3.18.見張り
ドーレッグが残した言葉が後ろ髪を引いている。
ああいうことを言い残されるとどうしても考えてしまうというものだ。
彼の言った『できれば解放してやって欲しい』というのはどういうことだろうか。
ディネットの前では言えないというのもなんだか引っ掛かる。
しかし考えていても答えが出るはずもない。
思考にふける程足が遅くなり、メルに注意されては顔を上げて足を動かした。
「テール、どうしたの?」
「いや……うん。あとで話すよ」
「んー?」
目の前にはディネットがいる。
ドーレッグが彼の前では言えないと言ったので、この会話はディネットの耳に届く距離でしてはならないだろう。
とにかく今は仙人に会うことが先決となりそうだ。
彼に会えば、ドーレッグが言ったことの意味も理解できるかもしれない。
そこでふと周囲を見渡すと、森の中だった。
遠くにはリヴァスプロ王国の城壁が見えることから、ここはどうやら国の外に位置する場所のようだ。
しかしそこまで歩いてきたわけではない。
歩行距離からすればまだ町から出ることもできないはずなのだ。
「……?」
「あ、やっと気づいた?」
「えっ?」
「いつ気付くのかなって待ってたけど全然気付かないんだもん。そんなんじゃ冒険者できないよっ!」
「うっ……。えっと……ごめん、何がどうなったのか教えて欲しいな」
悪戯気に笑うメルは、どうやらこの現象を既に理解しているようだ。
テールに教えを乞われて上機嫌になったメルは、嬉しそうに答えを教えてくれた。
「転移の樹木よ」
「転移魔法かぁ……」
「お嬢さん正解。よく気付いたね」
「ディネットさんがギルドの裏口から出た時、木に触ったの見てましたから」
「いい観察眼だよ本当に」
古代の魔法といわれている転移魔法。
今も使えないことはないが、樹木や岩などといった動かない物に転移魔法の仕掛けを施さなければならないので、使い勝手はあまり良くない。
移動距離も短い為あまり需要はないのだが、リヴァスプロ王国にあるこの転移の樹木は飛距離が長いのだ。
それは、仙人が魔力を注ぎ込んでくれたからここまでの距離を移動することができるらしい。
しかし転移魔法を開発した魔法使いだけは、転移先をどんなに離れた場所にも指定できたのだとか。
何故か自慢げに話すディネットだったが、説明を終えたところで足を止めた。
「どうしたんで──」
「また来たの? これで何度目かしら本当に」
メルがディネットに声をかけたところで、奥の方から女性の声が聞こえてきた。
一体誰だろうと見てみると、そこには可愛らしい女性が立っている。
肩まである栗色の髪の毛。
クリッとした金色の瞳。
笑えば優し気で可愛らしい顔立ちをしているはずだが、今は怒りの表情を露わにしている。
ほっそりとしたスタイルのいい彼女は、武器を一本持っているだけで何の装備も身に付けていなかった。
しかしその武器は面白い形をしている。
槍の様に長い柄の先端に、反りのついた刃が備え付けられているのだ。
見たこともない武器にテールは興味をそそられたが、ディネットが手を前に向けながらニコニコと笑って前に歩み出る。
「まぁまぁ。これもあなた様方が静かに暮らすために必要なことなのです。ご容赦を」
「チッ……」
武器を一度グルッと回して、石突を地面にガッと突き刺す。
腕組をしながら貧乏ゆすりをしており、苛立ちを露にしていた。
彼女がギロリと奥にいる二人を睨む。
びくりと肩で驚いたテールだったが、メルはあまり驚かなかった。
「……はぁ、子供ね……。で、今度はなんで連れていかないといけないのかしら」
「将来有望な子でしてね。最強と名高い仙人様のお強さを見せればもっと高みを目指せるかと!」
「……それで何人挫折したか知ってるでしょ。高すぎる強みは弱者の心をへし折るの。分かる? 分かってる? あんたは若い芽を摘もうとしてるのよ」
「だがそれで耐えたのならどうでしょう? 仙人様に近づけるかもしれませんよ!」
「……つくづく口の減らない男ね。どうなっても責任は取らないわよ」
「ええ、構いませんとも」
なんだか不気味な会話をしている。
これは本当について行っても大丈夫なのだろうかと、今更になって不安になってきた。
それはメルも同じである。
二人は顔を見合わせた。
そこで、女性が声をかけてくる。
「そこの二人、名前は?」
「……め、メルです……」
「テールって言います……」
「メルちゃんにテール君ね。はいはい……。私はレミよ。短い付き合いになるでしょうけどよろしくね」
「「よ、よろしくおねがいします」」
そう言ってレミは突き刺した武器を抜いて魔法袋の中に仕舞い込んだ。
そのあとテールとメルを指さしてから手招きし、ディネットを指さしてから手を払った。
お前は帰れ、と言っているのだろう。
「いえいえ、お付き合いさせていただきますよ」
「……必要ないでしょ」
「これがあるんですねぇ」
「チッ」
なにを言っても通じなさそうなディネットに苛立ちながら、レミは舌を打って歩いて行った。
とりあえずついて行けばいいらしい。
一抹の不安を抱えながら、二人はその後をついて行った。




