3.17.案内役
ようやく訓練場からほとんどの人がいなくなった。
誰も居ない訓練場というのは本当に寂しく感じるものだ。
そもそもこんな朝早くからここに来る人は滅多に居ない。
受けた依頼の内容で早起きをしなければならない者はいるだろうが、わざわざここに来て素振りをするといったことはしないのだ。
なのでここは、朝は人がいないのが普通である。
今は職員たちが冒険者が捨てたごみや、壊れてしまった手すりなどを見て修理するための見積もりを立てていた。
地面のひび割れなどは土魔法が得意な魔法使いでなければ直すのは難しいだろう。
壁の修復はどうしようか、資材の調達経路などを相談し合っている中、訓練場の中央に立っていたドーレッグはメルの背中を叩く。
「いやぁ、実に良い戦いだった!」
「うっ。あ、ありがとうございます……」
「さぁ約束だ。仙人様に会わせてやらないとな。お仲間さんはいるか?」
「あそこに。テールー!」
メルがテールに向かって手を振った。
その後に手招きする動作をしたので、テールはおどおどした様子で近づいた。
リヴァスプロ王国冒険者ギルドマスターの目の前に立つのだ。
これだけ大勢の冒険者を束ねるリーダーだけあって、その貫禄は立っているだけでも遠くの方までビシビシと伝わってきた。
そんな人物に近づくのだから、やはり緊張してしまう。
ようやくドーレッグの目の前までやってきたテールだったが、既にカチコチである。
ナルファムは親しみやすかったし、女性ということもあったので緊張はあまりしなかったのだが、ドーレッグは違う。
屈強ではない体つきなのに気配だけは大男。
山の様だとテールは心の中で呟いた。
「……むぅ? お前さん、冒険者じゃないな?」
「えっ!?」
ギクリとして体が硬直した。
見た目的には完全に冒険者ではあるのだが、どうやら彼の目は誤魔化せなかったらしい。
何か言われると思って身構えていたが、ドーレッグは特に気にした様子をせず転がっていた自分の手甲を手に取った。
「いやなに、一人勝てば仲間全員仙人様に会わせる約束だ。冒険者じゃなくても問題はない」
「そ、そうなんですか……?」
「ふふふふ、なんせ儂が少しでも多くの冒険者と手合わせしたくて条件を大きく盛ったからなぁ。意外と早く終わってしまったがまぁ満足だ」
ニコニコと笑顔でそういうドーレッグは、手甲を魔法袋の中に突っ込んだ。
ついでにもう一つの手甲も回収する。
「って、二人だけなのか?」
「あ、はい。そうです」
「どこから来た」
「キュリアル王国から……」
「ほぉー。そりゃあ大変だったろう。お前さんらみたいな若い者が旅をするのは」
「「ま、まぁ……」」
ウォルフに襲撃された事や、ツジに無理矢理空中散歩へと連れて行かれたことを思い出して、二人は顔を見合わせながら苦笑いをする。
できればもうあんな経験はしたくないところだ。
道中襲われた時、遠距離攻撃を持っていない仲間がいないというのは痛手だった。
なので遠距離攻撃を得意とする味方を仲間に引き入れたいところではあったが、今の状況ではそれは難しいだろう。
それがどうしてかというと、この旅の最終的な目的はカルロを助け出すことにある。
テールの事情を聴いて彼を助け出そうと手を貸してくれる者はほとんどいないだろう。
だからこそ、仲間を募集するということは今のところ考えていない。
今後信頼できるような人物が現れてくれたのであれば、別ではあるが。
表情を見て案の定過酷な道のりだったのだな、と一人で納得したドーレッグは、くつくつと笑って二人の肩を叩いた。
「さぁ、では行くか。大変な旅をしながら仙人様に会いに来たんだろう? じゃあさっさとお会いになった方がいい。準備はいいか?」
「はい!」
「は、はい」
「よぉし! ディネット! 案内を頼む!」
ドーレッグが名前を呼ぶと、一人の男性がこちらに歩いてきた。
背の高い好青年で、朗らかな笑顔を絶やさない彼は見ているだけでなんだか安心させてくれるような気がした。
すらっとした体型に似合う銀色の鉄装備、背の高さにぴったりとあったロングソード、緑色の髪の毛は短く整えられており、顔がよく見える。
三人の元まで歩み寄った後、彼は深くお辞儀をして挨拶をする。
「おはようございます。そしておめでとう、お嬢さん。僕はディネット。仙人様の場所までの案内役をさせてもらうね」
「よ、よろしくおねがいします!」
「君も、運がよかったね。お仲間さんが強くて」
「そう、ですね……」
ディネットはメルに対しては優し気だったが、テールに対しては少しだけ棘があるような言い方をした。
それを見たドーレッグは大きなため息をつく。
「ディネット……お前なぁ」
「僕は冒険者ではないので仲良しごっこはしませんよ」
「はぁ……。はいはい、まぁエディワンの依頼込みでの仕事はしたんだ。しっかり連れて行ってやれ」
「それは勿論。ではお二方、行きましょうか」
そう言って、ディネットはすたすたと歩いて行ってしまう。
こちらのことを待つつもりはないようだ。
だがドーレッグには礼を言っておかなければならないだろう。
メルは振り返って、頭を下げる。
「ドーレッグさん、ありがとうございました」
「構わん構わん。ああ、それとな二人とも。仙人様には本当に気を付けろ。儂も一度しかあったことはないが……攻撃をたった一撃だけ与えるビジョンすら見えなかった。強いってもんじゃない、まるで化け物だ」
少し怖がらせるように、ドーレッグは笑いながらそう言った。
こう聞くと会うのが少し怖くなるが、それこそが最強である所以なのかもしれない。
逆に楽しみになってくる。
「……だが、できれば解放してやって欲しいね」
「解放?」
「どういうことですか?」
「ディネットの前では言えない。また機会があれば話してやる。ほら、まずは会ってこい。話はそれからだ」
二人を押して「行け」と促す。
何やら気になることを口にしたので聞こうとしたが、そこでディネットに声を掛けられてしまった。
早く来いと急かしている。
これ以上待たせるわけにもいかなさそうだったので二人は彼について行くことにした。




