3.3.目的地
解体した肉を魔法袋の中に仕舞ってポンポンと叩く。
ようやく満足したメルは振り返って、解体するのを待っていたテールに近づいた。
「テール!」
「あ、終わった?」
「いやなんでそんなに呑気なの!?」
「まぁ……うん、なんでだろうね……」
「ちょっと!」
肩を掴んでブンブンと振り回される。
呑気というか、メルが来てくれたことに安心しただけだったのだが、どうやら勘違いされてしまったようだ。
回答の仕方も悪かったかもしれないが。
彼女は一つため息をついて一度自分を落ち着かせたあと、テールの目をしっかりと見て問う。
「で、テール。何があったの? カルロさんから追放されたって聞いて……」
「あ、あのあとカルロさんと会ったんだ」
「西の城門から出ていったって聞いたから、すっ飛んできたの。ねぇ教えて。本当に何があったの?」
「えっとね……」
この事は遅かれ早かれ話しておかなければならないことだ。
なので今まであったことをメルにすべて教えた。
片付けをしていたら兵士に急に捕まったこと。
カルロも同じく捕まり、玉座に連れて行かれたこと。
冤罪を吹っかけられて、自分が下手な発言をして罪が重くなってしまったこと……。
そして、今に至る。
話を一から説明すると、ようやくその実感が湧いてきた。
どうして自分が、カルロがこんな目に合わなければならないのだと静かな怒りが込み上げてくる。
怒りを露にすることは好きではないし得意でもない。
だからぶつけようのない怒りを握り拳に込めた。
その話を聞いてメルは大声で叫ぶ。
「いやテール悪くないじゃん!!」
「そう、なんだよねぇ……。犯人は分かったんだけど聞き入れてくれるわけないし、なんならその人の変な推理が始まって王様が言いくるめられた感じ……。いや、まぁ僕の発言も悪かったけど……」
「信じらんない! なにそれ! 全部都合のいいように擦り付けてるだけじゃん!」
こうして素直に共感してくれるのはメルしかいないだろう。
信じてくれる人がいるというのはなんとも嬉しいものだ。
彼女の反応をみて、やはり自分は間違っていないと安心することができていた。
とはいえそれで何かが変わるわけではない。
気持ちはとても嬉しいが、もうあの国に戻ることは今のところできないのだ。
見つかればすぐに捕まってしまうだろう。
それからどうなるかは想像したくもない。
「まぁ……王様の決定に逆らえるわけないし、僕はカルロさんを助けるために何とかしてここに戻ってこようとは思ってる。その方法はまったく思いつかないけどね」
「じゃあ私も手伝う!」
「でも……メルの冒険者パーティーとかは大丈夫なの?」
「大丈夫! 宿も引き払って冒険者の契約も変えて、二人にもちゃんと話を付けてきた!」
「え!? そこまでしたの!? ぼ、僕だけのために!?」
「テールだからそこまでするんだよ!」
「……あ、ありがとう……」
真っすぐな瞳でこちらを見てくるメルの言葉は、嘘偽りのない真実だった。
感謝の言葉が自然にこぼれ出る。
本当に彼女は、自分のことを信じてくれる唯一無二の親友だ。
綺麗で真っすぐな言葉は今のテールにとても深く突き刺さった。
一人で本当にこの先やっていけるのか不安だった時にメルが来てくれたというだけで、とんでもない安心感に包まれたというのに、まだ彼女は自分を癒してくれる。
これが嬉し涙というのだろうか。
頬を伝う涙を腕で拭う。
「ありがとう……!」
「大丈夫、私がいるから。カルロさんを助ける方法を見つけて、真犯人を捕まえられるように頑張ろう?」
「……うん……!」
「よしっ! じゃあ行こ! ここで泣いててもカルロさんは助けられないよ!」
「でも……行き先が決まってないんだ……。これからどうすればいいのかも……あんまり……」
今現在の目的はカルロを助け出すためにキュリアル王国に戻ることなのだが、今はその方法すら考え付かない状況だ。
どこかの国に行ったとしても、不遇職であるテールが腰を落ち着けるような場所はないだろう。
そう言うだろうと思っていたメルは、すぐにこれからの旅について提案をした。
「行く当てがないんだったらさ、何かしっかりとした目的が決まるまで自由に旅しない?」
「旅……?」
「うん、旅。焦ってもカルロさんを助けられるわけじゃないし、どういった方法でキュリアル王国に戻る為の地位を獲得するのかも分からないんだから、まずは何かチャンスを見つけないと。旅をすればいろんな人と出会えるし、何とかなるかもしれないよ?」
「……そう、かな……。うん、そうだね。ここで立ち止まってても、意味ないもんね」
「まずは歩こう! それからさ、色々考えようよ! 旅での生活の基盤も整えないとだしね! 死んじゃったら元も子もないし!」
メルの言う通りだ。
やはりまずは、生きていかなければならない。
カルロを助けられるのは自分だけなのだから、その本人が死んでしまったら意味がないのだ。
テールは力強く頷き、もう一度涙を拭って顔を上げた。
頬を叩いて、メルを見る。
「行こう!」
「うん!」
「で、なんだけど……。まずはどこに行こう?」
「じゃあ……まずはリヴァスプロ王国に行ってみたい!」
「リヴァスプロ王国?」
聞いたことのある有名な国の名前を聞いて、テールは首を傾げた。
リヴァスプロ王国という国はとても豊かな国であり、キュリアル王国から西に馬車で二週間進んだ先にある。
距離は随分と遠いがその間に小さな村や街、領などが幾つも点在しているので、決して辛い旅路にはならないはずだ。
しかしどうしてメルはリヴァスプロ王国に行きたいのだろう?
その事を聞いてみると、メルはとある噂を教えてくれた。
「実は……リヴァスプロ王国にはこの世界で最強の人がいるんだって! 冒険者の憧れ! 世界一だよ!」
「よ、要するにメルはその人に会いたいんだね?」
「そっ!」
「まぁ、行く当てもないし、いっか。よし、じゃあまずはリヴァスプロ王国に向かってみよっか」
「やった! じゃあ早速行こう!」
「おわわっ! ちょ、引っ張らないで!」
行き先が決定した瞬間、メルはテールの手を掴んで強引に引っ張っていく。
冒険者ということもあって力が強いので、テールは全く抵抗することができなかった。
しかし、昔と違って今度はメルがリードしているなぁ、と思いながら、テールはその歩調に何とかついて行こうと足を一所懸命動かしたのだった。




