔法袋から武器を取り出して構えた。
戦闘態勢に入ったレミを見て、メルも武器を構える。
明らかにピリピリとした空気が流れ始めた。
ずももっ。
地面の一部が盛り上がり、そこからどろりとした赤い粘液質の塊が零れ出る。
溶岩だ。
地面をゆっくりと流れていき、既に炭と化している木材を更に燃やしてしまう。
至る所から溶岩がどんどん噴き出してきて、先ほど会話した住民たちの悲鳴が聞こえてくる。
ずちゃり、ずちゃり。
一際大きく盛り上がった土の中から、大量の溶岩が流れ出た。
その中から、人間の腕が生えて盛り上がった土に手を置いて体を持ち上げる。
ボロボロになった刀が現れた後、手拭いを頭に巻いたひどく恐ろしい顔をした男が現れる。
はだけた和服は既にぼろきれのようだが溶岩で溶けてはいない。
赤く光る隻眼は不気味で、一目見ただけでも震え上がりそうだ。
完全に地面から這い出した男は、溶岩を飛び散らせながら地面に足を着けた。
眼帯の隙間から青い煙が出ており、それが風に乗って消えていく。
「……ぐぬあっはっはっは……! 見つけたぞぉ……藤雪万……!!」
「!? ま、槙田さんと同じ圧……!」
「「え?」」
「二人とも逃げて!!」
「逃がさん!!!!」
ズパァンッ!!
男が大きく踏み込んだ瞬間、溶岩が吹き上がる。
津波の様に襲い掛かってくるそれに手を向けたレミが魔法と唱えた。
「止まれ!」
その瞬間、溶岩の動きが完全に停止した。
眉を顰めた男はもう一度足を踏み込んで溶岩を動かそうとするが、微動だにしない。
だが再び呼び出した溶岩には魔法が適用されていないらしく、にやりと笑って退路を防いだ。
急激に冷やされた溶岩は固まって壁となる。
周囲を完全に囲まれた三人は退路を失い、彼との戦いを強制させられた。
ようやく戦う盤面が整ったと不敵に笑う男は、両手で刀を握ってゆっくりと歩いて来る。
近づいてくるたびに温度が上がり、歩いた後には溶岩が吹き上がった。
「里川器……うぬらの魂を我が灼灼岩金にて斬り捨てる者なり!」




