5.6.朝の訓練
朝食を取った後、レミとメルは少し離れたところで構えあっていた。
今日から訓練開始だ。
目もばっちり覚め、魔法によって体力も完全に回復したメルは体の軽さに驚きながらも警戒を緩めない。
レミが持っているのは薙刀だ。
背筋を伸ばして垂直に立てている薙刀を体に引き寄せており、刃を足元に置いている。
これが彼女の基本姿勢のようだ。
初めて見る武器、初めて見る構えにどうやって攻めたものかと考えていると、レミが声をかけてきた。
「私の武器は本物だから、怪我しないように気をつけてね」
「ど、努力します」
「まぁ何かあっても治すから」
「すっごく不安なんですけど!」
「それじゃあ行くわよー」
レミがタンッと軽く踏み込んだ瞬間、下から掬い上げる様にして刃が迫ってきた。
地面すれすれを走ってくるそれを見切って躱し、今度はこちらが反撃しようと武器を握り込む。
だがその瞬間、既に第二撃目がこちらに迫ってきていた。
「ほえ!?」
咄嗟に剣を身に寄せてその攻撃を受け止める。
再び下段から襲い掛かってきた強烈な一撃はメルの手を痺れさせた。
レミは基本姿勢から振り上げた薙刀を躱された後、すぐに半歩身を引きながら薙刀を回して同じ方向から攻撃を繰り出したのだ。
しかし受け止められるとは思っておらず、一瞬だけ眉を動かした。
「仕切り直し」
スッと薙刀を引き寄せて担ぎ上げる様に上段からの攻撃に移る。
石突付近を思いっきり握り込み、武器による重さを最大限に乗せた攻撃がメルに迫った。
手のしびれもあって次の攻撃を受け止めることは困難だと感じたメルは、すぐに横に移動して回避する。
だが今度は反撃に移らない。
レミの攻撃方法と体の使い方を見るために回避だけに専念した。
すると彼女は大きく振り抜いた薙刀を手首でぐるりと回し、軌道を変える。
早い速度で再び振り上げられた刃が右斜め上から風を斬りながら迫ってきた。
遠心力の乗り切った攻撃。
薙刀という長物の特性と、先端についている少し厚めの刃からなる重い一撃は、防具を付けている人物でも相当な衝撃が加わるはずである。
これを受けるのは困難。
立ち向かうのであれば受け流して懐に入り込むしかない。
長物の弱点は懐に潜り込むことだ。
それくらいならメルでもできるし、これくらいできなければ彼女に勝つことは絶対にできない。
未だに痺れている手で武器を握りながら、もう一度だけ攻撃を避ける。
刃が自分の前を通り過ぎたが、案の定もう一度手首で回してこちらに攻撃を繰り出してきた。
ここだと思って踏み込んだ瞬間、薙刀の軌道が変わった。
「下!!?」
「正解」
頭上で天に伸びる様にして立ち上がった薙刀を身に引き、残っていた右手で柄の中心を持つ。
回転の勢いを殺さずに刃を下段へと降ろし、てこの原理で勢いを更に乗せた。
ギャヂンッ!!
ぎりぎりで反応したメルだったが、剣を押し込まれて吹き飛ばされてしまう。
あまりの衝撃に剣を手放してしまった。
そのあとすぐにレミが詰めてきて、切っ先を向けられ勝負は終わってしまった。
一度も攻撃できなかった。
これが全員の中で一番弱い人物であるとは到底思えない。
追いつけそうにない高みが、今目の前にある。
同じ場所に辿り着けるのだろうかと思っていると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
「ん~~! 良いわねやっぱり!」
「わわっ!?」
「善さんの言う通り本当に私の動きに反応出来ましたねー! メルちゃんやっぱり才能あるよーしよしよし!」
「うぇ? わわわわ」
負けたのにこんなに褒められるとは思っておらず混乱してしまうが、それよりも撫でる速度が半端なく早い。
一秒も経たずにメルの頭はぼさぼさだ。
それに加えて力が強いので引き離すこともできなかった。
「レミ。その辺にしておけ」
「あ、そうですね。ごめんねメルちゃん」
「い、いえ……」
「でもこれなら、里川って人が来ても少しくらいなら何とかなるのでは?」
「女子にも容赦ない男だ。期待せぬ方がよい」
「もー、もうちょっと褒めればいいのにー。ねーメルちゃん」
「はは……」
レミは褒めて人を伸ばしたいらしい。
その割には戦っている最中の表情は険しかったが、それとこれとは別なのだろう。
メルはとりあえず立ち上がり、転がってしまった剣を拾った。
刃を見てみると、レミの攻撃を受けても刃こぼれはしていない。
凄い剣だなと思ってレミの薙刀を見てみると、そっちの方が刃こぼれを起こしていた。
厚めの刃であるのに刃が目に見えて欠けているので少し驚いた。
「さすがテール……!」
実力では負けていても、剣の質ではこちらの方が勝っているようだ。
これもテールが研いでくれたおかげだなと納得しながら、剣を収めた。
「では、出発しよう」
「そうですね」
「あ、あれ……。まだ私やれますけど……」
「だーめ。移動に時間もかかるし、特訓は朝と夜のみ。お昼は他の修行ね」
「分かりました」
確かに移動には時間がかかるし、ここでずっと訓練しているわけにはいかないだろう。
既に出発の準備は整っているので、馬車に乗り込んで移動を開始する。
向かう先は港。
そこから船に乗り、アテーゲ王国に向かうという算段だ。
だがアテーゲ王国という場所はあまりよく知らない。
なので隣にいたテールに聞いてみた。
「アテーゲ王国ってどんなところかな?」
「え、ああ……。そういえば知らないね。王国っていうくらいだから結構大きいんじゃないかな?」
「船で行けるってことは大きな港がある?」
「そうかも」
「楽しみだねー!」
本格的な長旅。
行く先の想像も膨らむというものだ。
実際に木幕たちはアテーゲ王国のことを知っているが、二人の会話に水を差すということはしないらしい。
変わりに、会話を聞いて楽しそうにしていたようだった。




