4.9.彼らにとっての代償
「代償?」
「そう。君たちを利用して代償を支払わせるつもりなんだ」
「迷惑すぎる……」
「あははは、ごめんごめん。でもね、こっちもあいつらのやり方にはイライラしてたんだよ」
笑顔でそう言うが、その表情は一切笑っていない。
そのまま彼は続ける。
「あの提案はあってないようなものだった。あれなら昔の方がましだ」
「人が貴方たちに近づくのを阻止するっていう……あれですか?」
「知っていたのか。まぁそれだね。僕たちは人の気配ですらすぐに感じ取れる。四六時中包囲されている気配を木幕さんは感じ取っていたんだ。それに苛立たないはずがない」
「じゃあどうして移動しなかったんですか? 皆さんならどこにでも行けますよね?」
「あの家、あるでしょ? あれは木幕さんの中に眠る一人の大工が作り上げた家なんだ。ようやく人との接触が減ると思ったから、すぐに拠点を作っちゃったんだよねぇ」
提案を聞いて一番喜んだのは、その大工だった。
彼の強い要望があり、その提案を飲むようにと木幕に提言したのだ。
そしてすぐに周囲の木を切り倒し、材料をかき集めて屋敷を作り上げた。
自らが持っていた技量を存分に発揮されたその家は、この世界の木々の特性に合わせて加工方法を変え、使う場所などを分けて立派な家に仕上げた。
立派過ぎる家が完成し、彼らは大いに満足してその家に住むようになった。
だがそこから数ヵ月後。
警備のためだと言って商会の人間が家の四方を取り囲むようにして常に警戒に当たり始めた。
そんな奴らは要らないと苦情を言い渡したが、屋敷から少し離れた程度で結局は何も変わらなかった。
作ってもらったばかりの家を離れるわけにもいかない。
それは家を作ってくれた人物に対して失礼であるからだ。
だから彼らはその場から動かなかった。
「それに辻間に国を調べさせてみれば、仙人という名前を無遠慮に使って商売もしてた。誰もそんなことは許可してないし、なんなら木幕さんはこの国に足を踏み入れたことはないから、あの売り文句は全部嘘だよ」
「やっぱりそうなんですね……。で、どうやって代償を払わせようとしているんですか? あんまりピンと来てないんですけど」
「もう作戦は始まってる」
そう言って、西行は再び下を指さす。
相変わらず慌てて動き回っている商会関係者がいるだけで、特に変わった様子はないように思える。
動き回る人々を眺めながら、西行は口を開く。
「衰退していく未来が分かってて動き回る奴らは滑稽だ。僕たちがいなくなるからこそ彼らにはそれだけで大きな打撃と代償となる。利用し続けていた罰が当たったというわけだ」
「でもこれだけの騒ぎになると、僕たち明日そっちに向かえませんよ」
「その通り。だけど僕たちがちょいと被害を出してやればいいだけのこと」
「……人を集めて何かしようとしていますか?」
「聡い子は嫌いじゃない」
仙人の出立を防ぐために、商会は人を動員するはずだ。
それも彼らの目的だとしたら、テールたちをこの国に一度戻した理由もなんとなく分かる。
だが具体的には何をするつもりなのだろうか。
「何をするんです?」
「人が集まれば自ずと僕たちがいなくなったことが知れ渡る。その後、商人共はどうやって生計を立てていくのか」
「それでいいんですか……」
「それこそ利用し続けていた罰というもの。元よりいないのが普通な存在なのだからね、僕たちは。よしっと」
西行が立ち上がる。
後ろで必死に屋根にしがみついているメルを立たせた。
「きゃああああ!?」
「そろそろ帰るかな」
メルの足元に黒い影が広がる。
西行がパッと手を放すと、メルはその中に吸い込まれるように落ちていった。
テールが居た足元にも同じ影が出現し、問答無用でその中に落とされてしまう。
次の瞬間、弾けだされるように地面を転がった。
慌てて体勢を立て直して周囲を見てみると、ここはドーレッグと話していた部屋のようだ。
壁には先ほどの黒い影がぽっかりと空いていて、その中から西行が顔だけを出してこちらを見ている。
「おお、おおお前らどこから!? って壁が!?」
「あ、ドーレッグさん」
「君がこの冒険者ギルドの頭か~。んじゃ簡単に説明」
西行がぴっと指を立てる。
「明朝、この二人を連れて西大手門に来てね。君の仕事はそこまで。あとは僕たちで何とかするから、今日一日は二人を死守すること。んじゃあとはよろしくね」
「えっ」
壁の中に引っ込んだあと、黒い影が一瞬で消えてしまう。
一体何者なんだとドーレッグは少し混乱しているが、あんなことができるのは仙人の仲間だけだと勝手に納得してようやく落ち着きを取り戻した。
転がっている二人を見て、心底呆れたようにため息をつく。
「君たち……とんでもない人たちに懐かれたな」
「あ、あはは……」
「怖かった……怖かった……テール怖かった……」
「ああ、はいはい」
「まったく。とりあえず部屋を用意したからそこに移動しておけ」
「了解です」
カタカタと震えているメルの背中をさすりつつ、ドーレッグの案内の下今日泊ることになる部屋へと向かったのだった。




