3.13.通行手形
長い時間列が進むのを待ち続け、ようやくテールとメルの手番になった。
少し疲れた様子の兵士が、汗を拭いながら声をかけてくる。
「ふぅ……。はい、次。身分証明書を」
「はい」
「……キュリアル王国の冒険者ね。君は通ってよし。んじゃ君のは?」
「えーと、はい」
これで本当に大丈夫だろうかと思いながら、ツジから貰った通行手形を兵士に見せる。
読めない字ではあるが、この国の人であれば通じると信じたい。
もしこれがダメだったらツジのとんでもない悪戯だ。
そもそも身分証明書を持って来ていないテールにも問題はあるが。
恐る恐るといった様子で通行手形を見せると、周囲がざわつき始めた。
その反応に少しだけ驚いていると、今度は兵士がガッとテールの肩を掴んだ。
「そ、そそそそれを何処で手に入れた!!?」
「わああああああ!? え、ええっ!? えっ!?」
鬼気迫る様子で顔を近づけて来た兵士に声を上げて驚いた。
なにがなんだか分からないが、テールは捲し立てるように説明する。
「つつ、ツジさんって人からもらっ貰いました! 風間の紹介とかなんとか!」
「かざっ!? ……と、通って……よし」
「……へ?」
「通ってよし! はい次!」
兵士はテールとメルを押しやって、リヴァスプロ王国の中へを入れてくれた。
とんでもなくあっさり入ることができてしまっようだ。
まだ理解が追い付かず、今手に持っている通行手形をまじまじと見る。
これに兵士を動揺させるだけの力があるとは到底思えないのだが、現に驚いていた。
それに風間の紹介とは一体何なのだろうか?
テールは納得のいく答えを出してくれないだろうかとメルの顔を見るが、彼女もいまいちよく分かっておらず、首を横に振るだけだった。
「す、すごいねこれ」
「本当にツジさんって何者なのかしら……?」
「多分どういう思考回路をもってしても答えには辿り着きそうにない」
「う~ん」
テールの言葉にメルは深く頷いた。
だが、とりあえずこれを持っていればテールの身分証明書代わりにはなる。
とはいえ、あとで本格的に身分証明書を発行しておいた方がよさそうだ。
そこでメルは周囲の目線に鋭さに気が付いた。
周囲を見渡してみると、数人の人物がこちらを見ている。
だがその目線はメルにではなく、テールに向けられているようだ。
テールの持っている通行手形。
よくよく考えてみれば、これは誰が持っていても好き勝手使うことのできる物なのではないだろうか。
身分証明書の代わりとなるし、ツジいわくどこに行っても融通を聞かせてくれるアイテム。
それを狙おうとするのは……普通のことかもしれない。
「て、テール行くよ!」
「え? うわわっ!」
テールを無理やり立ち上がらせて、とりあえずこの場から立ち去ることを目的として動く。
走って移動すると目立つかもしれないが、わざわざ追いかけて目立つ真似をする人物もいないだろう。
人がつけて来ていないことを確認しながら、とりあえず人の多い所まで走っていった。
それにしてもツジはなんて物を渡してくれたのだろうか。
確かにこの通行手形があるおかげで助かりはしたが、逆に危険が迫ってくる可能性がある。
これを使う場面はしっかりと見定めておいた方がよさそうだ。
走っているとテールが限界に近づいてきたので、適当な場所で足を止める。
周囲の気配を探ってみるが、追っ手はいなさそうだった。
メルもようやく緊張の糸を解き、小さく息を吐く。
「ここまでくればいいかな……」
「ぜぇー……ぜぇー……。し、しんどい……」
「大丈夫?」
体力のなさに嫌気が差してくる。
こんなんでどうやってメルと対等に冒険者を生業とすることができるのだろうか。
まずは基礎体力から作らなければ、と今一度思いながら、テールは重くなった足を何とか持ち上げて立ち上がった。
そこでふと、周囲に目がいった。
どうやらここは人通りの多い大通りだったようで、辺りには巨大な店が建ち並び、小さな出店も数多く出ている。
旅商人のキャラバンやパレードも行われており、ここを歩いているだけで退屈はしなさそうだった。
祭りが行われているのではないだろうかと勘違いしてしまいそうなほどの熱気がここにある。
「す、すごいね……」
「迷子になりそう」
「それは大丈夫」
そう言って、テールはメルの手を握る。
昔はこうして野山を駆けまわったものだ。
だがここは山ではないので、移動するのには少しだけ注意が必要だろう。
人を木と見立てれば何とか動くことができるだろうか?
とりあえず落ち着ける場所に向かいたい。
できれば簡易マップが欲しいなと思いながら今いる場所を移動しようとするが、メルが動かなかった。
どうしたのだろうかと顔を見てみると、そっぽを向いて顔を隠している。
「……メル? どうしたの?」
「ちょ、ちょっと待ってね! ちょっとね!」
「?」
(それは反則でしょ!)
テールは訳が分からないまま、とりあえずメルの準備が整うのを待ったのだった。




