5.4.裏切られた落ち武者
木幕は聞いたことのある名前に反応した。
何百年経っても忘れることのない男の名前。
他の魂たちの昔話からも、その人物は挙げられて己の自慢話の種にされていたものだ。
だからこそ、今一度問う。
「テール、お主は今……“里川”と申したか?」
「え、あ……はい」
「名は“器”ではないか?」
「そう、です。里川器って聞きました」
「何奴から」
「藤雪万という人です」
「藤雪……万……」
古い記憶を掘り起こすため、指を頭にとんとんと当てて引き出しを片っ端から開けていく。
思い出せそうで思い出せない歯がゆさをしばらくの間体験したが、ようやくピンときた。
「……藤雪万……。アテーゲ領のナルス・アテーギアが出会ったという侍か……」
「よく覚えていましたね……」
「あの旅を忘れはせぬよ、レミ」
「それもそうですね」
懐かしい記憶を思い出しているのか、二人はしばらくの間黙って思い出に浸っていた。
だが木幕はすぐにその記憶を仕舞い込み、テールに向きなおる。
「テール。藤雪万とはどこで出会った」
「夢の中です」
「ふむ、夢の中の死者といったところか。某と同じだな……。そこで見聞きしたことをすべて教えよ」
「はい」
テールはすぐにレミに話したこととまったく同じことを木幕に説明した。
木幕はレミよりも話の呑み込みが早い。
まるで同じような経験をしてきたかのように。
すべての話を完璧に理解した木幕は、腰に携えていた日本刀を撫でる。
優しくなぞるようにして触られている刀は、とても静かにしていた。
「……迷惑をかける」
「えっ」
「某らと出会ったせいで、お主が危険に晒されている。その里川もお主を殺しに来るのだ。某を殺さぬためにな……」
「ま、まぁ……確かにびっくりしましたけど」
「故にお主のことは全力で守ろう」
「分かりました」
最強と謳われている木幕にこうして言われると、安心感が違う。
本当に心強い存在だ。
逆を言えば彼らから離れられなくなってしまうが、これは仕方ないだろう。
そこでふと、テールは木幕の持っている刀に目がいった。
長年使われ続けている武器は、手に持たなくても声が聞こえる。
この日本刀も数百年は存在し続け、木幕の手によって守られ続けている武器の筈だ。
なので声が聞こえてもいいのだがと思うのだが、今の今まで一切声を聞いていない。
西形の持っていた武器は魂の形を変えて作ったものであったので、声は絶対に聞こえない。
レミの武器も声を聞かなかったし、唯一声を聞くことができたのは辻間の鎖だけだ。
この違いは何なのだろうかと考えていると、木幕が話しかけてきた。
「里川のことを教えておこう」
「知ってるんですか?」
「うむ。奴は、裏切られ続けた侍だ」
「裏切られ続けた?」
木幕がコクリと頷いた。
立っているのもあれだと思い、彼は焚火の前に置いてあった切り株へと腰を下ろす。
正面にある寝転がっている木に座るようテールに促した。
すぐに木に座り、背を正して木幕を見る。
「里川は某の故郷、日ノ本の越後(今の新潟)という場所に居た侍だ。某が覚えている限り、奴は仕える主君に忠誠を尽くしたが、最後には裏切られるという末路を何度も辿った」
「なんでですか?」
「忠実過ぎたのだ」
里川器は、忠誠心の強すぎる男だった。
それだからこそ主君に気に入られ、仕事もそつなくすべて完璧にこなす。
しかし彼は完璧への度合いが人とかけ離れ過ぎていた。
主君が皆殺しだと言えば本当に皆殺しにし、一切の妥協を許さない。
女子供ですら手に掛ける彼の行動は、主君がそう指示を出したのではないかと周りから思われる結果になった。
だから恐れられ、主君は彼を裏切って陥れようとした。
これが三度繰り返されたということは有名な話だ。
城を転々とし、その先で必ず裏切られる。
どれ程にまで忠誠を誓ったとしても彼は捨てられた。
何処も自分を拾ってくれないのであれば、自分が主となればいいと考えた里川は、いつしか賊に落ちて方々を荒らしまわっていた。
「……奴の刀は、怨みの刀だ。憎悪のみで形作られた刀術は恐ろしく、強い」
「可哀そうな人ですね……」
「同情せずともよい。己が招いたことゆえな。自業自得というものだ」
「でも、そんな人が襲ってきたら……」
「案ずる──。……案ずるでない」
言葉が一度途切れた。
その時木幕の首がカクンと傾いたので、恐らく彼の中にいる誰かが声を掛けたのだろう。
しかしそれからも声をかけ続けているのか、何度か頭が動く。
痺れを切らした木幕が、頭を軽く小突いた。
「やかましいぞ槙田。お主はでしゃばるな。……機会があればな」
「なんか……大変そうですね」
「まったくだ。できればこやつはお主と会わせたくはない」
「そうなんですか?」
「……恐ろしい奴だからな」
「ええ……」
そんな人まで彼の中に入るのか、とテールは逆に気になってしまった。
まだ全員と会ったことがあるわけではないので、これから会うのがなんだか楽しみである。
木幕はそれからも中にいる魂たちと会話をしていた。
楽しそうな感じはするが、彼が何をしゃべっているのかまったく分からなくなったので詳しくは分からない。
彼らの話を聞いているとなんだか眠くなってきた。
欠伸をかみ殺していると、レミが手をこちらに向ける。
「見張りは任せてね。眠れ」
糸が切れた様に眠りに落ちたテールを、そっと支えた辻間が抱き上げて馬車の中へと運んだ。
ゆっくりと降ろし、毛布を掛けて戻ってくる。
「レミちゃん、魔法使い過ぎだぜ?」
「これくらいなら大丈夫ですよ」
「自分の腕見て言いやがれってんだまったく……」
特に何の変化もない腕を、レミは上げて見せる。
誰の目から見ても変なところはない。
だが辻間は見えていた。
彼女の周りに集まっている数百という数の亡霊を。




