3.22.消滅
荒砥石でジャコジャコと平面を出していく。
何度か確認してクナイの刃全体に砥石が当たっているかを確認すると、綺麗にすべての面を研ぐことができていた。
どうやら元々綺麗な面が出ていたようだ。
これであればすぐに違う面へと移ることができる。
クナイはひし形の様な姿をしていた。
両刃のようなので四面を綺麗に研ぐ必要があるようだ。
なので一面が終わった後、ひっくり返してすべての面を荒砥石で仕上げる。
「ほぉ、なかなか」
それを見ていた沖田川は、感心したように顎に手をやった。
知らない人からこうして褒めてもらうのはテールにとって初めての経験であり、なんだかくすぐったいものがある。
口元が緩みそうになるが、今は仕事をしている最中だ。
一度心を落ち着かせて真剣な顔つきへと戻り、研ぎを進めていく。
荒砥石が終われば中砥石、中砥石が終われば仕上げ砥石という風に段階を踏んで研いでいった。
あとは仕上げ砥石で綺麗にするだけだ。
だが今テールが持っているのは三つの砥石しかない。
これだけで鏡面仕上げをするのはなかなか難しそうだったが、それも挑戦だと思って静かに滑らせるようにクナイを動かした。
すると、不思議なことが起こり始める。
クナイの一面を仕上げ砥石で仕上げた瞬間、その面が淡く光りはじめたのだ。
鏡面仕上げをして光が反射しているのではない。
本当にクナイ自体が発光していた。
「……? ……!? え!? ええ!?」
「これは……? なんじゃ? テールよ、お主何をしたのだ?」
「い、いや……僕は特に何も! 何もしてないです!」
「ふぅむ。まぁよい、続けるのじゃ」
「だ、大丈夫ですかね?」
「妙なことにはならんじゃろう。それになかなか面白い現象じゃ。これからどうなるのか見てみたい」
「わ、分かりました……」
テールはそのまま他の面も仕上げ砥石で研ぐことにした。
初めての経験すぎて動揺を隠すことができなかったが、やっていることはいつもと同じだ。
研ぎだけはいつもと同じようにこなすことができた。
二面、三面、四面……。
そのすべてを仕上げると同時に淡く光りはじめる。
クナイ自体が一つのランタンの様に周囲を明るく照らしていた。
テールとメルはその輝きに目を見開いて驚きながら、美しさに目を奪われていた。
沖田川は興味津々、といった様子でクナイを見つめる。
何故こうして光りはじめたのかは分からないが、なんにせよ悪いものではなさそうだ。
フッ。
そこでクナイが消滅した。
見るためにクナイを持ち上げていたテールの手から、クナイを持っていた感触が消え失せる。
「へ?」
にぎにぎと握ってみるが、クナイは無い。
研いだ刃があった場所に手をかざしてみるが、そこにも何も無かった。
慌てた様にして何度も手をかざしたり払ったりしてみるが、ただ空気を跳ねのける感触しか感じない。
「へ? え? どこ? ……え!? 何処行っちゃったの!?」
「なっ……!?」
「ど、どういうことなの?」
テールは慌てて周囲を探す。
今いる場所を手探りでまさぐってみるが、クナイが手に当たる硬い感触はまったくない。
光っている物もなければ黒い塊が落ちているわけでもなかった。
メルも一緒に探すが、やはり見つからないようだ。
急な出来事に沖田川は細い目を開けて真剣に考えている。
そこでテールは気付いたことがあった。
今自分が無くした武器は仙人の仲間が持っていた物であり、見たことのない姿をしている物。
これはとんでもなく貴重な物なのではないだろうか。
バッと木幕を見てみると、片目だけを開けてこちらを凝視していた。
隣にいるレミは驚いた様子で目を見開き、口元を隠している。
クナイをくれたスゥと呼ばれた男の子を見てみれば、ショックを受けた様にその場で放心していた。
ただ事ではない空気を感じ取ったテールはとりあえず謝罪する。
「ごごご、ごっごめんなさい!!」
「いや、構わんのじゃが……これは……」
「べべ弁償とか……! えっとそれどこに行ったら買えますか!?」
「落ち着くのじゃテールよ。そもそも鉄の塊が今この瞬間失せることがおかしいと気付くのじゃ」
「……はっ。確かに」
とんでもないことをしでかしてしまったと焦っていたが、沖田川の言葉を聞いてようやく冷静になった。
よく考えてみればそうだ。
武器を失くすことはあれど目の前で消えてしまうということは絶対にないはずである。
であればこの現象は一体何なのか。
先ほどまでクナイを持っていた手をじっと見つめるが、その答えが返ってくることはなかった。
「ふむ、もう一本研いでみてはくれんか?」
「ぅえ!? ま、また消しちゃうかも……ですけど……」
「確証が得たいのじゃ。頼めるか」
「わ、分かりました……」
この現象を理解できるのは、仙人の仲間しかいないだろう。
テールは沖田川の言う通り、もう一本のクナイを手に持って研ぎはじめる。
先ほどと同じ工程で研ぎ、ついに仕上げ砥石までいった。
するとやはり淡く光りはじめる。
四面すべてを研ぐと優しく美しい光がクナイを包み込み、また、消滅した。
カーンッ、カーンッ、カーンッ、カーンッ。
鉄を打つ心地のいい音が一瞬聞こえた。
だがそれだけで、他は特にない。
周囲を見渡してみればやはり驚いた顔をしている皆が、こちらを向いているだけだ。
だが沖田川は腑に落ちたといった様子で満足げに頷いた。
すっと立ち上がり、木幕の方に体を向ける。
「木幕や」
「……誠……なのか?」
「十中八九、間違いないじゃろう」
「善さん……! 善さん!!」
沖田川の言葉に目だけを見開いて驚いている木幕と、嬉しそうに木幕の服を引っ張って喜びを露わにしているレミ。
今の数瞬で何が分かったのか、テールとメルには分からなかった。
「死に方が……! 見つかった……のか……!」
「そうじゃ! 木幕や!!」
感極まったという風に身を乗り出した木幕を見て、沖田川はまっすぐ目を見て頷く。
しかし彼らが求めている物を聞いて、二人はゾワリとした悪寒を覚えたのだった。




