3.26.試練
木幕はメルを見て、ぴしゃりとそう言った。
彼からすれば、メルは何の価値もない人物だと思われているのかもしれない。
テールがすぐに弁解しようと声を上げようとしたが、その前にレミが木幕の服を引っ張った。
「ぜ、善さん! 旅をするのに二人増えたくらいで何か変わるわけではないでしょう!?」
「確かに変わらぬ。されど、覚悟がない」
「覚悟……?」
迷いなく言い放った言葉には、何やら重みがあった。
その言葉の意味を理解しようと思考を巡らせると、仙人一行は腑に落ちたといった様子で頷く。
それはツジも同じだ。
だが当の本人はまったく分からなかった。
メルは自分の今までを振り返る。
テールを手助けしたくてここまで一緒にやってきた。
確かに最終的な目的の解決策を何も見出してはいないが、ここまで来たことに意味があるとそう思っていたのだ。
テールもメルの行動には相当な覚悟が必要だったはずだと思っている。
自分のためだけに宿を引き払い、冒険者パーティーを抜け、ここまで来てくれて更にはいろんなことから守ってくれた。
自分が不遇職と言われ続けていたところを助けてくれたのもメルだったし、冒険者からいじめられているところを助けてくれたのも彼女だった。
人を助ける勇気があり、一人の人物のためにすべてを投げ出す覚悟もある。
一体、何が足りないというのだろうか。
「な、何が私に足りないっていうんですか!? 私はただテールを手助けしたい! そのために──」
「それだ」
深く、低い声はメルの言葉を強制的に詰まらせた。
木幕は片手を前に出し、黄色く輝く塊を出現させる。
「気付くことができれば、お主も連れていく。それか、この者に一太刀浴びせよ。仙術、御霊呼び」
黄色く輝く塊が変形する。
パパパパッと目に見えない速度で動き回ったと思いきや、いつの間にか人の形を成していた。
空中で一回転して縁側に着地する。
現れたのは若い男性だった。
活発そうな顔をしており、ニカッと笑っている姿は無邪気そうだ。
しかしお世辞にも強そうな顔をしている人物だとは言えない。
その辺に居そうな好青年のような雰囲気を醸し出している彼からは、強者の強さをあまり感じることができなかった。
少しだけ長く伸びている髪はストレートで、前髪だけは邪魔にならないように切られている。
羽織のない和服を着ており、その左胸部分にはひし形が四つ使われた家紋が描かれていた。
下は道場着の様な袴をはいており、結ばれている帯は少しだけ長いらしく蝶々結びが強調されている。
そして手に持っている黒い槍。
一見普通の槍ではあるが刃の部分が少し特徴的だ。
まっすぐ伸びている穂先の根本の辺りから、枝分かれするようにもう一つの刃が短く飛び出ている。
少しだけ太い柄を持ち上げて肩に担ぎ、胸を張って息を吸う。
「……木幕さん? もしかしてこの中で僕が一番弱いって思われてますか?」
「否。お主が適任であるというだけだ」
「その理由を聞いても……?」
「刃を交えよ。さすれば分かる」
「なるほど……」
その口から教えてはくれないのか、と肩を落とした好青年であったが、すぐにメルの方を向いてこちらに歩いて来る。
縁側をひょいっと飛び降り、目の前に立った。
「やぁ、初めまして。僕は西形正和。君は?」
「め、メルです……」
「まぁ木幕さんの言っていることは僕よく分かんないけど、とりあえず手合わせして僕に一度でも攻撃を当てることができればいいみたいよ? ああ、安心してね! 手加減はしないから!」
というより手加減した瞬間魂を消し飛ばされそうで怖い。
これが西形の本心だった。
トトッと軽いステップを踏んで距離を取る。
その間に沖田川はテールを縁側の上に移動させた。
スゥは砥石をすべて桶の中に突っ込んで、こちらに持って来てくれた。
いくら仙人の仲間であっても、西形からはあまり強いという印象を受けない。
あれくらいなら多分大丈夫だろう、とテールは二人の立ち合いを見守った。
「あ、木幕さん。何度でもやっちゃっていいんですか?」
「構わぬ」
「はいはい分かりました。メルちゃん、好きなタイミングで来ていいよー」
そう言いながら、西形は槍をゆったりとしたように軽く構える。
なんだか馬鹿にされている気がした。
ムッとして両刃剣・ナテイラを抜き放ち、構えを取る。
恐らく彼は様子見をしたいのだろう。
であればその一度目を突けばこの勝負はすぐにでも終わるはずだ。
訓練や仕事で何度も行ってきた動きを、いつも通り行うだけの簡単なこと。
メルは腰を落として息を吸い、くっと息を止めた瞬間に飛び掛かった。
下段から掬い上げる様にして武器を振り上げ、ゆったりと構えられている槍を弾く。
振り上げた剣を思いっきり振り下ろし、叩き切るイメージで西形を捕らえた。
カッココッ。
西形は槍を弾かれた瞬間、一歩下がると同時に穂先と石突を入れ替えてその攻撃を簡単に受け流した。
最低限にも程があると言いたくなるような小さな動き。
そんな簡単に受け流されるものなのかと、メルは少し驚いて西形の顔を見る。
「っ!?」
彼の表情はひどく鋭かった。
好青年のような顔立ちをしていた顔は影が落ちた様に暗くなり、深く暗い影からこちらを覗き見ているようだ。
爪を隠していた鷹が獲物を見つけて喜んでいるようにも見て取れた。
そこでようやく、西形の本性が現れる。
「理解」
スパンッ!!
踏み込んで大きな音を立てると同時に、メルに掌底を喰らわせる。
体の小さなメルはその攻撃を受けて一度怯む。
すぐに構え直そうとした瞬間、腹部に強烈な違和感を覚えた。
「……え?」
「技を使うまでもない」
西形の持っていた槍の穂先が、メルの腹部を貫通していた。




