3.15.模擬戦見学
リヴァスプロ王国冒険者ギルドマスターに挑戦するため、メルは朝早くからギルドへと向かっていた。
日が昇ったばかりでまだ眠っている人は多いかもしれないが、テールは元より早起きだ。
なのでメルの行動に合わせることができていた。
朝日を浴びながら伸びをする。
安い宿だったのでベッドが非常に硬かったため、少しだけ体が痛い。
野宿の方がましというのはどういうことなのだろうか。
あれでは床で寝ているのと同じである。
さすがに二日もあの宿に泊まろうとは思わなかったので、メルと相談して今日にでも違う宿を探すことになった。
その前に仙人に会う為の挑戦をするようではあるが。
「メル、大丈夫そう?」
「私は絶好調なんだけど、ちょっと聞きそびれたことがあるの」
「そうなの?」
「うん。私が勝ったとしても、テールも一緒に仙人に会うことができるのかなって」
「ああー……」
昨日話をした受付の女性からは、とりあえず勝てばいいという話しか聞いていない。
一人勝てばパーティーメンバー全員が会えるのかどうか、分からなかったのだ。
だが会えない可能性の方が高いだろう。
その場合どうしようかと、メルは考えていた。
「それこそ通行手形を使ってみる?」
「あ、それ名案! それでいきましょう!」
これで解決していいのかどうかは分からないが、ツジが手渡してくれたものだ。
それなりの効力もあるようだし、有効活用させてもらおう。
解決策を見出した二人は、心置きなくギルドへと向かって足を伸ばした。
近づくにつれて冒険者の数が増えてきており、朝早いというのに既に模擬戦が行われているらしい。
ギルドの中からはけたたましい叫び声が聞こえている。
外からでも分かる程の叫び声、絶叫、破壊音。
それを聞いて尻込みする冒険者もいるらしく、その場からそそくさと逃げている者も数人見受けられた。
あんな声と音を聞いてしまえば、そうなるのも無理はない。
メルは大丈夫なのだろうか、とテールが彼女の顔を見てみると、逆に好奇心に満ちた顔をしていた。
目を輝かせており、早く戦いたいとうずうずとしているようだ。
「いこっ! テール!」
「う、うん。大丈夫かなぁ……」
テールの心配をよそに、メルは冒険者ギルドの中へと入っていく。
昨日話しかけた受付の女性が相変わらずそこに居り、挑戦者の手続きを一生懸命こなしているようだ。
あれでは自分たちの順番が来るまでは話しかけられないだろう。
大人しく列に並んで待っていると、ようやく受付の前までやってくることができた。
受付の女性はメルとテールを覚えており、おや、といった様子で笑う。
「おはようございます。お早いですね」
「ギルドマスターに勝てばいいんですよね?」
「そうです。では挑戦されるということでいいですね?」
「はい! それと聞きたいんですけど、一人勝ったらパーティーメンバー全員が仙人に会えるんですか?」
「あ、そうですよ。それだけの力を有するパーティーとみなされますので、全員が行くことができます。けど……ドーレッグさんは本当にお強いのでこういったことは滅多にないんですけどね」
「なるほど」
話を聞いていたテールは、通行手形を見せる必要がなくなったことに少しだけほっとした。
これを見せると周りから注目されそうな気がするので、怖かったのだ。
しかしパーティーメンバー全員が会うことができる、というのは良かったのだが、その場合それ相応の力を持つパーティーとみなされるという話を聞いて、テールは少しだけ申し訳なく思った。
自分の実力を隠して強いと見せかけてしまうので、罪悪感も感じている。
だがメルはまったく気にしていないようで、そそくさと挑戦手続きを終わらせた。
とりあえず早く戦いたくて仕方ないらしい。
「……はい、これで手続きは完了です。ではあとは銀貨五枚をお願いします」
「はーい」
「確かに。では向こうの訓練場でギルドマスターが挑戦を受けておりますので、向こうにお進みください」
手続きを終えた冒険者が歩いて行っている方角を、女性は指さした。
すぐに分かったので、一度礼を言ってからそちらへと向かうことにする。
進んで行くと大きな訓練場があり、その中央でリヴァスプロ王国冒険者ギルドマスターが仁王立ちで次の挑戦者を待っていた。
観客席には大勢の冒険者がいて、賭け事を行ったりその戦いを見て楽しんだりしているようだ。
どうやら挑戦する順番などは特になく、準備ができた者から挑戦することができるらしい。
一人の男性がリヴァスプロ王国冒険者ギルドマスター、ドーレッグの下へと歩いて行く。
「次はお前か」
「おうよ! ドーレッグさんの次に実力だけで仙人様に会うのはこの俺だ!」
「ようし、掛かってこい」
ドーレッグギルドマスター。
彼の風貌は屈強な戦士、という程に体格に恵まれているわけではなかった。
六十歳ほどの見た目をしていて、髪には白髪が多く混じっている。
白黒の髭は硬く、片目の色が少し濁っていた。
得物は持っておらず、手に装備した巨大な手甲が武器となっているらしい。
使い古された装備ではあるがまだまだ現役といった風に輝いており、気合を入れるために拳を打ち合わせると良い音が鳴った。
それが合図だったかのように、挑戦者がロングソードを片手に素早い速度で接近する。
引きずるようにして運ばれるロングソードはドーレッグからは見えず、どこから攻撃が来るのか予測しにくい。
間合いが分からない以上攻めることは難しいのだが、そもそも彼は超至近距離での戦いしかできない。
しかし、それに慣れている。
だからこそ挑戦者の動きは読みやすかった。
「そらぁ!!」
肩を使って振り上げ、上段からの攻撃を繰り出す。
遠心力の乗った攻撃は破壊力を生み出し続けながらその刃をドーレッグへと向けた。
完全に殺す気でかかってきている。
木の剣はどうしたのだとドーレッグは思ったが、小さくため息を吐いてその攻撃を指で受け止めた。
キィインッ。
手甲から甲高い音がする。
「え?」
「これは模擬戦だ。これは不要」
バギャンッ!
ドーレッグが少し力を入れると挑戦者の持っていたロングソードが粉々に砕け散った。
失われた剣身を驚愕の表情で見つめていた挑戦者に、ドーレッグは腰の入った鉄拳をお見舞いする。
手加減はしているが彼の魔法のせいでどうしても威力が増してしまうようで、鈍い音が体から鳴ってしまう。
挑戦者は数十メートルをよい勢いで転がっていき、冒険者の群れの中に飛び込んでようやく勢いを殺した。
「ふー……。まったく、若いのは乱暴で良くない」
メルは彼をじっと観察していた。
一連の動作には無駄がなく、更に腕すべてが武器なので動きが速い。
実質二本の武器を振り回していると同じなのだ。
どうやって突破しようかと考えていると、また挑戦者がドーレッグへと向かっていった。
しばらくは見学をして、彼の弱点を見つけようとメルは目を凝らして観察する。
また絶叫が響き渡り、挑戦者が壁に激突した。




