4.10.夜襲
家の中から零れる光が夜の街を照らしている。
大きな国であるからこその賑わいは完全に日が沈んだ後でも持続されており、居酒屋やら夜の店などでは商売が繁盛しているように思えた。
だが光の届いていない場所は多い。
裏路路地はもちろんのこと、賑わいから少し離れれば月明かりのみが頼りとなる通りはいくつもあった。
冒険者ギルドは夜勤の従業員がいるので一日中明るいが、その周囲は暗い。
そこに、ぬらりを動く影が幾つもあった。
誰もが殺気を押し殺しているようではあったが、その中に混じっている約一名はどうしても心を落ち着かせることはできていないようだ。
片手に持っている武器を肩にトントンと当て続け、更には貧乏ゆすりまでしている。
明らかに苛立っているということは、誰の間から見ても明らかだった。
「……ディネット。落ち着け」
「分かっている」
「分かってねぇから忠告してんだよ」
一人の黒服の男がディネットにそう言った。
言われてようやく気付いたのか、剣を鞘に戻して貧乏ゆすりを止める。
ディネットはドーレッグと会話した後、この国を隅々まで探し回した。
しかしどこを探してもテールとメルはおらず、すべての商会にこの話をして捜索を要求したが見つかりはしなかった。
あの宿にも戻ってくることはなかったことから、こちらの思惑はもう二人にバレていると思っておいた方がいいだろうという判断の下、残す場所はここしかないということで部隊を招集してギルドを包囲した。
ギルドから仙人のいる場所までつながる転移の樹木も完全に抑えており、明日の朝まで張り込みを続ける予定だ。
仙人の家の周囲には部隊はまだ配置することができていないが、この夜の内に滞りなく包囲することができる。
これはここで逃げられてしまった時の保険だ。
逃がす気は毛頭ないのだが、最悪の状況というのは頭の片隅にでも残しておくのが定石である。
「ドーレッグの野郎……」
「で、本当にここなのか?」
「ここしかない。転移の樹木は使用された形跡はなかったし、俺がここに来た時からずっと見張りをさせている。見つけることができれば報告が上がるはずだ」
「監視の目をかいくぐって既に仙人の所にいる可能性は?」
「ない。奴らはまだ子供だし地図もなしに徒歩で向かうのは不可能だ。ドーレッグに話をしに来たのであれば、時間的にも移動は困難。もし移動していたら俺が見つけていただろうしな」
「てことは、ここに匿ってるってことか」
黒服の男の答えに、ディネットは頷く。
あれだけ周囲を探して見つけることができなかったのだ。
であればドーレッグが違う場所に匿っていたに違いない。
あとはここをしらみつぶしに探せばいいはずだ。
「お前らならできるよな?」
「もちろんだ。索敵魔法をなめるなよ」
「夜限定じゃねぇか」
「悪かったね」
男が地面に拳をつける。
しんと静まり返る中、ぼそぼそと詠唱を開始する。
「闇夜の影よ。周囲照る所に影落ちる。月明かりに照らされし我らの影を覆いつくせ。暗所よりて忍び寄る幾本の魔の手にその道を示したまえ。ナイトサーチ……」
拳を上げ、手を広げる。
見えない何かが波紋の様に周囲へと広がっていく。
しばらくじっとしていた男ではあったが、バッと真横を向いて驚愕の表情を浮かべていた。
「どうした」
「……何故……」
「おい、どうしたと聞いている」
「……味方が……消えた……」
「は?」
魔法は確かに発動し、ギルドの中にいるすべての人間をサーチすることに成功していた。
しかしこの魔法は周辺の状況も彼に知らせてくれる。
ギルドの中には確かに子供である二人の姿があり、すやすやとベッドの上で寝ているのだが、それよりも気になることがあったのだ。
味方の半数が、消えていた。
彼から見て右側にいた仲間は何処かに消え去っている。
一体どこに行ったもう一度魔法を使用してみると、今度は左側にいた仲間が忽然と姿を消した。
「……敵だ」
「じゃあ倒してくれ」
「無理だ。残っているのは……私と貴様だけだからな」
「何?」
男はもう諦めた様に、その場に座って脱力した。
これだけの実力差を魔法越しにではあるが見せつけられてしまったのだ。
戦意が削られるのも可笑しな話ではない。
「おい貴様……! 一体お前たちを雇うのにどれだけの金が使われたのか分かっているのか……!」
「……」
「おい……! おい!」
小声で怒鳴るが、彼には何も響かないようだった。
そのまま脱力し続け、自らが辿るであろう死出の道を甘んじて受け入れようとしている。
抵抗する気力もないのか、ディネットに揺すられてもただ座っている体勢を維持しているだけで返事も返さない。
そこでようやく、ディネットは何か得体のしれない人物が近くまで来ているのだということを身をもって実感した。
“黒い梟”という暗殺集団のトップにまで近い実力を持つこの男がここまで戦意を喪失しているのだ。
それに気付かない程、ディネットの直感は衰えていない。
しかし……気付くのが遅すぎた。
「死を受け入れるのは潔くていい。だが、つまらないね」
ため息交じりに後ろから声をかけてきた人物を、ディネットは知っていた。
いや、一度会ったことがある程度だ。
見かけただけかもしれないが、彼の持つ独特な雰囲気は視界の隅に映っただけでも忘れることができなくなるほどの強烈なものだった。
バッと振り向いてみる。
が、そこには誰も居なかった。
「!?」
「暗殺者がそんなに簡単に諦めて恥ずかしくないのかい?」
「!!?」
男は真隣にいる黒い梟の男に話しかけていた。
振り返った一瞬の内に、彼は移動してきたのだ。
驚いて距離を取り、様子を窺う。
「まぁいいけど」
そう言った時には、既に男の首は落ちていた。
だが彼の手には何もない。
手刀で切り落としたのかと思ったが、そんなことができるはずもない。
彼は心底つまらなさそうにしながら、その視線をディネットに向ける。
ディネットが覚えているのは、そこまでだった。




