3.27.自分より強い相手
容赦のない一撃。
腹部に走る激痛にメルは息ができなくなる。
なんとか息をしようと試みてはみるが、どうにもうまく空気を肺に送ることができなかった。
明らかな致命傷。
それを見たテールは立ち上がる。
「メル!!?」
「まぁ落ち着くのじゃ」
「な、何言って……あれ?」
沖田川はテールを止め、ある一点を指さした。
その方向を見てみれば血のついていない穂先がメルの背中から突き出している。
普通、武器で体を傷つけられると血液が飛び散るはずだ。
体の中を貫通している槍が血に濡れていないわけがない。
だが西形の槍は一切血で汚れておらず、なんなら突き刺さっている箇所から血が流れているということもなかった。
ズッと槍を抜き、石突を地面に置く。
槍を腹部から抜かれる感覚が体の中を通るが、やはり血液は出なかった。
しかし激痛に耐えかねて膝を突き、腹を押さえてえずいてしまう。
「ゲホッゴホゴホ!」
「心配しなくても大丈夫だよそこの少年。僕たちは魂。実際に人を傷つけられる能力は持ち合わせていない。まぁ木幕さんの許しがあるのであれば別だけどね。だけど……」
西形が武器を指さす。
「魂と魂は反発し合う。一つの肉体に二つの魂は何か特別なことがなければ入らない。僕の持っているこの槍も、僕の魂から形作っている。これも魂の一部だから、メルちゃんに攻撃しても死にはしない。でも魂は反発し合うから、槍を刺すと激痛は走るんだよね」
いわば霊体である西形の攻撃は、殺傷能力を持ってはいない。
例外はあるが基本的には攻撃しても相手に激痛を与えるだけで、殺すことは絶対にできないのだ。
一つの肉体に二つの魂は入らない。
メルの肉体には彼女の魂が入っており、そこに西行の魂の一部が入ることによって反発し、激痛が走る。
傷はなく、血も出ないのはそういう理由があるのだ。
「あ、そうそう。武器同士は打ち合えるよ。理由は知らないけど。だから君の剣の攻撃は僕にも届く。ま、当たっても死にはしないから本当に全力でかかってきていいよ。さぁ、死なない相手に痛覚を伴う完璧な稽古。どこに行ってもここでしか体験できないよ」
ニコニコと笑って説明する西形は、この状況を酷く楽しんでいるように思えた。
彼は静かに構えを取り、メルに槍の穂先を向ける。
痛みが引いたメルはもう一度立ちあがり、武器を構える。
一手目で仕留めるつもりではあったのだが、予想以上に簡単に対処されてしまった。
本気で行かなければ勝てない相手だ。
自然と柄を握る手に力が入る。
「くっ……」
「あ、そうだ。メルちゃん」
「……なんですか?」
「君、自分より強い相手に出会ったことないでしょ」
「え?」
そう問いかけられ、メルは今まで出会ってきた人物を思い出してみる。
だが自分が及ばない相手は数多くいた。
キュリアル王国のギルドマスター、ナルファムや副ギルドマスターのダムラス。
他にも先輩冒険者や高位ランクの冒険者も数多く居て、自分より強い相手はまだまだ沢山いる。
だから出会っていないわけではないのだ。
その強さをメルは知っているし、観察して勉強したこともあった。
なので西形の問いには首を横に振るしかない。
「い、いえ……。沢山見てきました」
「ああ、そうか。じゃあ質問を変えよう。自分より強い相手と本気で戦ったことないでしょ」
的を射た問いに、メルは固まった。
確かに多くの強い人たちを見てきて、稽古を付けてもらったりはした。
だが本気で戦ったことは一度としてない。
それをするだけの理由が冒険者の中ではないし、大会もあるわけではないし、更にはそんなことをすればどちらかが重症を負ってしまいかねないのだ。
荒れくれ者が多い冒険者ではあるが、人を殺すまでに発展する喧嘩は絶対にない。
そんなことをすれば捕まってしまうのがオチだ。
だが盗賊を相手にした時は肝が冷えたことがある。
とはいえまともに剣も握ることのできない者たちばかりだったので、そんなに苦戦はしなかった。
不意を突かれて背負っていたバックがダメになったくらいである。
西形の言う通り、確かにメルは今まで冒険者活動をしてきて自分より強い相手と本気で戦ったことはなかった。
しかし何故このことを一瞬で理解することができたのだろうか?
ただ攻撃を往なし、一度攻撃を与えただけ。
魂の体というだけでそこまでのことができるのだろうか?
「さ、続きだよ。かかっておいで」
「……! はっ!!」
ダンッと踏み込んで素早く西形に襲いかかる。
相手は長物なので何とかして懐に潜り込まなければならない。
一度槍を弾くか、それとも攻撃の瞬間を見切って回避するか。
これは西形の動きを見て考える。
危ないと思えば弾き、余裕がありそうであれば回避する。
メルが接近するにつれて、西形は構えを変えた。
優しく持っていた槍をしっかり握り込み、縦になるように持ち上げる。
間合いが変わった。
それに気付いた時には、西形は攻撃に転じていた。
バッと一文字に槍を構える。
メルの剣が上段から斬りかかってくる所を完全に見切り、半歩躱して石突の方で打撃を与える。
右手を引き、左手を押し込むようにして繰り出された攻撃は強力で、メルの体を簡単に吹き飛ばした。
「ぐっ! くっ!」
綺麗な庭を転がっていき、小さな小川に着水した。
下半身が濡れてしまったがすぐに立ち上がり、今度は中段に構えたままゆっくりと忍び寄る。
西形はあの場所からほとんど動いてはいない。
既に構えるのもやめてしまった様だ。
槍を片手に持ち、石突を地面に突いて杖のように持っているだけ。
(……勝てない……)
まだ二度しか攻撃を喰らってはいないが、普通であればあの時点で負けが決定している。
もうこっちは息が上がりそうだというのに、西形は平然としていた。
心の余裕がまったくない。
だんだんと自信に満ち溢れていたメルの心が、折れていく。




