3.20.立ち合い
「まず聞こう……なにをしに来た」
仙人が低い声でそう問いかけてきた。
メルがここに来た目的ははっきりしているが、テールはどうしてここに来たかと問われるとなかなかその答えを出せそうにない。
だが答えを出さなければならない雰囲気だったので、とりあえず何か誤魔化せそうな内容を考える。
そうしている内に、メルは一歩前に出た。
「わ、私は仙人様に会いに……!」
「……それだけか?」
「どれほどのお力を持っているのか、この目で見たいんです!」
「……いいだろう」
彼は小さくため息を吐いた後、メルを見た。
意外とあっさり受けてくれたので少し驚いたが、これほどまでの幸運はない。
最強の人物の力を見せてもらうことができるのだ。
メルは今からワクワクして仕方がなかった。
「……では立ち合ってやる」
「え!? ほほ、本当ですか!?」
「男に二言はない。早う構えろ」
メルはすぐに両刃剣・ナテイラを構える。
一方仙人は武器に手を置いてすらいない。
腰に細長い得物が携えられてはいるが、握る気もなさそうだ。
彼はただこちらを見ているだけ。
動こうとする気配は見せないが、目だけはしっかりとこちらを見据えている。
どうやらこちらが動くのを待っているようだ。
であれば遠慮なく、といった様子でメルが足を踏み込むために動かそうとした瞬間だった。
ズンッ。
四肢が切断され、首が切断されてゆっくりと落ちていく。
なにがなんだかわからないまま、一瞬のうちに絶命した。
「ハッ!!? ハッ……? え……? あ、あれ……?」
一度瞬きした瞬間、現実に連れ戻される。
自分の両腕両足はしっかりと付いており、首も切断されていない。
ぺたぺたと体を触って本当に大丈夫かどうかを確かめる。
痛くもなければかゆくもないが、鳥肌だけは収まらなかった。
隣でその様子を見ていたテールはなんともない。
急にメルが汗をかき、急に体を触り始めただけだ。
一体どうしたのだろうかと心配になる。
「だ、大丈夫?」
「……ま、負けた……」
「え?」
「ほぉ……。気を、失わなんだか」
仙人はそう言って、その場に座り込む。
もう立ち合いは終わったのだろうか。
メルは負けたと言っているが、テールからすればただ武器を構えただけで何もしてないようにしか見えていない。
こんな立ち合いの終わり方があるものなのだろうか?
首をかしげるが答えを教えてくれる者はここにはいなかった。
するとレミがやれやれといった様子で仙人の隣に立つ。
武器を置いて綺麗に正座をした。
「テール君は、何をしにここに来たの?」
「えっ」
急に話を振られて変な声が出る。
先ほどまで考えていた内容が一気に吹き飛び、言葉を詰まらせた。
わたわたとしながらもなんとか言葉を出さなければならないと思い、とりあえず素直にここに来た理由を説明する。
「と、特に……ないです」
「あら?」
予想とは違う回答に、レミはおやといった様子で面白そうにこちらを見た。
とはいえこれは事実だ。
メルに誘われてここまできたが、ここに来て何かするということは考えていなかった。
だが気になることはある。
二人の持っている武器はテールも初めて見る物であり、どういう武器なのかとても気になった。
その視線に気づいたのか、レミは武器を指さす。
「あっ、えっと……」
「善さん、あの子は武器に興味があるみたいですよ」
「これは……誰にも、触らせはせぬ」
「私の武器も同じですね。ごめんね、テール君」
「い、いえ……大丈夫です」
「あ、でも名前だけ教えてあげる。私の持っている武器は薙刀。善さんの持っている武器は日本刀っていう武器よ」
「ほぇ……」
聞いたことがない名前ばかりだ。
レミの持っている薙刀の刃は美しく、白い刀身には力強さが籠っているように思えた。
一方仙人が持っている武器は、柄の形が面白い。
一部に細い帯のようなものを巻いており、鉄の金具が何個かついていて刀身が木の鞘に納められている。
シンプルだが綺麗な曲線を見て、中にある刀身の姿を思い浮かべた。
是非見てみたいところではあったが、それは叶いそうにない。
残念そうにしょぼくれていると、再びレミが声を掛けた。
「メルちゃん、テール君」
「「はい」」
「恐ろしく強い毒って何か知らないかしら?」
「毒……」
「ですか?」
急に変なことを聞くものだ、と二人は思った。
確かに強力な毒は何個かあるが、それを求めている理由が見当もつかなかったのだ。
彼らはそれを使って何をするつもりなのだろうか。
そういえば、ツジも似たようなことを聞いてきたということを思い出した。
しかしレミの言葉を深く考えていないメルは、強力な毒を一つ一つ上げていく。
彼女もツジに聞かれたことを覚えていたのか、すらすらと毒のある魔物を口にする。
「えーっと、ディモークの毒煙、ヒルビリの体液、カクロッカの毒爪……とかですかね?」
「知らない名前ばかりね。それは何処にいるのかしら」
「あっ、魔族領だと聞いています」
「そう……」
それを聞いてレミはなんだか落胆した様子を見せた。
確かに行くことが難しい土地であるし、そうなるのも無理はないだろう。
ここから魔族領はとても遠い。
仙人の体力を考えても、そこに向かうのは現実的ではないはずだ。
「ま、いっか。そういえばテール君はどうして武器に興味があるの? 今まで来た人はそんなこと何も言わなかったわ。ただ善さんと戦って最強の称号を手に入れるっていう奴ばっかだったし」
「そ、そうなんですか……。興味があるのは、僕が研ぎ師だからでして……。どうやって研ぐのかなって……思っただけです」
「「……」」
レミが仙人を見た。
すると、仙人は首を傾げて煩そうにしている。
片耳を押さえるが表情が変わることはなく、軽く頭を振るってこちらを見た。
「……用は済んだろう。であれ……であればかえ……。……であれば帰れ。某はお主らの様な小童に……付き、合って、いる暇……は……」
言葉が途切れ、何度も詰まる。
その度に何かに引っ掛かるようにしてかくっと頭が動くが、すぐに立て直す。
だがすぐにまた引っ掛かった。
我慢の限界がきたのか、仙人は膝をたたいて音を出し、大きな声で怒鳴る。
「ええい! やかましいぞ沖田川! 葛篭!」
「「!?」」
想像以上に大きな声を聞いて、二人は飛び上がった。
後ろにいたディネットも同様である。
しかしレミはくすくすと笑って今の状況を楽しんでいるようだ。
「ならん! そのような興味で奴らを引き留めるな! ……なに? いや、ならんものはならん。…………ぬぐ……。ええい、分かった! 分かったから叫ぶのを止めよ!」
「沖田川さんが大きな声を出すなんて珍しいですね~」
「職人はこういう時融通が利かん。……それは駄目だ葛篭。沖田川だけである」
なにやら複数人と会話している様だ。
仙人とだけあってツジと同じように亡霊とも話すことができるのだろうか?
そうなるとここには幽霊がいるということになるのでうすら寒さを感じてしまうが、まだまだ明るい時間帯なのでその辺は問題ないだろう。
すると、仙人が手を前にかざした。
「……仙術、御霊呼び」




