3.28.もう一つの覚悟
あれから十三回、メルは死んだ。
もちろん西形の攻撃で傷はついていなかったのだが、吹き飛ばされて庭を何度も転がっている為、掠り傷が絶えない。
既に肩で息をしているメルに対し、西形は常に余裕そうな表情を持ってそこに立っている。
長物であるからこその有利さを完全に理解し、利用している西形を前に、メルは一度として彼の懐に入ることができていなかった。
今まで魔物と戦った時のやり方、ギルドマスターたちに教わった攻撃方法などすべてを試してみたが一向に勝てるビジョンが見えない。
どうやったらこんな化け物に勝てるのだろうか。
「ぐぅ!」
「ふーむ……」
また吹き飛ばされ、庭を転がっていく。
何とか立ち上がろうとしたが、足が言うことを聞かなかったので剣を地面に刺して立ち上がる。
だがその瞬間、剣が払われた。
「わっ」
「剣を杖にするとは何事か!!!!」
「がっ!?」
今まで聞いたことのない声で、西形がそう叫んだ。
その瞬間腹部に鋭い激痛が走ったかと思えば、また地面を転がった。
思いっきり蹴り飛ばされてしまったらしい。
魂ではあるが、人の肉体にはしっかりと触れることができるようだ。
倒れているメルに向かって、西形がまた大声で言葉を投げつける。
「己の持つ武器を何と心得る!! ただの木の枝に非ず!! 生涯をかけて己を守り、弱きを助け強きを挫く!! 己の身一つでは成しえぬ所業!! 救いの手を差し伸ばしてくれる武器をそのように無下に扱うことは許さんぞ!!」
武器とは、己の半身である。
ただの道具ではなく、生き様を示してくれる人生において必ずなければならない物だ。
手に持てば気が大きくなることもある。
だがそれは武器があるからこそだ。
それだけ武器に頼っているということになる。
正しい使い方はあまりない。
しかし正しい扱い方というのはしっかりと定められているものだ。
知っているか知らないかで、これは変わってくるだろう。
武器は己の命を守ってくれる。
武器は弱き者を救ってくれる。
武器は強き者に己の未熟さを与えてもくれる。
そんな武器を無下に扱うことは、西形にはできない。
だからこそ、彼は酷く怒っていた。
「さぁ立て!! その性根を叩き直してやる!!」
また、構えが変わった。
槍をしっかりと握りしめたまま、姿勢を低くして足を大きく開く。
力が入り続けている腕は小刻みに震え、いつでも最高の突きを繰り出せる準備が整っていた。
一方メルは、何とか手放すことのなかった武器をもう一度握りしめ、ふらふらになりながら立ち上がる。
息を整え、西形を見た。
彼の違う構えを見てももうなんとも思わず、ただこの戦いをどう制するかを考えるようになっていた。
彼の先程言い放った言葉の意味は理解できる。
確かにこの武器がなければ、自分は既に魔物に殺されていただろう。
自分を守ってくれる武器。
自分が強いのではなく、これがあったからこそ強くなった。
武器に頼らなければ相手を切り伏せることはできないし、ナイフがなければ魔物の解体もできない。
西形の考えは、研ぎ師であるテールによく似ている気がする。
武器を大切に、丁寧に扱う。
テールは手入れを丁寧にしているが、彼は扱い方を特に気にしているような気がした。
やっていることは少し違うが、その根底にあるものは同じだ。
メルは今までの戦いの中で言われてきたことを考える。
自分より強い相手と本気で戦ったことがないことは事実だが、何故それを知っているのか、何故それをあの時口にしたのか。
木幕には覚悟がないと言われた。
自分が国から出ていく時とは違う覚悟が必要なのだということは分かる。
だがそれは何なのか。
ただ自分はテールを守りたい。
好きだからこそ近くに居たいということもあるが、それも今彼らに認められなければ叶わなくなる。
それだけは絶対に避けたい。
何としてでも勝たなければならないとは思うが、考えれば考える程何が自分に足りないのか分からなくなっていた。
『自分より強い相手と本気で戦ったことがないでしょ』
そこでふと、西形の言葉が頭に流れた。
確かに自分より強い相手と戦ったことはない。
これだけは彼の言う通りなのだ。
では……自分より強い相手と戦う時、どうしたらいいのか。
今がまさにその時だ。
この状況を覆す何かがなければ、彼らを認めさせることはできないだろう。
カタカタカタカタッ。
自分の手が震えている。
何度も何度も死に直面し、体が痛覚を覚えるのを怖がっている。
疲労からくるものなのかもしれないが、心の中では常に西形を恐れていた。
「……!!」
「……!」
メルは姿勢を低くし、剣を下段に構えて飛び出す。
この攻撃は何度も見てきた西形は、また同じことをするつもりか、と呆れたがその勢いが衰えることがないことに気付いて一瞬目を見開いた。
だがやることは変わらない。
ギュリッと音を立てて握りしめた槍は正確にメルを狙っている。
西形の攻撃は、神に許された突きを繰り出す。
槍術は突くことに一番特化しており、何度も、何百回、何千回、何万回、何億回ともいえる数だけ突く。
神に許されるまで突くことこそが、槍を握る者の使命であり、極める極意。
ただ突っ走ってくるだけのメルに、その攻撃は妥協を許さない。
「生光流……!」
西形が初めて使う技。
彼の槍術の流派、生光流。
生きている内に神に許された光る程に速い突きを繰り出す。
そんな意味を持ち合わせた流派の名前
足を踏ん張り、メルが走ってくる速度に合わせ、完璧な間合いで突きを繰り出す。
「一閃通し!!!!」
ザンッ!!
素早すぎる突きに服が強い風を受けた様に靡き、メルの腹部に槍が入り込んで貫通する。
衝撃によって完全に勢いを落としてしまったメルだったが、歯を食いしばって槍を掴んだ。
「ぬ!」
「ぐぐ……!」
槍を自分の方に引き、そのまま歩く。
激痛が常に走っているが、そんな事はお構いなしに一歩、また一歩と西形に近づいていった。
予想だにしていなかった行動に、彼は目を見開いて驚いている。
メルが顔を上げた。
痛みに顔をしかめてはいるが、彼女の目はすべてを理解し、この行動に移ったのだという意図が見て取れる。
また一歩、西形に近づいた。
「かっ……勝てないことは……分かった……! でも、それでっ……恐れていては……いけない!」
「……」
また一歩、踏み込んだ。
「あってるか、わか……らないけど……!」
一歩、二歩。
メルが武器を振るえる間合いにようやく入った。
「私は……死んでも、勝つ!!」
「見事!!」
ザンッ!!
片手で武器を掲げたメルは、そのまま西形を切り伏せた。
彼の言っていた通り武器で切ることは可能だったらしく、そのまま霧散して消えていく。
同時に槍も消え、腹部に走る激痛も消えていた。




