4.1.見送り
目に優しい緑色の庭を抜け、門を通って来た道を帰っていく。
その足取りはなんだか軽い。
一時はどうなるかと思ったが、結果的に丸く収まったのでほっとしている。
道中はレミが先頭を歩き、二人に何度か話かけてくれた。
話の内容的には、先ほどの振り返りだったり、テールの研ぎの技術は誰に教わったのか、などといった他愛もない話だ。
しかし彼女はこうして他の人と話をするのが楽しいらしく、会話は途切れなかった。
とはいえ楽しい時間というのはすぐに終わるものだ。
転移の樹木がある場所でレミが足を止め、振り返る。
「私が送れるのはここまで。明日は……そうね、とりあえず朝起きたらすぐに来て頂戴。早く出発したいからね」
「分かりました。メルもそれで大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあドーレッグにこのことを話しておいてね。明日、私たちはここを発つって」
「ドーレッグさんにですか?」
リヴァスプロ王国ギルドマスターのドーレッグを呼び捨てにするあたり、やはり彼女の方が年上なのだなと実感する。
一度会っていたと言っていたが、レミはずっと名前を憶えていたらしい。
この事を教えてあげると彼は喜ぶかもしれないので、テールは覚えておくことにした。
「そう。あの子に話を通せば、色々工面してくれるはずよ。まぁ詳しいことは今は言えないけど、貴方たちなら何とかなるわ」
「「……?」」
なんだか含みのある言い方に、テールとメルは首を傾げる。
また何か試されているのではないだろうかとメルは警戒してしまうが、そういった気配はない。
よく理解できないでいると、レミが転移の樹木に手を当てた。
すると、一瞬で冒険者ギルドに戻ってくることができたようだ。
急に景色が変わったのでなんだか変な感じだ。
こういうことにてんで慣れていないテールは目を擦る。
「なんか、凄かったね」
「凄いってレベルじゃなかったな……。一緒に旅ができるなんて夢にも思わなかったし……」
「私なんて弟子だよ!? 急に決まってびっくりしたよ……」
「でも本心は?」
「すごく嬉しい!」
「僕も」
出会って一日も経っていないというのに、ここまでいろいろなことが決まった。
目まぐるしい一日だったが、気持ちの整理も兼て今日はゆっくり休みたいところだ。
しかし、宿を取っていない。
先日泊った宿はベッドが硬すぎて寝心地が最悪だったので、今日は違う宿を取る予定だったのだ。
そのことをすっかり忘れていた。
まだ昼にもなっていないので探すことは容易かもしれないが、どこがいい宿なのかを知らないとまたはずれを引きそうだ。
「そういえば宿どうしようね」
「あっ。そうだった……」
「で、でしたらうちが経営している宿にお泊りになられますか!?」
「「わっ」」
転移の樹木からいつの間にか出てきていたディネットが、少し慌てた様子でそう提案してきた。
先ほどと違ってなんだか物腰が低いのが気になる。
仙人との旅が決まった二人を尊敬しているのだろうか?
いや、とてもそうは思えない。
なにを考えているかは分からないが、とりあえず話を聞いてみることにした。
「ディネットさんって宿を経営しているんですか?」
「冒険者は副業みたいなもので、本業は商売人なんですよ。エディワンさんの下で働いています」
どうやらこれが彼の営業スタイルらしい。
先ほどまでの態度は冒険者として活動する時のものであるようだ。
確かに冒険者は舐められてしまうと後々面倒な輩に目を付けられることも多い。
そういったことを防ぐために、冒険者ギルドの中では少しだけ高圧的な態度を取っていたのかもしれない。
勝手に納得していると、ディネットは明るい調子で説明をする。
「場所は案内しますよ。仙人様に認められたお方ということで今回はサービスいたします。こんなことは初めてですので!」
「は、はぁ……」
「仙人様に認められた方が宿に泊まってくだされば箔が付くというもの。さぁさぁ、どうぞこちらへ!」
少し強引に、彼は二人の背を押して連れていく。
宿も決まっていないし、彼らの考えもなんとなくわかるのでとりあえず今回はこのご厚意に甘えさせてもらうことにした。
これからまた宿を探すというのも、実はちょっとだけ面倒だったのだ。
紹介してくれるのであれば、それほど楽な話はない。
それにサービスしてくれるとの事だ。
今のところお金に不安はないのだが、安くなるのであればそれに越したことはない。
持っているお金は無限ではないのだ。
また何処かで稼ぐ時が来るかもしれないし、何か散財する必要が出ることがあるかもしれない。
使いきれない程のお金を持っているテールではあるが、できるだけ使いたくないというのが本心だ。
倹約家ではないけれど、いざという時になければ困るものなのでこうしたサービスは甘んじて受け入れたい。
そんなことを考えている内に、どうやら宿に到着したようだ。
ギルドから近いということでなかなか立派な宿である。
明らかに高位ランクの冒険者が出入りしているところから、良い宿であるとすぐに理解することができた。
ディネットは受付に事情を説明し、特別客として二人を招待してくれるようだ。
こんなにしてもらっていいのだろうかと思ったが、彼としても二人にここに泊まってもらって宿の箔をもっとつけたいとの事。
「それじゃ、案内をお願いね。あとはよろしく」
「分かりました。お二方、こちらへ」
手続きはあってないようなものであり、すぐに二人は部屋に案内してもらうことができた。
そこは先日泊った宿と違ってベッドも柔らかくて装飾も多い。
貴族が泊るところなのではないだろうか、と顔を見合わせて苦笑いしたのは言うまでもない話だった。




