3.10.Side-??-面白いこともあるものだ
「おややっ?」
遠くから飛んでくる気配を感じ取った男が、空を見上げた。
顔を隠していた布を取る。
そこから現れたのは、声に似合った優しい表情の青年だ。
優男に見える彼の体は細く、色も白い。
優しい顔つきだが、目だけはとても鋭かった。
木の上に寝転んでいたが、軽く体を動かして落下する。
数秒の間空中を舞うが、すぐに地面に着地した。
音も何もない綺麗な着地を決めた男はすぐに膝を伸ばし、欠伸をしながら伸びをする。
「~~っ、面白いこともあるものだなぁ。あいつが人を連れてくるとは……」
空を見上げながらそう独り言ちる。
今しがた飛び降りた樹齢数百年は超えていそうな大樹に背を預け、その周辺に流れる音を楽しんだ。
草の音、葉が掠れる音に小さな鳥の綺麗な歌声。
自然豊かな場所であれば耳を澄ませるだけで様々なものが楽しめる。
とはいえ、これに気付いたのはつい最近だ。
長い間生きていてそんなことにも気付けないのかと自分を叱ったものだが、それだけ心に余裕がなかったのは事実。
そのことに少しだけ呆れる。
と、そんな事を思い出したいわけではない。
今は友人である男が人を連れてきているということが気にかかった。
「人数は……二人か。このご時世で二人旅は無理があるんじゃないかな。昔は違っただろうけど……。でもなんであいつが人を? 可哀そうになったとか? いやいやそんな良心のある奴じゃない。ってことは気に入ったのか? あいつが人を? そんな馬鹿な。となれば毒を調合できる奴を見つけた? いやぁ……そんな奴が二人旅するか? んー……」
思いついたことを口に出してみるが、よくよく考えてそれはないだろうと首を横に振る。
この中のどれかは合っていそうな気がするのだが……。
とはいえ、やはりあの男の性格からして良心で移動を手伝ってやるなどといったことは絶対にしないはずだ。
これはとんでもなく長い付き合いの彼だから確信できる。
となれば何か利用するために移動を手伝ってやっているのかもしれない。
何か利益がなければあの男は人に手を貸すなどといったことは絶対にしないだろう。
その利益が何かは分からないが、まぁこれはあの男が帰って来てから直接聞けばいい話なので考えることを放棄した。
「ほぉ、あやつが人を連れてくるとはな……。どういった風の吹き回しだ?」
「あ、どうも」
森からひょっこり出てきた人物に軽く頭を下げて挨拶をする。
彼は腕組をしており、空を見上げながら歩いてきていた。
藍色のだぼっとしたような服を羽織っており、袖の口はとても広い。
ズボンもこの世界では奇妙な珍しい……というより彼以外着ていないのではないだろうかという妙な形をしていた。
たくさんの折れ目がついており、下に行くにつれて広がっている。
柔らかい細い布を腰辺りで縛ってずれないようにしているらしい。
びしっと背筋を伸ばしている姿は優雅であり、その顔立ちは優し気だ。
長い髪の毛は後ろに放り投げられている。
綺麗な髪なので手入れも必要ないくらいだ。
「こんな所に来るなんて珍しいですね」
「なに、拙者も風に当たりたいと思ってな。そこで大樹が見えたゆえ、ここに参ったというわけだ。自慢ではないが、涼を得る場を見つけるのは得意でな」
「猫ですか……」
「猫? ふははは! 言いえて妙であるな!」
「む、昔と比べてほんっとうに砕けましたよね……」
「むむ? そんなに硬かっただろうか?」
「というか怖かったです」
「今のあやつほどではなかろう」
「まぁ……それは確かに」
そう言って、森の奥を見る。
見渡す限り綺麗な緑しか見えないのだが、彼はその奥にあるものをしかと見ているらしい。
しばらく眺めた後、小さくため息を吐いてまた空を見上げた。
「はぁ~……。まさに死にたがりですよ」
「うむ……。呪いとは奇なり。喜べるのは最初のみ。されど何時しか地の底よりも深い地獄の底へと落とされる。まさに天罰……。しかし、ああなるのも無理はない。永久の命とは、なによりも……惨いものだ」
憐れむような、心配するような……。
そんな感情を抱きながらそう口にする彼は、どうしてやることもできない自分に嫌気が差した。
今自分にしてやれることといえば、近くに居てやることだけ。
少しでも楽しい話し相手になってやることくらいしかできない。
それもこの場に縛られ続けているため話題も減少し、最近では声をかけることすら憚られるようになっていた。
呪われた男……。
彼の苦しみを自分たちでは理解することができない。
ただ同情し、哀れに思うが……それで何かが変わるわけではないのだ。
「……この状況を覆す、なにか面白いことが舞い降りれば……。あやつの心も動くやもしれぬな」
「辻間がそれを持ってきますかね?」
「辻間鋭次郎はお主の相方であろう。信じなくてどうするというのだ」
「碌な性格じゃないのは貴方も知っているでしょうに……」
「ふふふふ、然り」
「ほらー」
呆れたように嘆息する。
この人はこういう人なのだ。
なんとなくいい事は言っているのだが、心の中で考えていることはしょうもない。
本当に子供っぽい人だ。
「む、また客人か……」
「またですかー? も~嫌ですよ面倒くさい……」
「お主が適任だ。片付けてこい」
「はぁ~……。分かりまーしたっ」
そう言って、軽く印を結ぶ。
その瞬間足元に黒い穴が出現し、その中にとぷんと落っこちた。
黒い穴は静かに消え、元の綺麗な緑が広がっている。
彼が移動したことを確認した後、その場に残っている男は風を感じ取りながらまた空を見上げた。
「……ふむ、霞が騒がしいな……。まっこと、面白いこともあるものだ」




