4.16.Side-ドーレッグ-もぬけの殻
朝日が完全に顔を出し、温かい光がリヴァスプロ王国を照らし始めた。
西の城壁の腕に腰を下ろしてその様子を眺めていたドーレッグは、腰袋に保管していた酒を飲みながら優雅に座っていた。
城壁の上は、あまり人は来ない。
ギルドマスターの彼だからこそ上ることを許されているのだ。
他の人物はそうそう上ってくる事はできないだろう。
しかし隣りで心地よい風を浴びながら、同じ様にリヴァスプロ王国が次第に照らされていく光景を眺め見ている女性がいる。
背に大きな弓を背負っており、身軽な服装で風を浴びていた。
Aランク冒険者の弓使いソレイアは、テールたちを見送ってからドーレッグと同じように高みの見物をしていたのだ。
次第に慌ただしくなっていく商会の連中を見るに、やっとこさ事の重大さに気付き始めたようだ。
森の奥が騒がしい。
だが悲鳴などが聞こえる気配はなく、ただ動揺の声が風に乗ってソレイアの耳に届いていた。
それを聞き逃さまいと、耳に手を当てて声を拾い続けている。
彼女は風魔法で遠くの音を拾うことができる魔法も使うことができるのだ。
なので仙人がいた場所で騒いでいる兵士の声も、しっかりと聞こえていた。
「ん~、どうやら仙人様は上手く逃げ出したみたいね」
「ほぉ。被害ゼロで逃げるとはな……。強行突破していく姿を見たくはあったが……まぁ無駄な死人が出ないというのは良いことだ。仕事が減って助かる」
「どっちに転んでもドーレッグさんが得をするのね……」
「……でもやっぱり、見たかったなぁ……」
ドーレッグは彼らの戦い方を一度として見たことはない。
彼らがこの国を離れてしまった以上、もう二度と見ることは叶わないだろう。
また何処かで武勇伝が流れ渡ってくるのを待つしかない。
それくらいであれば、自分が生きている間にでも聞くことはできるだろう。
仙人たちと会ってから五十二年あまり、ドーレッグは彼らを目指して自らの技術を磨いてきたが、ついぞ届くことはないのだなと理解してしまった時期があった。
なんとも懐かしい記憶だが、その諦めがあったからこそ今はこうして冒険者ギルドマスターの地位に居座っている。
今も尚諦められずにいたのであれば、若手を育て上げることもできなかっただろうし、こうしてレミに最後の仕事を任せられることもなかっただろう。
長くこの地にいたからこそ、商会の動きを把握していた。
これがなければ逃がすどころか気付くことすらできなかったかもしれない。
少し複雑な気持ちではあったが、彼らの役に立てたのであればドーレッグは満足だった。
「はぁ~……。儂もそろそろ引退かねぇ」
「駄目よ」
「なんでぇ」
「この国は大きくなり過ぎた。人も多くなれば冒険者も増える。昔から住んでるドーレッグさんだからこそ集まってくる冒険者たちをまとめ上げられるんだから、隠居するにしても後継者作ってからにしなさいよね」
「ええー……」
なんとも時間がかかりそうな指示に苦笑いした。
これはすでに生涯逃がす気はないなという意図が手に取るようにわかったのだが、彼女の言っていることは最もだ。
これだけ大きくなった国の冒険者たちをまとめ上げられるのは、仙人に実際に会って、実力もあり、信頼の厚いドーレッグしかいない。
彼が頭にいるからこそ、冒険者はついてくるのだ。
そう簡単に職務放棄をしてもらっては困るというもの。
だが、そうなると誰を後継者に選ぶかが問題となってくる。
腕っぷしもあり事務処理などの能力もある逸材など、この辺にはなかなかいないだろう。
そもそも永住する冒険者が少ないのだ。
それに……。
「……仙人がいなくなったことによって、この国は大きく動く。傾くか、それとも基礎を固めるか……。その最中に後継者探し? 無理だろ……」
「ギルドマスターの務めだから頑張って」
「もうお前でいいや」
「ぜっっっっっっっったいに嫌」
「くそ……」
ガシガシと頭を掻きながら、城壁の下を覗いてみる。
すると、ディネットが慌ただしく動き回って状況の把握に努めているようだ。
とんでもなく酷い顔をしているが……何かあったのだろうか。
小奇麗にされていた格好も今では泥だらけで、汚れを払うことにすら注意を向けることができないくらい焦燥している。
その光景が可笑しくて小さく笑った。
他の商会はともかく、ディネットのいる商会は確実に傾きそうだなとひそかに期待しておく。
今まで仙人の名前を使いまくって生計を立てあそこまで大きくなったのだ。
頼りにしていた名前が消えるというのは、大きすぎる損失になるだろう。
何にせよ、変わることが決定しているこのリヴァスプロ王国のギルドマスターの任は、もう暫くやらなければならなさそうだ。
仙人がいなくなったと広まれば、ここに来る冒険者も人の往来も減るだろう。
それでギルドマスターとしての仕事が少しでも減ればいいなと淡い期待も抱いておいた。
手に持っていた酒をすべて飲み干し、空になった酒の入れ物を懐に仕舞う。
ひょいっと立ち上がり、伸びをしてから城壁の階段を降りる。
「よし、じゃあ帰るか~」
「もういいんですか?」
「面白いものが見れたからな。満足満足」
ディネットの顔を思い出しながら、ドーレッグは階段を降りていく。
城壁の中にはいくつかの窓があり、それは外が見れるようになっていた。
降りる前に、とその窓辺に肘を掛けて遠くを眺める。
「達者でな、テール、メル。また今度顔見せろよ」




