4.2.Side-ディネット-
二人を宿に止めた後、ディネットは速足で貴族街を歩いていた。
周囲には綺麗に着飾った女性や護衛を付けている男性など様々な人物がいたが、彼はとにかく急いでその人混みを避けて歩き続けた。
明らかに焦っているのは誰の目から見ても明らかであり、その表情から彼はとんでもなく追い込まれてるのではないかと察することができる。
額には汗が流れており、下唇を軽く噛んでいて、顔色は悪い。
見知った人物が声を掛けようとしても、その顔を見れば途端に声を掛けられなくなる。
(マズい……マズい……マズいマズいマズいマズい……!)
心の中でその言葉だけを復唱し続け、足を動かし続ける。
人にぶつかってもお構いなしだ。
それほどディネットは今、追い込まれていた。
貴族街を進んで行くと大きな建物が見えてくる。
エディワンという男性が本拠地としている所であり、事務処理やお金の管理をしている場所だ。
ディネットはすぐにその建物に何の遠慮もなしに入った。
バンッという大きな音を立てて入ると、中にいた人物は驚いてそちらを見る。
目の前にあった階段を駆け上がり、エディワンがいるであろう部屋に一目散に走っていく。
その姿を見た一人の女性が、受付から飛び出して呼び止めた。
「ちょ、ちょちょっとディネット! 今エディワンさんは商談のとちゅ──」
「黙っていろ!! 今はそれどころではない!!」
怒声に彼女はもちろん他の従業員もびくりと肩を跳ね上げる。
いつもは温厚な性格である彼がここまで声を荒げるところは見たことがない。
だからこそ、逼迫した状況であるということは分かった。
それ以上ディネットを呼び止める者は現れず、彼は階段を強く踏みしめながら上り切る。
ババッと周囲を確認し、エディワンがいるであろう部屋まで一直線に歩いていく。
扉の前まで来てガチャリとドアノブをひねるが、鍵がかかっているようで開かなかった。
「っ! ぜやぁ!!」
早く話さなければならない。
そう思ったディネットは剣を抜いて鍵を一撃で破壊した。
大きな音を立てて金具が弾け飛び、その辺に散乱する。
怒りをぶつけるようにして扉を蹴破り、中へと入り込む。
そこにはまんまると太った商人らしき格好をしている人物と、怪しげな薬品を手にしながらこちらを見て固まっている髭面の男がソファに座っていた。
そこで太った商人が声を上げる。
「な、なな何事だディネット!」
「緊急事態だエディワンさん!! 仙人がこの国を移動する!!」
「なっ!? なな、なんだと!!?」
エディワンがソファから立ち上がり、机にバンッと手を突いた。
なにがなんだか分からない髭面の男は、二人の顔を交互に見ながら怪しげな薬品を懐に仕舞う。
「ど、どういうことだ説明しろ!」
「今日冒険者ギルドで仙人に会う為の模擬戦が行われた! ドーレッグに勝ったパーティーがそれで仙人に会いに行ったんだ! 詳細は省くが仙人はその二人をいたく気に入り、旅に誘いやがった! 明日にでも出発するつもりだ!」
「あ、あ、あ、明日!? 待て待て待て待て! 盟約はどうした!?」
「そんなもんとうに頭からないみたいだった!」
「なんだと……! マズいぞ! このままだと……このままだと築き上げてきた地位が……崩壊する!!」
商人エディワンは、仙人である木幕を利用して商売を行っていた。
彼らが嫌気を差していた人との接触。
それを極力減らしてやろうという提案を持ち掛け、木幕がいる場所に兵士を置き、人間との接触を断つ。
彼らとしてはありがたい話であったはずだ。
長い時間はかかったが、そのおかげで完全に管理下に置くことが可能となり、今では仙人の名前を使って集客や商売などを頻繁に行っていた。
仙人が居を構えているリヴァスプロ王国。
その話は瞬く間に全世界へと流れ、数多くの冒険者、商人、観光客、移住民などが訪れてはこの国を潤して発展させてくれた。
これも仙人がいるからできたことであり、その名前を使えばどうにだって商売は上手くいった。
しかし、彼らがこの国からいなくなれば……魅力のない国となることは明らかだ。
もちろん何かしらの特徴は残るとは思うが、仙人という魅力は何よりも興味を引く。
この国から仙人を失ってはいけない。
なんとしてでもこの場に張り付ける必要がある。
「その二人はどこに行った!!?」
「管理下の宿に泊まらせた! ……好きにできるぜ、エディワンさん」
「でかしたディネット! すぐにでも暗殺部隊を用意しよう……。金に糸目は付けない! 気に入った奴がいなくなれば旅をする理由はなくなるはずだ!」
「ああ、それと奴らが仙人を殺す鍵を持っている。この旅は仙人が死ぬための旅だそうだ」
「だったら尚更だな……。よし、私は暗殺部隊を用意する! お前は見張れ!」
「しくじんなよ!」
「当たり前だ!」
伝えることは伝えた。
ディネットは破壊した扉を蹴破って部屋を出る。
こんなことになるのであれば、金を稼ぐために模擬戦なんてさせるんじゃなかったと心の中で愚痴をこぼしたが、後悔先に立たずだ。
であれば何とかして解決しなければならない。
だが彼には確かな自信があった。
「エディワン商会の権力舐めんなよ……ガキども!」
国が大きくなれば、やはり暗い影も大きくなる。
そのすべての実権を握っているのはエディワン商会だ。
探せば腕利きの暗殺者などゴロゴロいるというもの。
確実に息の根を止めて、仙人がこの国から出ていくのを阻止する。
もしバレたとしても、通行手形を持っていたのでそれを狙った賊にやられたと言っておけば納得するだろう。
持ち運んでいる姿は誰かが見ていたはずなのだ。
狙おうという輩が出てきてもなんらおかしくはない。
何とかなるはずだ。
逆に何とかならない方がおかしい話。
ディネットは確実に始末できると信じて疑わなかった。
だが彼の影から話を聞いていた人物の存在には、一切気付くことができなかったらしい。




