4.14.夢の中の死者
シャンッシャンッシャンッシャンッ。
大量の小さな鈴を鳴らすような音が聞こえてくる。
初めは小さくて心地よかった音ではあったが、次第に大きくなって眠りを妨げる騒音となった。
一体どこからそんな音がしているのだろうか、とテールは上体を起こして周囲を見渡す。
するとそこは……真っ暗な空間だった。
「……え?」
真っ暗ではあるが、暗いわけではない。
自分の姿だけはしっかりと見ることができる。
しかし他の場所は壁も、空も、地面も何もかもが黒かった。
不気味な空間だ。
思わず身震いしてしまいそうな悪寒が背中を走り、身を縮こませる。
ここは一体何処なのだろうか。
出口らしき場所は一切なく、ただただ黒い空間が広がっているだけだ。
「め、メルー! 木幕さーん! レミさーん!!」
大きな声を出してみるが、返事はもちろん返ってこない。
それどころか声も反響していないようで、この周囲に壁がないということが分かった。
となるとこれは、あの時見た夢に近い現象なのかもしれない。
王族に献上するために研いだ剣が、夢を見せてくれた時と同じなのだ。
ということは、何かアクションを起こせば剣の声が聞こえてくるかもしれない。
あの剣は助けを求めて、夢を送ってきた。
今回もそうだとしたら今度はその剣を助けられるかもしれない。
そう思うと急に恐怖感が消え去った。
ぐっと身構え、耳を澄ませて先ほどの鈴の音の発生源を探してみる。
恐らく、その方向に剣があるはずだ。
夢に出てくるということは、また剣に酷い加工をされているに違いない。
これを何とかすることができれば、夢から覚めた後助けられる人がいるかもしれない。
シャンッ、シャンッ。
「あっちか!」
音が聞こえた瞬間、テールはその方向に向かって走り出す。
夢と分かってしまえば怖くはないので、物怖じせずにそのまま音の方向へと足を進める。
しばらく走っていくと、一人の男性の後ろ姿が見えた。
彼は大きな杖を持っており、その先端には鈴が多くつけられている。
先ほどまで聞こえてきた音はこれなのだろう。
木幕の着ている服にとても似ている羽織を身に付けており、それは地面に大きく広がっていた。
立ったとしても引きずってしまいそうなほどだ。
だがそれらは不思議なりからでフヨフヨと浮かんでいた。
「多分これは話しかけても返事はしないやつだよね」
「来たか……」
「……え? 声聞こえてます?」
「……ああ」
喉を締め付けられながら絞り出したように出した声が、テールに向けられている。
あの夢とはまったく違う現象。
予想外の展開に驚いた瞬間、目の前にいた男が立ち上がって振り返る。
丈の長い白と赤色の羽織は不思議な力で浮き上がり、地面から離れた。
真っ黒な髪の毛の中に白髪が散見される髪は長く、そのまま投げ出されているが、これも浮いている。
顔が半分以上隠れてしまっていたが、テールの顔をよく見るためかその男は髪をかき上げてひどく痩せている素顔をさらした。
瞳はすべてが黒く、まるで目玉だけをくり抜かれた死体のようだ。
口からは青い煙が常に出ており、息をする度に煙が多く排出されている。
酷く不気味な顔は再び降りてきた髪の毛で隠された。
片手には鈴のついている杖、そして腰には、スゥが持っていた物と同じような日本刀が携えられている。
非常に長く、分厚い。
だが男は腰にかかっているであろう重みを物ともせずに振り返り、その日本刀を優しく撫でていた。
「えぅ、あっ……ぼ、ぼう……亡霊……!?」
「……ではない。我は、魂……」
「木幕さんたちと全然違う!!」
「だろうなぁ……」
立っていては怖がらせると思ったのか、彼は静かにその場に座った。
「話がしたい……」
「えっ」
「重要な話だ……。お主にしか、我は入り込めんかった……」
「と、とと、とりあえず、この、この距離で……お願いします……」
「構わない」
さすがに恐ろしくて仕方ない。
明らかに敵意はないし、危害を加える気はなさそうではあるが、その出で立ちが不気味過ぎて身構えてしまう。
自分の中に入り込んだとか、なんだかよく分からないことを言っているし、警戒しないというのは無理な話だ。
とはいえ、彼はこの空間で出会った初めて意思疎通が取れる人物。
恐ろしくはあったが、話を聞いていて損はないだろう。
なので一定の距離を保ったまま、話を聞くことにした。
「我の名は……藤雪万……。神によって、この世に送られた、木幕たちとは違う侍だ……」
「へ?」
「……? まだ何も聞いておらんのか……。では、教えてやろう……」
藤雪は姿勢を正す。
十二という数字を指で作り、それをテールに見せた。
「木幕が切り伏せた神、ナリデリアは日ノ本よりこの世に侍を呼び入れ、殺し合いをさせ楽しんでいた。我も、木幕も、その内の一人。奴は十二人の侍を殺すことを条件に、願いを叶えると豪語した。だが、十二人目というのは己自身。これに辿り着く者は、酷く少なかった」
「……木幕さんたちはこの世界の人ではない……ってことですか?」
「左様。その神を討つべく、我は神と戦った。我は負けたが、木幕は見事討ち勝ち、侍がこの世に来ることはなくなった……」
立てていた指を仕舞う。
片腕を胸に当て、項垂れる。
「だが、呪いは我らにも掛けられていた」
「また呪い……。木幕さんも、木幕さんたちにかかわった人たちも呪いに掛けられたって聞きましたけど、神様はどうしてそんなことをしたんですか?」
神様だというのに、なぜそんなことを人にするのかが分からない。
実際にナリアというスキルの神様を見ているテールは、その話には現実味がないように思えたのだ。
そもそもなぜそんな呪いをかける必要があったのか。
人一人にそんなことをわざわざするなど思えないし、それはまるで悪魔の所業だ。
しかし藤雪の話は事実であった。
だからこそ、彼は自身を持って次の言葉を口にすることができた。
「……負けたからだ」




